第320話 アイリス、いきます!

 私が帝城へ来てから早くも1ヶ月が過ぎて、仕事もだいぶ覚えることができた。最初の頃は覚えることがいっぱいで目まぐるしかったが、次第にケイトさんからそれなりの書類を少しずつ任されるようになってきていて、それなりの信頼を勝ち取ったと思ってもバチは当たらないはず。


 ここへ来た当初は一般的な常識からかけ離れていて、何もかもが新鮮に映って驚いたというよりもかなりのカルチャーショックを受けてしまった。


 それもこれも全てはお義兄様の価値観が、普通の王侯貴族とは全くもって違うからだ。


 まず、各部屋にトイレが備え付けられているなんてありえない。しかもそれがお義兄様や奥様たちの部屋だけではなく、奴隷たちの部屋にまであるのだ。しかもその奴隷たちには個室を与えている。子供たちはまとめて一緒の部屋にしているけど。


 トイレと言えば、あの“うぉしゅれっと”なるものがとても凄かった。最初は驚いてしまったが慣れてしまえばアレなしではもう無理かもしれない。普通のトイレとは満足度が違うのだ。


 その理由として、水量を調節して当てると何とも言えない感覚が体を走り抜ける。そしてムラムラした日にはこっそりアレで致しているのは私だけの秘密だ。ピンポイントで当てるともの凄く気持ちが良くてイッてしまうのだ。


 これはもう私だけではないはず。むしろ他の人たちもやっているに違いないだろう。いや、言わないだけで確実にやっているはずだと断定できるくらいには、女性を喜ばせる力がアレには宿っている。


 なぜならお義兄様はお優しい方だから、お相手できなかった女性たちが自ら慰めるために、アレにはそういう隠された使用方法も考えられて作られたはずなのだ。


 次に謁見の間だ。城の中に謁見の間が2箇所あるのは世界広しといえどこの帝城だけだろう。しかも、その内の1つは憩いの広場と呼ばれてくつろぎの空間とされている。


 そこには子供たちが遊ぶための遊戯場まで作られているのだ。大人たちの目の届くところで子供たちを遊ばせるために作られたみたいだ。全くもってお義兄様らしい。


 お義兄様らしいと言えば、以前フェブリア学院で聞いた噂では在学中のお義兄様は、他人に無関心で驚くほどの怠け者であり同学年からはFクラスの落ちこぼれとして名を馳せていたのだ。


 それなのに1年生の時に参加した闘技大会の代表戦では、Eクラスの選手の攻撃を一切受けつけず簡単に倒してしまったのだとか。


 当時は実力を隠していた食わせ者として新たな噂が流れていたが、お義兄様が勝ちにいったのはその1戦だけで、他の試合は負けていたみたいなのでやっぱり怠け者として噂が広まっていた。


 そして驚くべきは三帝の弟だったということだろう。噂によれば総員戦の指揮を取って勝利に導いたのもお義兄様だったらしい。これによって戦闘面だけではなく頭脳面でも実力を隠していたことが顕となったのだ。


 学院では三帝の弟として要注意人物認定を受けて噂が広まっていたが、ある日を境にぱったりと姿を見せなくなって、そのうち噂も自然と下火になっていった。


 そして、その噂が再燃したのは間違いなく親善試合の時だろう。対戦校の代表選手として表舞台に敵として舞い戻ってきたのだ。


 あの時のお義兄様は凄かった。お姉様の持っていた記録映像で確認したのだがフェブリア学院の誇る三帝をあしらっていたのだ。


 最終日にはお義兄様1人に対して三帝を含める複数人で挑んだにも関わらず、結果はお義兄様の勝ちで終わっていた。


 その時にお姉様に聞いたのだが、お義兄様はどうやら記憶を失っていたらしい。


 魔導具の暴走による王都中を巻き込んだ事件。実はお義兄様が怒って威圧を放ったのが真相らしかった。当時2年生だったのに王都中を巻き込むほどの威圧を放つなんて、お義兄様は小さい時からとんでもない力を持った人だったのだ。その時の後遺症で記憶を失ってしまったのだとか。


「アイリス? ボーっとしてどうしたの?」


 いけない、今は執務中だった。ついつい物思いにふけってしまった。


「何でもないんですの。ちょっとここへ来た当初を思い出していたら、横道に逸れてお義兄様の偉業まで思い出してしまいまして」


「ああ、ご主人様の偉業ね。本当にご主人様は底が見えないわよね」


「そうなんですの。子供の頃にアリシテア王国の王都にある学院へ通っていたのですが、当時は落ちこぼれとして名を馳せていたんですの」


「どうせご主人様のことだから、本気を出さなかったのでしょう? やればできるのに面倒くさがるものね」


「そうなんですの。実力を隠して学院生活を送っていたんですの。それもまあ、1年と少しの間だけでしたけど」


「そのあとは実力を発揮していたの?」


「学院を去ってしまったんですの」


「あら、どうして?」


 お姉様はティナ様から聞いたようなので又聞きにはなってしまうが、私はお姉様から聞いたお義兄様の学院を去った原因とその後の冒険譚を話していく。私の知る小さい子供の常識外れな冒険譚を。


「はぁぁ……ご主人様は子供の頃から変わらないのね。そこもまた1つの魅力かしら」


「お義兄様は魅力的な殿方なんですの」


「そういえば、アイリスはまだ告白しないの?」


「!?」


「別にあなたと一緒にお風呂へ入るのが嫌になったわけじゃないわ」


 そう、ケイトは面倒みが良くて私が1人にならないようにお風呂へ一緒に入ってくれているのだ。最初の頃はお姉様が一緒に入ってくれていたが、「ケビン君が恋しくなった」と言って途中から1人になってしまった。


 ケイトはお姉様が以前のように一緒に入っているのを見て、私のことを気にかけてくれたのか、その時から一緒に入ってくれるようになった。


 ちなみにお義兄様は私が1人でお風呂に入っているのを知ってしまい、お姉様はお叱りを受けてしまったらしい。「面倒を見るように言っただろ」って。そのことを知った当時の私は、お義兄様のお気遣いに不覚にも胸がキュンキュンとしてしまった。


「で、どうなの?」


「まだ勇気が出ないんですの……」


「もう思い切ってズバッと告白でもしたら? もうすぐ冒険に出るから今を逃せば数ヶ月は会えなくなるかもしれないわよ。聞いた話だとご主人様は冒険をしだしたら他のことは忘れて熱中するらしいわよ? まぁ、ご主人様らしいと言えばご主人様らしいけど」


「ですの……」


「でも、強制するわけじゃないからね? そういうのってご主人様は嫌がるからあくまでもアドバイスとして受け取っておいて」


「ケイトはどうでしたの?」


「私? 私はお風呂の時に告白したわよ。泣きながらね」


「お、お風呂で!? しかも泣いたんですの?」


「あの時は不覚にも本心をさらけ出してしまったわ。お風呂だけに心まで丸裸にされた感じね」


「そ、それで……」


 こういう恋バナは学院を離れてからしていなかったので、私は興味津々にケイトへ先を促していた。


「心は既にご主人様のものになっていたけど体はまだだったから、早い話が抱いて刻み込んで欲しいってお願いしたのよ。ため息をつかれたから振られたと思っていたんだけど、その後で強引にキスされたわ」


「強引にキス……」


「私のファーストキスよ。お風呂で泣きながらなんてムードがないけど、一生の思い出よ。なんか、こう……愛されてるって気持ちに包まれたの」


「す、凄いんですの……」


「それにこの前は抱いてもらったわ。やっと身も心もご主人様のものになったのよ。初めてをご主人様に捧げることができて、あまりの嬉しさに泣いてしまったわね」


「夜伽にお呼ばれしたんですの?」


「ふふっ、襲いに行ったのよ。しばらくは会えなくなるでしょう? だからね、勇気を出して抱いてもらいに行ったのよ。誘惑したらもの凄く反応してくれて嬉しかったわ。恥ずかしかったけど頑張った甲斐があったわね」


 それからも私はケイトの経験談やお義兄様を虜にする仕草などを尋ねながら熱心に聞いていた。


 お義兄様はどうやらエロい姿に惹かれるらしい。恥じらいを持ちつつそれを実行するとコロッと落ちてしまうそうだ。


 ケイトも奥様方から色々と聞いていたようで、エロく誘惑したら1発で成功を収めてしまったみたいだ。


 ケイトが言うには教えを乞うなら今はプリシラが1番適しているようで、奴隷たちは暇さえあれば勉強会を開いているらしい。


 私も執務が終わったらプリシラを捜してみようと思う。


 当のプリシラはケビン様を喜ばせることが至上と考えていて、普通のことからエロいことまで何でもできるように日々勉強しているのだとか。さすがはメイド長である。


「ま、そういうことだから、仕事をさっさと片付けましょう。そうすれば勉強をする時間が増えるわ」


「頑張るんですの!」



◆ ◇ ◆ ◇ ◆



 執務が終わった私は早速プリシラを捜し出して、恥ずかしいけど目的を伝えて教えを乞うことにした。


「そういうことですか。お任せ下さい、アイリス様をケビン様好みの立派な女性に仕立てあげてご覧にいれましょう」


「よろしくお願いいたしますの!」


 それから私はプリシラとともに空き部屋へと赴き、殿方を喜ばせる方法なるものを教わった。プリシラが実際に見せてくれながら内容を教わったのだが、あれはヤバイ……まともにできる気がしない……お義兄様のところへ行く前はお酒を少し飲んでからにしよう……


 プリシラとの勉強会が終わった私は、他にも情報を得ようと奥様方にも色々と聞き回って行った。


 そして夜がやってくると、いよいよ本番の時である。ほろ酔いでネグリジェ姿の私は勇気を振り絞ってお義兄様の部屋を訪れた。


「お義兄様、少しお時間よろしいですか?」


 私は軽いノックのあとに室内へ入ると、お義兄様は体を起こしてベッド脇に座ってくださる。


「どうしたの? アイリス」


 私のネグリジェ姿にお義兄様は視線を泳がしてしまっていた。良かった……私の体でもちゃんと反応を示してくれるようだ。


「お願いがありますの……」


「可愛い義妹のお願いなら何でも叶えるよ」


 よし! 言質を取りました。これで第1段階はクリアです。


「少し立っていただけますか?」


 私の言葉にお義兄様は何の疑いも持たずに立ってくれた。今のところ順調です。


 私はお義兄様の傍まで寄ると一世一代の告白をする。


「実は私……お義兄様のことが好きなんですの。初めてお会いした時から心が惹かれるようになって、今では完全にお義兄様の虜になってしまいましたの」


「え……」


 私の告白にお義兄様はキョトンとしていた。失敗かもしれませんがまだ大丈夫です。巻き返しの方法はプリシラ先生より習っていますから。


 私は瞳をうるうるとさせてお義兄様を上目遣いで見つめた。


「私じゃダメなんですの? アイリスのことはお嫌いですか?」


 これです、これなのです! プリシラ先生とアリス様の2段階コンボ!


「いや……」

(何だこれ!? アイリスが告白してきたと思ってびっくりしていたら上目遣いだと!? しかもしれっと自分のことをアイリス呼びになってるし、素でこれなのか? それとも計算か? どっちにしても魔性過ぎるだろ)


「おいやなのですか……?」


(無理無理無理無理無理! アイリス、瞳に雫を溜めて今にも泣きそうじゃないか!? こんなの落ちない方がおかしいだろ!?)


「そ、そうじゃなくて、アイリスのことはもちろん好きだ。嫌いだったら城に住まわせていない」


 やりました! お義兄様から好きと言われました。


「で、では、その……抱いてくださぃ……」


「でも……」


 お義兄様はやはり躊躇われました。こういう展開でもお義兄様は躊躇われるとお聞きした通りです。なればこそ、次の段階へ行かなくては。


 私としても恥ずかしいですが、お酒を飲んできて良かったです。なんとかやれそうです。


「んっ……お義兄様のことを想うとここがこんなになってしまいましたの」


「え……真面目なアイリスがこんな……」


 そのあとも続ける私の恥ずかしい言葉でお義兄様の理性は崩壊したようです。私はお義兄様からベッドへ押し倒されてしまい、一瞬のうちに着ている物が消えてしまいました。


 これが噂に聞くお義兄様の一瞬脱がしなのですね。実際は脱がすというよりも収納されてしまうので消されると言った方が正しいようですが。


「んちゅ……」


 ああ、ファーストキスを奪われてしまいました。お義兄様とのキスがこんなに気持ちのいいものだなんて……ですが、お義兄様が興奮していらっしゃるのでケイトの助言通りにしないと、初めてが痛いだけになってしまいます。


「お義兄様、アイリスは逃げませんよ」


「アイリス……」


 それからお義兄様は優しく口づけをしてくれました。ケイトの助言通りにして良かったです。


「あ……」


 お義兄様の手が私の胸を触っていきます。大好きな人から触られるとこんなにも気持ちが良くて嬉しいものなんですね。それに私の小さな胸でもお義兄様は愛してくれています。


 一時期はティナ様の言葉でお義兄様は大きな胸にしか興味がないと噂が広まってしまいましたが、誤解が解けてからは小さくても大丈夫だと自信がつきました。


「お義兄様ぁ……」


 それから私は自分でも驚くくらい淫らな言葉を口にして、お義兄様を誘惑しては朝まで愛してもらったのだった。


 自分が何を口にしてどれだけ愛されたのか覚えられないほどに、お義兄様は私の体で気持ち良くなってくれた。


 先輩方に聞いて回ったアドバイスが役に立ったようだ。


 そしてこれは、私にとっては最高の初体験になって一生忘れられない思い出となる。


 翌朝には私が言ってたからと、ジェシカと同じようにぽっこりお腹に仕上げてくれて、本当に赤ちゃんができたような感覚に浸れて嬉しかった。


 でも、私は思った。『そんなこと言ったのかな?』と。


 まぁでも、これでお義兄様が旅に出てもお腹にお義兄様を感じていられるので、これはこれでアリかなと思ってしまうのであった。

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