第124話 奇跡の日

――フェブリア学院


 秋の一大イベントである闘技大会も終わりを迎え、お祭り気分は終息へと向かいつつあった。


 2年E組の生徒は、事件後から続く男女間のいがみ合いからかチームワークが取れず、結果として惨敗。来年度からFクラス落ちが確定した。


 そんな中、お昼休みにアインの元へ、面会人が来ている旨が知らされると、アインは応接室へと向かった。


 アインが応接室の中に入ると、待ち構えていたのはカロトバウン家筆頭執事のマイケルであった。2人は対面式のソファへ腰掛けると、アインの方から話を切り出した。


「やあ、マイケル。君が来るってことは、何か進展があったのかな?」


「左様でございます。ケビン様の行方が判明しました」


「それは本当かい!?」


 アインは、驚きのあまり前のめりになって聞き返した。ここまで驚くのは、今まで確定に至るまでの有力な情報はなく、ここにきて、初めて居場所が判明したという、確定情報を齎されたのも起因しているからだ。


「聞き込みにより得られた情報から、奥様自らが冒険者ギルドへと赴き、ギルドマスターとの対談で判明しました」


「冒険者ギルド……」


「ケビン様は、失踪したその日に冒険者登録をし、冒険者となっていたようです。冒険者たちの間でも話題になっておりました。ありえない子供がいると」


「ケビンが冒険者になっていたのも驚きだけど、記憶のない状態で戦えているのかい?」


「それに関しては、さすがケビン様と言ったところでしょう。私たちも情報を手に入れた時には、アイン様と同様の懸念がございました。故に、奥様にも推測でしかない情報として、しかし、今までの中では1番の有力情報として、カレンに報告させました」


「それで母さんが、直接冒険者ギルドに行ったわけか」


「ケビン様は初日にDランクへ昇格し、その数日後、Cランクへも昇格しています。奥様から齎された話では、ギルドマスターは、Bランクに上げる予定だったのを、ケビン様のことを危惧して、Cランクに留めたそうです」


「無茶苦茶だね。記憶のない状態でそれなのかい?」


「実質、クエストを受けたのは、2日間だけだと聞いております」


 その言葉を聞いたアインは天を仰いだ。その内容は、あまりにも荒唐無稽な話で、冒険者登録をしたあと、たった2日間のクエストだけで、Bランクに上り詰めるところまでいっていたからだ。


「我が弟ながら凄まじいよ。記憶を失っているとは到底思えない」


 ケビンの偉業に、アインが感想をこぼしていると、マイケルは、続きを話し始めた。


「現在は【ケン】と名乗っているそうで、保養地タミアにおられるそうです」


「保養地?」


「Cランク昇格時のギルドマスターとの面談で、世間話の最中に奥様のお名前に反応して頭痛を起こしたところ、ギルドマスターが薦められたそうです。クエストの受けすぎもあったようで、療養するようにと」


「それはいい情報を聞けた。母さんの名前に反応したんだね? 記憶を戻す手がかりになるかもしれない」


「それと今後の動きですが、すでに使用人を現地へ派遣しましたので、奥様からの指示どおり、ケビン様が寂しくしていたら連れ戻し、逆に楽しく冒険者をしている場合は、居場所がわかるように使用人を2人張り付けて、様子を見ることとなっております。どちらにしても状況報告のため、派遣した使用人3人のうち、1人は戻ってくる手筈になっております」


「そうか……母さんはケビンの好きにさせるみたいだね。僕としては戻ってきて欲しいけど、そうなると記憶が戻るまでは、軟禁生活になるだろうからね。楽しく過ごしていることを願うよ……」



◆ ◇ ◆ ◇ ◆



 その後、マイケルと別れたアインは、カインの元へと向かった。中等部3年Sクラスの教室前へ到着すると、入口に立っていた女子生徒へと声をかけた。


「そこのお嬢さん、私は高等部1年のアインという者だけど、カインはいるかな?」


(えっ!? キャーッ! アイン様に話しかけられちゃった。どうしよう……もう思い残すことないかも……)


「どうかしたのかな?」


 アインの再度の問いかけに、意識を取り戻した女子生徒が答えた。


「……はい、教室の中にいらっしゃいます」


「ありがとう」


 カインが教室の中にいると聞き、女子生徒に微笑み返しながらお礼を言って、中へと入って行ったアインが立ち去った廊下では、女子生徒の周りに他の女子生徒たちが駆け寄った。


「今の殿方、【賢帝】のアイン様で、いらっしゃいますわよね!?」


「私、もう死んでもいいかも……」


「貴女だけズルいですわ!」


 廊下では姦しい姿が見られる中、教室内でも同様になっていた。


「アイン様がいらっしゃいましたわ!」


「はぁぁ……なんて凛々しいお姿……」


「カイン様と並ぶと華がありますわ……」


「尊いですわ……」


 あちらこちらで囁かれる言葉は、アインの耳にも届いており、苦笑いしつつカインのところへ足を運んだ。


「どうしたんだ? 兄さん。女子どもが色めきたっているぞ」


「それを言われても、僕にはどうしようもないんだけどね」


「それで? ここに来るってことは、何か進展があったのか?」


「あぁ、朗報だよ。ケビンのことで進展があった」


「本当か!?」


「説明は1回で済ませたいから、今からシーラのところへ向かうよ」


「わかった」


 2人が立ち去ったあとも、教室内では女子生徒たちが、終わりの見えないアイン談議をしていたとか、いなかったとか……


 2人はそのまま2年Sクラスにやってくると、ここでも女子生徒の話題を掻っ攫った。アインが先程と同じような手段に出る前に、カインが動き出した。


 誰に尋ねるでもなく教室内に入り、いるかもわからない相手に対して言い放つ。


「おい、シーラはいるか?」


 その行為はワイルドな風貌に拍車をかけ、カイン派の女子生徒たちは、黄色い声を上げ、テンションが急上昇するに至る。


 カインはそんな中でも全く気にもとめず、目線でシーラを探し当てるのと同時に返事が聞こえた。


「私ならここにいるわよ」


「探し回ることにならなくて助かったよ」


 カインの側にアインが近づくと、教室内はさらにヒートアップした。ここにカロトバウン家3兄妹が揃い踏みしたことで、女子生徒たちの興奮は最高潮に達したのだ。


 一種のアイドル的存在とも言える3人が、一同に会することなど学院では滅多にない。


 そのこともあり、今日この日この時、ファンクラブの中では《奇跡の日》として非公式で認定するのであった。


 そんな中、カインはシーラに近づくと、その傍らに佇む1人の女子生徒を見てシーラに尋ねた。


「そいつ、もしかしてターニャか?」


 その言葉に、女子生徒は肩をビクッと震わせた。


「そうよ。やっと学院に復帰出来るまで回復したの」


「カイン、わかってるよね?」


「あぁ、特に何もしねえよ。シーラ、どこまで話した?」


「まだ何もよ」


 その言葉に、カインが何を思ったのか、ターニャに対して言葉をかけた。


「おい、ターニャ。お前に覚悟があるなら今から一緒に来い。ないなら今後は一切関わるな」


「兄様!」


「シーラは黙ってろ。これはターニャ個人が決めることだ」


「ターニャは、まだ復帰したばかりなのよ!」


 段々と、色めきだっていた周りの生徒たちも、不穏な空気を察したのか、先程までの騒ぎはなりを潜めて、静かに状況を見守っていた。


「カイン、どういうつもりだい?」


 アインが異様な雰囲気を纏い静かに尋ねる。これからする話は、家族にだけ知らせるつもりだったからだ。


 ことターニャに関して言えば、今回の事件の一端を成していたため、アインとしては教えるつもりなどサラサラなかった。


「ケビンのことを考えるなら、そうした方がいいからだ。で、どうするんだ? ターニャ、答えろ」


「……」


 ターニャはしばし考え込んだ。果たして自分は今後もケビンの側に居ても許されるのだろうかと。カインが言った覚悟というのは、どういう意味なのだろうかと。


 巡る思考は終わりを見せないが、たった1つだけハッキリとわかることがある。それは……


(ケビン君と一緒に居たい……)


 その想いがわかると、これっきりになるのは嫌だった。最悪の別れのまま終わらせられなかった。そして、決断した。


「一緒に行きます」


 その言葉を聞いたカインは、特に返事をするでもなく踵を返すと、アインに一言伝えた。


「兄さんすまない。俺のわがままだ」


「まぁ、あとでその理由は聞かせてもらうよ。それじゃあ、シーラたちはついてきてくれ」


 4人が教室を去ると、状況の読めない残された女子生徒たちは、わからない話よりも、わかることの方が優先だったみたいで、先程のように興奮に包まれ、《奇跡の日》について熱く語り合っていたのだった。

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