第148話 心労絶えない王様

 時は少し遡り、ケンがギルドマスターと揉めた直後、ケンたちが立ち去ったのを確認してから、1人の女性がギルドの中へと入っていった。


 女性は、メイド服を着こなしており、泰然とした態度でギルド内を歩く。ギルド内に視線を流すと冒険者たちは既に復活しており、先程の出来事を話し合っている者や、ギルドマスターの惨状を酒のつまみにしている者たちとで別れており、誰一人ギルドマスターを介抱しようとする者はいなかった。


 それだけで、ここのギルドマスターとの信頼関係が、ないものと判断するには充分であった。


 ギルド内にいきなり現れたメイドに、冒険者たちも物珍しく視線を向けるが、立ち振る舞いから声を掛けるのは憚れて、ただ視線を向けるだけに終わっていた。


 メイドはスタスタと歩いて行き、ギルドマスターの傍らに辿りつくと、いきなり横たえているギルドマスターの腹部に蹴りを入れ、どこにそんな力があるのかと思えるぐらい、ギルドマスターは飛んで行き、カウンターの壁に激突した。


「がはっ!」


 その光景を目の当たりにした冒険者たちは、信じられないものを見たかのような顔つきになり、人によってはお互いの頬を抓っていた。


 衝撃によって目を覚ましたのか、ギルドマスターは苦悶の表情をする。事態を把握するために周囲を見渡すが、先程ギルドマスターがいた場所で立っているメイドが1番怪しく、苦痛に耐えながらも口を開いた。


「……て……てめぇ……一体誰だ?」


 腹部から感じる苦痛に、只者ではないと感じ取ったギルドマスターは、訝しげに問いかけるが、返ってきたのは望んでいた内容ではなかった。


「貴方のようなゲスに名乗る名前は、持ち合わせておりません」


「……こんなことをして、タダで済むと思っているのか?」


「貴方こそ、あんなことをしでかしておいて、タダで済むと思っているのですか? もしそうなら滑稽ですね」


「なんだと?」


「貴方は、手を出してはいけない相手に、手を出したのですよ。止めておけばいいものを、こともあろうか脅しをかけるなんて」


「相手がどんな奴だろうと知ったことか! 金が払えないならあいつはもう終わりだ! 化け物に相応しく討伐依頼をかけるだけだ!」


「救いようのないクズでしたか……そういえば、私が言わずとも既に言われてましたね。そんな貴方に、ささやかなるプレゼントです。受け取りなさい」


 メイドは少し移動すると、失禁して気絶している受付嬢の所へと辿りつく。その行動からギルドマスターは、次に何が行われるか察してしまい止めに入った。


「や、止めろ!」


 メイドは、ギルドマスターの方を向き、口角を吊り上げると不敵な笑みをこぼした。


 その瞬間、受付嬢もギルドマスターと同様に蹴られて、カウンターの前で座り込んでいる、ギルドマスターの所へと蹴り飛ばされた。


「っ!」


 ギルドマスターは受付嬢の勢いを殺せず、衝撃から更なるダメージを受けてしまい、受付嬢は体に受けた衝撃によって目を覚ますが、腹部に走る激痛から咳き込み苦悶の表情を浮かべていた。


「ガハッ……ゴホッゴホッ……」


「貴方の子飼いの雌豚ぐらい受け止めなさい。せっかくプレゼントして差し上げたのに、無駄になりましたね」


「て、てめぇ……」


「本当なら、貴方とそこの雌豚は殺したいところですが、私が殺るわけにもいかないので、運良く命拾いしましたね。これからのことを思うと、運が良いのかどうかさえもわかりませんが、その時がくるまで、その縋り付いている地位を満喫しなさい。では、私は他にやることがございますので、この辺でお暇させていただきます」


 伝えるだけ伝えたメイドは、来た時と同様に、泰然とした態度でギルドを後にしたのである。


 その後、ギルド内は騒然となり、八つ当たりを逃れるために冒険者たちは、ギルドから早々に出ていくのだった。


「あのガキもあのメイドも、絶対後悔させてやる……この街で俺に楯突くことがどういうことか、思い知るがいい!」


 冒険者たちのいなくなった静かなギルド内で、ギルドマスターの呟きだけが響くのであった。



◆ ◇ ◆ ◇ ◆



――カロトバウン家・本宅


 リビングで寛いでいるサラの元へ、カレンがやって来た。


「奥様、少しよろしいでしょうか?」


「唐突に何かしら? 珍しいわね」


 サラの言ったように、使用人から用のあるときは、サラがいくら暇を持て余していようとも、事前に窺いを立てて時間を作ってもらうのだ。


 それが、唐突に来たことにより、急ぎの用事であることを理解しているので、サラも咎めるような真似はしなかった。


「ケビン様の件で、伝書鳥が飛んできました」


「あらあら、この前は、交易都市のドワーフ職人に武器を作ってもらうって話だったわよね? その武器ができたのかしら? 新しい武器は刀を選んだのでしょう?」


 カレンの口にした内容がケビンのことだったので、サラは目に見てわかるようなご機嫌になるのだった。


「はい。新しい武器は、完成したと報告が上がっています。その造形は美しく、唯一無二の刀であったと書いてありました」


「そうなのね、見てみたいわ。刀を選ぶだなんて珍しい物好きのケビンらしいわね。きっと……いえ、確実に刀を装備したケビンは、カッコイイわね」


「私もそのように思います。報告によると通常のサイズではなく、現在の身長に合わせた長さとなっているようです。刀の名は【黒焔】と【白寂】で、ふた振り一対の品となっているようです」


「ますますカッコイイわね。二刀流なのね。その技術の習得は、難しいとさえ言われているけど、ケビンなら習得可能ね」


 ご機嫌度がマックスとなっているサラは、親バカを炸裂させており、ケビンをベタ褒めしていた。しかし、そのご機嫌を急降下させる内容が、カレンの口から告げられる。


「それと、とても申し上げにくいのですが……」


「構わないわ、続けなさい」


 カレンとしても内容が内容なだけに、言いづらそうにしていたが、サラが先を促した。


「実は、ケビン様が、ソレイユ支部のギルドマスターと揉めまして」


「何故、そのようなことになったのかしら? あの子が早々に喧嘩を売るとも思えないのだけれど……」


「ことの成り行きは、ケビン様のランクアップ条件を、確認していたところから始まります。確認のため討伐欄を見た受付嬢が、異常な内容に対して魔導具の故障だと思い、ギルドマスターを呼んで再度確認をした時に、ケビン様のパーティーメンバーが、自分たちのギルドカードを差し出し、討伐欄の整合性を図り問題はなかったのですが……」


 その先の言葉は、今現在カレンと現地にいる者たちしか知らず、サラに伝えてもいいのかどうか迷っていた。


 結果だけを伝えるべきか、内容をちゃんと伝えるべきか言葉に詰まっていると、サラが機先を制して口を開いた。


「その先が問題なわけね。聞かせてくれるかしら?」


 カレンは一呼吸置いて、心を落ち着かせてから続きを話し始める。


「ギルドマスターに、ランクアップ条件の確認に来たことと、その時に受付嬢が騒いで、ギルドマスターを呼んだことをメンバーが伝えましたら、受付嬢がさらに騒ぎだしてしまい、その……ケビン様のことを……」


「言いづらいのはわかってるわ。貴女を咎めたりしないのだから、話してくれるかしら?」


 これから伝える内容の中身に、緊張のあまりゴクリと生唾を飲みこんだカレンが口を開いた。


「“子供のなりをしてる、中身は化け物だ”と言ってしまい、メンバーの方が激怒して、“化け物じゃない”と言い返したのですが、さらに“化け物を化け物と呼んで何が悪い”と開き直ってしまいまして、その場は、ケビン様がメンバーを落ち着かせて、立ち去ることで事態の収拾を図ったのですが……」


「まだ、ギルドマスターと揉めるまでは、いってないわよね? 受付嬢とは揉めたみたいだけど」


「立ち去るケビン様をギルドマスターが呼び止めて、メンバーのことは不問にするから、話をしようとお誘いになったのですが、恐らく受付嬢のことには触れずに、メンバーだけに問題があったような言い方が気に食わなかったのか、その時に威圧を放たれてしまいまして……」


「それなら交易都市は、パニックになったんじゃないかしら?」


「いえ、威圧はギルド内に留められており、対象はギルドマスターであったようです。周りの冒険者たちは余波を浴びてしまいましたが」


「記憶をなくしているのに、指向性を持たせるなんて凄いわね。天性の才能かしら?」


 サラは相変わらず、ケビンを無条件にべた褒めするが、今に始まったことではないので、カレンは続きを話し始めた。


「その状態で、ケビン様とギルドマスターが口論をしていたのですが、ギルドマスターがケビン様のことを、危険人物として討伐依頼を出すと言い出しまして、それが嫌なら謝罪として金を払えと言ったところで、ケビン様が出せばいいと反論し、最後はケビン様を、化け物呼ばわりして気絶させられました」


 話し終わったカレンは、生きた心地がしなかった。先程からサラの存在感がどんどん膨れ上がって、増してきているのだ。


 咎めはしないと言った言葉に偽りはなく、怒りによる無作為な威圧は放たれていないのだが、いっそのこと威圧を放って、気絶させて欲しかったと心から願っていた。


「……私の可愛いケビンを、討伐すると言ったのね?」


「……はい、そのように報告を受けております。ギルドマスターは、背後に闇ギルドとの関係があり、表に出せない仕事は、全てそこを通しているようです。今回も闇ギルドへと既に依頼をしていると思われます。」


「そう、わかったわ。マイケルをここに呼びなさい」


「畏まりました」


 カレンは、一礼してリビングを離れた。残されたサラは何も変わった雰囲気はないのだが、内面では心底怒りに満ちていた。


 愛する我が子の、討伐依頼が出されるというのだ、心中穏やかではいられなかった。


「マリーにも、伝えておかないといけないわね」


 サラは、ケビンの身に起こったことと、これからすることを認(したた)めた手紙を封筒に入れ、カロトバウン家の封蝋を押した。その後、一時してマイケルが本宅へと到着する。


「奥様、ただ今、馳せ参じました」


「呼ばれた理由はわかるかしら?」


「大凡については、カレンから聞き及んでおります」


「そう、それならいいわ。今から、交易都市へ向かいます。急ぎ馬の準備をしなさい」


「それには及びません。既に馬の準備は済ませております。あとは、奥様の準備だけにございます」


「相変わらず優秀ね。それなら私は、久しぶりに冒険者の服に着替えるから、待っていてくれるかしら?」


「御意に」


 それから、すぐに支度を済ませたサラは、王妃への手紙を届けることをカレンに言いつけ、マイケルとともに本宅を出発したのだった。


 交易都市への道順を最短距離かつ、1日で到達できる限界距離まで進む強行軍を成し遂げて、わずか3日目の昼にサラたちは目的地へと到着した。


 これを成しえたのは偏に、マイケルが馬に対して回復と支援魔法を掛けていたからだろう。


 普通なら馬を乗り潰してしまう強行軍も、魔法の力でどうとでも出来るのだ。


 しかし、普通はそんなことをしない。それを実行に移すには、常に回復と支援魔法を無理なく使える者が、傍らにいる必要があるからだ。


 サラたちは、ひとまず旅の荷物を置くためと馬を預けるために、現地で待ち構えていた使用人の案内を受けて、使用人が予め確保しておいた宿屋の部屋へと足を運ぶのであった。



◆ ◇ ◆ ◇ ◆



――王城・王の私室


 ここには執務も終わり、優雅に紅茶を楽しんでいた国王と王妃がいた。そんなところへ、国王付きの執事が足早にやって来る。


「失礼します、たった今使用人から、手紙を預かってまいりました」


「儂にか?」


「いえ、妃殿下への手紙にございます」


「あら、私に? 珍しいわね。誰かしら?」


「サラ様にございます」


「ッ!」


 執事から発せられた言葉に、王は一瞬キリッと胃が痛んだ。


(なんでじゃー!! さっきまで楽しくお茶を飲んでたはずなのに!)


「マリアンヌよ、嫌な予感がするんじゃが……」


 本人はいないはずなのに、その手紙から物凄いプレッシャーを感じ取ってしまう国王であった。


「ふふふっ。もしかしたら、ただの手紙かもしれませんよ?」


「それならいいのじゃが、もしかしなかったらどうなるのじゃ?」


「それは、サラ殿がここに来る暇もないほどの、大事件が起きたと考えるのが妥当ですね。手紙で済ませるくらいですから」


(絶対、そっちの方じゃろー!)


「とりあえず、読んでみてはくれんか? 何もないなら、儂は早く安心したい」


 国王は、王妃に切実な願いを口にするのだった。


「わかりました。読んでみますね」


 それから王妃は手紙の封を切ると、中身を取りだし読み始めた。国王は一縷の望みをかけて王妃の様子を窺うが、その望みとは真逆の事態が起こる。


 手紙に目を通す王妃の顔が、見る見るうちに険しくなっていくのだ。未だかつてここまで怒気を孕み、王妃の顔が険しくなったのを見たことがない国王は、一体手紙に何が書かれているのか、気になってしょうがなかった。


 やがて読み終えたのか、静かに手紙をテーブルに置く王妃に、国王が身を案じて声をかけた。


「マリアンヌよ、大丈夫か? 手紙にはなんて書いてあったのじゃ?」


「最もあってはならない、最悪なケースの一歩手前のことが起こりました」


(うそーん! 何で、何でなんじゃ! 楽しいひと時を返してくれ!)


 国王は、逸る気持ちを抑えきれずに、王妃へ問いただした。


「それは一体なんじゃ!? 何が書かれておったのじゃ!?」


「交易都市ソレイユのギルドマスターが、闇ギルドにケビン君の討伐依頼を出したそうです」


「……は?」


 想定すらも出来ない、あまりにも突拍子もない出来事に、王は事実を受け入れるどころか、「実は作り話でした」と言われた方が、まだ納得できるぐらいに唖然とした。


「一体何人……いや、何十人死ぬのでしょうね」


「いやいや、まだ最悪ではないのじゃろ? まだ何とかなるのじゃないか?」


「最悪の事態は、ありえないことですが、ケビン君が既に死んでいることです。討伐依頼が出された以上、死の宣告をしているのと同義です。もはや、サラを止められる者はいません。手紙を寄越したくらいですから、既に交易都市へと出発しているでしょう」


(なんでじゃー!! ソレイユのギルドマスターは馬鹿か? 馬鹿なのか!? 一体誰が推薦したんじゃ! 承認したのは誰じゃ!)


「あなた、忘れているようだけど、ギルドマスターの承認には、国も一枚噛んでいますからね」


「えっ……嘘……」


 王妃から伝えられた内容に、国王は、身に覚えのないことを言われていることに、頭が真っ白になり呆然とした。


「印象も薄いし忘れたのでしょうね。そもそも、ギルド支部会議で承認されたものが、あなたの書類の1部に混じるのです。次から次に流れ作業をしているからそうなるのですよ? どんな物でも、ちゃんと書類には目を通すようにいつも言っているでしょう?」


「儂、まだ死にたくない……末娘の花嫁姿が見たい……孫にも会いたい……」


 絶望の表情を浮かべ、王妃に対して嘆願する王であった。それに対して王妃は、子供に言い聞かせるように伝えた。


「これからはちゃんと、面倒でも書類には目を通すのですよ?」


「する。ちゃんとする」


 まるで子供のように答える王に対して、母性をくすぐられたのか王妃は楽しそうに言葉を返すのであった。


「ふふふっ。それならサラに頼んであげるわ。殺さないようにって。私もまだ未亡人にはなりたくないもの」


「本当か!? マリアンヌ、愛してるぞ!」


 喜びのあまり、王妃に抱きつく国王であったが、実際、サラが国王を殺さないのは、手紙を読んでわかりきっているので、そのことは伝えずに、からかっているだけの王妃の策略へ、見事に国王はハマりこんだ。


 ついでに、書類をやっつけ仕事で済ましている面のある国王に、少しでも、真面目に取り組むように仕向けたのだ。


「さぁ、傷心のあなたを癒してあげないと! 私、まだまだ子供が欲しいのよ」


 王妃に連れられてベッドへ拉致された国王は、このあとしっぽりと王妃に搾り尽くされるのであった。


 それでもちゃんと癒してあげるあたり、王妃もなんだかんだで、ちょっと間の抜けた国王が好きなのであろう。


 翌日から、国王がやけに政務へ真面目に取り組むようになったと、部下から聞いたマリアンヌは、してやったりとほくそ笑むのであった。

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