第346話 クズミの過去

 時間を忘れて愛し合っている2人は差し込む光で朝が訪れたことを知ると、疲れ果てているクズミがケビンへ声をかける。


「ケビンはん……朝や……信じられへん……」


「もう朝か……」


 クズミがここまでに至った経緯はひとえにクズミ自身の考え方にあった。夢を夢見るような乙女だったクズミは生涯でただ1人だけを愛して、その人のために自身の持つ全てで尽くし続けるという想いが強かったからだ。


 それ故にケビンから抱かれ続けて執拗なまでに求められた結果、自身の境遇による鬱屈した考え方を吹き飛ばされてしまい、ケビンへの愛情が膨れ上がってしまったのだった。


「なぁクズミ……」


「なんやの、ケビンはん」


 クズミを抱き寄せてくつろいでいるケビンは、腕の中で幸せそうにしているクズミヘあることを聞き出そうとしていた。


「クズミが自分を化け物呼ばわりしていたきっかけって何だ? 言いたくないなら秘密のままでもいいけど」


 ケビンから質問された内容にクズミがビクッと反応するが、生涯愛すると決めたケビンのために自身の過去を語り始める。


「これを聞いてもうちのこと嫌わんといてな?」


「俺が嫌いになるのは俺の大切なものを奪うやつらだけだ。クズミは俺の大切な人だからどんな過去があろうと嫌いになることはない」


「もうっ、ケビンはんったら、うちにどれだけ惚れさせるつもりなん?」


「本心を言ったまでだ」


「ほんま幸せやわ。ほいでうちの過去やけど……驚かへんといてな。実はな、うちはこの世界の人やあらへんのえ」


「……は?」


 いきなり突拍子もないことから始まったケビンは、唐突のことで唖然としてしまう。


「信じられへんことは理解しとるえ。うちかて未だに信じられへんもん。でも、現実に起こってしもうたらもう信じるしかあらへんやん?」


「え……ということは、クズミは異世界人?」


「ケビンはんえらい飲み込みが早うない? うちな、平安京言われる所の近くの山に住んどったんやけど、静こう暮らしとったのに安倍いうやつが『化け物退治や』言うて襲うてきてん。酷うない?」


「そ……そだね……」


 クズミから聞かされている内容にケビンは理解が追いつかなかった。何をどうやったら平安京やら安倍やらが出てくるのか、甚だ今の現状に混乱中である。


「ほいでな、執拗う追い回された上にその都度襲われとったんやけど、逃げる先々でも化け物呼ばわりでな、みんなが『化け物、化け物!』言うんえ。ほいで疲れ果ててしもうたある日な、そのまま寝てしもうてん。ほいで気づいたらこの世界に飛ばされてしもうとったんえ」


「ほ……ほぉ……」


「最初はそんなん気づかへんとうろついとったらな、見たこともあらへん生き物がぎょうさんおるやないの。うちは安倍がなんやしたんかと思うてな、蹴散らしながら進みよったら人里があってん。ほいでちょっと寄ってみたら、そこでは魔物扱いを受けてな――」


 その後もクズミの過去話は続いていき、長年溜め込んでいたものが爆発したのか留まることを知らず、愚痴っぽくなりながらも苦労話が続いていく。


 ようやく全ての鬱憤を出し切ったのか、満足気な表情でクズミはケビンを見つめていた。


「要約すると、クズミは平安京の世界からこの世界へやってきて、散々周りに言われ続けたから化け物だと卑屈になってたわけだな」


「そうえ。酷い話やろ?」


「そうだな」


「それよりもケビンはんは何ですんなりと飲み込んではるん? おかしない? 普通は法螺話や思うて笑いとばすえ」


「ああ、その点は説明しておいた方がいいな。とりあえず夢見亭の部屋へ行こうか? あ、オーナーが顔を出すと何かまずかったりする?」


「そこら辺は気にしーひんで構わへんえ。責任者くらいしかうちがオーナーやてわからへんよってに」


 それからケビンたちは服を着るとクズミ邸を後にして、街中を夢見亭へ向けて歩いていく。


「それにしてもスーツ姿なんだな。てっきり着物かと思った」


「着物は部屋着用なのです。旧友にゆったりしてて着脱衣が楽だと薦められてからはハマりこんでしまいました」


「あぁぁ……クズミはきっちり着ないもんな。うちのクララとそっくりだ」


「クララ?」


「会えばわかるけど何処に行くにしても着物しか着ないんだよ。きっと話が合うと思うぞ」


「それは楽しみですね」


 そして辿りついた夢見亭の部屋でケビンたちがクララたちと顔を合わせると、クズミがクララの姿を捉えて反応を示した。


「あっ!?」


「ん?」


「白龍の長じゃありませんか!?」


「なんだ、2人は知り合いだったのか?」


「そなたは誰だ? 私は知らぬぞ」


「この人は夢見亭のオーナーであるクズミだよ」


「ああ、主殿が会いに行った者だな。だが、私は初めて会ったぞ」


「私ですよ、私」


 クズミが思い出してもらうべく耳としっぽを生やすと、それを見たメイドたちは驚いて、クララは考え込んだあと得心がいった表情をする。


「……おお、あの時の助けてやった獣か!?」


「そうです。長いことお世話になったのに忘れるなんて酷いですよ」


「そうは言うがそなた、昔と顔が全然違うではないか」


「人の社会で過ごすのですから、長年死なずに同じ顔だと不気味がられるではないですか」


「懐かしいのぅ。何百年ぶりだ?」


「積もる話もあるだろうが、まずは座ってから話そう」


 それから腰を落ち着かせたケビンとクズミは、プリシラの用意したお茶を口にしてひと息ついたら、改めて今いるメンバーの紹介をケビンが行ったところでクララが口を開く。


「で、主殿。ずっと屋敷にいたようだが昨日は何をしておったのだ?」


「昨日は朝からずっと今日の朝までクズミとベッドの上だな」


「気配が移動していないと思っておったが、やはりか。指輪をしておるからそうではないかと思っていたが……そなた、好みであれば何でもありだのぅ。しかも丸1日か……」


「ケビン様、クララとのご関係は? “主殿”と呼ばれているようですが、私と同じ指輪をしていますし」


「私はそなたと一緒で今は主殿の嫁だぞ。“主殿”と呼んでいるのはそうなる前に従属させられたのだ」


「えっ!? 白龍の長を従えたのですか!?」


「あれは酷かったぞー私に対して死ぬか隷属か従属かを迫ってきたからな。危うくコレクションの仲間入りをするところであった」


「コレクション……?」


「主殿はカラードラゴンをコレクションしておるのだ。それで『白は持ってない』と言われてしまってな、殺されそうだったところをアリスに救われたのだ」


「アリス様が……というよりも、ケビン様はもしかしたら私の旧友を殺していたのですか?」


「世間って何気に狭いのな」


「そのような言葉で片付けられても困りますが……」


 クズミの旧友を手にかけるところだったという過去に、何となく居心地が悪くなったケビンはあからさまに話題を変えるのであった。


「クズミってこっちに来て何年経っているんだ? 俺の考えだと計算が合わないんだけど」


「そういえばケビン様が異世界について、妙に納得されていた経緯をここで教えてくれるのでしたね。クララとの再会で忘れていましたが、私がこの世界に来たのは三百年ほど前です」


「うーん……おかしい……」


 ケビンはクズミが生きていた時代と自分が生きていた時代の整合性が取れず、頭を悩ませるのである。


「何がおかしいのですか?」


「クズミがこの世界へ来る前に生きていた時代はおよそ千数百年前の出来事だ。そこから考えると少なくともこの世界で約千年は過ごしていないといけない」


「あの……何故そのようなことを知っておられるのですか?」


「俺がクズミの生きた世界の未来の人間だからだよ」


「え……」


「俺も元々はこの世界の人間じゃない。俺の場合はクズミと違って転生という形でこの世界に来たから、中身や記憶は前の世界のものだけど体はこの世界のものだ」


「ちょっと意味がわかりません」


「まぁ、そうなるよな」


 クズミが自分の異世界話は棚に上げてケビンの異世界話で絶賛混乱中の中、ケビンは理由を知っていそうなソフィーリアへ尋ねてみることにするのだった。


『ソフィ、聞きたいことがあるんだけど』


『あなたがまた新しいお嫁さんを引っ掛けたこと?』


『……知ってるんだ……』


『だってあなたに会えなくて寂しいから、モニタリングしながら仕事をしてるんだもの』


『モニタリング……』


『心配しなくても全部を見ているわけじゃないわ。でも、クズミを襲ったのは見ちゃったわね。あんなに荒々しく強引にするなんて、そういう趣味にでも目覚めちゃったの? 見ていて興奮したわよ』


『あぁぁ……できれば忘れて欲しいかな』


『無理よ。録画しちゃったもの』


『おい……』


『だって日本の創作物とは違ってリアリティがあるじゃない? まぁ、実際に起こったリアルなんだけど』


『……』


『心配しなくても大丈夫よ。趣味でしか使わないから』


『だいぶ話が横にずれてずらしたままでは危ない気がするけど、今はクズミについてだ』


『わかってるわよ。クズミが体験したのは自然発生の次元転移でわかりやすく言うなら神隠しよ。私たちが隠したわけじゃないのに人間って酷いわよね。だから、意図して起こされたものではなくて自然発生したものに巻き込まれたの』


『で、時代がズレている理由は?』


『次元が違うんだから時間軸も当然ズレるわよ。自然発生したものは神が干渉するわけではないから飛ばされる先は運任せよ』


『そういうことか……わかった、ありがとう』


 ソフィーリアとの会話を終えたケビンはクズミに対して、何を体験してどうなったのかをひと通り説明すると、それを聞いたクズミは信じられないことだと思いながらも、実際に体験してしまっているため無理やりにでも納得するのである。


「話は変わるけど、クララとクズミってどうやって知り合ったんだ? 接点のない気がするんだが」


「私が化け物扱いされている頃に人里離れた山奥で生活しようとしていたら、クララの集落に迷い込んだのですよ」


「よく殺されなかったな」


 好戦的なドラゴンがクズミの接近を許して襲わなかったことに、ケビンは驚きを隠せなかった。


「これでもある程度は戦えますし、クララに気に入られたということもありますね」


「気に入られたのか?」


「主殿、よくよく考えてもみよ。獣のなりをして言葉を喋るのだぞ? 興味が湧かない方がおかしいだろ。それにそこら辺のドラゴンよかよっぽど強いしの。喧嘩を売ったバカが軽く捻られておったわ」


「それでその集落でしばらくお世話になっていたのです。その際にこの世界の常識を教わり魔物呼ばわりされた理由がわかりまして、人化の方法や色々なことを学んだのです」


「クズミは人化ができなかったのか? 元の世界の創作話だと“狐に化かされた”って言葉があるのにな」


「この世界へ来てからあまり上手く力が使えないのです」


「ああ、魔力がメインだからか。それにスキル制度だしな」


「はい。私の元々の力もスキルとなって保持しております」


「システムさんがまともに働いたんだな……」


 ケビンは自分の称号の時には余計な働きしかみせないシステムが、クズミの救済処置でまともな働きをみせていたことに、何とも言いきれない気持ちに陥る。


「それでも全盛期ほどではないので弱くなっておりますよ」


「弱くなっていてドラゴンを倒すのか……末恐ろしい話だな」


「恐らく強さ的には私と同じくらいではないか?」


「クララと同類ねぇ。正体を知っていれば不思議ではないけれど……それで、昔からずっとクズミって名乗ってるのか?」


「いえ、その時々で名前と姿を変えて生活しておりました」


「商会もその都度立ち上げたり?」


「それはずっと引き継いでいます。力を使って代替わりを装い、昔からある老舗の商会として存続させていますね」


「まさに狐から化かされてるってわけか」


 それからもクズミの今までの生い立ちを聞いたり、ケビンの生い立ちを話したりと、お互いに知らないことを教えあっていくのであった。

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