第237話 卒業 ~実家でのひととき~

 ケビンが褒賞を受けてから月日は経ち、とうとうミナーヴァ魔導学院を卒業することになった。


 全科目を修得した前人未到での首席ということで、学院からは教授として働いてもいないのにいきなりの名誉教授の位を与えられ、そのせいか学生から【パーフェクトプロフェッサー】という二つ名までつけられてしまった。


 優秀な人材を確保したいのか、いつでも教鞭を振るいに来て欲しいとのことだったが、ケビンは冒険者活動を優先するためにその時が来るかどうかは不明である。


 そして、卒業式は特にこれといって何が起こるわけでもなく、平穏無事に執り行われて終了した。


 ケビンは卒業生代表ということで答辞を述べたのだが、内容は特に捻ることもなく在り来りな言葉で済ませたのだった。


 卒業式が終わったケビンが家につくと、ソファへだらしなく座りくつろいだ。


「はぁぁ……終わったぁぁ」


 だらけているケビンにティナとニーナ、クリスとプリシラがそれぞれ祝いの言葉をかける。


「「卒業おめでとう」」


「おめでとう」


「ご卒業おめでとうございます」


 ケビンは居住まいを正すとその言葉に応えた。


「4年間一緒にいてくれてありがとう。色々と助けられたよ」


「そんなことないわ」


「一緒にいれてよかった」


「卒業デートしよ」


「私は自分の仕事をしたまでです」


「それでも、ありがとう」


 ケビンの素直な感謝の言葉に、3人は頬が緩みニヤニヤとするのであった。プリシラは我慢しているのか頬がピクピクしている。


「ケビン君、これからどうするの? 実家に帰る?」


「そうだねぇ……とりあえずはレティに挨拶してから、のんびり過ごすかな。帝国の動きも気になるところではあるよね」


「そうよねぇ……冒険するならアリシテア王国のまだ行っていない北方面をと思ってたんだけど、今は敬遠した方がいいわよねぇ」


「そういえば東と南と西は行ったんだっけ?」


「そこは終わってるわ」


「魔導王国を回る?」


「温泉に行ってみたいなぁ」


「「「うーん……」」」


「温泉……」


 天然なクリスを他所に3人が悩んでいると、プリシラがケビンに声をかける。


「ケビン様、とりあえずのんびりしながら考えられては如何でしょうか? この国を冒険するとしても転移魔法ですぐに来れますし」


「それもそうか」


 ケビンはプリシラの案を採用して、しばらくはのんびり過ごすことに決めると、マジカル商会への依頼品を納品しつつ数日間はミナーヴァで過ごしていた。


 そして、ミナーヴァにいる間にスカーレットへ挨拶を済ませたケビンは「そろそろ帰ろうか?」とみんなに話をして、借りてた家の解約手続きを済ませると、卒業の報告とともに実家にいるサラの元へと帰省するのであった。



◆ ◇ ◆ ◇ ◆



 自宅へ戻ってきたケビンはサラに首席で卒業したことを伝え、学院生活での出来事やスカーレットのこと、侯爵の件などを報告して終始サラを楽しませていた。


 その日は久々に兄姉弟4人が揃ったこともあり家族団欒を満喫しながら、お互いに近況を報告しあったのだった。


 アインは当主を引き継ぐためにギース指導の元、領地経営の何たるかを日々学んでいて、カインはサラにシゴかれながらもアインのために強さを身につけて支えるつもりで頑張っている。


 シーラは嫁に行ってもおかしくない歳なのにお見合い話は全て断っていて、理由は至極単純明快で「ケビン以外の人は好きになれない」だった。


 それを聞いた当時のサラはため息をつきつつも、「ケビンに迷惑をかけないのよ」と伝えて黙認したのである。


 ケビンがその話を聞いた時には、「マジか……」と言ってしまったのは言うまでもない。


 ちなみにアインやカインには驚くほどのお見合い話が舞い込んできており、そのことごとくがファンクラブに在籍していた面々であった。


 アインは時間を作っては1人1人に返事を書いてマメなところを見せていたが、対するカインは「今は修行中」と言って簡単に済ませていた。



◆ ◇ ◆ ◇ ◆



 そしてある日のこと、リビングでくつろいでいたカインは同じくくつろいでいたケビンに話しかけた。


「なぁ、ケビン」


「何?」


「どうしたらそんなに爵位をポンポン貰えるんだ?」


「別に欲しくて動いてたわけじゃないよ。勝手に押し付けられてるんだから」


「勝手にって……この国で伯爵だろ? 隣では侯爵なんだろ? 1個くらい兄ちゃんにくれよ」


「じゃあ、侯爵あげるよ」


「マジか!?」


 本気でやり取りできないことはお互いに知っているが、軽く侯爵をくれると言ったケビンの言葉にカインは興奮するのである。


「これからはカイン・カロトバウン侯爵だね。大出世だよ」


「いやぁーいい響きだなぁ……」


「カイン閣下、お飲み物は如何しますか? 使用人をお呼びしましょう」


「うむ、苦しゅうないぞ。紅茶を頼む」


 ケビンはカインの言葉を聞いてパンパンと手を叩いたら、側に控えて2人の様子を見ていたライラが苦笑いを浮かべながら近寄ってきた。


「君、カイン閣下に紅茶を頼む」


「かしこまりました」


 やがて準備をしてきたライラが紅茶を注ぎ、カインの前に静かに置くとそのまま元の場所へ戻って行く。


 カインは紅茶を口にすると侯爵ごっこを更に続ける。


「ふむ……中々に美味であるな。よい使用人を抱えておるではないか」


「お褒めの言葉ありがたき幸せ」


 そのような遊びをしている2人にニヤニヤとしたサラが近づいてきた。


「これはこれは閣下。優雅なひとときをお過ごしで大変よろしゅうございますわ」


「ッ! ……うむ」


 サラの登場に冷や汗を免れないカインは、一言だけ言葉を返すのだった。


「閣下の武勇は私のような下々の者にまで届いておりますの。常に鍛錬を怠らないとかで、さぞお強いのでしょう?」


 サラはいい玩具を見つけたとばかりにニコニコとしているが、カインは冷や汗タラタラである。


「そ……そなたのところまで届いてしまっておるのか。べ、別に大したことではない、ただ少し剣が扱える程度よ。そなたの美貌に比べたら私の剣の腕も霞むというもの」


「おほほほ、閣下はお口が上手でいらっしゃるのね、私のような者など息子から隠居した年増と言われるだけの小者ですわ」


「ッ! そ……そうなのか? い、いや、しかし、それは言葉のあやと言うやつではないのか? ほ、本心は思っておらぬやもしれんぞ」


 サラから前に言ってしまったことをほじくり返されて、カインは完全にビクビクしながら必死に言葉を返すのであった。


「そうなんですの? 化け物扱いされたこともあるんですのよ?」


「ッ!! あっ! そ、そういえば、私は鍛錬をしなければならないのであった。きょ、今日のところはこの辺でお暇させてもらおう。な、中々有意義な時間であったぞ。ケビン伯爵よ、またの機会に話そうではないか」


「大したおもてなしもできずに申し訳ありません」


「で、では、また会おう!」


 カインは1度もサラと視線を合わせることなく、そそくさとその場を後にした。


「母さん、楽しんでたね」


「だってこんな面白いことしてるんだもの。母さんも呼んで欲しかったわ」


「根に持ってたの?」


「女はいつまでも綺麗であり続けたいのよ」


「母さんはいつまでも綺麗なままだよ。俺の自慢の母さんなんだから」


「ふふっ、大好きよ、ケビン」


 こうして、サラという予想外の乱入によって、カインの侯爵ごっこは終わりを告げたのであった。



◆ ◇ ◆ ◇ ◆



 とある日のこと、ケビンはティナとニーナを連れてリビングでくつろいでいた。


 ティナたちはあまり関わりのない兄姉がいることで遠慮してしまい、ケビンの部屋からあまり外には出てこなかったので、気にかけていたケビンが連れ出してきたのだ。


 ちなみにクリスは持ち前の天然さですぐに打ち解けていた。


「そんなに気にしなくても大丈夫だよ」


「だって、ケビン君だって久々の再会なんだし、積もる話もあるだろうし……」


「私たちは大丈夫」


「俺は2人が早く打ち解けてくれた方が嬉しいけどな」


「わかってるけど……」


 そのような時にタイミングがいいのか悪いのか、リビングへシーラがやって来る。


「あら、今日は2人も一緒なのね」


「やぁ、姉さん」


 シーラはケビンの対面のソファへ腰を下ろした。目の前には両手に花状態のケビンが座っている。


「(じーっ……)」


「「(……サッ)」」


「そんなに見てどうしたの?」


「2人に避けられてる気がするの」


「そうなの?」


「だって、視線を合わせてくれないんだもの」


「姉さんがじっと見つめるからじゃない?」


「それはないわよ……多分……」


 実際に先程は見つめていたので尻すぼみになりながらも、そうであって欲しいと否定するが自信はなかった。


「ティナさんたちは心当たりある?」


「……多分」


「……少し」


 ケビンはティナたちが打ち解けて仲良くできるように、いい機会だと一肌脱ぐのであった。


「んー……この際だから腹を割って話そうか? ティナさんたちが姉さんを敬遠してる理由って何?」


「そ……それは……」


「言いづらい……」


「大丈夫だよ。姉さん優しいから怒らないよ。ね?」


「ケビンが言うならお姉ちゃんは怒らないわ」


「ほら? 怒らないんだってさ」


 たとえ怒らないと言われようとも言えるかどうかは別なのだが、ティナたちは意を決してその理由を語り出した。


「……卒業してから家に帰ってきたじゃない?」


「そうだね」


「その時に面と向かって初めて会ったんだけど……」


「ふむふむ」


「値踏みされてた」


 ティナの言葉をニーナが引き継ぎ、それを聞いたケビンは頭を抱えた。


「はぁぁ……姉さん……」


「これが嫁小姑問題ってやつなのかなって……」


「まだ嫁じゃないけど……」


「わかった。気を悪くさせてごめん」


 シーラの性格からしてそうなることは傍から見て誰にでもわかっていたが、ケビンとしてはそこまでのものなのかと、改めて弟愛の強い姉に対して戦慄を覚えるのであった。


「姉さん……ティナさんたちを値踏みしたの?」


「だって……将来はケビンのお嫁さんになるのでしょ? 気になるしズルいじゃない」


「何が気になるの?」


「ケビンの好み」


「見た目で選んでるわけじゃないからバラバラだよ」


「おっぱい大きい人好きでしょ?」


「……」


 ケビンが意図してそうしたわけではないが、確かに比率でいえば周りの女性は大きい人に偏っている。むしろケビンにとっては風評被害である。


 サラは母親でどうしようもないし、マリーはアリスの母親でどうしようもない。若手メイド隊にしたって大きい人もいれば小さい人もいる。


 周りの状況がそうなっているだけであって、ケビンが選んでいるわけではないのだ。


「そうとは限らないだろ? アリスだってレティだって大きくはないんだし」


「レティって誰?」


「ミナーヴァ魔導王国の王女だよ」


「また増えてる……それにアリスちゃんは同い歳でしょ? 育ってなくて当たり前じゃない。大人の女性はみんな大きいわ」


「いや、サーシャさんは普通サイズだった」


「サーシャさんって誰?」


「王都の冒険者ギルドの受付嬢」


「更に増えた……」


「で、姉さんはそんな情報を仕入れて何がしたいのさ」


「ケビン好みの女性になる」


「はぁぁ……婚約話を断り続けてるって本当みたいだね」


「ケビン以外の男なんてゴミよ」


「それだと、父さんや兄さんたちもゴミ扱いしてるんだけど?」


「家族は別よ。他人のことよ、た・に・ん」


「姉さんの考えは変わらないの? 素敵な男性がきっと世の中にはいるよ?」


「ケビン以外は嫌。結婚させられるなら死を選ぶわ」


「お……重い……昔はお姉ちゃんであることに拘ってただけなのに……」


「お姉ちゃんも大人になったのよ。偉いでしょ!」


 エッヘンとばかりに胸を張ってケビンを見つめているシーラだが、何故そんなことで威張れるのか甚だ疑問を隠せないケビンであった。


 シーラのことを放っておくと、次から次に婚約者たちを値踏みしていくことは容易に想像できたため、嫁小姑問題を解決するためケビンは意を決してシーラに話しかける。


「姉さん……姉さんは俺のことが好きなんだね?」


「当たり前よ! 可愛い弟を愛せないだなんて家族詐欺だわ!」


「いや、意味がわからないんだけど……姉さんの好きな対象は弟として? それとも男として?」


「……お……」


「お?」


「……おと……」


「おと?」


「……お、男の人としてよ! もうお姉ちゃんに何言わせるのよ! 恥ずかしいじゃない!」


「いや、今まで散々好きって言ってたよね?」


「それは弟を建前にしてたから平気だったのよ!」


「で、今は男として好きだと?」


「そうよ! 悪い! ケビンのことが男の人として好きなの! 愛してるの! 結婚したいのよ!」


 シーラが真っ赤になりながらもケビンへ告白すると、さすがのケビンもここまで好きなのかと予想を遥かに上回っていて、洗脳でもされているんじゃなかろうかと疑わずにはいられない。


「俺たち血の繋がった姉弟だよ?」


「わかってるわよ! だから何? 文句あるの!?」


 ケビン自体は血の繋がりのない他人だとは知っているが、そのことをあえて隠してシーラが知っているのかどうかを判断するため尋ねてみたが、シーラは知らないようで完全に逆ギレして返答するので、ケビンは珍しいものを見たとばかりに目を見開いていた。


「姉さんの覚悟はわかったよ。俺なりに姉さんのことは考えてみるから答えは待ってて欲しい」


 たとえ血が繋がっていても結婚したいというシーラの覚悟を受け止めて、ケビンはシーラとの付き合い方を改めて考えてみることにした。


 サラからは近親婚がまかり通る世の中であることは以前に聞いていたので、あとは自分の覚悟次第だとケビンは強く思った。


「……本当? 考えてくれる? はぐらかしたりしない?」


「あぁ、ちゃんと考える。だから姉さんは俺の婚約者たちを値踏みするようなことはやめてね。ぶっちゃけ失礼だよ」


「わかった、もうしない。ティナさん、ニーナさん、今まで不躾な視線を向けてすみませんでした。完全に私の嫉妬からくる行為でした。お2人はどこも悪いところなんてありませんから心配なさらないで下さい」


「いえ、私たちもよく嫉妬してケビン君を困らせていますから」


「仲間です」


 シーラとティナたちが和解したことにより、嫁小姑問題を見事解決に導いたケビンであったが、その代わりシーラとの関係を考えるという新たな問題が浮上してケビンの苦悩は続くのである。


「よし! お母様に報告してくるわ! ケビンが結婚してくれるって!」


「ちょっ!」


 ケビンの静止も聞かずシーラはサラの元へ走り去ってしまった。


「結婚するって言ってないのに……」


「いいじゃない。ケビン君のことだからそのうち婚約するんでしょ?」


「まだ考えてる段階なんだけど……」


「シーラさん幸せそうな顔をしていたわよ? ケビン君が結婚しないって否定したら、立ち直れないのじゃない?」


「はぁぁ……」


「そんな優しいところが大好きだよ」


「私も。解決してくれてありがとう」


 シーラがサラへ報告に行くと、驚くこともなく「良かったわね。迷惑かけちゃダメよ?」と言うだけであった。


 あまり驚いていないサラにシーラが尋ねると、どうやらシーラの愛の告白が家中に響きわたっていたようで、その結果はケビンのことだから無下に断る真似はしないだろうと、全員が同じ終着点に辿りついていたのであった。


「~~ッ! 恥ずかしいぃぃ」


 シーラがサラの傍でうずくまって、顔を隠して恥ずかしがったのは言うまでもない。


 その様子をニコニコとサラは見つめるのであった。

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