第125話 罪と罰
4人がやってきたのは、アインとマイケルが使った応接室で、ここに来る前に使用許可を貰っていた。中へと入るとそれぞれがソファに腰掛ける。
「ではまず、カインのわがままから話を進めようか」
アインがそう切り出すと、カインがそれに答えた。
「回りくどいのは面倒だから率直に言わせてもらう。俺と多分兄さんもターニャのことは許せない。シーラのことも許せないが、そこは家族の情で何とかなる。だが、お前は別だ。ただの他人だ」
その言葉にターニャは俯く。ケビンの家族から言われる、正直な気持ちを受け止めるので精一杯だった。
「それで、お前の覚悟を試したのは、母さんから聞いた話だとケビンがお前のことを気に入っていたと言ったからだ。それがなきゃ、絶対に許すことはない。俺たちはケビンが大事だ。だが、ケビンが気に入っているのなら、余程のことがない限り外野がとやかく言うのも間違っているからな。それで覚悟を試させてもらった。これで、もしついてこなければ、ケビンに今後一切関わらせるつもりはなかったし、シーラにもケビンのことを伝えるなと厳命していた」
そこで疑問が解けたかのように、アインが口を開いた。
「そういうことか。考えていないようでしっかり考えていた事に、僕は驚きだよ」
「これでもそれなりに頭は使ってるからな。兄さんには及ばないけど」
2人が軽口を言い合っている中、シーラが問いかける。
「それじゃあ、ターニャは合格ってことでいいのかしら?」
「そうだな……今からケビンのことを教えてやる前に、最後にもう一度聞くが……覚悟は出来てるんだよな?」
その言葉に対して、ターニャは静かに口を開いた。
「……はい。出来ています」
「わかった、教えてやる。あの後ケビンは、一度気を失い目覚めた時には記憶を失っていた。お前はおろか俺たち家族のことや、自分に関することさえ覚えてなかった」
それを聞いたターニャは俯いてた顔を上げ、両手で口を覆い驚愕に目を見開いた。
「――っ! そんな……」
ターニャは瞳に涙を浮かべつつ、色々なことを思い出した。初めて出会った闘技大会や、それから一緒に食べるようになった昼食、誘拐事件の首謀者の所へ乗り込んだことすら、全て無に帰したと言われたのだ。驚くなという方が無理である。
「そして、今は行方不明だ」
さらに聞かされた驚くべき事実に、ターニャの頭の中は、すでに処理が追いつかなかった。
「わ……私……そんな……つもり……じゃ……」
とうとう我慢できずに涙がこぼれ落ちる。一度落ちてしまえば、あとは止め処(ど)なく溢れてきてポロポロと流しては、やがて堰を切ったかのように泣き出した。
「っ……私……っく……私……」
「お前、言ったよな? 覚悟が出来たって。あれは偽りか?」
「ちょっと兄様!」
「シーラは黙ってろ」
「だってターニャ泣いてるのよ!」
「お前はそうやって同じ過ちを繰り返すつもりか? ケビンを責めた同じ過ちを。何も学んでいないんだな、失望したぞ……お前のケビンに対する気持ちは、独り善がり以外のなにものでもない!」
「――!」
カインが言い放った内容に、シーラは言葉を失った。正しく今と同じような状況で、ターニャが泣いたことでケビンを責めたからだ。それと同じようにたった今、自分の兄を責めたのだ。
そこで、今まで沈黙を守っていたアインが口を開いた。
「やれやれ。とても話をできるような状況にないよね」
「すまない、兄さん。どうしても話しておかないと、何も知らないまま元の鞘に戻すことは、感情的に出来なかった。俺が未熟だからだ」
「そうでもないよ。僕も同じ気持ちだからね。ケビンの今の状況を知らず、何食わない顔して元のように仲良くされてもね……僕としても不快だ。シーラに関しても……失望するのは仕方ない」
2人の兄からの言われように、シーラはスカートを強く握りしめるのだった。
あの時あれだけ後悔したにも関わらず、同じ過ちを繰り返してしまった。今回は相手が兄だったため、ケビンの時のような暴走はなかったが、明らかに落胆している様子は窺えた。
ターニャはターニャで、今まで悲愴に明け暮れていた自分を責めた。自分よりも、遥かにケビンの方が深刻だったからだ。記憶をなくし、行方がわからず、家族は必死に探しているに違いない。
それでも、ケビンが気に入ってくれているという理由で、自分に手を差し伸べ状況を教えてくれたにも関わらず、また悲愴に明け暮れてしまうのかと、自分自身が許せなかった。
「さて、どうしたものかな……新情報を手に入れたから集めたんだけど」
「新情報? 記憶を戻すのに何かわかったのか?」
「そっちじゃないよ。ただ、現段階でそこの2人に、聞く権利があるかどうかだけど……」
そう言ってアインは、視線を2人に向けた。今のアインの機嫌だと、教えないであろうことがわかったのか、カインが2人に対して助け舟を出した。
やはり兄として、手のかかる妹は可愛いものなのだ。ターニャは、ケビンのことがあるので、そのついでである。
「シーラ、お前は今後独り善がりの考えを改めろ。そのままだと、ケビンの近くにいる資格はないぞ。わかったな?」
カインの問いかけに、シーラはゆっくりと答える。
「はい。肝に銘じて改めます」
シーラの返答を聞くと、今度はターニャに対して言葉を発した。ターニャは家族ではないが、ケビンのことを考えると捨ておくわけにはいかないからだ。
「で、いつまで泣いてるつもりだ。お前の覚悟はそんなもんか? その程度ならこの部屋から出て行け」
カインから言い放たれたその言葉に、ターニャはビクッと肩を震わせたが、シーラと同じようにスカートを強く握りしめ、ゆっくりと顔を上げた。
その姿は、未だ涙をポロポロ落としてはいるが、口を引き締め、泣くもんかと強く意志を込めていた。
「まぁ、大目に見て及第点だな。兄さん、これでいいか?」
「カインは、本当に口は悪いけど優しいよね。僕なら放っておくのに」
「口が悪いのは余計だ」
アインに褒められて恥ずかしいのか、そっぽを向いて反論したのだった。
「じゃあ、さっきマイケルから聞かされた情報を話すよ」
アインは一度視線を皆に向けたあと、ゆっくりと語りだした。
「ケビンの居場所がわかった」
その言葉を聞き、カインはガタッとソファから立ち上がり声を出した。
「急いで迎えに行かないと!」
カインの行動を制するように手を向け、アインは続きを話した。
「落ち着け、カイン。話はまだ終わりじゃない」
アインからの静止で、今にも飛び出しそうだったカインは、一旦落ち着くことにして座り直した。
「ケビンは失踪当日に冒険者となった」
「冒険者? 何でまた?」
「これは予想でしかないけど、身分証が欲しかったんじゃないかな? 街の出入りには必要なものだし」
「ギルドカードか……」
「それでお兄様、ケビンは今、冒険者としてこの街にいるのですか?」
「結論から言うといない。ケビンはすでに街を出ている」
「でも先程居場所がわかったと……街から出ては、見つけにくいのではないのですか?」
「それを今から話す。冒険者になったケビンは、当日のうちにDランクになった。その数日後にはCランクに昇格した」
「よく記憶のない状態で戦えたな」
カインがこぼした感想に、アインが同調する。
「それは僕だけではなく、母さんや使用人たちも思ったことだ。そもそも、聞き込みをしていた段階で、冒険者からありえない強さの子供を見かけたってのが、ことの始まりだったんだ」
「ありえない強さねぇ。そりゃケビンしか思い当たらないな」
「それで母さんが直接冒険者ギルドに向かい、ギルドマスターと話したところケビンだと断定した」
「たとえ強くとも、そんなにポンポンとランクが上がるものなのか?」
「それはありえない強さが原因だ。実質2日間しかクエストを受けてなく、最初はBランクになる予定だったみたいだ。ケビンのことを危惧したギルドマスターが、Cランクで止めたらしい」
その言葉に一同は驚いた。たった2日間のクエストで、Bランクまで上り詰めるところだったのだ。
「ありえないのは強さだけではなく、クエストの受け方にもあったみたいだ」
「クエストの受け方?」
ありえない強さだけでなく、クエストの受け方と聞いて、カインは怪訝な表情を見せる。
「ああ。Cランクに上がる際のギルドマスターとの面談で、母さんの名前が出たらしい。その時に反応して頭痛を起こしたようで、それを見かねたギルドマスターが保養地タミアを紹介し、クエストの受けすぎもあったから療養するように伝えたみたいだ」
「ギルドマスターが言うほどのクエスト量か……」
「それならお兄様、ケビンは今、保養地タミアにいますの?」
「そうだ。名前は【ケン】と名乗ってるようで、Cランク冒険者として行動している」
「保養地タミアかぁ……迎えに行くには遠いなぁ……」
そんなボヤキを聞いたアインは、続きを話した。
「そこは母さんがマイケルに言って、使用人を派遣した」
「じゃあ、使用人たちが連れて帰ってくるの?」
「いや、ケビンが楽しく過ごしていたら、そのまま冒険者をやらせて、使用人2人を張り付けた上、居場所がわかるようにしておく。逆に寂しくしていたら連れ戻すそうだ」
「母さんが決めたなら仕方ないか……ケビンには激甘だもんなぁ……」
「現状だとわかっているのはこれくらいだな。あとは、使用人が戻ってきたら、現地での様子がわかるだろう」
話が一段落すると、カインが残りの課題を口にした。
「ケビンの行方がわかったなら、あとは、記憶か……」
「そっちも何とかなるかもしれない」
「マジか!? 兄さん!」
カインはソファからガバッと身を起こし、アインの方へと体を向けた。
「あぁ、母さんの名前に反応して頭痛を起こしたのなら、もしかしたら、俺たちの名前にも反応してくれるかもしれない」
「でもそれって、母さんが1番ケビンと一緒にいたからじゃないのか? 俺の名前で反応してくれなかったら泣くぞ」
「まぁ、その可能性は否定できないね。なんにせよ、本人がいないと試せないことだしね」
「冒険者やってるなら戻ってきそうにないよなぁ。俺も兄さんの手伝いがなければ冒険者したかったなぁ……」
「それなら僕が領地を引き継いだ後は、暇な時にすればいいさ。四六時中一緒にいる必要もないんだし」
「それもそうか……うちは辺境伯じゃないから、軍備もそこそこでいいしな。王都寄りの領地で助かったな」
将来的に冒険者をやることが出来る算段がつき、カインは胸を躍らせた。そこで、ふと思い出したのか、カインはシーラに対して話しかける。
「あ、そうだ! シーラは間違っても、学院をサボってまで、ケビンに会いに行くなよ」
「わかってるわよ。そんなことをしたら母様に何て言われるか」
「まぁ、間違いなく教育的指導だろうね」
そのことを想像でもしたのか、シーラは身震いした。
「それとターニャは少しでも前の生活に戻れよ。起きてしまったことをいつまでも悔いるんじゃなくて、前を向いて生きていけ。ケビンに会った時に心配させたくないだろ?」
カインからの思いもよらぬ言葉に、ターニャは目を見開いたが、瞳から一雫こぼした涙とともにお礼を口にした。
「……はい。ありがとうございます」
その様子を見ていたアインは、思わず口にする。
「カインってぶっきらぼうだけど優しいよね。何で彼女が出来ないの? 今のは絶対、ターニャさんじゃなければ惚れるパターンだよね」
「確かに私もそう思うわ。母様の言ったとおりジゴロなのかしら?」
「おい、そのネタはもういいだろ!」
そんな3人のやり取りを見て、ターニャは静かに笑うのだった。
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