第121話 魔法の実力

 ティナさんとしっかり話し合った翌日、気持ちよく目が覚めた。心のどこかがスッキリした気分だ。


 今考えると、昨日話したことが良かったのかもしれない。心の内を明かしたからか、どこか重みが軽くなった気がする。


 起き上がる前に隣を見ると、ティナさんはまだ寝ているようだった。至近距離でまじまじと見るのは初めてだな。


 そう感じていたら、昨日の寝る前のことを思い出し少し動悸が早くなった。


 今にして思えば、思い切ったことをしたものだと感じる。据え膳食わぬは男の恥と言うが、まさか自分がそうなるとは思ってもみなかった。


 正しくは最後までいってないから、前菜で終わって食べ残しているわけだが。


 ティナさんは俺のことを好きと言ってくれたが、俺からは何も言ってない。


 好きがどういう気持ちかまだ掴めていないが、ティナさんに関しては、一緒にいて嫌と感じることがない。


 振り回されることもあるが、一緒にいると落ち着くこともある。これが好きという気持ちなのだろうか? まだわからないが、徐々にわかっていけたらと思う。


 そういえば、起きたらお風呂に入ると言っていたし、起こした方がいいのかもしれないな。


「ティナさん、朝ですよ。起きてください」


「……ん……」


「ほら、早く」


 いつも通り起きそうになかったので、身体を揺すってみる。


「……まだぁ……」


 これではいつまで経っても起きないし、強引に起こすことにした。昨日、1回やったんだし、これで目が覚めてくれるなら、動悸がするくらい安いものだ。


「ティナさん、少し失礼しますよ」


 抱かれている腕の中から動き出し、ティナさんの顔へ近づく。そのまま顔を近づけて優しく唇を重ねた。


「……」


 ケンがキスをすると、ティナは微睡みから徐々に覚醒しだした。目を開けるとそこにはケンの顔があり、キスをされていることに気づくと一気に混乱しだした。


(えっ!? 何これ? 何でケン君がキスしてるの!? 昨日の寝込みを襲ってたのがバレたの!? いやいや、寝てたから気づいてないはず! じゃあ、何でキスしてるの!? 寝込みを襲われてるの!?)


 ケンは僅かな動きから、ティナが覚醒したことに気づいたのか、そっと唇を離した。


「おはようございます。朝ですよ、ティナさん」


 ぽーっとした表情でケンを見つめるティナは、今起きた出来事を確認するかのように、唇へと指を当てた。


「……キス……」


「起きてください。お風呂に行くのでしょう?」


「……行くけど……キスされた……」


「ティナさんが、中々起きてくれないからですよ」


「だってまだ眠いし……」


「ちゃんと起きてくれたら、目覚めてる状態でもう1回しますけど、どうします? 起きますか? それともまだ寝ますか?」


 起きればキスしてくれると聞かされ、未だ不意打ちでしかされていないことを思い出し、しっかり起きている状態で、ちゃんとされたいと思ったティナは起きることにした。


「……起きるわ!」


 それからの行動は早かった。とても朝が弱いとは思えないほどに。


 ティナが起き上がるのと同時に、ケンも起き上がり、お互いに向き合った。ティナは、キスされると思いドキドキしていたが、一向にケンが動かないところを見て不思議に感じていたら、思いもよらぬことを聞かされる。


「ティナさんに1つ伝えたいことがあります」


「え……キスは?」


 伝えたいことよりも、キスを優先するティナに、ケンは呆気に取られてしまった。


「……その後ですね」


「伝えたいことって何?」


 ティナは、おあずけをくらった状態だったが、しっかりと聞くことにした。


「今朝、目覚めてから少し考えてみました。ティナさんは、俺のことを好きと言ってくれますが、俺にはまだ好きという気持ちが、どういったものかわかりません。だけど、ティナさんが側にいても嫌とも思わないし、一緒にいると落ち着く気持ちになれます。これから、その気持ちが徐々にわかっていけたらなと思ってます。それでもいいですか?」


 ティナは、ケンの言葉を一つ一つ噛み締めるように、頭の中で消化していき、気づいたら瞳に涙を浮かべていた。


 昨日、踏み込んで話して良かったと改めて思い、飛びっきりの笑顔で返事を返すのだった。


「はい! ありがとう……」


 その瞬間、涙は雫となって頬を伝うが、ケンは両手をティナの頬に添えると優しく拭いながら、顔を近づけて唇を重ねた。


「……」


 ケンがそっと唇を離すと、名残惜しく思ったのか、ティナから言葉が漏れる。


「あ……」


「さて、支度してお風呂に入ってきてください。今日もクエストに行くんですから」


 ケンは照れているのか、そっぽを向いて支度を促す。その姿を見て、ティナは嬉しくなりながら、ケンを抱きしめて答える。


「そうね、これからはずっと一緒よ。嫌って言っても離れてあげないんだからね」


 少しするとティナは入浴へと向かった。残されたケンは、せっかくティナが朝早く起きれたから、一緒に食堂へ向かおうと待つことにした。


 ティナが入浴から戻り、2人で食堂へ向かうと、他のメンバーはすでに揃っていた。


「お、おい……ティナが何で目覚めてるんだ!?」


「これは珍しいこともあるもんだね」


「天変地異」


 食堂で朝食を摂っていた3人は驚愕し、それぞれ感想を漏らした。


「3人とも酷いわね。私だってやればできるのよ!」


 すかさずティナも反論するが、日常的に常習犯であることから、説得力が全くと言っていいほどなかった。


「まぁ、確実にケンのおかげだろうな」


「そうだね。1人で起きれるとは思えないしね」


「他力本願」


 さらに追い打ちをかける3人に対して、ケンがフォローする。


「今日はティナさんの力ですよ。いつもは、無理矢理な感じで起こしてましたが、今日はすんなり起きてくれましたので」


 さすがにキスをして目覚めさせ、キスを餌に起こしたとも言えず、ありきたりな言葉で、誤魔化すことにしたケンであった。


「ほら、聞いたでしょ? 私は凄いんだから」


「それなら、これからはその凄いのを、毎日見せてもらおうか?」


「う……」


「どうしたんだ? 凄いんだろう?」


「いや……凄いのは凄く疲れるから……さすがに毎日はちょっと……」


 ガルフからの鋭いツッコミに、タジタジになりながら、ティナは答えるのであった。


「まあまあ、とりあえずは朝ご飯を食べましょう。今日もクエストに行くのですから」


「そうだな。今日はティナが起きてるから、そのままクエストに行けるように、準備してからギルドに向かおう」


 それから朝食を食べ終わって、各々の準備のため一旦部屋へと戻った。


 部屋に戻ると早速準備を始めるが、そこで改めて拙いことに気づいた。いつもなら、ティナが寝ている間に準備していたので、【無限収納】から取り出しても問題なかったのだが、今日はすでに起きているのだ。


「どうしたの、ケン君? ボーッとしちゃって。準備しないの?」


「いや……あの……」


「アイテムボックスから、装備取り出さないの?」


「えっ?」


「ん?」


「知ってたんですか?」


「何を?」


「収納持ちだってことを……」


「それはわかるわよ。ケン君が旅用のそのバッグから、何かを取り出すのを見たことないもの」


「あっ……」


 ケンは宿に泊まってから、旅用のバッグは使ってなかったのだ。バッグの中には、道具類が入っているだけで、日常的に使うものに関しては、全て【無限収納】に入れていた。


「ケン君って所々抜けている時があるわよね。そんなところも可愛くて好きだけど」


「あぁぁ……やってしまった……」


 ケンは、四つん這いの姿勢になり項垂れた。


「知られたくなかったの?」


「えぇ。王都にいた時に、解体場の責任者の方から珍しいものだと言われ、それからはバレないようにしてたんですよ」


「確かに珍しいけど、そこまで構えなくても平気よ。それなりにアイテムボックスを使える人はいるから。冒険者だったり、商人だったりと」


「いや、俺のはアイテムボックスじゃなくて、【無限収納】なんですよ」


 その言葉にティナは、キョトンとする。


「まずいですよね?」


「……それはまずいわね。勇者じゃないのよね? 見た目から違うのはわかるけど。神聖皇国に知られたら、拉致されて勇者に担ぎ上げられるわね」


「やっぱりそうなりますか……こんな子供の勇者なんて、民衆は信じないでしょうに。はぁぁ……」


「それなら、無理に隠さず、アイテムボックスと言いきった方がいいわ」


「そうなんですか?」


「あれは魔力に依存することがわかってるから、魔法も使えるケン君なら容量があっても問題にならないわよ」


「そうだったんですね。よかったぁ」


 ケンは、特に問題なく【無限収納】を使えることに、安堵するのだった。


「それじゃあ、問題も解決したことだし準備しましょ」


 相変わらず目の前で着替えだすティナを見て、ケンは慌てて後ろを向き自分も準備を始めた。


「見なくていいの?」


「これで見たら、負けだと思いますので」


 振り返った瞬間に、ティナのニヤニヤとした顔が安易に想像出来て、絶対に振り返ってやるものかと、ケンは心に決めたのだった。


 2人でフロアに向かい、他の人たちと合流すると、そのままギルドへと向かった。


 ギルドで、クエストを決めるため掲示板へ向かったのだが、クエストを決める前に、ニーナが1つの提案をする。


「ケンの魔法が見たい」


「そういえば、ケンは魔法も使えるんだったか」


「自己紹介の時に言ってたね。それがあるから、ソロで活動しているって」


「私も見たいわ。絶対凄いわよ!」


「ティナさん、ハードル上げないで下さいよ」


「それなら、また無難なやつにしておくか。魔法を使うなら、毒マジロを狩ってもいいかもな。あとは適度にバカ牛か?」


「それがいいかもね。昨日と全く同じだけど、魔法の実力を試すなら、持ってこいのクエストだと思うよ」


 ガルフの提案にロイドも賛成したことにより、昨日と同じ魔物を狩ることになった。


 平原についたケンたちは、早速魔物のいる位置まで行くことにした。


「昨日はのんびりとした狩りだったから、今日はサクサク倒していくか」


「とりあえず、単体でケンの魔法を確認したら、複数の魔物の狩りにシフトすればいいんじゃない? 集団戦の動きも確認したいし」


「とりあえず、その方向性でいくか。ケン、魔物の位置はわかるか?」


「はい、このまま真っ直ぐ行けば1体いますよ」


「よし……それなら、そいつでケンの魔法の実力を確かめよう。」


 そのまま真っ直ぐ歩いていくと、遠くの方に毒マジロがいるのを確認できた。


「毒マジロだな。ケン、魔法で攻撃してみてくれ。ニーナはケンのサポートだ」


「わかった」


 ニーナが淡々と返事をすると、ケンは、昨日毒マジロを倒したニーナに、復習の意味も兼ねて質問した。


「ニーナさん、毒マジロはお腹が狙い目で、昨日使った魔法は【ロックファング】で合ってますかね?」


「そう」


「ケン君、【ロックファング】使えるの?」


「試してみないとわからないですが……ロイドさん、素材はなるべく傷つけない方がいいんですよね?」


「そうだね。昨日のはニーナが張り切ったせいか、結構ズタボロだったからね。それでも、それなりの価値は付けてもらえたけど」


「わかりました。それでは、やってみます」


「おう、あまり気負わなくていいからな。リラックスしてやってみろ。撃ち漏らしてもニーナが対処するからな」


 ケンは、昨日ニーナが放った【ロックファング】を参考に、素材を傷つけないよう、もっと鋭角に細く鋭くしたものをイメージしながら、魔法を唱えた。


「……【ロックファング】」


 すると毒マジロの下から、ニーナが唱えたものよりも、細く鋭くなった円錐状の岩石が飛び出し、毒マジロの腹を下部から突き刺して、そのまま宙へと持ち上げる。


 迫り出した岩石の勢いは衰えずそのまま伸びると、毒マジロの腹を突き破ったあとは背部へと至り、毒マジロの自重も相まって、必然的に背部を突き破った。


 やがてピクピクと痙攣していたのが治まり、絶命したことがわかると、ケンはガルフへと報告する。


「ガルフさん、倒しました」


「……」


 昨日と同様に一同は呆然としていた。目の前で起きたことがとても信じられないのだ。


 昨日と違う点は、ティナではなくニーナが、いち早く動き出したことだった。サポートする立場としても、ケンの近くにいたことが起因したのであろう。


 すぐさまケンに抱きつくと、お約束と言わんばかりに胸を押し付け、ケンを褒めたたえた。


「ケン、凄い! 詠唱省いて一撃で倒せた!」


「うわっ!」


 ケンはケンで、ティナではなくニーナが来たことに驚いていた。


「……? 今日は離してって言わないの?」


「返り血も浴びてませんし、毒マジロは解体もしませんからね。とりあえずガルフさんが回復するまでは、ニーナさんが気の済むまで、そのままで構いませんよ」


「そう……役得」


「でも、胸が当たってるのですが……」


「ケンなら問題ない」


 思わぬケンからの言葉に、ニーナは嬉しく思い、ケンの抱き心地を堪能していたのだったが、ティナから横槍が入った。


「ちょっと、私にもやらせてよ。私も褒めたいのよ」


「無理。離せない」


「ケン君からも、何とか言ってよ」


「ティナさんは、いつもしていますからね。今はニーナさん優先で」


「ずるーい!」


 3人でガヤガヤやっていると、ガルフが放心状態から戻ってきて、ケンに質問する。


「なぁケン、お前詠唱はどうした? さすがに魔法使いでもない俺でも、魔法を使う前は詠唱が必要なことくらい知っているぞ」


 ガルフからの問いに対して、答えようとケンはニーナから離れたが、それを待っていたかのように、後ろからティナに抱きつかれた。


「ティナさん?」


 呼ばれた瞬間、ティナはビクッとしたが、毅然とした態度でケンに言い放った。


「お話の邪魔はしないからいいでしょ?」


「……はぁ」


 ケンは諦めたように溜息をつき、後頭部越しに伝わる、ティナの柔らかい胸の感触を感じつつも、話を進めることにした。


「俺は、そこまで詠唱する必要がないんですよ。スキルで【詠唱省略】を持っていますので」


 ケンは以前、ライアットに言われた通りに【無詠唱】のことは伏せて、【詠唱省略】のスキル持ちであることを伝え、誤魔化すことにした。


「何だそれは?」


 ガルフの疑問に答えたのは、ニーナだった。


「本来必要な詠唱を省略できる。スキルレベルによってそれは変わる」


「つまりそのスキルを持っているから、詠唱をしなくてもよかったってことか?」


「はい。それでもちゃんと、最終的に魔法名を言わないと発動しませんが」


「ニーナとティナは詠唱してるよな?」


「私は持ってない。魔術師にとって夢のようなスキル」


「私も当然持ってないわよ。弓があるし別に困らないわ」


「剣術に引き続き魔法までも……ケンはかなりの逸材だね。ソロでやってたのが納得できるよ。1人で全てをこなすんだから」


「そうだな。オールラウンダータイプは、そこまで伸びしろがないのが普通なんだがな。ケンは特別ってことか」


「ガルフ、次は集団戦でしょ? ケン君が凄いのはわかったんだから、早く行きましょうよ」


「そうだな。じゃあ、ケンは案内頼むな。纏まって彷徨いてる魔物を探してくれ」


 それからは、単体ではなく集団で動いてる魔物を探知し、ケンはパーティーを誘導していった。


 集団戦では、ケンは後衛となり魔法で援護するように言われたが、前衛の出る間もなく、後衛3人で魔物を倒していくと、さすがに練習にならないとなって、適度に魔物を前衛に倒させるために、手抜きする羽目になった。


 ケンが後衛に入ったことで戦闘効率が上がり、どんどん魔物を狩って、今までにないくらい狩れたことに、ガルフは「報酬が増える」と大喜びする。


 その日は、ギルドへ戻ると、ケン以外はみんなほくほく顔で、報酬を受け取るのだった。


 ガルフは、酒がいっぱい飲めると言い、ロイドは、魔導具を新調できるとかなり喜んでいた。女性陣2人は、新しい服でも見に行こうかと相談している。


 そんな中、ケンは王都でたんまりと報酬を受け取っていたので、貯金がまた増えたことに、どうやって消費するか頭を悩ませたのだった。

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