第109話 大人の余裕?

 ふと目が覚めると、腕が柔らかい感触で包まれていることに気づく。視線をやると隣にはティナさんが寝ていた。


 あれから翌日には、ティナさんが“養う”と言った言葉を実行するかのように、知らない間に俺がとっていた部屋を、キャンセルさせられてティナさんと相部屋になっていた。


 さすがにその行動は予想外だったようで、ガルフさんたちは苦笑いを浮かべていたが、「ま、頑張れ」と言ってティナさんの行動を止めてくれはしなかった……


 その日からはこんな感じで、一緒に寝ている。床に寝ようとしたら、凄い勢いで止められてしまったのだ。


 そんな事を思い返しつつも、このままでは起きられないので、抱きつかれている腕を抜くことにした。


「ん……ぁ……」


 もぞもぞと腕を動かしながら抜いていたら、艶めかしい声が漏れだした。


 抜くためとはいえ、胸を触ったことは仕方がないと思う。そう、仕方がないのだ。


 ベッドから脱出した俺は、着替えたあとに洗面を終えて、朝食のため食堂へ下りていくと、ガルフさんたち男メンバーと出くわした。


「おはようございます」


「おう」


「おはよう」


「ニーナさんはまだのようですね」


「うちの女共は寝起きが悪いからな。中々起きて来ないんだ」


「あぁ、確かに」


「まぁ、ケンはティナと一緒にいるから、そこら辺はわかってるか。ティナは1番の寝坊助だからな」


 そんな会話をしていると、ニーナが食堂へとやってきた。


「おはようございます、ニーナさん」


「ん、おはよう」


 そう言って半分目が開いてない状態のニーナが席につく。朝食のメニューは、パンとサラダとスープで簡単なものだった。ケンがそれを食べていると、ガルフから話しかけられた。


「俺たちは、ぼちぼちクエストに行こうと思っているんだが、ケンはどうするんだ?」


「まだお金はあるので大丈夫ですが、俺が行かないとティナさんは行かないですよね? 多分……」


「そうだな。あの様子を見ると、ケンから離れてクエストに行きそうにないが、仮にも養うと言った以上、どう行動するかはわからん」


「なんかすみません」


「ケンの責任じゃないさ。ティナのは押しかけ女房みたいなのがあるし。僕たちも止めなかった責任はあるしね」


「そう言って頂けると助かります」


「クエスト」


「そうだなぁ、ケンには悪いが一緒に来てもらえるか? もちろん身の安全は俺が保障する。と言っても、ティナが勝手に守りそうだけどな」


「クエストランクはどうするんですか?」


「Bランクを受ける予定だ。ケンに合わせてCランクでもいいんだが、そうなると、数をこなさないといけないからな。実入りのいいBランクにしようと思う」


「BとCじゃ報酬に差が出るんですね」


「そうだね。Cランクは、一般的に普通に強い冒険者っていう扱いかな。Bランクは、強い上級冒険者っていう扱いになるよ。Aランクはさらに強い上級冒険者で、Sランクは雲の上の人って感じだね。まぁ、各ランクでも、ピンキリだからその限りではないけどね」


「そうなんですか」


「ケンは知識不足」


 うぐっ……ニーナさんに痛いところをつかれてしまった……


「ニーナさんって毒舌ですよね。子供相手でも容赦がない」


「うっ……ケンはCランクだから、子供であって子供でない。立派な大人」


 ニーナのぶっ飛んだ論理に、ケンもこれ以上言っても仕方がないと、早々に諦めるのであった。


「それじゃあ飯も食ったことだし、ギルドにでも行ってみるか」


「ティナさんはいいんですか?」


「放っておけ。起きてこないあいつが悪い」


「ティナは寝坊助。改善すべき」


 こうしてティナを除く4人で食堂を後にし、ギルドへと向かった。


「しっかし、何のクエストを受けるかねぇ」


「ワイバーン。お金たんまり」


「いやいや、Aランククエストな上に、このメンツじゃ厳しいだろ。他のパーティーも誘わないといけなくなる」


「この毒マジロはどうですか?」


「毒マジロねぇ。外殻が硬いから素材としてはいい値がつくんだが、防衛反応で、毒を噴出するのが厄介なんだよなぁ。そうなったら近接組は近づけなくて、後方担当の遠距離で勝負するしかなくなる」


「確かに厄介ですねぇ」


「これなんてどうかな? グレートブルの討伐」


「これはどんな魔物なんですか?」


「闘争本能に駆られている牛って感じかな? とにかく気性が荒く、目についたものは、たとえ格上相手でも見境なく襲いかかる。通称“バカ牛”とも言われているね」


「バカ牛。見境ない」


「でもパワーがあるのはもちろんのこと、俊敏性も高いから、たまに格上相手にでも勝ってしまうこともあるんだよ」


「大丈夫なんですか?」


「僕がタンクだから攻撃を防いだあとに、みんなで攻撃すれば討伐できると思うよ。それに、グレートブルの肉は美味いから、食べたいんだよね」


「美味」


「へぇ、それは食べてみたいですね」


 ケンはどんな味がするのか想像していると、他のクエストも見ていたガルフが戻ってきた。


「ん? グレートブルの討伐か? あまりこれといっていいのもないし、ケンの実力がわからない以上、無難なやつにするか……」


 受注するクエストが決まったことろで、準備をするために一旦宿屋へと戻った。


 宿屋に戻ると、それぞれ準備のため部屋に戻ったのだが、未だ目を覚まさないティナさんがベッドにいた。


「ティナさん、クエストに行きますよ。いい加減起きてくださいよ」


「うーん……あと少し……」


「はぁ……」


 ティナが朝起きないことは、ここ数日でわかってはいたが、これからクエストに行くのにどうしたもんかと、ケンは悩んでしまう。


 とりあえずケンは、自分の準備をまず済ませることにした。


 ケンは【無限収納】から王都で買った、動きやすいレザーアーマーを取り出して、身につけていく。


 片手剣は、ゴブリンの上位種が持っていたものだと、今の身長に合わないので全て売り払って、その金で自分に合うものを新しく買ったので、それを取り出す。他にも道具屋ではポーション等を買い揃えたりもした。


 一通り準備が終わって、再度ベッドに視線を移すが未だ起きてこない。ケンはベッドサイドに腰掛け、体を揺すりながら声をかけた。


「ティナさん、起きましょうよ。ガルフさんに怒られますよ」


「んー……」


「今日はクエストに行くから、起きないなら置いていきますよ」


「やー……起こしてー」


 なんだこのダメダメっぷりは……この前までの、キリッとした感じがまるで嘘のようだ。


 それほどまでに、気を許してくれているのなら嬉しくもあるが、早く行かないと本当に怒られそうだ。


「身体を起こしますから、起きてくださいよ」


 両脇に手を差し込んで背中に回すと、そのまま手前に引き上げた。普通なら体格的に無理なんだが、ステータスにものを言わせた力技だ。すんなりと上半身を起こしたあとに、ティナへと声をかける。


「起きましたか?」


「ふぅ……仕方ない、起きよう……」


「これから出かけるんですから、早く準備してくださいね」


「どこに行くの?」


「クエストですよ。グレートブル討伐です」


「あぁ、あのバカ牛ね」


 バカ牛の知名度が半端ない……


「それなら今日は、バカ牛のステーキが食べられるわね」


 そう言って、いきなり服を脱ぎ出すティナに、ケンは慌てふためく。


「ちょっ……! いきなり何脱ぎ出してるんですか!? しかも下着つけてないし!」


「ん? 下は履いてるわよ? 上は寝てる時だと苦しくなるのよ。締め付けられるから」


 急いで後ろを振り向きつつも、女の子事情を耳にしたケンであったが、そんなケンにティナが追い討ちをかける。


「それにそんなことを言いつつも、ケン君だってバッチリ見たじゃない。男の子ね」


「そりゃ見ますよ! ティナさん綺麗だし!」


 半ばやけっぱちに開き直るケンにティナが答える。


「ふふっ、ありがと」


 ケンがドアを見つめていると、不意に後ろから抱きつかれた。


「ちょっ! 何してるんですか!」


「キュンってしたから抱きついてるのよ。ケン君成分が足りないし」


「いや、柔らかいものが頭に当たってますから! 服着てください! 服!」


「ぁん……そんなに動いちゃダメよ。変な気分になっちゃう」


「ちょっと! いつもと違う声が聞こえたんですけどっ!」


「ケン君が動くからよ」


「無理言わないでくださいよ!」


 しばらくの間そんなやり取りをしていたら、満足したのか普通にティナが準備をし始めた。


(はぁ……疲れた……何でこんなに疲れなきゃいけないんだ。久々のクエストを楽しむ予定だったのに……)


「さ、行きましょうか?」


 先程の事がなかったかのように、普通にしているティナに、ケンはジト目を向けながらも、片手剣を腰に携え部屋を後にした。


「疲れた……」


 ケンのその呟きは、誰の耳にも届くことはなかった……

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