第11章 新規・新装・戴冠・結婚

第270話 ケビンの帰還

 季節はめぐり春の訪れを知らせる中、ケビンは背伸びをしながら出発の時を待った。


「あなた、いいわよ」


「わかった。それじゃあ、行こうか」


「ドキドキするわ」


 小動物たちが2人の周りに集まって、まるで見送りに来ているかの光景の中、ケビンとソフィーリアは【万能空間】からその姿を消した。



◆ ◇ ◆ ◇ ◆



 穏やかな日差しが差し込む頃、サラはリビングでのんびりとお茶を楽しんでいた。庭ではカインとルージュが鍛錬を行っていて、婚約から1年経った今でも結婚はせずにそのままの付き合いを続けていた。


 家族が1度結婚の話をしてみたが、カインの主張は『ケビンが戦争を終わらせて療養しているのに、後から婚約した俺たちが先に結婚することはできねぇし、家族が揃ってなきゃ意味がねぇ』だった。


 全くもって筋が通っていたため、周りの者も特に何も言うことはなかった。ルージュ自身も『ケビンがいなければカインさんに会うことはなかった』とカインの意思に賛同していたのだ。


 そのような中で、シーラだけは未だに以前のような明るさはなく食事を摂ることはするものの、1日中自室で過ごし部屋の外へ出てくることは所用を済ます以外はなかった。


 サラも無理やり部屋の外へ連れ出すことはせずに、ケビンが戻るまではそのまま過ごさせることにして、そっと見守るだけに留めている。


 そして家族の誰かが見にきても少しだけ会話を口にして、静かに過ごすのだった。


 ある日のこと、そのような生活を繰り返していたシーラに思いもよらないことが起こる。


 その日も自室で何をするわけでもなく過ごしていたシーラに、ケビンの気配が唐突に引っかかった。


「ッ!」


 あれから1年数ヶ月、来る日も来る日もケビンに償うべく帰りを待っていたシーラに訪れた突然の機会。されど、急なことでケビンに会う勇気が出ない上に合わせる顔がないのも事実。


 結局、1歩を踏みだす勇気が出てこなかったシーラは、ベッドから動くことができなかったのだ。


 そしてたった一言「ありがとう」が言いに行けない自身の情けない姿に嫌悪して、再び枕を濡らしてしまうのだった。



◆ ◇ ◆ ◇ ◆



 シーラがケビンを察知したのと同時にサラもケビンを察知する。サラがソファから振り返れば、そこには見知らぬ女性と愛するケビンの姿があった。


 その表情は立ち去った時とは違い、穏やかな微笑みに満ち溢れている。


「ただいま、母さん」


「……ビン……ケビン!」


 サラは居ても立っても居られずにケビンに駆け寄り、その身を力強く抱きしめて涙を流し続ける。


「……ケビン……私のケビン……」


「ごめん、母さん。心配かけたね」


 サラが落ち着くまでケビンはその背中を優しくさすり、サラの嗚咽がおさまり始めて次第に落ち着くと、ケビンは後方に控えていた女性を前に促して大事なことを伝える。


「母さん、この人が俺のお嫁さんのソフィだよ」


「初めまして、お義母さん。私はこの世界を管理している女神のソフィーリアと申します」


「貴女がケビンの言っていた女神様なのですね。ケビンの言っていた通りとてもお美しい御方です」


「どうぞお気になさらずいつも通りの喋り方で構いません。私のお義母さんになるのですから」


「あら、ケビンどうしようかしら。お母さん、女神様のお義母さんになるのね」


「いつも通りの母さんで大丈夫だよ」


 それから3人はソファに向かいカレンが紅茶を配り終えると、下がるカレンの瞳に雫が溜まっていたことは言うまでもない。


 そしてケビンはカレンに声をかけて心配をかけた旨を謝ると、我慢していたカレンの涙腺は決壊してしまい、とめどめなく涙が溢れでるのであった。


 そのようなカレンを咎める者などこの場にいようはずもなく、カレンが落ち着いたところでケビンは今までのことを語りだした。


「――で、俺は治るまでソフィと一緒に過ごしてたんだよ」


「そうなのね。試そうとしていた神様の所へ行けるなんてケビンは凄いのね」


「このことは外部には秘密にしといてね。神様が下界に降りてるなんて知れ渡ったら大変なことになるから、表向きは誰もいない辺境の地で療養してたってことにしといて」


「ティナさんたちにも秘密なの?」


「いや、婚約者にはちゃんと秘密を打ち明けて紹介するよ。そうしないとお嫁さんにしようとしているのに不義理を働いてしまうからね」


「そう、偉いわね」


「ところでティナさんたちは? ルージュさんはカイン兄さんといるよね?」


「ふふっ、ティナさんたちは今帝都にいるわ。ルージュさんはね、カインと婚約したのよ。それでティナさんたちと別れてここに住んでるの」


「えっ、あの超絶シスコンが!? 熱でもあるんじゃないの!?」


 サラからの思いがけない情報にケビンは驚きを隠せず、ついつい本音でシスコン呼ばわりしてしまうが、そんなケビンにサラはニコニコと窘めるのである。


「ダメよ、ケビン。ルージュさんはお義姉さんになるんだから」


「どっちみちティナさんと結婚したらお義姉さんなんだけど、二重の意味でお義姉さんになっちゃったね……それにしても、驚きの情報だよ」


「お互いに鍛錬してたらルージュさんが惚れちゃったのよ。カインも満更ではなくてね」


「あぁぁ……何となくわかる気がする。ルージュさん、集落で自分より強い相手がいなかったから、カイン兄さんの強さに惚れ込んじゃったんだろうね」


「カインもあれから真剣に鍛錬へ打ち込むようになって、そんなひたむきな姿にキュンとしたらしいわ」


「そっか……カイン兄さんのことだから、自分が弱いせいだとか思ったんだろうな」


「当たりよ。自分が弱いからシーラを守れずケビンに負担をかけたって言ってたわ」


 そこでケビンはちょうどいいと思い、話題に名前が上がったシーラのことを尋ねることにした。


「ところで姉さんはどうなってる?」


「……元気にはなっているけどケビンに会う勇気がまだないのでしょうね。だから用事が済んで手が空いた時にケビンから会いに行ってあげて」


「わかった。とりあえず、婚約者たちに会いに行ってから姉さんとの関係を今後どうするのかも含めて考えてみるよ」


「お願いね。あの子には私よりもケビンの方が適任だから」


「じゃあ、まずはティナさんたちの所に行くから、みんなによろしく」


「行ってらっしゃい」


 ケビンはサラにそう伝えると、ソフィーリアを連れて帝城の謁見の間へと転移した。



◆ ◇ ◆ ◇ ◆



 謁見の間では特にするべきこともなく、女性たちがテーブルを囲って世間話に花を咲かせていた。


「あの玉座はご主人様のものですから、臨時とはいえ奴隷の私が座るわけにはいかないのです」


「最初はテーブルとか場違いな物があるなぁって思ってたけど、そういうことなら仕方ないわね」


 ティナが今更ながらに聞いた疑問を、ケイトは億劫とも思わずに答えていた。


「それにやっぱりご主人様の傍にいたくて、それを感じられるここにみんなが自然と集まるようになったのも関係していますね」


「慕われてるなぁ……」


 そんな所へケビンが前触れもなく転移してくると、全員の顔がお化けでも見たような呆然とした表情となるのであった。


「ただいま、みんな」


 しかしその言葉に反応できた者はおらず、全員沈黙したままである。そのような中でただ1人だけ動いていた者がいた。


「……ぉ……かえり……」


 ボソッと聞こえた声にケビンが反応して視線を向けると、端の方に1人でいたパメラの姿があった。


 少しずつ、少しずつ、ケビンに近寄ろうと歩みを進めて、その距離を短くしていく。


 それを見たケビンはソフィの元を離れてパメラの方へ向かって歩き出した。以前に反応した距離まで近づくと立ち止まり、優しく微笑みかけてパメラへ声をかける。


「パメラ……ただいま」


 パメラは更に距離を縮めるために歩き出して、しばらくするとケビンの前まで到達していた。


「……あいさつ……できた」


「頑張ったね」


 僅かに震えているパメラの目を見てケビンが答えると、そのままケビンはパメラの頭に手を乗せて撫で始める。


 ケビンに触られた瞬間、パメラはビクッと反応して目を閉じるが、次第に体の震えは止まりその行為に身を委ねていた。


「パメラ、ティナさんたちに挨拶をするから離れるよ?」


「……わか……た」


 ケビンはパメラの頭から手を離すと、ティナたちの元へソフィーリアを連れて行く。


「久しぶり、みんな」


 ケビンの表情が以前のように戻ってかけられる言葉に、ティナたちは謝罪の言葉しか返せず、ただ泣きじゃくるだけであった。


 ケビンにとっては何もされていないので意味不明であったが、とりあえず落ち着くまでは待っていようと思い、ケイトに先に話しかけた。


「ケイト、女帝の仕事はどうだい?」


「貴方が押し付けたんでしょ! いきなり国王様とか王妃様とかと面会することになるし、各貴族とも打ち合わせとかがあるしで大変だったのよ!」


「中々にいい体験だったろ?」


「心臓に悪いわよ」


「不在の間、みんなを見てくれてありがとう」


「もう! そんな表情で見ないでよ。何も言い返せなくなるじゃない」


 表情の乏しかった頃とは違って微笑んでお礼を言われるケイトは、顔を赤らめてそっぽを向くのであった。


「さて、ケイト。戻ってからの最初の仕事だ」


「……次は何をさせる気?」


 ケビンから仕事と言われてしまい、ジト目を向けながらケイトが言葉を返すと、ケビンはなんてことのない簡単な仕事を押し付けるのである。


「これからティナさんたちに大事な話があるから、ここにいる他のみんなを一旦謁見の間から出して欲しいんだ」


「……人払いってこと?」


「そう」


「わかったわ。終わったら呼んで」


 ケイトは椅子から立ち上がると、みんなに声をかけて一旦部屋へ戻るように促した。


 そして、ケビンとソフィーリア、ティナたちだけがこの場に残ることになる。ケビンとソフィーリアが椅子に座ると落ち着いてきたティナたちへ声をかける。


「みんな気になってると思うけど、この人は俺のお嫁さんのソフィーリアだ」


「みなさん、初めまして。私はこの世界を管理している女神のソフィーリアと申します」


 ケビンの紹介もそうだがソフィーリアの名乗りも突拍子もないことで、ティナたちは呆然としていたが、ハッとしたティナがソフィーリアの身の上よりも身近な問題を物凄い勢いでケビンに問い詰める。


「婚約破棄ってこと!? 大事な話ってそれ!? 傷つけたから? 私がケビン君を傷つけたから!?」


 せっかく泣き止んでいたのにまたしても涙を流し続けるティナに、他の者たちも釣られたのかまた泣き出してしまう。


「んー……さっきも思ったんだけど、ティナさんたちって俺に何かしたの? 何もされた記憶がないから謝られてる内容がいまいち理解できない」


「……ケビン君の顔を見たときに……怖がったから……傷つけたって……思って……」


「そういうことか……もしかして、ニーナさんやクリスさんもそんな感じ?」


 ケビンの質問にニーナやクリスも答えて、ケビンは何故謝ってきていたのかを理解するのであった。


「誤解しているみたいだから先に言っておくけど、婚約を破棄するためにソフィを連れてきたわけじゃないからね。みんなとはちゃんと結婚するつもりだよ」


 ケビンの言葉でようやく事態の収拾がついて、ケビンはソフィーリアのことを含めて今まで隠していたことを打ち明けていった。


 やがてケビンの話が終わると、皆一様でソフィーリアに対しての対応がガラリと変わり畏まってしまうのであったが、ソフィーリアからの言葉でその場は収まる。


 一通りの説明が終わるとケビンはみんなに口止めをして、ソフィーリア関連のことは口外しないように念押しした。


 その後、ケビンはアリシテア王国の国王に会うべく1人で屋敷を訪れることにして、ティナたちと親睦を深めれるようにソフィーリアを置いていくことにする。


 そして屋敷を訪れたケビンは難なく面会の取り次ぎが取れて、国王たちへ帰還の挨拶を済ませると、国王たちが国へ帰る際には長旅は疲れるだろうからと転移で送る旨を伝えて、色々な話はまた後日ということになるとその場を後にしたのだった。

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