第144話 討伐履歴

 数日間、街の観光を楽しんでいた頃、ケンはギルドへとやって来ていた。いくら観光をメインで楽しむと言っても、狩りなしでは生きていけないような、バトルジャンキーと化してしまっているケンは、ギルドに足を運んでは面白そうな依頼がないか目を通すのであった。


 それに、観光も見るところは少なくて、ほとんどが交易のための店や商店となってしまっているので、商人ではないケンにとっては退屈になるのも必然というもの。


 ギルド内においてもその余波は受けており、クエストの半分は護衛依頼となっているのだ。


「何か面白い依頼はないかなぁ」


 ケンが珍しく1人でギルドにいると、面白くはないが目に止まる内容の張り紙が掲示板にあった。




  【 パーティーメンバー求む! 】


~ 近接戦闘が出来るCランク以上の冒険者 ~

  ・性別不問、年齢不問、種族不問

  ・やる気のある方大歓迎!

  ・レベルの高い方、経験者優遇!

  ・近接戦闘ができれば職種は問いません

  ・アットホームな雰囲気のパーティーです

  ・面接は随時承ってます、都合に合わせて変更可能

  ・まずはお気軽にご相談を

  ・あなたのやる気を同僚が待っています

  ・ご不明な点は下記まで



  代表 Bランク冒険者 サイラス(男・魔術師)




(な、なんだコレは……明らかにブラックな感じがする、求人情報じゃないか。今どき、“アットホームな雰囲気”とか使わないだろ。ブラック臭がプンプンするぞ……)


 ケンは、掲示板で如何にもな張り紙を目にして、前世で働いていた時に見た求人内容を思い出していた。


 前世では、“アットホームな職場”という謳い文句に踊らされて、かなりのブラックな企業に就職したりもした。


 就業前の早出出勤は当たり前、就業後のサービス残業も当たり前、休みは月に4日、有給は消費期限を切らして消滅させるのが優秀職員の証、休憩なんてものはトイレ以外なく、デスクで仕事をしながらの食事、ボーナス? 何それ美味しいの? etc.…


(あー……思い出しただけでも身震いする。よくあんな会社で働いてたよなぁ。働いている時は感覚が麻痺するのか? 全然、ブラックに思わず当たり前だと思ってたのに。それに比べて、冒険者は自由でいいなぁ。命の危険はあるけれど。まぁ、ブラックも過労で倒れて、命を落とす危険性はあったし、どっちもどっちか?)


 昔を懐かしむケンであったが、今はそれよりも面白いクエストを探すのが優先である。


「ケン君、みーつけたー!」


 その声が聞こえたと思ったら抱きつかれたので、ケンが視線を上に向けると、後ろから覗き込んでくるティナが立っていた。


「ティナさんですか。どうしたんですか?」


「宿屋にケン君が居ないから、ここに探しに来たんだよ」


「何か用事でも?」


「ないよ? ただ一緒にいたいだけ」


 2人のやり取りを見ている周りの冒険者たちは、ヒソヒソと話をしたり歯ぎしりをしたりと、似たり寄ったりな行動であった。


(おい、何であんなガキに、綺麗な姉ちゃんがついてるんだよ!)


(あぁ……俺も後ろから抱きつかれたい……)


(俺は子供に戻りたい。そしてあの柔らかな双丘に埋もれたい……)


(一緒にいたいだけって、言われてみてぇなぁ……)


 独り身である男の冒険者たちが僻んでいるが、当の本人たちは、何食わぬ顔してお喋りしているだけなので、全く持って気にしていなかった。


(なに、あの男の子! ちょーカワイイんだけど)


(あのあどけない顔が、とってもキュートだわ)


(1人でクエスト探してたのかしら? 声を掛けとけばよかったぁ)


(私もあの子に抱きついてみたい……)


 男の冒険者だけかと思いきや、女の冒険者もまた、男とは別の意味で釘付けになっていた。


「ねぇ、ケン君。クエストを受けるの?」


「面白いのがないかなぁって、探してたんですよ」


「面白いのねぇ……」


 ティナもケンに抱きついたまま掲示板に目を向けるが、これといっていいのはあまりないのである。


「1人で見てたなら、Bランクから探すの?」


「そう思ってたんですけどねぇ……」


 ケンは、さほどBランクの依頼に、大して面白みのある討伐がないことを知っていて、テンションは下降気味だった。


「あまりいいものがないわねぇ……そう言えばケン君、ランクアップさせないの? そっちの方が早い気がするんだけど」


「ランクアップって、勝手になるんじゃないんですか?」


「普通は、拠点をコロコロ変えないから勝手に知らせてくれるわよ。昇級試験もあるんだし。でも、ケン君は転々としてるでしょ? だから、受付に確認を取った方が早いわよ。実績の共有化がまだ終わってないんじゃないかなぁ」


「それじゃあ、受付に確認に行きますか」


 ティナは、ケンと手を繋いで、受付まで足を運んだ。その時に、男性女性問わず、冒険者たちから羨む声が上がったのは言うまでもない。


「ちょっといいかしら?」


「はい、何でしょうか?」


「この子が、ランクアップ条件を満たしているか、知りたいのだけれど」


「それでは、ギルドカードの提出をお願いします」


 ケンは言われた通りに、ギルドカードを提出した。それを見た受付嬢は目を丸くする。


「えっ!? Cランクですかっ!?」


(おい今、受付嬢が、Cランクって言ってなかったか!?)


(聞き間違いだろ。どう考えてもEランクくらいのガキだぞ)


(えっ!? あの可愛さでCランクなの?)


(やん、パーティー組みたいわ)


(ありえねぇって。CとEの聞き間違いだろ)


 受付嬢は、てっきりケンのランクはEランクぐらいだと見積もり、Dランクに上がれるかの、確認に来たのだと思っていたからで、よもやCランクだとは、甚だ思ってもみなかったのだ。


 受付嬢の言葉を聞いていた周りにいる冒険者たちも、チラホラと騒ぎ始めているが、その内容の真偽を確かめる術はひとつしかなく、さらに聞き耳を立てるのだった。


「そうよ。そのカードが、何よりもの証拠でしょ?」


「しょ、少々お待ちください!」


 受付嬢は、何やら作業を始めていたが、ケンはふと疑問に思ったことを口にした。


「ギルドカードで、何かわかるんですか?」


「ギルドカードはね、最高峰の魔導具と言っても過言ではないの。あれを別の魔導具に使うと、今までケン君が討伐してきた魔物が、ズラっと表示されてわかるようになるのよ。あと、クエストの履歴もわかるわ。何を失敗して何を成功させたとかね」


「へぇー、あんなカードに、そこまでの機能があったんですねぇ」


「そうよ。だから冒険者は、肌身離さずギルドカードを持ち歩くの。身分証代わりになるのもあるけど、せっかく強い魔物を討伐したのに、嘘だと言われたら納得いかないでしょ?」


「俺としては、他人の評価なんてどうでもいいですけど。ちなみに、パーティーで倒したら、どう記録に残るんですか?」


「それは、パーティー討伐欄という項目に載るわね。それ以外は単独討伐欄よ」


「どういう仕組みでカウントしてるのか、不思議でならないですね。実際に、誰かが見てるわけでもないでしょうに」


「予想として言われているのが、神の力が働いてるってところね」


「神ですか?」


「そうよ。私たちのステータスだって、同じようなものでしょ? 知らない間に称号とか増えるけど、誰かがわざわざ付けに来てるものでもないでしょ? 寝てる間にこっそりと……てのはありえないし。そういう未知の力が働いているのは、基本的に神様がしてるって話になるのよ」


「神様って凄いんですねぇ」


 ケンとティナが和やかに話していると、受付嬢がプルプルと震えながらケンを見ていた。


「……」


「ねぇ、ティナさん。この人震えているよ?」


「どうしたのかしら? 青ざめてるし、体調でも悪いのかしら?」


「……ぎ……」


「どうしたんですか? 体調でも悪いんですか?」


 ケンが心配して声をかけるも、受付嬢は震えが止まらずにいた。


「ねぇ、ちょっと、どうしたのよ?」


「ぎ……ぎ……」


「ぎ?」


 ティナが聞き返すと、次の瞬間、受付嬢は、ありえないぐらいの声量で叫んだ。


「ギルドマスターッ!」


 その大音声に、ギルド内が騒然となり、何事かと受付嬢に注目した。


「ギルドマスター、至急受付まで来てください! 最優先事項です!」


 その声が届いたのか、奥の通路からギルドマスターらしき人物が出てきた。


「おいおい、どうしたってんだ? 大貴族様でも現れたのか?」


「どうしたもこうしたもないですよ!」


「ちったぁ、落ち着けよ。受付嬢だろ」


「これが落ち着いていられるものですか!」


 先程の震えは、どこに行ったのかと言わんばかりに、受付嬢は興奮状態にあった。


「いったいどうしたんだ? 説明してくれなきゃわかんねぇだろうが」


「その受付嬢が、いきなり叫び出したのよ。体調が悪いなら帰してあげたら? 顔が青ざめていたし」


 ティナが説明すると、ギルドマスターが答えた。


「そうなのか? それならそれで早く言えよ。ほら、帰っていいぞ。倒れたら後の業務に差し支えるだろ」


「違いますっ! ここ見てください! ここっ!!」


「ああ?」


 受付嬢が、指さすところにギルドマスターが目を通すと、何もなかったかのように口を開いた。


「このAランク冒険者の討伐欄がどうかしたのか? どこもおかしいところはないぞ」


「そこもだけど、ここ見て! ここっ!!」


 もう既に、上司に向かってタメ口と化している受付嬢が、再度指をさしているところを見ると、ギルドマスターが別の意味で驚いていた。


「おいっ! これ壊れてんじゃねぇか! 何でもっと早くに言わねえんだよ!」


 カウンターの奥でやり取りしてる2人を見て、ティナが声を掛ける。


「ねぇ、さっきから何見て驚いてるのよ? 故障って何?」


「あぁ……すまねぇな。魔導具が壊れてしまってるようだ。ここに表示されている内容が滅茶苦茶でな、これは修理に出さないと不味いな」


「そうなの? それ見せてよ、関係者だから」


「んー……まぁ、いいか。討伐欄しか表示されてないし、特に問題ないな」


 ギルドマスターが魔導具を受付嬢の机に置くと、そこには魔物の討伐欄が表示されていた。


「ケン君、見える? 抱っこしようか?」


「見たいですけど恥ずかしいですね」


 ケンの“見たい”という言葉を聞いて、ティナは有無を言わさず抱っこした。


「よいしょっと」


「ティナさん、最近グイグイきますね」


「嫌なの?」


「全く」


 ティナに抱っこされてしまっているケンは、されるがままの状態で大人しくしていた。


「それならいいわ。ほら、見える? あれがケン君の討伐欄よ」


「へぇー、こうやって表示されるんですね」


「あー……坊主には悪いが、これは壊れちまってるから、正しく表示されていないんだよ。すまないな、貴重な体験だったのに」


 ギルドマスターがバツの悪そうにそう答えるが、ケンはどこがどう壊れているのかわからないので、普通に聞き返した。


「そうなんですか?」


「ここの討伐欄は、Aランク冒険者が狩るような魔物も含まれているんだ。それに、ここに日付がついているだろ? その日の討伐数もありえないくらいに多い。更には、ここのランクにCって入ってるだろ? 何もかもが無茶苦茶なんだ。唯一正しいのは魔物の名前くらいだ」


「へぇー」


 ギルドマスターが話した故障内容の説明に、ケンは、特に気にもせず納得したが、ティナはそうじゃなかった。


「ねぇ、ギルドマスター」


「何だ?」


「それ、合ってるわよ」


「は?」


 ティナの言葉に、ギルドマスターはキョトンとする。


「だから、そこに表示されている内容、全て合ってるって言ってるの」


「いやいや、それはない。断言出来る!」


「だって、そこに表示されているギルドカードの中身は、この子のカードが元だもの。この子はCランク冒険者よ」


「えっ!?」


 ギルドマスターは、受付嬢の方を向くと、無言で頷き返された。


「ま、まぁ、Cランクだったとしてだ、この討伐欄は間違いだろ。故障してるとしか言えん」


「それも合ってるわよ。私のギルドカードも出しましょうか? 一緒に討伐に出掛けたりするから、整合する部分がきっとあると思うから」


 そう言ってティナは、ギルドカードをカウンターに置いた。


「そうだ、ケン君。ニーナを大至急連れてきてくれる? ニーナのギルドカードも出させるわ」


「俺は、特にどうでもいいんですけど。興味無いし」


「それはダメよ。上位のクエスト受けられないのよ?」


「自分で探して狩りをすれば済みますよ」


「素材はどうするの?」


「ギルドに売ってもいいですけど、武器屋や鍛冶屋とかでも、買い取ってくれますからね。むしろ、ギルドの仲介料が取られない分、報酬は丸儲けになりますよ」


「ケン君は、ガルフと違ってしっかりしてるわね。将来安心ね」


「ということで、俺としては、ギルドの評価なんてどうでもいいんです。身分証代わりに作ったのが始まりだったし」


「まぁ、それでもニーナを連れてきてくれる? 多分、ここにいたのが私じゃなくてニーナでも、同じようにするわ」


「どうしてですか?」


「だって、大好きなケン君が、不当な評価を受けてるのよ? 私としては、見過ごせないわ」


「そういうもんですか?」


「そういうものよ。だから、お願い。ね?」


 ティナは、ケンを抱っこしてた状態から床に下ろすと、思い出したかのように伝えた。


「そうそう、ニーナに説明すると長くなるから、攫ってきてね」


「攫うんですか?」


「いきなり呼び出すわけだから、お詫びの意味で、お姫様抱っこして攫ってきてね。そしたら、大概のことは水に流してくれるわ」


「呼び出すのは、俺じゃなくてティナさんなんですけど?」


「いいじゃない。きっと面白くなるわ」


 ティナは、どちらかと言うとお詫びよりもその行動によって、ニーナの慌てふためく顔がただ見たいだけで、面白がっているだけだった。


「わかりましたよ」


「じゃあ、最速でお願いね」


「……行ってきます」


 ケンがやれやれと言った感じで、連れてくる意思表示を示すと、その場から姿を消した。


「お、おい、坊主が消えたんだが?」


「仲間を迎えに行かせたの。すぐ戻ってくるわ」


 ティナは、何食わぬ顔をして、ギルドマスターに言葉を返すのであった。

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