第191話 登龍門

 翌日、ドワンの元へ赴いたケビンたちは、メンテナンスの終わった装備品を受け取り、再び王都のギルドへとやってきていた。


 クエストの掲示板から面白そうなものを探していると、ティナがおもむろに1つのクエストを指さして言い放つ。


「ケビン君、ワイバーンに行きましょ!」


「空とか飛んでるよ?」


「私の弓の腕も上がったし、空の敵に挑むのもありじゃない?」


「確かに……」


「私も受けてみたい」


「そんなに受けたいの?」


「ワイバーン討伐って、言わば冒険者にとっては登龍門よ。これをこなしているかどうかで、一流かそうでないかを判断されるんだから」


「そんなことで?」


「そうよ、ワイバーンってドラゴンの下位互換みたいなものだから、討伐するのは一種のステータスなのよ」


「まぁ、別にいいけど」


 ケビンたちはそれからワイバーン討伐を受注すると、北の山脈地帯までの移動手段は乗合馬車を使うことにして、近くの村まで運んでもらうことにした。


「お客さん、この先は小さな村しかないですよ?」


「それでいいんですよ。その先にある山脈が目的地ですから」


 早い時間帯だったせいか馬車に乗っているのはケビンたちだけで、御者の人と世間話をしながら時間を潰しては道中を進んで行く。


「北の山脈はワイバーンが飛び交っていて危険ですよ? たまに村近くに下りてきては、狩りをしている村人たちを襲っていますからね」


「そうなんですか……そんなに危険なら、何故村を離れないんでしょうね?」


「前までは冒険者たちが定期的に来ては、討伐していたみたいなんですけど、最近はサッパリですね。どうやら増えすぎたようで手に負えないみたいですよ」


「王国の騎士たちはどうしているんですか?」


「あんなもんは冒険者以上に役に立たないですよ。戦争がなくなったせいか平和ボケしたみたいでね、昔はよく遠征訓練とかしていたのに、今じゃサッパリですよ。いや、別に戦争が起こって欲しいとかじゃないんですよ? 戦争がなくても、守るべき者たちがいることを忘れないで欲しいって言いたいだけですから。俺たちの税金を無駄にしないで欲しいですね」


「それはちょっと喝を入れないといけませんね。確かに、個々にしろ全体にしろ練度は低すぎますから」


 そんな御者の愚痴を聞きつつも、ケビンたちは目的地の村までやって来た。村はどこにでもあるような簡素な村で、特に栄えているわけでもなく寂れているわけでもない普通の村であった。


 ここまで送ってくれた乗合馬車にお礼を言って、ケビンたちは一旦村の中を散策することにした。


 特にこれと言って特産はないようで、村人たちは日々狩りをしながら畑を耕し、質素に暮らしているようである。子供たちも幾ばくかいるようで、過疎化した村ではないようだ。


「旅のお方、このような寒村にどのような用事で?」


 突然声をかけてきたのは高齢の男性で、腰が悪いのか杖をつきながら近づいてきた。


「北の山脈へ向かう前に、村の様子を見ていただけです」


「北の山脈ですか……貴方はまだまだ若い……彼処へは行かれない方がよろしいでしょう」


「ワイバーンですか?」


「知っていてもなお、行かれようとなさるのか?」


「実は冒険者を生業としていましてね。討伐に来たのですよ」


「尚更やめなされ。あれは貴方のような子供が相手にできる魔物ではない」


「私には仲間もいますから大丈夫ですよ」


「其方の方々ですな。皆若い方ばかり……死に急ぐ必要もなかろうて」


「このままでは、この村の人たちへの被害が甚大ですから止めるわけにはいきませんよ。いい所じゃないですか……子供たちが無邪気に笑って遊んでいられる場所を失うわけにもいかないでしょう」


「このような寒村を、そのように言ってくれるとは……」


「でも、私が子供であることも事実。親切な貴方を安心させるためにも、少し実力をお見せしますよ」


「魔物でも狩ってくるのですかな?」


「いえ、貴方の腰はいつから悪いのですか?」


「20年ほど前ですかな……狩りで失敗しましてね……突き飛ばされた時に腰を強打してしまいまして、そこから歳を重ねるごとに年々悪くなる一方で」


「わかりました。《クロックバック》」


 ケビンが高齢な男性の腰部分に手を当てて魔法を唱えると、その部分が光に包み込まれる。


 高齢な男性は体に起こる変化に驚愕の表情を浮かべて、見る見るうちに腰に起きていた痛みが減りだすと、ケビンはようやく手を離して高齢な男性に声をかけた。


「どうですか? もう真っ直ぐ立てるはずですよ」


 ケビンの言葉に恐る恐る腰を伸ばしていく高齢な男性は、ゆっくりとそして少しずつだが腰を伸ばしていき、真っ直ぐ立つことに成功する。


「あぁ……夢のようだ……再び真っ直ぐ立てる日がこようとは……」


「これからは、ご無理せずに体を労わって下さい」


「なんとお礼を申し上げたら良いか……申し遅れました、私はこの村の村長をしておるバッカスという者です」


「私はAランク冒険者のケビンです。これで北の山脈へ向かっても問題ないと確認できたはずです」


「ええ……よもやAランク冒険者の方であったとは……人は見かけによらないものですな。この歳になってもまだ驚かされることがあろうとは」


「私たちがこれからワイバーンを狩ってきますので、安心して待っていてください」


「ありがとうございます。道中、どうかお気をつけて」


 ケビンたちは村長との話が終わると、北の山脈へ向かって歩みを進めた。そんな中、ティナがケビンに気になったことを尋ねる。


「ケビン君、どうして慈善家みたいなことしたの? いつもなら無視して先に行くよね?」


「あの村の人たちの被害は、討伐に来なくなった冒険者にも問題はあるけど、自由を謳ってる冒険者にそこまでの責任はない。それなら、王国騎士たちが代わりに討伐へ来るべきなんだ。あいにくと王都からもそう離れていないこの場所なら遠征して然るべきだと思う」


「それで責任感じちゃった?」


「一応、伯爵位を持ってるからね。まぁ、クエストが終わったら陛下にはことの次第を伝えるけど」


「それで騎士たちが動けばいいけどね」


「動かないなら、動きたくなるようにするだけさ」


「そこら辺はいつものケビン君なのね」


「ケビン様の崇高なる志、素敵です!」


「惚れ直した」


 その後、ケビンたちは山脈地帯へと足を踏み入れると、ワイバーンの住処へ到達する前に、ケビンの結界で気配を消しつつ物陰から様子を窺っていた。


「思った以上にいるようだ」


「何匹いるの?」


「20匹」


「「「……」」」


 増えすぎたワイバーンは既に1桁を超えて2桁に達しており、このまま放置されれば間違いなく近くの村は廃村となってしまうであろう。


 それがわかっているからか、ケビンは間引くよりも殲滅することを選んだ。


「みんなには悪いけど、殲滅することにした」


「ケビン君ならそう言うと思っていたよ」


「問題ない」


「ケビン様の御心のままに」


「数体くらいなら間引いた後に、後方支援するだけのつもりだったけど、数が多いからちょっと本気出すよ。ティナさんたち用に残すつもりだから、先ずは俺がほとんど殺してくるね」


 ケビンはそれだけ言うと、結界から足を踏み出してワイバーンの群れへと飛び込んで行った。


「Gruaaaaah!」


 ケビンの接近にいち早く気づいたワイバーンが、仲間へと警戒の咆哮を上げると、周りのワイバーンたちの視線が一斉にケビンへと向く。


 ケビンは混戦になるのが目に見えてわかっていたので、早々にカタをつけることにした。


「《酸素消失オキシロスト》」


 ケビンは【マップ】を使って、周りのワイバーンたちにロックオンすると魔法を放った。


 その魔法を受けたワイバーンたちは、無酸素状態となってその場で悶え苦しみながらその命を落としていく。


「とりあえず10匹」


 倒れていったワイバーンたちが邪魔になるので、【マップ】でロックオンしていたワイバーンたちをそのまま【無限収納】に回収すると、目の前で起きた異常事態に空へと飛んで行ったワイバーンたちへ視線を向ける。


 逃げられても面倒だと思ったケビンは、時空魔法でここら一帯を隔絶して、それがわかるはずもないワイバーンたちは、制空権が狭まり優位を得られないことに混乱し、見えない壁のその先へと必死に向かおうとしている。


 その様子を下から眺めているケビンは、墜落して素材が傷まないように風魔法を使って、ワイバーンたちを強制的に地面に下ろしていくことにした。


 ケビンの放った下降気流にワイバーンたちは為す術がなく、一所懸命に羽ばたいて足掻こうとしているが、徐々に地面へと近づいていった。


 そのまま地面へと押し付けられたワイバーンたちに、再度ケビンは2匹だけ残して《酸素消失オキシロスト》を使い、一方的な戦闘を繰り広げた。


 倒れていったワイバーンたちを【無限収納】に回収し終えたら、ティナたちに来るように合図を送る。


 それを見て近づいてきたティナたちの反応は様々であり、待ち構えるケビンに一言ずつ感想をこぼした。


「一方的な殺戮ね」


「見たことない魔法があった」


「ケビン様、素敵です!」


 ケビンはそんなティナたちに、これからの行動を伝える。


「とりあえず2匹残したけど、対応できそう? 俺は混ざらないから3人でやることになるけど、不安なら1匹減らすよ?」


「大丈夫よ、2匹でやるわ!」


「負けない」


「ダンジョンでの成果を見せるときです」


「わかった。それなら押さえつけている風を消すから、そこから戦闘開始ね。一応逃げないようにここら辺一帯は隔絶した空間にしてあるから、飛んで行ったからといって焦って失敗しないようにね」


「わかったわ。素材価値とか考えなくて良いわよね?」


「いいよ。初めてのワイバーン戦なんだから、倒すことだけに集中して」


「じゃあ、私とニーナで空中に攻撃するから、ルルは落ちてきたワイバーンにすかさず近づいて攻撃してね。翼を中心に狙って飛べないようにするわよ!」


「わかった」


「わかりました」


 ケビンは少し離れたところまで下がって気配を消したあと、ワイバーンたちを押さえつけている風を解き放った。


 ワイバーンたちは、体に掛かっていた圧力が消えたことを感じ取り、再び空へと飛んで行くと眼下の3人を見下ろしていた。


 先程までの蹂躙劇を繰り広げていた人物がいないことを確認したのか、いきなり咆哮を上げて強気な姿勢を見せて、2匹で眼下の3人を餌として判断すると攻撃を繰り出してきた。


 特にタイミングを合わせたわけでもなく、ワイバーンの口から一斉に火炎放射が吹き出され、その炎は地上で待ち構えるティナたちへと襲いかかる。


「避けて!」


 ティナの号令に反応した2人は、その場から飛び退き距離をとった。それまで全員が立っていた場所は、ワイバーンの炎に炙られて黒く変色しており、煙が立ち上っている。


 ティナは風魔法の補助を使いながら、ワイバーンへ向かって矢を撃ち放つと、見事その翼に穴を開けることに成功したが、矢でつけた穴くらいではワイバーンが落ちてくることもなく、逆に怒らせるだけに留まって攻撃が苛烈になっていた。


 ニーナはケビンに教わったやり方で魔法を頭上に維持すると、ワイバーンの動きに合わせ、その都度、臨機応変に対応してみせて愚直に攻撃を繰り返すと、その胴体へ突き刺すことに成功する。


 ワイバーンは未だに動きを見せないルルを1番の弱者と判断して、口から火を吹きつつ滑空して行くと、その考えは間違いだと言わんばかりにルルは上手く炎を回避しながら、すれ違いざまにワイバーンの翼を斬りつけて大打撃を与える。


 翼の3分の2を斬り裂かれたワイバーンは、バランスを崩してそのまま地面へと滑りながら墜落してしまい、空へ逃げようと羽ばたくが片翼が上手く機能せずに、その場で翼だけを動かすだけに至ってしまう。


 そんな隙だらけの状態をルルが見逃すはずもなく、すぐさまワイバーンへと間合いを詰めると、首の部分を狙って斬りつけていた。


 ルルが1匹のワイバーンを相手にしている最中、ティナとニーナは空を飛んでいるワイバーンを相手にしていた。


 ティナが矢を撃ち放つと、ワイバーンは急旋回してその矢を躱しており、ニーナがタイミングを図って魔法を撃ちだすと火炎放射で対応して、未だ健在のままその身を羽ばたかせていた。


「残った1匹は、無駄に知能が高いわね」


「学習してる?」


「魔物のくせに生意気ね」


「作戦がある」


「何かいい方法でも思いついたの?」


「成功するかはわからない。初めての試み」


「いいわ、他に方法も思いつかないから存分にやって。それまで引き付けてあげるわ」


「よろしく」


 ニーナは作戦の内容も伝えずに淡々と準備を始めているが、ティナは全くそのことに関して気にもとめずに、ワイバーンの注意を逸らしていた。


 今まで数年間連れ添った影響か、言わずとも理解する信頼関係が2人の間には確かに築かれていた。


「《アイスアロー》」


 ニーナは頭上に研ぎ澄まされた氷の矢を展開すると、今までのように状態を維持していた。そこから更に数を増やすべく同じ魔法を再度唱える。


「《アイスアロー》」


(くっ……制御がきつい……魔力もどんどん持っていかれる……)


 ニーナは初めて二重詠唱を実行して、その襲いかかる負荷に歯を食いしばりながら耐えていた。


(ケビン君のように止めることは出来ないけど……撃ちだすだけなら!)


 その時にニーナが明確にイメージしたのは、ケビンのやっていた澱みない魔力で敵に張り付かせていたファイアアローであった。


 幾本ものファイアアローが敵に張り付いて、その時その時でケビンは撃ちだしており、それに近いことをしようとイメージを強くしていった。


(大丈夫……私はケビン君の生徒だから……やれないことはケビン君は教えない。教えてくれたなら、それは私がやれるという証!)


 ニーナの集中力がひときわ高まると、普段では絶対に見せないような発声とともに魔法を撃ち出した。


「いっけぇぇぇぇっ!」


 ニーナの撃ち出した数多の氷矢は一方向に向かっていくのではなく、ワイバーンを取り囲むかのように飛来していき、それぞれが意志を持っているかの如くワイバーンの周囲360度を囲みきると、一斉にその力を解き放った。


 逃げ場のないワイバーンに成す術はなく、その身に数多の氷矢を受け続ける。


 やがて命を落としたワイバーンは、滞空を維持することもできずにそのまま地面へと激突した。


「……やっ……た……」


 ニーナはそう呟くと極度の負荷に耐えた反動からか、フラフラとして立つことさえままならなく、その場に倒れ始める。


(地面に当たったら当然痛いよね……痣ができちゃうかも……)


 そんなことを考えていたニーナに痛みが走ることはなかった。それは、倒れ始める直前にケビンが駆け出しており、地面に倒れこむ前にその身を抱きかかえたからだ。


「……ケビン君? ……私……やったよ……」


「あぁ、見てたよ。とっても凄かった。女の子にこういうのも変だけど、カッコよかったよ」


「ふふっ……ケビン君に褒められた……」


 そんな2人の元にティナたちも駆けつけてくる。


「ニーナ……凄かったわ、あんな魔法初めて見たわ」


「ニーナさん、ケビン様のようでした。素晴らしいです」


 2人からの絶賛にニーナは照れながらも微笑みを返した。


「さて、今回の優秀賞はニーナさんに決定だ。回復されて自力歩行で帰るのと、このままお姫様抱っこで帰るのはどっちがいい?」


「……お姫様抱っこ……回復はしないで……」


「了解です、ニーナ姫。では、帰りましょう」


 ニーナは“姫”と呼ばれたことで恥ずかしくなり、ケビンの体に顔を隠すのであるが、赤くなった耳が見えているので照れているのは一目瞭然であった。


 そのまま村へと戻ったケビンたちは、村長にワイバーンは全て駆除したことを伝えると、乗合馬車を待つでもなくのんびりと王都に向かって歩き出した。


 歩いて帰るにはちょっと距離が離れているが、ニーナが回復するまではお姫様抱っこを続けてあげようと考えだした結果で、時間をかけて帰るのはケビンからのちょっとしたプレゼントであった。


 ティナたちも特にそれに関して意見はなく、たまにはのんびりとした時間もいいものだと世間話をしつつ、ケビンたちは王都への帰路についたのだった。

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