第371話 ケビン「お、終わった……」
サーシャとスカーレットが無事に出産を終えた数日後、今度はニーナの番となった。
4人も赤ちゃんを取り上げたケビンはもう手馴れたもんで、リラックスした状態でニーナと分娩室で過ごしていた。
そして和やかな雰囲気の中でケビンとニーナが過ごしていると、分娩室へティナがやって来る。
「どうしたの?」
「ニーナ、私も同席していい?」
「別に構わないわよ」
ニーナから了承が出たことで、ティナはケビンとは逆側のベッドサイドへ回り、ケビンが用意したイスに座った。
「思えばニーナとは1番付き合いが長いわよね」
「いきなり何? 変なティナ」
「私にとってニーナは思い入れが強い人なの。だから親友としてニーナの出産に立ち会いたかったのよ」
「……バカ」
ニーナはティナの臆面もない言葉に照れてそっぽを向いてしまうが、向いたところでその視線の先にはケビンがいるので、目が合うとニヤニヤとした表情を浮かべるケビンを見てしまうことになる。
「……いじわる」
その後も照れているニーナを交えて他愛ない会話を続けているとニーナの陣痛が始まったので、ケビンはモニターを見ながらニーナを分娩台へ転移させた。
「ニーナ、頑張ってね! 私が手を握ってるけどめいいっぱい握り返していいからね」
「――ぅぅぅっ……はぁはぁ……ティナ……ありがとう……」
ティナの行動にニーナが少し笑みを返すと、また始まった陣痛に耐え始めて唸り声を挙げる。
間隔が次第に短くなりニーナの出産が始まるとティナは一生懸命励ましながら、ニーナに声をかけ続けるのだった。
やがてニーナとティナの頑張りの甲斐があって、元気な赤ちゃんが産声を挙げる。
「ニーナ、生まれたよ! 女の子だよ!」
「……ティナ……ありがとう……」
処置を済ませたケビンがニーナへ赤ちゃんを見せると、ニーナはそっと我が子へ触れるのであった。
「ありがとう、ケビン君……ありがとう、ティナ……」
「俺の子を産んでくれてありがとう」
「この子の名前は?」
「ニーナから名前の一部取ってニーアムにした。輝く利口な人って意味だよ。ニーナの子らしいだろ?」
「私、輝いてないし、利口でもないよ?」
「なに言ってるのよ。私からしたらニーナは利口よ」
「俺からしてもニーナはちゃんと輝いてるよ」
「うぅぅ……バカ……」
その後はニーナをベッドへと転移させると赤ちゃんを隣に寝かせて、あとはティナに任せて2人きりで話せるようにしたら、ケビンは憩いの広場へ向かうのだった。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
出産ラッシュがひと段落したケビンは、ミナーヴァ魔導王国内にある残りの奴隷商へ検索をかけて獣人族の奴隷がいないことを確認すると、アリシテア王国の獣人族たちを救出していく作業へ変更した。
アリシテア王国の場合はミナーヴァ魔導王国とは違い、国を挙げての国家プロジェクトとはいかないので持ち主からこっそり盗み出す作戦となる。
救出作戦の期間をかけすぎては話が出回り警戒されてしまうが、ケビンの場合は別に家そのものへ盗みに入るわけでもないので、持ち主に警戒されても問題なく成し遂げられるのだった。
だが、ミナーヴァの時と同様に、まずは各地の奴隷商を訪ねてお金で解決できるものを優先させた。
そして奴隷商にて獣人族を買い占めるとそそくさとイグドラへ出発して、ミナーヴァほど離れてなく隣国でもあるため代表の家についたら引き渡す作業を繰り返していた。
そのままピストンを繰り返していたケビンへ、ソフィーリアからまたもや連絡が入る。
今回の出産はアリスとシーラのようで今すぐというわけでもないが、近々一時中断して帝城で待機するようにとのお達しだった。
それを聞かされたケビンは、今連れて行っている奴隷たちを送り届けたら一旦仕事を中断することにした。
そして奴隷たちを無事に送り届けたケビンが帝城へ帰ると、機材を起動してスタンバイモードで待機させたら赤ちゃんたちの世話をして癒されるのである。
数日後、アリスが産気づいて無事に出産を終えると、生まれてきた赤ちゃんは男の子であった。
「やりました……世継ぎです……」
「そんなに気負わなくてもいいんだけどな。女の子でも女帝とかになれるし」
「いえ、やはり元王族で皇族の一員に名を連ねる以上、男の子の世継ぎを生むのは必須です」
「レティはそんなの気にしてなかったぞ?」
「レティはケビン様との間に子を成すことが目的でしたから。それに願っていた双子ですし、気にするよりも嬉しさの方が強かったと思います」
「まぁ、俺としては平和を維持してくれるなら誰の子でも構わないし、性別なんて気にしないけどな」
「それでもいいのです。男の子を生めたというのは気持ちの問題ですから。それでこの子の名前は何と言うのですか?」
「名前はアリスから一部を取ってアレックスだ。意味は人類の守護者だよ」
「ふふっ、守護者なら将来はこの国を護ってくれそうですね」
「俺としては人となる者全てを護れる子に育って欲しいかな。人種差別するような子に育って欲しくないし」
「ケビン様の息子ですから差別なんてしませんよ」
アリスとしばらく会話をしていたケビンはアリスの状態が落ち着いてくると、2人でお披露目へ向かうのであった。
その後、日にちが経って無事にシーラも男の子を出産したのだが、名前を決める際に暴走してしまう。
「ケビン! この子の名前はケビン二世にするわ!」
「いやいや、それはないよ」
「それなら、ケビンソンはどう?」
「それもダメ。いい感じの曲を思い出してしまう」
「……? じゃあ、ケビンジュニア」
「はぁぁ……その子の名前はシーヴァ。勝利という意味だよ。それでいいだろ?」
「待って、閃いたわ! 2人の名前を取ってシビンは?」
「……それは1番ないな。シビンとかニュアンスがヤバい」
「にゅあんす……? お姉ちゃん、子供の名前にケビンをつけたいのに」
「ケビンなら俺がいるからいいだろ?」
ケビンはシーラを説き伏せるために、言葉よりもより効果的な行動で示すことにしてキスをした。
「姉さんにとってのケビンは俺1人だ。たとえ我が子でも譲る気はない」
「……ズルい」
ケビンの行動によって呆気なく陥落したシーラは、息子の名前をケビン絡みにすることを諦めるのだった。
それからケビンは奴隷救出作戦を再開させたらアリシテア王国の奴隷商からは獣人族の奴隷がほとんどいなくなり、残っているのは犯罪を犯した奴隷のみとなった。
「さて、どうしたものか……」
人族が抱え込む獣人族の奴隷を奪うのに、どこを拠点にするかでケビンは悩んでいる。
1番簡単なのはクズミ邸を使って転移で奴隷を移動させたらそのままシバーヌへ引き渡す方法だが、ポンポン連れて行っては不審がられることは間違いなく、ミナーヴァの時と同様に何も聞かれずに結果だけ受け入れてくれる対応がベストだが、国が動く対応とどこからともなく獣人族を連れてくるのとでは納得の度合いが違ってくるであろうことは目に見えて明らかだ。
結局ケビンは国境に近い人気のない所で作戦を実行することにした。
夜になって誰もが寝静まったと思われる頃、ケビンはアリシテア王国内で生活している獣人族の男性奴隷を一気に転移させる作戦に入る。
『サナ、獣人族の男性奴隷をピックアップしてくれ』
『イエス、マイロード』
今回の作戦は速度重視で部位欠損があろうがなかろうが、それに構わず一気に転移させる作戦である。
そして転移させた結果、奴隷たちは部位欠損を起こしているような者はおらず、アリシテア王国民がそこまで酷い差別意識を持っていなかったことに、ケビンはひとまず安堵する。
それからケビンは奴隷たちが寝静まっていたので魔法にて起こすと、目覚めていく奴隷たちは状況が呑み込めずにただ困惑していた。
「《ヒプノシス》」
ケビンが魔法をかけると奴隷たちはただでさえ寝起きで朧気な表情だったものが、催眠によってより一層朧気な表情へと変わっていく。
「君たちに問う。奴隷から解放されて故郷へ戻りたい者は右へ移動してくれ。今の主にそのまま仕えたいならその場で待機だ」
ケビンの問いかけによって3分の2程度は右側へと移動して、残りの者たちはその場で動かなかった。
「動かなかった君たちはここで起きたことを目覚めた時には忘れている」
ケビンはそれだけ伝えると、動かなかった奴隷たちを催眠状態から解除したら強制的に眠らせて元の場所へ帰すのであった。そして、残った者たちの催眠状態を解除したらここへ呼んだ理由を説明していく。
「イグドラの獣人族代表であるシバーヌさんから救出依頼を受けて、俺が君たちを主から盗み出した。君たちの意思は先程確認させてもらったから明日からイグドラへ向けて送ることになる。今日はこのまま馬車の中で休んでくれ」
全くもって意味のわからない説明を受けて理解が追いつかない奴隷たちへケビンは更に説明を続けていくと、混乱する奴隷たちを魔法で綺麗にしてから馬車へと移動させるのであった。
全員が馬車の中で座り込んだのを確認したケビンは強制的に眠らせたあと、同じことを今度は女性たちにもしていく。
終わってみれば馬車4台となる大所帯となってしまったが、一気に王国内の奴隷たちを掻き集めたので致し方ないとして、ケビンは結界を張るといつも通り御者台で寝るのだった。
翌朝になるとケビンは奴隷たちを起こして朝食を与えると、イグドラへ向かって出発した。
今回は関所付近からのスタートとなるので旅の行程は短く、転移を使わずとも大した期間をかけずに代表宅へと到着したら、ケビンはシバーヌへ報告を行う。
「これでアリシテア王国とミナーヴァ魔導王国の奴隷はひとまず終わりです。残るのは帝国とその他の国になりますが、他の国は行ったことがないのでどうなってるのかわかりません。帝国内の犯罪奴隷は早い者であれば今月に刑期満了で解放となります」
「刑期満了じゃと?」
「帝国内に限って言えば、法律で奴隷たちの罪状により奴隷期間が定まってます。酷いものは終身犯罪奴隷か死罪ですが、軽犯罪であれば最短1年で奴隷から解放されます。繰り返した場合はその都度刑期が上乗せされ、最悪終身か死罪となりますが」
「新たな皇帝が即位したことは知っていたが、そのようなことになっておるのか」
「ええ、ですから帝国に限定して言えば、そのうち奴隷の獣人族は帰ってきます。帝国領を気に入って住みついていた場合はその限りではございませんが」
「外で暮らすことにした者を無理やり戻すような真似はせんから気にせんでよい。本当に今回は度重なる助力をして頂き感謝するのじゃ」
「それを聞いて安心しました。実は私の抱える奴隷にも獣人族がいまして返せと言われたらどうしようかと」
「ケビン殿も獣人族の奴隷を所有しておったのか」
「はい。嫁です」
「――ッ! 嫁じゃとっ!?」
ケビンの嫁発言にシバーヌと隣にいたタキアは驚きで目を見開いた。
「全員嫁にしていますので返せと言われても返せないのが現状ですね。離縁するわけにもいかないし、かと言ってこの地に獣人族とともに住めと言われても困ります」
「そうじゃの……夫婦ならそれを引き裂くことはできん。それにしても獣人族と結婚か……しかも奴隷……」
「奴隷ではありませんが、獣人族の嫁なら既にお会いしているじゃないですか」
「連れてきたことがあったのか? 見かけたことはないが」
「いえいえ、見てますよ。ここへ来た獣人族の嫁はクズミですから」
「なんとっ!? そうじゃったのか、あのクズミ嬢が結婚か……歳をとるはずじゃの……」
それからケビンはシバーヌへ奴隷たちを引き渡すと、いつも通り街の外へ出てから帝城へ転移して帰るのであった。
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