第9章 三国動乱

第238話 作戦を決行する!

 とある日の午後、ケビンはふと気になることがあってクリスとリビングで話していた。


「ねぇ、クリスさん」


「なーに?」


「家に手紙とか書いてるの?」


「ん? 書いてないよ」


「……つまり、家を飛び出してきてから音信不通ってこと?」


「音信不通じゃないよ。手紙が来たら返事くらい書くよ」


「何処にいるか教えてるの?」


「教えてないよ」


「手紙来ないよね?」


「来てないよ」


「……」


 クリスはここまでアホの子なのかとケビンは唖然とした。たまに垣間見せる秀才ぶりは幻覚だったのではないかと。


「はぁぁ……」


「どうしたの? 疲れてるの?」


 相変わらずクリスは自分のせいでこうなっているとは、露ほども感じてはいない。


「クリスさん、家族が集まりそうな時間ってわかる?」


「ご飯のときだよ。一緒に食べるのがルールなの」


「夜にちょっと行こうか?」


「私の家でご飯を食べるの?」


「いや、家族が心配してるだろうから、挨拶に行くんだよ」


「心配してるかなぁ?」


「心配してるよ。きっと、色々な意味で」


 こうして音信不通になっているクリスの消息の無事を知らせるために、ケビンは夜にバージニア家へと出かけることにするのだった。



◆ ◇ ◆ ◇ ◆



――バージニア騎士爵家


 ここにいつもと変わらずご飯を一緒に食べている家族がいる。違うことと言えば長女が他国に渡ってから3年の月日が経過していることだ。


「あれから3年も経つんだな……」


「そうですね。元気でやっているのかしら?」


「月日が経つのは早いですわね。おかげで学院部の2年生になってしまいましたわ」


「僕も今年で高等部を卒業だからね」


「無礼を働いていなければいいが……仕事はちゃんとしているのだろうか?」


「あの子は抜けているところもありますけど、根はしっかりした頭のいい子ですよ。きっと、いい仕事についているはずですよ」


「ずっと魔導王国で暮らすのかしら?」


「ケビン様が留学を終えてこっちに戻れば、姉さんも帰ってくると思うよ」


「ケビン様の学業を邪魔している姿しか想像できん」


「あなた……」


「魔導王国で子供を捕まえてなければいいですけれど……」


「姉さん……」


 そのような時、しんみりとした場の雰囲気をぶち壊す、明らかに部相応ではない明るい声が食卓に響きわたる。


「ただいまー」


「「「「ッ!」」」」


 3年ぶりに聞いた家族の声を聞き間違えるはずもなく、その場にいる一同が驚愕する。


「クリス! 一体今まで何をしていたんだ!? 手紙くらい出すべきだろ!」


 当主がいきなり帰ってきた娘に何をしていたのかと心配して尋ねるも、クリスは当たり前のように言葉を返すのであった。


「ん? ご飯食べてたよ」


「「「「……」」」」


 『そう……そうなのだ……この子はそういう子だった』と、久しぶりに聞く予想の斜め上を行く言葉に一同は言葉を失う。


「で、今更だが作戦は成功したのだろうな?」


「作戦?」


「お土産大作戦だ!」


「あぁ、あれは大丈夫だったよ」


「何を持っていったのだ? 菓子か? 銀食器か?」


「私」


「?」


「「「?」」」


「早く続きを言え。私の後に何がくる? 壺か? 宝石か?」


 逸る気持ちを抑えるために一同は震える手で飲み物を口にする。何を持っていって成功させたのか気が気ではない。


「だから私だよ。お土産は私自身」


「「「「ぶふぅっ!」」」」


 クリスの斜め上どころか一体どこに向かっているのか理解し難い言葉に、家族は一斉に飲み物を噴き出した。


「「「「ゴホッゴホッ……」」」」


「相変わらず汚いなぁ……飲み物を粗末にしたらダメなんだよ」


 全くもってその通りなのだが、『お前のせいだろ!』とは咳き込んでいるため誰も口にできない。


「ゴホッゴホッ……ク……クリス……聞き間違ったようだ。もう1度何をお土産にしたのか正確に教えてくれ」


 今度こそ聞き間違えてなるものかと夫婦はクリスの言葉に集中する。弟妹は落ち着くために再び飲み物を口にした。


「私のファーストキス」


「「!!」」


「「ブゥーッ!」」


「ちょっと2人とも! しばらく見ない間にお行儀が悪くなってるよ!」


 姉のせいで口だけじゃなく鼻からも垂れ流している弟妹に、クリスは容赦なく窘めるのであった。


「あ……あなた……」


「終わったな……」


「で、ケビン君を待たせてるから連れてくるね」


「「「「ッ!」」」」


 何事もなかったかのようにクリスは足取り軽くケビンを迎えに行くが、残された家族はこの世の終わりのような顔つきをしていた。


「あなた……」


「お父様……」


「父さん……」


「いや、まだだ……まだ終わってはいない! こうなったら最後の手段……“みんなで謝れば怖くない大作戦”を決行する!」


「あれをするのですね」


「久しぶりですの」


「鈍ってなければいいけど……」


「よし、みんな心の準備はいいな? ケビン様が来たら一斉に謝るんだぞ。その場で立ち上がり両足の踵を揃えて60度に開け! 腰は90度が基本だ! 視線は必ず垂直に下へ向けるんだぞ、ずれてしまえば正しい頭の角度がつかない! 手は五指を揃えて太ももの横に下へ向けてはりつけろ! 失敗は許されん……ケビン様が来るまでイメージトレーニングを行うんだ!」


「わかりました」


「「はい!」」


 やがてそこへケビンを連れたクリスが戻ってきた。


「ケビン君、どうぞ」


「夜分に失礼致します」


 ケビンの姿を確認したバージニア家の面々は一斉に立ち上がると、“みんなで謝れば怖くない大作戦”を決行して声を張り上げた。


「「「「誠に申しわけありませんでした!」」」」


「ッ!?」


 その姿にケビンはドン引きして、一体クリスに呼ばれるまで何があったのかと呆然とするばかりである。


「あ……あの……」


「お父さん、ケビン君が困ってるよ。何か悪いことでもしたの? 私がお願いして許してもらおうか?」


 クリスの的を外れた言葉を無視して、当主は頭を下げたまま言葉を口にする。


「うちの不出来な娘が無礼なお土産を持参したようで、誠に申しわけありません。もし、許して頂けるのであれば私の首だけにして頂きたく。妻や子供たちには何卒ご配慮を」


「あぁぁ……」


 ケビンは当主の言葉でようやく謝られた原因がわかるとともに、クリスの日頃の行いから肝心なのをすっ飛ばして伝えたなと認識したのだった。


「何卒、何卒ご配慮を!」


「とりあえず皆さん顔を上げて貰えますか? 話が進みませんので」


 ケビンに促されみんなが席に座ると、ケビンも空いている席に腰を下ろした。クリスは当然ケビンの隣を陣取っている。


「今日伺ったのはクリスさんが連絡を一切していなかったことがわかりまして、さぞご心配されているだろうと思い、こうして足を運んだ次第であります」


「恐縮にございます」


「クリスさんの言葉では説明不足だと思いますので、僭越ながら私が代わりに詳細を語らせて頂きます。3年前、クリスさんが訪問してこられた際に抱きつかれた後、確かにキスをされてしまいました」


「「「「!!」」」」


 ケビンの語る内容に、家族の者たちは一様に顔面蒼白となってしまう。クリスの語った言葉が間違いでなかったことを証明されてしまったからだ。


「理由を問いただしたところ、どうやら当主殿とクリスさんの間で思い違いがあり、当主殿は恐らくクリスさんの持てる全てを使って高価なお土産を買って行き、私に渡すような意図があったと思うのですが、クリスさんの中では自分の持てる全てを渡すことに変換されていたのだと思います。そして、その時に私へ全てを捧げると言いました」


「誠にお恥ずかしい限りです」


「ですから不可抗力ながら私のせいで、クリスさんはお手つきになったと言えます」


「……」


「それでそのまま放り出すわけにもいかないので、私はクリスさんに婚約を申し込み、受け入れてもらいました」


「「「「ッ!」」」」


 ケビンの婚約発言に家族たちは驚きを隠せずにいた。


「ほ、本当ですか……?」


「本当だよ、お父さん。ほら、婚約指輪貰っちゃった」


「「「「ッ!」」」」


 クリスが左手をテーブルの上に出して証拠を見せると、またもや家族たちは驚愕するのである。


「ふふん、いいでしょー私のお気に入りなんだぁ。ケビン君の手作りなんだよ」


 ニコニコと幸せそうな顔を浮かべるクリスに、当主は未だに信じられないのかケビンに再度尋ねる。


「本当に娘と婚約を……?」


「はい。結婚を前提にお付き合いをさせて頂いております」


「あなた……」


「あぁ……一生独身だと思っていたのに……子供にしか興味がなかったあの子が……」


「1つ訂正をさせて頂きます。クリスさんは現在ショタコンではありません。正確に言えば私がこの国の学院の入試試験を受けた時ですから……8年ほど前になりますね」


「ッ! 8年前からですか!?」


「はい。当時私に声をかけてきたので、見るからに危なそうだったから年下路線への変更をお薦めしたのですよ」


「年下路線……」


「自分より小さな子供が好きならば、自分より年下も年齢という点では小さくなるのでは? と伝えましてね。小さい子供は成長とともに大きくなりますけど、年下なら成長しても年下のままですからね」


「「「「ッ!」」」」


 まさに神からの天啓を受けたと言わんばかりに、家族たちは驚愕して目を見開いた。


 いくら止めろと言っても矯正できずクリスの子供好きを止められなかったのに、性癖の内容を変えるという方法で子供好きから年下好きへと変更して矯正させたケビンの手腕に、家族たちは『神かっ!』と尊敬の念を抱いた。


「まぁ、その時目の前で話してた私が年下路線の被害者第1号となりまして、ターゲットにされてしまいましたけどね。今となってはいい思い出です。それに入学したことがバレてからは、しばらくストーキングされてしまいまして、その時クリスさんについたあだ名が【柱女はしらおんな】なんですよ」


「えっ!? 私、そんな呼び方されてたの?」


 今明かされた驚きの事実でクリスは変なあだ名がついていたことを知るのだが、そんなクリスにケビンが名前の由来を教えるのであった。


「俺の所にいつも姉さんが来てたから、話しかけられなかったんでしょ? いつも柱の陰から様子を窺ってたから、それを見た1年生たちが【柱女】って呼んでたんだよ」


「そんなぁ……」


「まぁ、自業自得だから仕方ないよ」


 ケビンとクリスが楽しく会話をしていると、その様子を見ている両親は祝福するように温かく見守るのであった。


 やがて、ケビンとクリスが帰宅した後、残された家族たちは今日の慰労会をするのである。


「今日は驚きの連続だったな」


「そうですね。でも、嬉しい驚きが最後にありましたね」


「あのお姉様が婚約するなんて……」


「幸せそうだったね」


「今度、カロトバウン家に挨拶をせねばな」


「あのカロトバウン家と親戚になってしまうのですね」


「だが、親しき仲にも礼儀ありだ。親戚になるからといっても粗相があってはならない。カロトバウン家は飽くまでもカロトバウン家なのだ」


 両親の話を他所にアイリスは憂いた表情を浮かべるのだが、ケントはそんな姉に声をかける。


「はぁ……ケビン様……」


「姉さん、チャンスはまだあるよ。クリス姉さんだって卒業後に動き出したんだから」


「ケント……」


「もう、その気持ちが恋だってわかってるよね? やらずに後悔するよりもやって後悔しなよ」


「でも……お姉様のお相手ですし……」


「ケビン様は優しいからそんなこと気にしないよ。ちゃんと人の外面じゃなくて内面で判断する人だから。でなきゃ、あのクリス姉さんと婚約なんてしないよ。普通、キスされたのを自分のせいだなんて言わないよ? 不敬罪で処罰されてもおかしくないんだから」


「……」


「だからね、姉さんも頑張ってアタックしなよ。このまま他の男の嫁になんてなりたくないでしょ?」


「……わかりましたわ。頑張ってみますの」


「頑張って。上手くいくように応援してるよ」


 こうして、アイリスはケントに後押しされて、ケビンへの想いを募らせていくのであった。


 そのことに気づいているのはいつも身近で見てきた姉思いのケントだけで、両親は未だ気づいてはいないのだった。

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