第359話 赤龍愚連隊
ケビンたちがのんびりくつろいでいるところへ、何者かが接近してくる気配をサナが察知した。
『パターン赤、敵です!』
『……とりあえず礼を言っておく。ありがとう』
サナからの報告を受け取ったケビンへ、続いてクララからも警告が告げられる。
「主殿よ、面倒な奴が来おった」
「ああ、敵だな」
そして気配探知の効果範囲が広い者たちから順に、ここへ一直線に近づいてくる者たちのことを気づき始めた。
「ケビン様……」
「そのまま放置してていい」
「かしこまりました」
「ケビン君、何か来てるの?」
「親玉かな?」
「クララと一緒ってこと?」
「ティナよ、あのような奴と一緒扱いするでない」
「クララの知り合い?」
「知り合いにもなりたくないがな。赤いドラゴンを束ねる紅の長だ」
「うわぁ……面倒くさくなりそう……クララは隠れてた方がいいんじゃない?」
「クリスよ、何で私があんな奴のために隠れなければならんのだ」
「人間と仲良くしてたら怒られるかなって思って」
「私を怒れるのは年寄りのジジイくらいだ」
「年寄りとかいるんだ」
「話の長い老害よ」
「種族関係なく年をとった人は話が長いんだね。新しい発見かも」
特に危機感もなく会話をしていると招かれざる客が到着したようで、到着早々一緒に来ていたドラゴンが咆哮をあげる。
「グルアアァァッ!」
「『ヒャッハー!』」
「グギュアアァァッ!」
「『ゴミ虫は消毒だぁ!』」
「ギュルァァァァっ!」
「『このお方の名前を言ってみろ!』」
「グリュアアァァッ!」
「『やっちゃってください、紅の長!』」
「初対面でわかるはずもなかろうに。しかもそのあとバラしてどうする……相変わらずバカの集まりだのぅ」
「通訳されると三下感が半端ないな」
「普通に聞いていればドラゴンの咆哮なのにね」
通訳係のクララやそれを聞いているケビンとクリス、他の者たちが呆れる中で、未だに鱗を燃やされているドラゴンが紅の長へと助けを求めた。
「グ、グルァッ、グルァッ!」
「『た、助けてください、ボス! 痛え、痛えよ!』」
「ああ? お前、よく見ればうちの眷族じゃねぇか? ドラゴンの証たる角や翼はどうした? よく見りゃ爪もなくて鱗は無くなりかけてるじゃねぇか。よく浮いてられんな」
それから燃やされ続けているドラゴンが痛みを訴えながらも、事のあらましを拙く語って紅の長へ状況を説明すると、周りにいたドラゴンたちもそれに補足しながら伝えていく。
「つまり何か? 下にいる人間どもにお前らはやられたってのか?」
紅の長からの問いかけにドラゴンたちが答えると、紅の長は眼下を見据えて集落から連れてきていたドラゴンへ指示を出す。
「おい、お前。ちょっと殺してこい」
紅の長からの指示でドラゴンが1匹ケビンたちの元へ向かい、なんの前触れもなく襲いかかったのだがケビンは苦もなく倒してしまう。
「グルアァァ……」
「『紅き四天王のアカーゴが……人間ごときに……バカ……な……』」
「四天王?」
「一緒に来た奴らのことだろう」
「あと3匹いるな」
先陣を切って戦ったドラゴンが倒されてしまうと、上空で他のドラゴンたちが騒いでいた。
「グルァァァァ」
「『アカーゴがやられたか……』」
「ギュルァァァァ」
「『ネーンを名乗れぬ奴は四天王の中でも最弱……』」
「グギャァァァ」
「『人間ごときに負けるとは赤種の面汚しよ……』」
『そして四天王はフラグを立てて死ぬのであった……完……』
『死亡フラグは立てたくないな』
『せめてもの情けで名乗りだけでも聞いてあげましょう』
『少し気になるし、そうするか』
クララの通訳を聞いて話し合っていたケビンとサナを他所に、紅の長は1匹では不十分として残りの3匹をまとめてケビンの元へ向かわせる。
「グルァァァァ」
「『俺の名はセイショウネーン』」
「ギュルァァァァ」
「『私の名はチュウネーン』」
「グギャァァァ」
「『儂の名はコウネーン』」
「グルァァァァ」
「ギュルァァァァ」
「グギャァァァ」
「『真のネーン四天王とは我ら3匹のことだ』」
「……は? バカか、こいつら? 3匹なら三天王だろ。既に紅ですらないし」
「こやつらの種はドラゴンの癖におつむが弱くての。戦うだけが唯一の取り柄なのだ」
「そもそもドラゴンに名前はないって言ってたよな?」
「勝手に名乗っておるんだろ。なんかカッコイイとかの理由で」
ケビンは深い溜息をつくとアカーゴの時と同じように3匹を窒息死させた。その理由としてケビンは未だにソファでくつろいでおり、面倒くさくて立ち上がってから戦いに行くという動作をしていないからだ。
若干、ネーン四天王をアカーゴとともに飾ってみたいという遊び心があったことも否めない。
そのような茶番劇のあと、上空から紅の長が高度を下げてくるとケビンを鋭い目つきで射抜く。
「貴様、よくも俺様の仲間をやってくれたな」
「いや、お前がけしかけたんだろうが」
「今度は直々に俺様が相手をしてやるが、その前にあれを消しやがれ。そうすれば少しだけ痛い思いをするだけで許してやらんこともねぇぞ」
紅の長は未だに燃やされているドラゴンの火を消させるべくケビンへ伝えるが、言葉の意図を大して深読みもせず額面通りに受け取っているケビンはソフィーリアへ尋ねるのだった。
「ああ、あれね。ソフィ、どうする?」
「もう消して構わないわ」
「わかった」
ソフィーリアから消して構わないと返答を聞いたケビンは、回復魔法を解除すると煉獄の対象を鱗からドラゴンそのものへと切り替えて拘束魔法も解除する。
今まで地味に燃えていた煉獄が一気に火勢を強くすると、ドラゴンの身を包み込んだ。拘束さえも解除されているドラゴンは重力に従い自由落下していくのだが、地面に到達する前には既に燃え尽きてその身を消していた。
「き……さまっ!」
「ああ? ちゃんと言われた通りに消しただろうが? 何をそんなに怒ってる?」
「俺様は火を消せと言ったんだ!」
「お前は『あれを消せ』と言ったんだ。『火』なんて言葉はどこにも入っていないだろ? だから言われた通りに消したんだよ。礼を言われても文句を言われる筋合いはないぞ」
「ぐぬぬっ……許さん、許さんぞ! くそ虫の人間ごときがぁぁぁぁっ!」
「やれやれ、自分の間違いを指摘されて怒るなんて逆ギレだぞ? 紅の長が聞いて呆れるな」
「……そうだ……俺様は紅の長……人間ごときについカッとなってしまうとは。だが貴様は許さねぇ。嬲られていたあいつのように手加減してじわじわ痛めつけてやる。そして貴様の死体を俺様の眷族たちの手向けにしてやるぜ」
「へぇー手加減してくれるのか? それはありがたいな。お礼に俺も手加減してやるよ」
ケビンはソファから立ち上がると、家族たちを覆っている結界外へと足を進める。
「パパーがんばれー!」
「悪いやつはせーばい!」
「大っきいドラゴンなんかやっつけちゃえー!」
「パパキック! パパキック!」
「グーパン! グーパン!」
「みんなダメだよぉ。出たら怒られるよー」
ケビンの近くにいた子供たちは今までいた所とは違い、最前列にいるという興奮でテンションが高まり応援にも熱が入るのだが、興奮のあまり結界外へ出ていきそうになるのをエフィが止めようとするも全くもって聞く耳を持たない。
「あなたたち! パパが言ってたようにここから出たらダメ!」
「「「「「ッ! はーい……」」」」」
今にも結界外へ飛び出しそうだった子供たちをセレニティが制して注意をすると、怒らせると怖いことを知っているので大人しく聞いて気持ち少しだけ後ろに下がるのだった。
「まだ下がりなさい!」
少しだけしか下がっていないのを見透かされてセレニティから注意を受けてしまうが、ソフィーリアが特段危なくないことを伝えるのである。
「セレニティ大丈夫よ。ケビンが出入り禁止にしてるから出ようと思っても出れないわ。結界を触ってごらんなさい」
ソフィーリアはセレニティに対して伝えたのだが、セレニティが動くよりも先に好奇心旺盛な子供たちが結界へ触りに行く。
「出れなーい!」
「触れるー」
「問題なーし」
「これなら怒られなーい」
「色がついているし少し見にくいでしょう? 透過してあげるわね」
そう言ったソフィーリアがケビンの結界をいじると、足元だけの色をわかりやすく濃くして目線の高さになる部分は無色にしたのだった。
「見えるー」
「おおー」
「ソフィママ、ありがとー」
後ろでそのようなことがおこっている中、ケビンはポケットに手を突っ込んだまま紅の長の元へと歩いていた。
「この俺様を前にして逃げ出さなかっただけでも褒めてやるぜ。武器を構えろ、そのくらいの時間は待ってやってもいいぜ。それとも手が震えてて隠しておきたいのか? だせぇ奴だな、おい」
「なぁ、死合開始ってことでいいんだよな?」
「試合か? どうせ俺様の一方的な殺し合いになるがな。一方的なら殺しだな。“合い”はいらねぇ。さぁ、いつでも始めていいぜ? なんせ俺様は紅の長だからなぁ、人間ごときに構える必要も――ぶべらっ!?」
余裕をかましていた紅の長の頭上へ移動したケビンは、そのまま地上へ向けて紅の長の頭を蹴り放った。
まだ喋っていた途中の紅の長は舌を噛みそうになってしまうが、頭に受けた衝撃が凄まじくそのまま地面に落とされてしまうのだった。
今までの墜落したドラゴンと違い、その巨体が落ちた音も震動も桁外れのものであるが、周りの飛んでいるドラゴンたちは目の前の光景に対して唖然とするしかない。
「パパキィィィィック!」
「ドラゴン落ちたー」
紅の長は何が起こったかも理解できず混乱してしまうが、今まで自分がいた場所を見上げると、そこには相変わらずポケットに手を突っ込んだままの睥睨しているケビンの姿があった。
「俺様が地面に這いつくばっているだと……な、何をしやがった!? というか、何で人間が浮いてやがるんだ!?」
「蹴っただけだ。あと浮いてるから浮いてるだけだ」
紅の長の問いかけにケビンが当たり前のように答えていると、戦いの様子を見ていたクララがケビンへ頼み事をする。
「主殿よ、そやつを痛めつけるのは構わんが殺しはなしにしてくれ」
「なんかあるのか?」
「そんな奴でも長だからな。まとめ役がいなくなると困るのだ」
「他の奴がなればいいだろ?」
「そやつが今のところ1番まともな頭をしておる。主殿はさっきの四天王みたいな奴が長になっても構わないのか?」
「それはそれで見たい気もするが……」
先程の笑える四天王を思い返していたケビンは、似たようなドラゴンが長になった時のことを想像すると、珍劇が見られるのではないかと心が揺らいでいた。
ケビンとクララが紅の長そっちのけで会話をしていると、紅の長があることに気づく。
「お、おい、てめぇ。よく見りゃその姿、白の人化じゃねぇか!?」
「なんだ、今頃気づきおったのか。相変わらずバカよのぅ」
「てめぇが何でそこにいる!? 集会の召集がかかっていたはずだぞ!」
「あんな面倒くさいものにわざわざ参加するわけがなかろう。今の生活の方がよっぽど楽しいしの」
「今回は眷族たちを大量に殺した得体の知れないやつの話だったんだぞ! てめぇだって白種を束ねている以上、他人事では済まされねぇぞ」
「その件なら解決したぞ。私の白種は本人に頼んで討伐禁止にしてもらったからの。そなたの赤種と違って狩られることはない」
「……は? 本人に頼んだ……?」
クララの告げた内容に理解が追いつかない紅の長へ、仕方がないとばかりにクララが続きを話した。
「そなたの上で飛んでおるだろ。話題の人物が」
クララの言葉に再度上空を見上げた紅の長は、驚くべきものをその瞳で捉えてしまう。
いったい何がどうなっているのか紅の長には理解できないが、上空では話が長くなりそうだと感じたケビンがソファを空中に浮かべて、飲み物を口にしながらくつろいでいたのだ。
「え……?」
「主殿がその話題の人物だ」
「……おい、主殿ってなんだ?」
「主殿は主殿だ。私を骨の髄まで愛してくれる変わった人族なのだ」
「……なん……だと……」
長年クララへアプローチを繰り返していた紅の長は、知らない間に人族に奪われていたことを知り、ふつふつと怒りが込み上げてくる。更にはその人族が眷属たちを殺していた張本人だというではないか。
紅の長はバッタリ出会ったら手を出してもいいと、集会で決まったことを思い返して内心ほくそ笑むのである。
「クックックッ……俺様にも運が巡ってきたようだ。おい、てめぇ! 俺様の女に手を出してタダで済まされると思うなよ! てめぇのことは集会で殺してもいいことになってんだよ!」
「俺様の女?」
「いつどこで私がお前の女になったのだ」
「てめぇを殺して白を取り返す! 【人化】!」
紅の長が光に包まれると次第に巨大な体は縮小されていき、光が収まればそこにいたのは紅髪の短髪に紅色の瞳をした青年が立っていた。
そして赤い特攻服に身を包んで、背中には白文字で大きく【喧嘩上等】の文字が刻まれている。
「ないわぁ……これ、ないわぁ……」
『いかにもって感じですね』
『なんでドラゴンがあれを知ってるんだよ』
『転生者のせいじゃないですか?』
『人がドラゴンと交流してたのか?』
『いえ、転生先が人族とは限らないので。龍族でも選んだんじゃないですか? 強そうっていうイメージで。覚えれば人化もできますし困りはしなかったのでは?』
『この世界、地球色に染まってないか?』
『まぁ、長い歴史の中でじわじわ地球産に汚染されたのでしょう』
『はぁぁ……まさか転生先であれを目にする日がくるとは……』
ケビンがサナと会話をしながらどことなく哀愁を漂わせていると、紅の長はそんなケビンの気も知らず声高に宣言するのだった。
「俺様の本気バージョンを見てタダで済んだやつはいねぇ。背中に
「やっぱりお前、バカだろ? 背負った時点で背中なのに何で背中に背負ったとか言ってんの? バカなの、死ぬの?」
「何だとっ!? “背中に
「バカはお前だろ。“前のフロントガラス”並のバカさ加減だな。あれか? みんなで並んでポーズをとる時には『紅の長は真ん中のセンターにお立ち下さい』とか眷族に言われてる口か?」
「何でてめぇがそのことを知っている!?」
紅の長は人化できる者たちだけでカッコイイポーズをとるイベントを開催しており、その時は一張羅の文字を見せながら真ん中に立っていたり、座り込んだりしてポーズを取るのだ。
そしてその時にいつも言われるのが、ケビンの指摘した内容である。
あまりの在り来りな展開にさすがのケビンも溜息しか出ない。クララに視線を移すも首を横に振るだけで赤種の幼稚な部分は既に諦めているようだ。
「とにかくてめぇをぶっ飛ばして白の長は俺がいただく」
「まだ言っておるのか。私に勝てないオスのつがいなど御免こうむる」
「ああ? じゃあ、こいつはお前に勝ったのか?」
「勝つどころか手を出す前に屈服させられたの。私だって死にとうないから主殿に従属して契約を結んだのだ」
「いや、ブレスを放ってきただろ」
「あれは手ではない、ブレスだ。よってノーカウントだの」
「従属の契約だと……てめぇだけは何が何でもぜってぇぶっ飛ばす! てめぇを殺して契約を解除してやる!」
「あ、それは無理だ。私が使ったのは魂の契約だからの。主殿が死ぬことはないが仮に死んでも契約は続行される」
「なら魂ごと消滅させるっ!」
紅の長は地面を踏み抜くとケビンへ向かって飛んでいくのであった……
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