第254話 手がかり
ケビンは王城を後にすると今度は実家へ転移してリビングへと歩き出す。そして中に入るとリビングでは重い雰囲気の中、皆が集まっていた。
「ただいま、母さん」
「ケビン……」
「陛下から事情は聞いた」
「そう……」
「誰が探しに行ってるの?」
「マイケルとカレン、それに戦えるメイドたちに頼んだわ」
「連絡は?」
「まだないわ」
酷く落ち込んでいるサラを見たケビンは、安心させるために優しく包み込むと言葉を口にする。
「俺が探しに行くよ」
「お願い……あの子たちを助けて。大事な子供たちなの」
「俺にとっても大事な家族だからね。見つけてみせる」
「ケビン、僕からも頼む。何もしてやれない兄を許してくれ」
「ケビン、無理はするなよ、お前とて普通の人間だ」
いつもの雰囲気はそこにはなく心痛な面持ちのサラがケビンに頼むと、アインとギースもケビンに2人のことを託す。
「悪いけどティナさんたちはここに残って、母さんの傍についてて」
「悔しいけど人捜しじゃ力になれないものね」
「ケビン君、気をつけてね」
「捜して見つからないなら捕虜になってる可能性が高いよ」
「わかった。いつもそれだけ真面目だと助かるんだけどね」
「せっかく仮面を被らなくても済む人の傍にいるのだから大目に見てよ」
「クリスさんらしいね」
ケビンは全員の顔に視線を向けるとその場から上空へ転移し、戦地へと飛び立っていった。
「ケビン……」
「大丈夫です、サラ様。ケビン君は世界一凄い人ですから」
「ねぇ、ティナ。あの子何者なの? 強さにしても魔法にしても、あれはどう見ても異常よ」
その瞬間、その場の空気が凍りついた。
「あなた、どなた? 見かけない顔よね?」
カインやシーラの行方がわからなくなっていることで気が立っているサラが、絶対零度の威圧を放ちながらゆらりと立ち上がる。
「あ……あ……」
「姉さん、謝って! ケビン君の家族に対して失礼だよ! 早く謝って!」
「そう……ティナさんのお姉さんなのね、確かに少し似ているわね」
「サラ様、ごめんなさい! 姉さん馬鹿だから許してください」
ティナが必死に謝るとサラの威圧が解かれて、その場の緊張感が一気に下がる。
「ケビンが連れて回ってるなら、一緒にいることを許しているのね?」
「いえ、戦争が始まってるって知った時に実家へ帰るように言ったのですが駄々をこねてしまいまして、それを面倒くさがったケビン君が仕方なく連れ回す形に」
「あら、お姉さんなのに駄々っ子なの?」
「サラ様、ティナのお姉さんは早い話がシーラさんと同類です。ティナのことをこの上なく好きで離れたくないのです」
クリスの説明に凄く納得した表情を浮かべて、サラは再びソファに腰を下ろした。
「そう……ティナさんも大変ね。あなた、お姉さんなんだからあまり迷惑かけちゃダメよ?」
サラが落ち着きを取り戻したところで、ティナがその場でへたり込んでいるルージュに歩み寄り声をかける。
「姉さん、謝って。いくら姉さんでもケビン君や家族に酷いこと言うのは許さない。それができないならもう帰って。そんな姉さんの顔なんか見たくもない」
いつもとは違う雰囲気のティナから叱責されて、ルージュが震える足を踏ん張らせながらサラの元へ歩み寄る。
「す、すみませんでした」
「あなた、名前は何て言うの?」
「ル、ルージュです」
「そう……ルージュさん、貴女もティナさんが貶されたら怒るでしょ? それと同じよ」
「はい、ごめんなさい」
「それじゃあ、もういいわ。ケビンが動いたならあの子たちも帰ってくるし、お茶でもしながら待っていましょう」
こうして、ルージュはサラの洗礼を受けてしまい『この家族はヤバイ』と心に刻み込むのであった。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
一方その頃、実家でそんな出来事が起きているとは知らずに、ケビンはアリシテア王国の上空を戦地へ向かい飛んでいた。どこが戦場になっているかがわからないので、何となく北へと向かっている。
『サナ』
『はい、マスター』
『マップが順次更新されていったら、兄さんたちの手がかりを探してくれ』
『わかりました』
そして、戦地上空が近づいてくると目印となる天幕がチラホラ見え始める。日も沈みかけ今日の戦闘は終わりを迎えているようで、戦争参加者たちは野営に向けて動いているようだ。
アリシテア王国の野営地を抜けると、そこには戦争の爪痕が地上に広がっていた。今もなお、遺体の回収を行っている王国軍たちが点在している。
その上空を抜けると次に目に入ったのは帝国軍の野営地であった。こちらは王国軍とは違い、酒盛りをして騒いでいる。確かに兵数に差があるようで既に勝った気でいるのだろう。
その光景を目にして、ケビンは苛立ちを覚えつつも今はまだそのときではないと、カインたちの捜索を続行する。
この者たちは知らない。実際に虎の尾を踏むことの方がまだマシとも言える人物から、後に怒りを買ってしまうことに。
ケビンがそこから更に先へ向かうと、凄惨な光景が地上を埋めつくしていた。彼方此方に死体が転がり、それを目当てに魔獣や魔物たちが跋扈している。
ここが壊走してきたルートなのだろう。遺体の回収もままならず放置するしかなかったためか、魔獣や魔物にとっては楽に餌が手に入る場所となっている。
ひたすら凄惨な光景が続いていると【マップ】の端に複数の光点がつく。
『マスター、マイケルさんたちです』
ケビンは【マップ】でマイケルたちの位置を確認すると、その場所で一旦上空から降り立った。
「マイケルさん」
上空から現れたケビンに恭しく礼をとり、マイケルたちは挨拶をする。ケビンはそんなマイケルたちに状況を説明して情報交換を行い始めた。
「この周辺に兄さんたちの手がかりはなかったよ」
「私たちもこの周辺を調べていましたが、日も落ちて視界が悪くなり難航していましたので助かります。今は本日の捜索を終了して明日の早朝から再開する話をしていたところです」
「とりあえずマイケルさんたちを転移で自宅に送るから、このことを母さんに報告して。ここから先をずっと進むとなると、そのうち帝国領に入らないといけなくなるから」
「かしこまりました。カイン様たちのことをよろしくお願いします」
ケビンはマイケルたちを自宅へ転移させると再び上空へ飛び立ち、カインたちの探索を再開する。
しばらく進むと新たに【マップ】上で光点の反応が出た。
『マスター』
『ああ』
ケビンが地上に降り立つと、そこには周りに散在してある血みどろの死体とは違い、一線を画した綺麗な細工の施してある剣と鞘が落ちていた。
「兄さん……」
それはケビンがカインに贈ったカイン専用の剣であった。どれだけ使おうとも斬れ味が落ちることはなく汚れることも朽ちることもない、この場には不釣り合いなほど綺麗なままのカインの剣であった。
そこからすぐ近くにはもう1つの物が落ちている。
それはケビンがシーラに贈った髪飾りであった。本来なら本人以外が扱うことのできない物であるため、シーラ自らが外さない限りそこに落ちているわけがないのだが、その答えはすぐそばにあった。
髪飾りと一緒にその場にあったのは汚れてしまっているが、いつもサラサラとなびかせているシーラの青い髪であった。
「どういうことだ?」
『魔導具であることは結界発動時に理解したのだと思います。恐らく結界が邪魔であるために髪の毛ごと切って外したのでしょう。そして、髪の毛自体を切ることに関しては命に危険がないため結界は発動しません』
つまり、結界発動条件の隙間を狙った行為でシーラの髪飾りは外されてしまったのだ。
「取り押さえて切ったのか?」
『恐らく……そして、カイン様はシーラ様を人質に取られたのだと思います』
「それで剣だけでなく鞘までもが落ちていたのか」
ケビンはカインの剣とシーラの髪飾りを回収すると、再び上空へ飛び立ち帝国領へ向けて出発した。
やがてケビンはそれ以上の手がかりを掴むことはなく、帝国領内へ入ることになる。
そのまま飛んでいると【マップ】上の端に砦が表示されて、そこでカインの反応を見つけることとなった。
「クリスさんの言った通りだな」
そして砦の前に降り立つケビンを目にした帝国兵が、周囲に叫び声を上げて応援を呼んだ。
「敵襲! 敵襲!」
その声に待機していた帝国兵がゾロゾロと集まりだして、その後、責任者らしき人物が現れる。
「こんな所ではありえない敵襲の言葉を聞いて覗きに来てみれば、小僧、1人で来るとは馬鹿なのか? それとも勝てないとわかって投降でもするのか?」
「兄さんを返してもらう」
「兄さん? ……ああ、あの口を割らない男か。報告によると面白い剣を持っていたらしくて尋ねてみたら返ってきたのは弟自慢でな、あまりにも的外れなことを抜かしよるから危うく殺すところであったぞ」
その言葉にケビンは奥歯をギリッと噛み締める。
「そういえば女もいたな。そいつも面白い髪飾りをしていたらしくてな、見た目が良かったから皇帝陛下への土産として送ってやったわ。そこら辺にいるような女であれば、ここで囲って暇つぶしに犯してやったのだがな」
男の言葉に周りの帝国兵もニヤニヤと下卑た笑いを浮かべていたが、その男が喋ることはもう2度となかった。
ボトッと音がした直後、男の首からおびただしい量の血が噴き上がる。
「ヒ、ヒィィィィッ!」
周りを囲んでいた帝国兵は全身に血を浴びて混乱の坩堝へと陥り、その声を聞いた他の帝国兵も起きた出来事を理解できずに呆然としている。
「お前らは1人残らず殺す!」
ケビンが両手に刀を握りしめ無意識に漏れ出た威圧を周囲に撒き散らし、近くにいた帝国兵はなすすべなく斬り刻まれ、遠くに配置していた兵士は魔法にて応戦するが、そのどれもがケビンに向かうことなく雲散霧消する。
ケビンが歩く度に近くにいる者はその刀によって斬り刻まれて、死体の山が築かれていく。
次々と斬り殺されていく光景を目の当たりにしながら、まだ生きている帝国兵は恐怖に塗り潰されて恐れおののいていた。
どうにか逃げようと這いつくばりながら移動する帝国兵も、ケビンが後ろに立った瞬間、その体は斬り刻まれてバラバラとなる。
そして、1時間もしないうちに帝国領土の砦はたった1人の者の手によって人知れず陥落するのであった。
やがてケビンは砦にある牢へと足を運びカインと対面することになるが、カインを目の当たりにして言葉を失った。
カインの両足は逃走防止のためか拷問の末なのか、膝から下が切り落とされており、両手は鎖で繋がれたまま吊るされて、手首は枷のせいで皮が剥けて痕となっている。体中も鞭で打たれた痕が多数刻まれており、生きているのが不思議なくらいであった。
「に……いさ……」
ケビンの声にもならない呟きに反応したのか、カインの体に動きがあった。
「……ケ……ビンの……声がする……はは……兄ちゃんの姿見たら……弱すぎって笑うだろうな……もう……会えないのかな……こんなことなら……母さんの訓練……真面目にしておけばよかったなぁ……」
「兄さん!」
「……ケビン……か……そこに……いるのか……わりぃ……何も見えない……」
「今助けるから!」
ケビンが牢屋の鉄格子を斬り裂くとカインに駆け寄るが、カインが僅かばり顔を上げたのを見たケビンは再び言葉を失った。
カインの両瞼は切られ、顕になっているはずの眼球はそこにはなく、虚ろな闇が広がっていた。
「どうして……こんな……」
「ケビン……兄ちゃん……しくじったみたいだ……」
「絶対死なせない!」
ケビンはカインに回復魔法をかけると、カインを抱きかかえてすぐさま自宅へと転移した。
リビングに突如現れた血塗れのケビンに一同が驚く。そして、ケビンに抱きかかえられたカインを目にして言葉を失い、凄惨な姿に口元を押さえて瞳に涙を溜める者までいる。
「マイケル! カレン!」
「はっ、ここに」
「はい、ケビン様」
「兄さんを部屋に。回復魔法をかけたから命に別状はないけど精神的にきてる。綺麗にしてベッドで休ませてあげてくれ」
「直ちに」
「かしこまりました」
マイケルはケビンからカインを受け取ると、そのままカインの居室へと運び込むためリビングから退出し、カレンも後を追って体を拭う準備に取りかかった。
「……ケビンく……」
ティナは声をかけようとするが、ケビンの雰囲気に呑まれて二の句が告げずにいた。そこへサラがケビンに歩み寄り声をかけた。
「ケビン……カインがいたところの敵は?」
「全て殺した」
「そう……お願いがあるの」
「何?」
「お母さんを戦場に連れて行ってくれない?」
「サラ!」
サラの願いに待ったをかけたのはギースであった。
「あなた、行かせてちょうだい」
「しかし!」
「私はあの人から子供たちを託されたのよ? 私にとっても大切な我が子を傷つけた帝国は許さないわ」
サラがそこまで言うとギースも押し黙るしか選択はなかった。サラがアインたちを我が子のように可愛がって育てていたのは知っていたからだ。
「ファラさんのため?」
「知っていたの?」
「小さい時からね」
「そう……それならお母さんの気持ちもわかるわよね?」
「ああ、わかってる」
サラとケビンの話がつくと、アインが心痛な面持ちでケビンに歩み寄り話しかけた。
「ケビン……」
「アイン兄さんが誰の子であろうと俺にとってはかけがえのない兄さんだし、家を継ぐことにも不満はないよ。フラフラしている俺よりしっかりしてるからね」
「……ありがとう」
それからケビンはシーラの手がかりをみんなに話して再度出発しようとしたところで、意外にもルージュから止められてしまう。
「ケビン、今日は休んだ方がいいわ」
「何で? 姉さんが捕まってるのに?」
「あなた、酷い顔してるわよ」
「顔?」
「人を殺した顔よ」
「実際、殺したし」
「そういうことじゃないわ。あの子たちの顔を見てみなさいよ」
ケビンはルージュに言われてティナたちに視線を向けると、一様に心配している顔や怯えている顔をケビンに向けていた。
「声をかけてあげたいけど声をかけれない。あなたの今の状態がまさにそれよ。纏う雰囲気とか近づくだけで殺されそうだわ」
「別に殺しはしないけど」
「とにかく今日は休みなさい。どっちにしろ、サラ様を戦場に送るのは朝でしょ」
「でも、姉さんが」
「ケビン……お母さんも休んで欲しいわ。シーラならきっと大丈夫よ。帝城まで距離が離れているから馬車で移動中だと思うわ」
「……わかったよ。今日はもう寝る」
「ありがとう、ケビン」
それから血塗れの服を脱いで風呂に入ると返り血を洗い落として、風呂から上がったら用意されていた新しい服に袖を通す。
ケビンはそのまま部屋へ戻るとベッドの中に潜り込むが、興奮状態からか中々寝付くことができなかった。
しばらくすると、恐る恐る部屋に入ってきた婚約者たちがベッドに侵入してきては、ケビンの周りを取り囲んで抱きつく。
周りからすすり泣く声が聞こえてくるが、不思議とケビンは落ち着くことができて深い眠りにつくのであった。
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