第134話 DIY
ズイの街に1週間程度滞在した俺たちは、旅の準備が整ったので次の街へと出発した。
道中の食料事情は俺の【無限収納】を使い、ズイで大量に仕入れることが出来たので特に問題はなかった。
ガルフさんに言わせれば、たとえなくなっても現地調達すればいいだけとのことであった。
移動の間は適度に魔物を見つけては狩りに行って、俺の精神衛生は良い方に保たれている。
ただ、「狩りに行きます」と報告すると、ティナさんが何か言いたそうにしているのを時折感じていたので、大した魔物じゃない時に誘ってみると大喜びでついてきた。尻尾がついていたら物凄い勢いで振っていたに違いない。
そんなことをしていたら拗ねてしまった人が1人いるので交代で誘うようにすると、その後の2人は今度はいつ誘われるのか落ち着きなくソワソワしていたので、ガルフさんとロイドさんに呆れられていた。
この道中から野営は1人配置になり、ケンは日替わりでパーティーメンバーと組んだ。
日替わりになった理由は、ケンの気配探知がかなりの距離を把握できるので、相手を固定してしまうと見張りのキツさに不公平感が出てしまうからだ。
ぶっちゃけた話になると、ティナとニーナがペアを組む件で争い、公平にするためにガルフとロイドが言い出した。
男性陣もケンの探知能力は知っているので、ここぞとばかりに提案したのだ。
要するに男性陣は楽をしたくて、女性陣はケンと一緒にいたいというのが根底にあり、どちらの希望も叶えるためには日替わり交代が1番だった。
本来なら気を張って神経を使う見張りも、ケンにかかればただのお喋り時間になるので楽さ加減が天元突破するのだ。
旅に出始めてから俺は、湯浴みなどないことから他のメンバーと同様に清拭にて済ませているが、風呂に入っていないとどうにも落ち着かない感じがあったので、何か方法はないかとずっと考えていた。
この世界にガラス繊維強化プラスチックを作り出すような技術はないと思うので、あるとすれば石材か木材だろうと思う。
石材に関してはどこに素材があるのか知らず、木材で言えばそこら辺に腐るほどあるが浴槽に適しているのかわからないので、旅の間は別の方法を探ることにした。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
とある日のお昼から大分過ぎた頃、休憩で進行が止まった時に物は試しと、お風呂事情を改善するためにも試作として湯のみもどきを土魔法で作ってみた。
湯のみにした理由は、某ゲゲゲな妖怪漫画のお父さんがいつも利用していたからだ。
試作したその中に水魔法で水を入れると時間経過とともに染み出して減っていたので、土の密度を上げてみたら土に染み出して減ることは少なくなったが、まだ中の水は濁っていたままであった。
「ケン君、それ何してるの?」
「ちょっとした遊びです」
ティナさんが不思議そうに見ているが俺は作業を進めることにした。
次に考えたのはこの湯のみを焼くことだった。
焼き物にする以上、粘土質のものを作らなければならないが、そこは魔法でどうにかなるだろう。
今使っている湯のみは水浸しなので元の土に戻し、新たに土魔法で粘土状になるイメージをしながら湯のみを作ってみた。
しかし、魔法とは便利なものである。手を使って捏ね回さずに思い通りの形に出来るのだから。
それから火魔法と風魔法を使い温風を作り出して強引に乾燥させると、色合いが白ばんだ試作2号が出来上がり、ニーナさんが興味を持ったのか近寄ってきた。
「それ何?」
「遊びで作っている物ですよ」
「聞いても無駄よ。教えてくれないから」
2人のことはさておき、俺はアーチ状の小型の窯を造り上げてその中に湯のみを置くと、薪を用意してなかったので代わりに火魔法で下から600度くらいを目安に熱を加えてみた。その際に覗き穴から熱が逃げないように風魔法で熱の対流を調整した。
そんなことをしていたらガルフさんから声がかかった。
「そろそろ出発しようかと思ったが、作業中みたいだな」
「すみません」
「別に構わねえけど、時間がかかるならここを野営地にするか?」
「大丈夫なんですか? 諦めようかと思ったのですが」
「もう少ししたら探さなきゃならなかったからな。ここなら適度な広さは保たれているから問題ない」
「それなら、その案でお願いします」
そんなことがあり急遽今いる場所が野営地となった。俺は窯の火と風を維持しつつ野営の準備に取り掛かった。
テントを設置し終えたあと、いつも通りロイドさん用に竈を作ってあげると湯のみの様子を見に行った。まだ日が暮れるには早いので、皆思い思いに過ごすようである。
素焼きを待っている間に釉薬作りを開始するが、そこまでのこだわりがないから土灰釉を魔法頼みで作ることにした。
こうなってくると問題は時間が足りないという点だった。アク抜きするのに数週間は作業をやらなければならないのだ。
素焼き自体も時間がかかるので、久しぶりに【創造】を使って上手く時間が進められないか試すことにする。
時間を進める魔法を創る代償だからMPの残量が心配なので、マナポーションを飲んでから取り掛かることにした。
『時間操作魔法創造により、【時魔法Lv.1】を覚えました』
(おっ、【時魔法】を覚えれたのか。これは色々とやれることが増えるな)
早速覚えたての魔法を使い、バケツに作った釉薬の時間の流れを進めてはアク取り作業を行った。
良い感じに仕上がったところで窯の具合を見に行き、こちらも時魔法を使って時短を行い覗き穴から中の様子を見ると、良い感じに焼きあがっているようだった。
それから火魔法を使うのをやめて冷却を開始して時短する。温度が下がったのを確認してから中身を取りだし釉薬をつけた。
釉薬をつけ終わった湯のみを再度窯に入れて、1200度くらいを目安に魔法で酸化焼成を始める。
時魔法で時短をするとあっという間に焼きあがった。冷却も時短して温度が充分に下がったところで中から取り出し眺めてみると、見事な青磁となっていた。
(あれ? なんか高級感が出てしまった。土灰釉のつもりだったのに鉄分が混じってたのか? ビギナーズラック?)
とりあえずわからないことを考えても仕方がないと、気持ちを切り替え湯のみに水を入れてみた。
しばらくしても水漏れがなかったので、一応の完成品ということで納得する。コレを元に今度は浴槽を作らなければならない。
「ケン君、完成したの?」
「はい。一応ですけど」
「それってコップよね?」
「そうですね。湯のみとも言いますが」
「ケン君が使うの?」
「それは考えていなかったですね。作ること自体が目的だったので」
「私にちょうだい」
「いいですよ」
特に必要でもなかったので、ティナさんに出来上がった湯のみをあげた。するとそれを嗅ぎつけたニーナさんが現れる。
「ズルい」
「わかりましたよ……ニーナさんにも作りますから」
ニーナさんの要望により浴槽造りは後回しになったので、この際だからメンバー全員分を作ることにした。
1度作っているからか作業自体は慣れたもんで、特に問題なく作り終えた。それぞれ区別がつくように釉薬を塗る際にひと工夫手間をかけた。
出来上がったものを見てみると、ニーナさんが目をキラキラとさせて待っていたその姿に無言の圧力を感じてしまいそっと渡した。
「ケン、ありがとう」
ガルフさんとロイドさんにも大層受けがよく、早速今日から使ってくれるそうだ。作った甲斐があったというものだ。
「しかし、ケンは何でも出来ちまうな」
「これだけでひと財産築けそうだね」
「こんな物でですか?」
「こんな物って言うけど、このツヤといい色合いといい、貴族が喜んで欲しがるような品質だよ」
「そうだな。これなら普通に金貨十数枚~って言われても、納得してしまうぐらいの価値だな」
「貴族とかって金ピカの物とかをメインで欲しがりそうなイメージなんですけど。」
「そりゃ外聞ばかり気にするやつだけだな。物の価値がわかってる貴族になら、これは飛ぶように売れるぞ」
そんな話をガルフさんたちとしていたら、ティナさんからおもむろに質問された。
「で、結局ケン君は何が作りたかったの? さほど執着していなかったからこれを作るのが目的じゃないんだよね?」
「あぁ、お風呂を作りたかったんですよ」
その言葉に、女性陣が反応した。
「「お風呂!?」」
「そう、お風呂です。これを大きくして作れば浴槽になるかな? と思って、まずは湯のみを試作してみたんですよ」
「風呂を作るつもりだったのか……」
「普通の冒険者なら気にしないんでしょうが、俺はずっとお風呂に入っていないと落ち着かない感じがして、旅が始まってからはどうにかならないかとずっと考えていたんですよ」
「そんなの私たちだって一緒よ!」
「そうなんですか? 冒険者として長いから気にしていないとばかり思っていましたが」
「私たちだって女なのよ。いつも身綺麗にしていたいって思うわよ。野営の時は仕方ないと妥協しているだけなの!」
「ケンは最優先でお風呂を作るべき」
「そうだね。僕も使いたいかな」
「ロイドさんもですか?」
「まぁ、作れるってんなら俺たちも使いたいのが本音だからな。ケンは浴槽作りに励んでくれ。こっちのことは俺たちでやっておく」
パーティーメンバー全員からお風呂に入りたいという要望を聞かされ、自分だけではなかったのだなと思い知らされるケンであった。
それからは浴槽造りに励むため作業を開始したが、女性陣から思わぬ要望が飛び出した。
「ケン君、浴槽は3人で入っても問題ない広さにしてね」
「必須条件」
どうやら一緒に入る予定のようで、1人用として作り上げていた浴槽は無駄になりそうだ。
女性陣のその行動にガルフさんたちはもう慣れたのか、気にした様子もない。
改めて造ることになった浴槽は円形か長方形か迷ったが、円形を採用することにした。
材質は湯のみの大きいバージョンでもよかったが、お風呂感を出すために白磁にしようと思った。
粘土状の材質をケイ酸とアルミニウムが主成分になるようにイメージしながら円形の浴槽を形作っていく。
次は出来たものを時短させて乾燥させると、邪魔にならないように収納にしまった。
釉薬は先程のものを使うと青磁になってしまうので、新たに鉄分のない土灰釉を作り直した。
窯は先程の小型の物は収納し、新たに浴槽が置けるような大型の物を作り出して、そこに収納から出した浴槽を置いたら時短で素焼きを始める。
素焼きが終わり冷却まで済ませ釉薬を塗り終わったら時短させつつ、還元焼成を行ってそれが終わり次第冷却工程に入った。
完成品を窯から収納して平らな所へと再度出すと、綺麗な白磁の浴槽が出来上がっていた。
そこへ水魔法で水を溜めてしばらく様子を見たが、水位が減るような兆候は感じられず仕上がりに大満足した。
「できたあぁぁぁっ!」
これでようやくお風呂に入れるかと思ったら、つい大声を上げて喜びを表現してしまった。
「出来たの、ケン君!?」
「凄い!」
「これは見事だな」
「また貴族が欲しがりそうな物を作ったね」
思い思いの言葉を口にしながらガルフたちが集まってきた。
「早速お風呂に入りましょ!」
「1番風呂」
女性陣は興奮からか風呂支度をするために、テントへそそくさと戻って行った。
その間に浴槽の水を破棄して収納すると、浴槽を設置するために空いたスペースへとお風呂造りに行った。
拓けた空きスペースに浴槽を設置したら、空中に水を出してその下に火を出現させお湯を作り出したら浴槽へと注ぎ込んだ。
簡易的に土壁で囲いを作ったら入口部分をテントから死角に作り、木を素材にしてスライドドアとすのこを【創造】で作り出して、ドアは入口に設置したあと開け閉め加減を確認すると何も不都合はなかったので、その後はすのこを地面に敷き詰めた。こうやって見ると、改めて魔法の素晴らしさを実感することができた。
外へ一旦出ると木をまた素材にして【創造】で風呂桶を3個と脱衣用にカゴを3個作り、中に戻ったら風呂桶はピラミッド状に積み上げ、カゴは重ねて置いた。
そこまですると、バッグを持ったティナさんとニーナさんが中へと入ってきた。
「もうお風呂が出来てる!」
「凄い!」
「こんな感じでいいですかね? その場しのぎの簡易的なものですが」
「これのどこが“その場しのぎの簡易的なもの”なのよ!」
「俺としては、もっとこだわりたい部分があったんですよ」
「外でこれだけのお風呂は贅沢」
「天井はないのね」
「どうせなら星空を見ながら入りたいじゃないですか」
「ロマンチスト?」
「風情を楽しみたいだけですよ」
「まぁ、いいわ。早速入りましょ」
ティナさんとニーナさんが躊躇いなく服を脱ぎ出したので、傍にカゴを準備してあげる。
「衣服はこのカゴを利用してください」
「至れり尽くせりね」
2人は惜しげも無く裸体を晒すとこちらを見てくるので、脳内ハードディスクに保存するためにもしっかりと念入りに観察する。
「それじゃあ、ケン君も裸になってね。私たちだけだと不公平でしょ?」
「やっぱり一緒に入るんですね」
「そうよ。宿屋だと一緒に入れないから、せめて野営中は一緒に入りましょ」
俺も覚悟を決めて裸になった。2人の前で裸になるのはこれが初めてである。
その後は世間話をしつつ久々のお風呂を堪能した。2人ともお風呂には大満足で何回も感謝された。ここまで喜んでくれるのなら造った甲斐があったというものだ。
やはり女性にとってお風呂事情は懸念材料らしい。今までは野営と言っても2、3日程度しかしなかったので、我慢できていたみたいだ。
今回の旅になって初めての長期的な野営になり、清潔感が徐々に失われるのは悩みの種だったそうで、しかも一緒にいるのが俺だったのでかなり神経質になってしまい、清拭とかも念入りに行ったそうだ。
俺はいい匂いしかしないから気にしないと言っても、「それはそれ、これはこれ」と言い返されて、最終的には「女の子には色々あるの」と言われてしまい、納得せざるを得なかった。
その後、ガルフさんとロイドさんにも感謝され、その日の野営は皆がご機嫌になり楽しく過ごしていた。
これでお風呂事情が解決されたので、これからの旅はかなり気持ち的に余裕が出る。
今後は時間があればもっと快適なお風呂に仕上げるべく、試行錯誤を繰り返そうと心に決めたのであった。
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