第96話 受付嬢の憂鬱

~ 受付嬢side ~


 今日も今日とて、いつもと変わらない日常が始まり、私は気怠い感じでいつも通り出勤した。思えば入職当時とは気持ちの持ちようが、180度変わってしまった。


 あの頃は、ギルドの花形とも言える受付に就職出来て、とても喜んでいた。毎日がとても楽しく、悩みなんてない程だった。


 いつからだろうか……次第と仕事にやり甲斐を感じなくなったのは。思えば冒険者のせいとも言えるかもしれない。


 傍から聞けば責任転嫁するなと言われるだろう。しかしながら、あいつらは朝から晩まで酒を飲んでいるのだ。


 中には真面目にクエストをこなしてくれる人もいる。そういう人たちには大変申し訳なく思う。


 ギルド内は酒の匂いで充満し、酔っ払いたちが声をかけてくるのだ。私を口説きたいなら、素面で来い! と何度思っただろうか。


 最近の口癖は、何か驚く事件でも起きないかなぁ……となっている。不謹慎に思われるかもしれないが、それ程、日常に刺激を求めていた。


 かと言って、冒険者の相手をするつもりはサラサラない。そんな底辺の刺激はお呼びではないのだ。


 もうすぐお昼になる。この時間になると1階は午前のクエスト達成の報告でごった返す。そして2階は、午後からのクエスト受注で人が増えるのだ。


 そんな中、いつものように流れ作業で受注処理をしていると、フロアから怒鳴り声が聞こえた。


『またか……』


 冒険者はいつもそう。つまらない見栄を張って、自分より弱いものに虚勢を張る。そうやって自分自身で慰めているのだろう。俺は強いんだって……


 対応していた冒険者の手続きが終わると、騒がしい方に視線を向ける。どうやら、子供に対して虚勢を張っているようだ。


 ここに何故子供が? という疑問もあるが、場合によってはスラムの子供たちでも冒険者登録に来るのだ。自分たちの日銭を稼ぐために。


 寧ろ、冒険者の方がどうかしている。相手は子供なのに、威張り散らして何が楽しいのだろうか?


 そんな事を思ってると、冒険者の一人が殴りかかっていた。


『危ない!』


 そう思っていたが不思議な事が起こった。冒険者の拳を難なく躱している子供の姿に、呆然となったのだ。


 周りの冒険者たちも同様だった。あの3人組は新人や弱そうな人を見ると、いつも威張り散らしていたから、飽き飽きして誰も止めなかったのだろうけど、心配はしていたようだ。なにせ相手は子供なのだ。


 子供が煽りを続けながら、2人、3人と殴り掛かる人数が増えても、子供の対処は変わらなかった。ただ、避けているだけだ。


 だからだろうか、3人組もムキになって殴りかかっているのだ。すると、子供が何やらやり返す宣言をしていた。


 武術でも習っていたのだろうか? あそこまで無駄なく避けれるのだから、やり返したらさぞや痛い拳を貰うのだろう。


 最悪、蹲って動けなくなる可能性もある。しかし、あの3人組は嫌いなので担架は用意してあげない。子供相手に暴力を振るっているのだし。1発も当てれてないけど。


 戦いとも言えないものの行く末を見守っていたら、驚くべきことが起こった。殴られた相手が飛んで行ったのだ。比喩ではなく現実で。


「えっ……?」


 私は思わず小さく声を漏らしてしまった。周りの人もそうであったらしい。これは、仕方のないものだと思う。


 。まずこの言葉が頭をよぎる。飛んで行った冒険者は無事なのだろうか? 自業自得と言ってしまえばそれまでなのだが。


 子供の方も驚いていた。自分で殴っておいてあそこまで飛ぶとは思ってなかったのだろうか。


 残された2人はさすがに今のを見た後だと、甚振る気にはならなかったのだろう。そそくさと飛ばされた仲間の方へと向かって行った。


 その場が落ち着くと、子供がこちらにやって来る。踏み台を持ってきて可愛い場面もあったが。


「ようこそ、冒険者ギルド王都支部へ。どの様な要件ですか?」


「すみません。ギルドカードを作りたいのですが」


 これが彼と交わした最初の言葉となる。もちろん営業スマイルは欠かせない。受付としてのプライドが私を茫然自失の世界から呼び戻したのだ。


 彼はどうやら冒険者登録をしに来たようだ。この年代の子供は、文字が書けなかったりするのだが、この子は文字までも普通に書いてしまう。


 先程の武術といい、文字を普通に書ける教養といい、実はいい所のお坊ちゃんなのだろうか?


 わからない所は質問してくるので、適宜答えてあげる。すると何やら試したいことがあるようだ。


「周りの迷惑にならない事なら構いませんよ」


 一体今度は何を見せてくれるのやら。楽しみで仕方ない。


 ん? 楽しみ……? そうか……私は今楽しんでいるのか。


 いつしか忘れてしまった仕事の楽しみ。それが今、目の前にある。彼には感謝しなければ。忘れていた楽しみを取り戻せたのだから。


 そんな事を考えていると、彼の指先に光が灯っていた。


『えっ!? 光魔法? あれ、今詠唱した? どういう事!?』


 私は混乱し物思いに耽っていたが、彼からの呼び掛けで何とか意識を取り戻すことに成功した。しかし、動揺は隠せなかったらしい。彼も怪訝な顔をしていた。


 それからは、不思議なこともなく普通にギルドカードの申請が終わったが、登録の際に彼が針を刺そうとして、中々刺せないでいた。


『どうしたのだろうか?』


 冒険者に絡まれ撃退しておきながら、ありえない事だが、もしかして針を刺すのが怖いのだろうか?


「もしかして怖いのですか?」


「お恥ずかしながら。こういうのは苦手でして」


「踏ん切りがつかないなら、代わりにやりましょうか?」


「いいんですかっ!? 目を瞑っていますので、その間にお願いします。一思いにお願いします。焦らすのはなしで」


 どうやら本当に怖かったらしい。それに年相応の子供らしさもあって、可愛いとすら思える。


 彼は目を瞑り、出した指先はプルプル震えていた。こういう時は気を紛らわせるのが一番だ。


「そう言えば、好きな食べ物は何ですか?」


 彼がピクっとなり考え出したことがわかった。そのタイミングで私は針を刺し、血液をギルドカードに付ける。あとは、彼の指先を拭いてあげた。


「終わりましたよ」


 私の言葉に、彼はびっくりして指先を眺めていた。


「あれ? 痛くなかった……」


「ふふっ。よく我慢出来ましたね。偉いですよ」


 そんな姿が可愛くて、ついつい子供扱いしてしまう。実際、子供なんだけど。


 それからは、ギルドの説明を一通りして手続きは終わりとなる。いつもならこんな事は言わないのだが、私に楽しさを思い出させてくれたお礼に、感謝の気持ちを言葉に乗せる。


「あなたにより良い冒険を……」

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