第325話 月見酒
時は遡り、クララが仲間になってからその日の野営の時のこと。
ケビンは【無限収納】から携帯ハウスを取り出すと、それを見たクララが唖然としていた。
「あ、あ、主殿……そなたは家を持ち運んでおるのか!?」
「ああ、便利だからな」
なんてことのないようにケビンが答えるのだが、“便利”というだけで家を持ち運ぶ者をクララは未だかつて見たことも聞いたこともなかった。
そして家の中に入ってクララは更に度肝を抜かれる。
「な、何だ、この家は!? 見た目の大きさと中の広さが違うではないか!?」
「空間魔法を使ったからな。古代龍なら知ってるだろ? 使えないのか?」
「私が使えるのは【龍魔法】のみだ。知ってはいるが見たのは初めてだぞ」
「ふーん……長く生きてても初めてのことはあるんだな」
「当たり前だろう。基本的に人と関わりなど持たないのだ。主殿たちは別だが、ドラゴンからすれば人など路傍の石と同じだぞ」
「路傍の石に殺されてちゃあ、世話ないな」
「主殿と母親は別格だ」
「他にもいるだろ。世の中は広いんだから」
それからも驚くクララを連れて家の中をひと通り案内するが、クララの部屋を作る段階でひと悶着するのであった。
「部屋はいらぬぞ」
「何でだ?」
「主殿の部屋がよい」
「それは無理だな。俺は嫁たちと寝るんだ」
「私もそこで寝よう」
「おい、待て。俺を禁欲生活に陥れるつもりか?」
「私に構わずすればよいだろう?」
「……は?」
「ドラゴンなんかそこら辺でやっておるぞ? 他者の交尾など見飽きておるわ」
クララからドラゴンの性活事情を聞かされてしまい、種族が違うと価値観が大いに違ってくることをケビンは今更ながらに気づかされてしまう。
その後もケビンとクララの価値観の違いによる言い合いは続いて、疲れ果てたケビンはソファでぐったりとしてご飯ができるのを待っていた。
「ケビン君、送還したら?」
「ティナよ、それは無駄だ。魂が結びついておる以上、主殿の居場所はこと細かにわかるのですぐに戻ってこれる」
「何、そのGPSも真っ青なストーキング機能……」
「主殿は変な言葉を知っておるのだな。よもやこれほど生きてて知らぬ言葉があろうとは」
クララの発言で送還しても無駄だとわかったケビンは外に出ると、バイコーンたちで癒されるのであった。
「お前らは従順で可愛いよなぁ」
餌の準備をしようとして何を食べるのかわからなかったケビンは、【無限収納】で死蔵していた魔物の肉を出したらバイコーンへ直接尋ねるのだった。
「これ、魔物の肉だけど食べられるか? それとも野菜の方がいいか?」
バイコーンたちは問題ないと言わんばかりに嘶くと、ケビンの出した肉を食べ始める。
「うーん……やっぱり魔獣だから肉食なのかな? それとも何でもいける口なのかな?」
ケビンはそのようなことを独り言ちりながら4頭分の肉を山積みにして、それぞれの飲み物としてバケツに水も用意すると、しばらくの間バイコーンを眺めて過ごしていたのだった。
「ケビンくーん、ご飯ができたよー」
クリスがケビンを呼びにきたので、ケビンはバイコーンに別れを告げて家の中へ入ると食卓の席につき、「いただきます」の言葉とともに夕食が始まった。
そして食事中のこと、クリスがケビンにとある報告をする。
「ケビン君、クララも一緒に私たちと寝ることに決まったよ」
「……はあ?」
クリスの突拍子もない発言に苛立ちを見せたケビンが、顔を上げるとそのままクリスを見つめた。
「うっ……ケビン君、怖い……」
「俺のいない所で何故そうなった?」
「ケビン君、クリスを責めないで。私たちがみんなで話し合ったの」
「俺は理由を聞いているんだが?」
「あ、あのね、ケビン君が疲れているから代わりに私たちで説得をしようとしたけど結局ダメで、それならクララの部屋を作るんじゃなくてケビン君のお相手をする部屋を作ろうってなったの」
ケビンの滅多に見せない苛立ちにティナが必死になって理由を述べていくと、ことのあらましを理解したケビンが大きな溜息をつく。
「俺を気遣ってくれたことは素直に感謝する。ありがとう。だが、俺に関することを俺抜きで勝手に決めるのはやめてくれ。決めるにしても事前に伝えてくれ」
「勝手なことをしてごめんなさい」
今回のことを伝えたクリスが真っ先に謝ると、それに続いて次々と女性たちが謝っていく。
「ケビン君、ごめんね。悪気はなかったの」
「ごめんなさい、ケビン君」
「ケビン、ごめんなさい」
「ケビン様の嫌なことをして申し訳ありませんでした」
「奥様方を止められず、ましてやご報告を怠ったことまことに申し訳ありません。如何様な処罰でも甘んじて受けさせていただきます」
「主殿……その者たちを責めないでやってくれ。元凶は私なのだろう? 先程の主殿の視線は怖い……殺気に当てられるのとはまた違う怖さだ。上手く言えぬが心が突き放される感覚に陥った。今日出会った私でこうなのだ。その者たちにはさぞ辛いことだろう」
「元凶だと理解しているなら部屋にこだわるなよ」
「す、すまぬ……なんというか、その……よくわからぬが離れとうなかったのだ。だが、私のせいで乱してしまったのは事実。主殿が迷惑だと言うなら私は巣に帰ろう。何故かわからぬが主殿には嫌われとうない。必要な時だけ私を喚べばいい。主殿にとって私が必要となる時など来ぬだろうが……」
少し前に言い合っていた時の威勢はどこへやら。女性たちと同様にしょぼくれてしまうクララを見て、ケビンは『俺が悪いのか?』と唯一しょぼくれていない自分自身に対して自問自答を繰り返す。
暗い雰囲気の中での食事が終わりを迎えてケビンがお風呂に入ろうとすると、嫁たちが一緒に入ってもいいかケビンへ尋ねるが、「1人で入る」と言い残してお風呂を終えたら、ケビンはサクッと1部屋を新たに作り出して「1人で寝るからそっちの部屋は自由に使って」とまたもや言い残して部屋の中へと消えていくのであった。
部屋の中に入ったケビンは誰も入ってこれないようにすると、苛立ちを嫁へぶつけてしまわないように人知れず転移して、魔物を見つけては簡単に終わらせないように縛りプレイをしながら倒すという作業を、ひたすら繰り返していたのだった。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
――嫁side
ケビンが1人で出かけてしまった頃、残された嫁たちはこの世の終わりみたいな表情を浮かべて誰も口を開くことができなかった。
「のぅ……一体どうしたのだ?」
唯一ケビンの怒りを普通のことと捉えているクララは嫁たちの変貌ぶりに言葉を口にすると、クリスが今現在がどういう状況なのかケビンについて語るのだった。
「ケビン君って基本的に怒ることがあまりないんだよ。怒ったとしても誰かのためだったり、悪いことをした子供を叱る程度なの」
「ふむ、それで?」
「不機嫌になることはあってもそのあとは機嫌を直していつも通りになるんだけど、今回はお風呂も寝るのも1人で今までにこういうことはなかった」
「どうしよう……ソフィさんからサポートするように言われてたのに……」
ケビンの今までにない態度を見てしまったためか、ティナは頭を抱えて悩み込んでいた。
「もう1度、謝ってくる」
ニーナが席を立ってケビンの作り出した部屋のドアをノックするのだが、主はいないため当然の如く反応はない。不意にドアノブを回してみるも開くはずもない。
「開かない……」
ニーナの呟きが聞こえたのか益々ティナが落ち着きをなくす。
「ソフィさんに怒られる……」
「ティナ落ち着いて、ソフィさんなら許してくれるはずだから」
「お母様にも知られたら怒られるわ」
シーラが懸念して発した言葉にティナは更に追い込まれていく。
「そのソフィさんというのは誰のことだ?」
「ソフィさんはケビン君の第1夫人……この世界の神様……」
「ティナ!」
ティナは正常な判断ができず、うっかりソフィーリアが神であることを暴露してしまう。それに気づいたクリスが止めるも後の祭りである。
「神……だと……」
「ソフィさんが怒るのはケビン君に関して。サラ様も一緒……」
クララが神という単語に反応を示すもティナは気にする余裕がなくポツポツと言葉を続けていたが、ドアの前にいたニーナが更なる不安要素を投下する。
「ケビン君……いない?」
その言葉にハッとしたティナが気配探知を使うと、部屋の中にケビンの気配は確かになく家の周囲にもなかった。
「ない……ケビン君の気配がない!」
「落ち着いてティナ。ケビン君は気配を隠蔽できるんだから消してるだけかもしれないでしょ」
「落ち着けるわけないでしょ! ケビン君が家の中で気配を隠蔽するわけないじゃない!」
「クララさん、ケビン様がどこにいてもわかるのですよね? 調べてもらって構いませんか?」
落ち着きのないティナを宥めるためにアリスが打開策を提示すると、クララはそれを聞いて集中し始めた。
「ふむ……主殿は南東方面におるようだぞ」
「南東……?」
「かなり離れておるな……私が皆を乗せてひとっ飛びしてみるか?」
「いえ、それはやめておいた方が良いでしょう」
「何でよ、アリス! ケビン君の居場所がわかって行ける手段があるのよ!」
「ティナさん、頭を冷やしてください」
アリスの有無を言わせない凛とした態度に圧倒され、ティナは勢いをなくしてたじろいでしまう。
「クララさんのことはわかりませんが、不安なのは私たちも同じなのですよ。ケビン様を怒らせてしまった。これはもう変えようのない事実です。それにケビン様は1人で過ごされると申されたのです。そこへ向かって更に怒らせるつもりなのですか? ティナさんはケビン様を守りたいのですか? それとも自分の身を守りたいのですか? どちらなのですか?」
「うっ……」
「ニコルさんは言いました。どのような処罰でも甘んじて受けると。それは私とて同じ思いです。ケビン様の行方は知れましたが何を為されているのかはわかりませんし、いつ戻られるのかもわかりません。その間に感じる不安や焦燥が罰だと言うのなら私は甘んじて受けて耐えてみせましょう」
いつもは微塵も見せないアリスの風格にこの場は支配され、ただただアリスの言葉をその身に刻み込んでいた。
こうして少しの落ち着きを取り戻した女性たちは、いつ戻るかわからないケビンの帰りを待つのであった。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
嫁たちが話し合いをしていることなど露知らず、ケビンは戦闘を繰り返したことである程度気持ちが落ち着き始めると帝城の屋根へと転移した。
我が家が1番落ち着くというのはケビンも感じたようで、屋根に座り込んではお酒を【無限収納】から取り出して呑み始めると、夜空に浮かぶ月を眺めながら1人でボーっと過ごしていた。
そこへ背後から1人の女性が忍び寄る。
「ご主人……様……?」
「ん?」
ケビンが振り返るとそこにはオリビアが佇んでいた。
「こんな所でどうしたんだ?」
「私は月を見に……ご主人様が恋しくなるとここへ来て、月を眺めるようになったんです」
「そうか……俺と一緒だな」
ケビンがオリビアを隣へ座るように促すと、オリビアは静かに歩み寄って腰を下ろした。
「ご主人様はどうしてここへ? 旅を為されているはずですが」
「ちょっと嫌なことがあってな。嫁たちに当たり散らすのも格好悪いし、心を落ち着かせるためだよ」
それを聞いたオリビアは詳細を聞かずに、ケビンの肩を掴むと自身の膝へと誘導する。ケビンも意図を察してかオリビアのされるがままに体を預けた。
「私には戦闘をするような力はございませんので、こういう方法でしかご主人様のお役に立てなくて申し訳ございません」
「いいや、充分だよ。オリビアの優しさが伝わってくる」
それからどれくらいの時間が経ったのかわからないが、2人は会話をせずとも穏やかな時間を共有していた。
「いつかオリビアの故郷へ一緒に行こうな」
「どうしてですか?」
「ご両親にオリビアは元気で暮らしてるって知らせなきゃだろ?」
「お母さんはいますけどお父さんはいません」
「ん? 亡くなったのか?」
「いえ……」
オリビアが語ったサキュバスの特性は夫婦となることがなく、インキュバスから精を受けて子を成すということだった。
そして生まれてきた子供はサキュバスかインキュバスかのどちらかになるようで、サキュバスならそのまま里で暮らしていきインキュバスなら乳離れした時点でインキュバスの里へ送られるとのことだった。
他の魔族からも精を受けて子を成すこともできなくはないが、ほぼ父親となる者の種族となり純血のサキュバスとなることは稀であるとオリビアは語る。
そのようなことからサキュバスの絶対数が減ってはいけないと、子を成す時には自然とインキュバスがお相手となるのだった。
「もし、俺との間に子供ができたらどうなるんだろうな?」
「ご主人様……」
ケビンのふとした疑問にオリビアは頬を染めてケビンを見つめる。
「ハーフサキュバスとかにならないかな? ハーフエルフがいるみたいだし」
「私は人だろうとサキュバスだろうと、御子はどちらでも構いません。ご主人様との御子ならば嬉しさでいっぱいですから」
「オリビア……」
「ご主人様……」
体を起こしたケビンとそれを見つめるオリビアは、自然と顔の距離がなくなると唇を重ね合わせる。
「ん……」
唇が離れて見つめるオリビアの顔は既に蕩けきっており、月夜の下という状況がオリビアの情欲を加速させているようであった。
ケビンはオリビアをゆっくり押し倒すと寝間着のボタンを外していき、服に隠されていた体を晒していく。
「恥ずかしい……」
やがて、ひと晩中愛し合った2人は朝日が昇ると太陽の光を浴びながらも、体を重ね合わせ続けていた。
「ご主人様、朝です」
「ヤバい……オリビアの体が気持ちよすぎる……」
「これでもサキュバスですから……性に関することなら全種族中トップを自負しています」
そのまま快楽にふけり続ける2人は食事を終えて仕事へと出かけるサーシャやアビゲイルに見つかって、ようやく体を離すことになるのだった。
「抜かずに続けるって……」
「旦那様……溜まっていらっしゃるのですか?」
「それはないでしょう? 何のためのティナたちよ……ハッ、もしかして全員ダウンさせてヤリ足りずにここへ来たってこと!?」
この日、新たにケビンによる抜かずの偉業が瞬く間に奴隷たちへ広まり、お風呂と食事を済ませたオリビアは憩いの広場へと連行されてしまう。
ケビンはケビンでお風呂と食事を済ませたら、また旅の続きに戻ると伝えて携帯ハウスへと帰るのであった。
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