第103話 解体場への納品

 ギルド内に入ると、サーシャさんのいる2階カウンターまでやってきた。


「こんにちは」


「あら、ケンくん? 何か聞きたいことでもあるの?」


 サーシャは自分の仕事がクエストの受注なので、クエストに関する事を聞きに来たのだと思っていた。


 それに、今朝方受注したクエストをもう終わらせたなんて、誰にも想像がつかない、夢にも思えない事も後押ししている。


「いえ、クエスト終了の報告です」


「えっ……?」


「だから、クエスト終了の報告ですよ」


 とても大事なことなので2回言いました。これからの生活に係るお金が関係しているのだ。スルーされては困る。


「あ、あぁ、ゴブリンでも狩り終わったの? そうよね? そうなのよね!?」


 サーシャさんはあまりの混乱ぶりに、カウンターから身を乗り出し、口調がおかしな事になっていた。プロの受付嬢さながらの口調や態度はどこへいったのだろうか?


「サーシャさん、口調がおかしくなってますよ?」


「――!……こほん」


「冒険者ギルド王都支部へようこそ。どうされましたか?」


「今更取り繕っても、バッチリ特等席で見させてもらいましたから」


「――!」


 少し目線を泳がせつつ頬を赤らめる姿は、何とも表現しがたい感情を抱かせる。


「……もぅ。それで、ゴブリンのクエスト達成報告かしら?」


「それなんですけど、今日受けたクエストが、全て終わったので報告に来たんです」


「……本当に?」


「えぇ、本当ですよ。解体場へ行きますか? 達成確認も出来ますよ?」


「そうですね。では、ご一緒させて頂きましょう」


 その後、2人で解体場へと赴くと、ライアットさんに声を掛ける。


「ライアットさん、依頼の品持ってきましたよ」


「おぉ、ケンか! 何を持ってきたんだ? 昨日と同じ種類か?」


「昨日のうちにランクが上がったので、受けれるクエストが増えて、昨日とは同じ種類に留まりませんでした」


「へぇ、一体何のクエストを受けたんだ?」


「ゴブリンキングの討伐とオークの討伐とキラーアントの討伐ですね。ついでにアントの巣も見つけたので駆除して、クイーンアントも討伐しました」


「「は……?」」


 ライアットがその場で棒立ちになり呆然としていると、サーシャも違う意味で呆然とした。先に回復したのは、サーシャであった。


「ケン君! キラーアントの巣の駆除をやったの!?」


「あ……はい」


「私、今朝言ったよね? 危険だって。あれはBランククエストだって。規模の調査もしてないから、クエストも発行されてないって言ったよね? 危険度だって未知数だって言ったよね!?」


 凄い剣幕で追い立ててくるサーシャに、引き気味のケンは『しまった!』と思ったのだが、もう後の祭りである。


「いや……巣がどういうものか、好奇心に負けまして……」


「巣に入ったの? 入ったのよね!?」


「ちょこっと、ちょこっとだけですから」


「何その『先っぽ、先っぽだけだから』みたいな言い訳は! 絶対、先っぽじゃ済んでないでしょ! 奥まで入ったんでしょ!」


 サーシャの言葉が、興奮のあまり怪しい方向に進んでいるのを聞いて、ライアットが止めに入る。


「サーシャ、耳年増みたいで発言がヤバいぞ。とりあえず落ち着け、な?」


 ライアットに言われ、我に返ったサーシャが先程の言葉を思い出したのか、見る見るうちに顔を赤らめていった。その様子を見たケンも冷静になり、先程の言葉を思い出した。


「サーシャさんって耳年増なんですか?」


「~~っ!」


 子供からの素朴な質問に、サーシャはますます顔が赤くなっていった。


「ま、まぁ、ケンが何故その言葉を知っているのかは別として、素材の買取があるんだろ?」


 ライアットが収拾がつかなくなるのを懸念して、強引に話しをそらした。


「そうなんですよ! 今朝言ってた最高の状態ってやつを試してみたんですけど、今からラビットを出すので、確認してもらってもいいですか?」


 そう言って【無限収納】からラビットを出すと、目の前には寝ているかのごとく、動きもしない綺麗なラビットが置かれる。


(あれ? 倒した時は泡を吹いてたのに、あれはどこにいったんだろう?)


 そんな疑問を他所に、ライアットがラビットに目を向けて手に取ると、プルプル震えだした。


「お、おい、ケン……これは本当に死んでいるのか? ……いや、持ってみてわかってるから言わなくてもいいんだが、再確認がしたい……」


「ちゃんと死んでますよ。生きてたら今頃暴れだしてますよ」


「他にもあるのか!? それとも成功したのはこのラビットだけか!?」


「他にもちゃんと用意してありますよ。基本的なやつを1種類ずつ出しますね。数が多すぎるので」


 それから出したのは、ゴブリンとオーク、アントの3種類を並べてみたのだが、ゴブリンとオークにはやはり泡がついてなくて、アントに至っては、濡れた形跡が全くもって見受けられなかった。


(これは後で調べるかな?)


「こいつは凄い! こんな綺麗な倒し方は見たことないぞ! 毒を使ってるでもなく、本当に寝ているだけかのような最高の状態だ!」


「喜んで貰えて何よりです」


「ちょっとケン君! これどうやって倒したのよ!? 切り傷が何処にもないじゃない!?」


 ようやく恥ずかしさから回復したサーシャも、古参と言う訳ではないが、ギルドに就職した以上、毎日のように討伐された魔物を見てきたのだ。


 その中でも、今、目の前に広がるような、綺麗な状態で納品された魔物は過去に1度もない。


 どこかしら刃物での切り傷だったり、魔法での攻撃跡だったりがついていたのだ。目の前の少年が、またしても、ありえないことをやってのけたことに驚愕した。


「倒し方については企業秘密ですね。それと疑問だったんですが、ゴブリンって、見た目使えそうなところがないのに、買い取って貰えるんですか?」


「あぁ、どの魔物でも、大小の差はあれど魔石が取れるからな」


「魔石?」


「魔物にとっての核で、人間の心臓みたいなものだ。それを魔導具の素材に使ったりするんだよ」


「そうだったんですね。確認も終わったところで、本命を出してもいいですかね? これを出さないとクエスト達成が認められないので」


「そういえば、ゴブリンキングとオマケのクイーンアントだったな。場所をとるからあっちに出してくれ。他のゴブリン種はあるか?」


「一通り揃ってますよ。メイジにナイト、あとジェネラルもいましたから」


「なっ!? それだと規模にもよるけど、討伐ランクはB~Aよ!」


「規模なら集落じゃなくて国でしたね」


「そんな……クエストの内容が誤報になっているなんて……下手したら多くの冒険者が犠牲になっていたわ……」


「でも、クエストを受ける時に、サーシャさんがちゃんと、いるかもしれないって教えてくれたから、問題ないんじゃないですか?」


「それは、あくまでも“かもしれない”よ。確実な情報ではないわ」


「最悪の想定をするのは、冒険者として基本のことだと思うのですが……」


「そんなことを考えられるのは、一流の冒険者だけよ。大抵の冒険者は楽観視するから」


「まぁ、その話は後でやってくれ。こっちの作業が滞っちまう」


「それもそうですね。キングとクイーン以外はこの場でいいですか?」


「あぁ、出してくれ」


 ケンは【無限収納】からメイジとナイト、ジェネラルを出す。メイジとナイトは山積みになったが、ジェネラルは2体しかいなかったので山積みにはならなかった。


「なぁ、このメイジとジェネラルは、他と装備が違う気がするんだが、何故だ?」


「あぁそれは、王の側近だったからですよ。言うなれば宮廷魔術師長と騎士団長ですね。玉座の横に控えていましたから」


「玉座だと!? 何でそんな物がゴブリンの住処にあるんだ!」


「だからさっき言ったように、規模は国だったんですよ。キングは人語を話していましたし、玉座は自作していましたね」


「人語を話すゴブリンだと!? 聞いたことないぞ!」


「まぁ、キングだったし自分で過去最高のキングって、調子に乗ってましたからね。高い知性を持っていたんですよ。だから、話しが通じると思って説得を試みたんですけど……そういえば、スカウトされましたよ。配下に加われって」


「ありえねぇ……見た目が魔物じゃなければ、普通に国王と同じじゃねぇか」


「玉座って買い取ってもらえますかね? 一応回収してきたんですけど……」


「それは、骨董品店に持って行ってくれ。呪いの品じゃなければ、買い取ってもらえる筈だ」


「そんな店があるんですね。では、キングを出しますね」


 指定された場所に向かい、キングを収納から出す。身の丈3メートル程だろうか。


 大きな魔物がいきなり現れて、他の職員たちも手を休めて注視していた。


「本当にキングだな。しかも、他と同じように綺麗なままだ」


「次はクイーンですね。これは姿を見ていないから、どれくらい大きいのかわからないですけど」


「えっ? 姿を見ずに倒したの?」


「サーシャさんが巣には入るなって言ってたし、まぁ、ちょこっと入ったんですけど、奥までは入ってないですよ。あまり見たくもなかったからですね」


「いやいやいや、おかしいわよ。奥まで入らずにどうやって倒したのよ」


「そこは企業秘密パート2ですね」


 そう答えながらクイーンを出したのだが、この時ばかりは姿を確認する方法を考えておけば良かったと後悔した。


「えっ……?」


「「「「「……」」」」」


 現れたのはゴブリンキングを、遥かに凌ぐ大きさのクイーンだった。全長十数メートルは、軽く超えているであろうアントの女王。キングが雑兵に見える大きさだった。


 一同は声を発することも出来ず、ただ呆然とするばかり。斯く言う俺もこれには驚いた。


 クイーンって言うぐらいだから、アントより少し大きいサイズを想像していたのだ。場所を指定するくらいだから、キング程度の大きさなのかな? と。


「これ……クイーンですよね?」


「あぁ、形だけはクイーンだな……」


「……」


 サーシャさんは現実逃避を始めたようだ。それにしても、初めて見たクイーンはグロい。


 上半身(?)はアントなのだが、腹部辺りから幼虫の胴体を繋げたような、そんなグロさが窺える。


 白くてぶよぶよしてそうな、そんな状態を想像して頂ければ、このグロさがわかると思う。


「……残りのやつも出しますね」


「……そうだな」


 サーシャさんの例に習って、クイーンを見ないように、俺とライアットさんも現実逃避した……


「あとは使えるか分からないのですが、こんなのも取ってきました」


 収納から出したのは、幼虫と水攻めに耐えてみせた卵と蛹だ。卵と蛹は氷漬けにしたのに、氷がついているわけでもなし、冷えている感じもしない。やはり後で検証する必要がありそうだ。


「おい! これ生きてるんじゃないだろうな!?」


「ちゃんと死んでますよ。孵化したり成長することはありません」


 水攻めに耐えたから、てっきり硬い外殻に覆われているのかと思ったが、卵の方は普通にクリーム色の、柔らかそうな感じだった。簡単に潰れそうなのに不思議なこともあるもんだ。


「卵と幼虫の方は素材にならないだろうな。蛹は殻が素材になると思う。中身のアントの外殻も、もしかしたらなるかもしれないな」


「では、卵と幼虫は記念に飾っておいて下さい。それを持ち帰った人はいないでしょうから。卵と幼虫以外の残りの魔物も出しますね」


 再び山積みになっていく魔物の死体。今回1番多かったのは、やっぱりアントだった。


「お前ぇら、いつまでも呆けてないで仕事にかかれ! ラビットとオークの血抜きを最優先にしろ。他のは後回しで構わん!」


 ライアットさんの号令で、今まで呆けていた職員たちが、現実逃避から復帰して、バタバタと作業に取り掛かっていった。


「はぁ、それにしても凄い量だな。当然、査定は数日待ってくれ。数えるのに苦労しそうだ」


「別に構いませんよ。それなら暫くクエストを受けない方が良さそうですね。これ以上、皆さんに負担を掛けるのも悪いですし」


「そこは、解体士としてのプライドに掛けて、任せろと言いたいところだが、そうして貰えるとありがたい」


「ところで、クイーンアントの下半身(?)て、幼虫と一緒で使い物にならないですよね? 中にまだ無事な卵でも入ってそうだし」


「そうだな。卵は確実に抱えているだろう。今までにもあったことだしな。その際は、ただの卵だから、ここの職員で潰し回ったんだけどな」


「その手間を省きましょうか? 昨日と今日で大量に持ち込んで、迷惑を掛けていますし」


「ケンが何とかしてくれるのか? それならうちは手間が省けて、願ったり叶ったりなんだが」


「わかりました」


 見たくもないクイーンに近づくと、胴体に繋がっているぶよぶよしたものの端に、ウインドカッターを撃ち込む。


(ズシャッ)


 ドロドロした変な液体が流れ出してきたので、慌てて【無限収納】に収めた。


「うげぇ、気持ちわるっ!」


 残ったのは素材として使えるクイーンの上半身(?)だけだった。それだけでもゆうに5メートルはあるだろうか? 中々のサイズだった。


「終わりましたよ」


「ケン……今、何やったんだ? 剣も持ってないのに切れてるんだが」


「ん? 魔法で切っただけですよ」


「詠唱は?」


「詠唱?」


「お前、詠唱も知らないで魔法使ってるのか?」


「あぁ、それはスキルに【無詠唱】がありますからね。詠唱する必要がないんですよ。戦闘中は気分的に魔法名ぐらいは口にしますけど」


「このことは、他に誰が知っている?」


「ライアットさんに言っただけですよ。他の人とは喋ったことないですし。サーシャさんを除いて」


「なら、今のことは誰にも言うな。あらゆる国に狙われるぞ」


「何故ですか?」


「【無詠唱】ってスキルがあるのも驚きなんだが、今の時代、詠唱が当たり前なんだ。中には【詠唱省略】を身につけているやつもいるが、結局そこまでなんだ。【無詠唱】の使い手はいない。そこまで言えば賢いお前ならわかるだろ?」


「そうですね。我がものにしようと国々から追われますね」


「これからはスキルに関して問い詰められたら、【詠唱省略】だと言いきれ。それだと珍しいのは珍しいが、【無詠唱】程ではない。それから、魔法を使う時は魔法名も言っておけ。【詠唱省略】の信憑性が高まるからな」


「ありがとうございます。ライアットさんは優しいですね」


「俺も家に帰れば、お前と同じ年頃の子供がいるからな。つい、お節介を焼いてしまうのさ」


「見かけによらず子煩悩なんですね」


「見かけは関係ねぇだろ」


 お互い笑いあった後、ライアットさんが職員たちに再度声をかけた。


「お前ぇら、今見たことは誰にも口外するなよ! 拷問されて口外したとしても【詠唱省略】だと言え! わかったな!」


「「「「「へい!」」」」」


 統率の取れた返事がすると、如何にライアットさんが、ここの職員たちに慕われているのかがわかった。


「では、ライアットさん。また来ますね」


「おう、報酬楽しみにしてろよ!」


「はい! じゃ、サーシャさん。中に戻りましょうか」


 空気と化していたサーシャを引き連れて、解体場を出たあとは受付へと戻り、そのままクエスト達成の手続きを終えると、その後は宿屋へと戻った。


 その日は1日中クエストに出掛けていたせいか、晩ご飯を食べたあとの俺は、ベッドで横になりそのまま意識を手放した。


 翌日、昼過ぎに目を覚ますと、余程疲れていたのだと実感した。中身はおっさんでもやはり体は子どもの状態らしい。


「今日は何をしよう……クエストはしばらく休みにするから、ゴロゴロしていようかな? 昨日の分の達成報酬と併せてお金は十分にあるし、引きこもっていても宿代は払えるな。よし、数日は休養日にして、引きこもろう!」


 そう独りごちると、その日はステータス確認と、スキルの検証作業をしながら、1日中ゴロゴロするのであった。

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