第95話 家族会議②
シーラが立ち去ったあとのリビングでは、3人で話し合いが続いていた。
「はぁ……ちょっときつく叱りすぎたかな? シーラ泣きそうだったね」
「兄さんも優しいよな。あれぐらいじゃ腹の虫が治まらねえよ」
「貴方たち、今回の件はこれでおしまいだから、今後はシーラを責めてはダメよ? あの子も反省しているのだから」
「わかってますよ。これ以上責めたら、今度はこっちがお門違いになってしまいますから。あとのことはケビンに任せますよ。それでいいよな、カイン?」
「俺としては、シーラにゲンコツしたいんだけどな、2人が言うなら我慢するさ」
そんなことを3人で話していると、いきなりリビングのドアが開け放たれた。
「ケビンがっ! ケビンがっ!」
ドアを開け放ち現れたのは、泣きながら入って来たシーラだった。
「ケビンがどうしたんだ! 目が覚めたのか!?」
「とりあえず落ち着こうか? シーラ」
「そうよ。落ち着いて話しなさい」
「ケビンが、目を覚ましたけど変なの!」
「変? 何が変なんだい?」
「目を覚ましたのは変じゃないけど、変なのよ!」
シーラは混乱しているのか、支離滅裂なことしか言えないでいた。
「仕方ないわね」
サラがシーラに向けて、軽く威圧を放った。
「――!」
「落ち着いたかしら? ケビンは部屋で寝てるのよね? ゆっくりでいいから話してくれる?」
「取り乱してごめんなさい。ケビンはベッドで横になってるわ」
シーラは流れ落ちた涙を拭きとり、落ち着きを取り戻した。
「いいのよ。で、何があったの?」
「2階の部屋へ向かって中に入ると、ケビンが目を覚ましていたの。あまりにも嬉しくて、そのまま抱きついてしまったんだけど……」
「お前はまた……」
カインが呆れ果てて頭を抱えた。
「今はそんなことどうでもいいわ。それより続きよ」
「で、声をかけてきたから、お腹が空いてるの? って聞いたの。そしたら、返ってきたのが『ケビンって俺の事ですか?』って言われて……頭がパニックになって、何言ってるのって聞き返したら、訳のわからないことを言い始めて、あなたはケビンよって伝えたら、今度は『貴女は誰ですか?』って言われて、その場にいるのが辛くなって、ここに来たの」
「アイン兄さん、どう思う?」
「可能性としては、先の件の一時的な後遺症かな? 記憶が一時的に混濁しているんじゃないかな?」
「シーラ、ケビンの感情はどうだったのかしら?」
「普通だったわ。ケビンの姿なのに、別人と話しているような感覚に陥ったけど」
「そうなると……」
アインが考え込む様子を見せると、サラが問いかけた。
「アイン、何かわかったの?」
「多分憶測でしかないんだけど、現段階で感情があるなら、元に戻って喜ばしいことなんだけど、それとは別で、何かしらのショックが原因で、一時的に記憶がなくなったんじゃないかな」
「何かしらのショックって何だ?」
「それは、明らかに今回の事件だ。あの時、感情が爆発して無差別に威圧を解き放ったんだから、その時の気持ちを、無理に押さえつけている可能性もある」
「どこまでいってもケビンは優しいな。それに比べてお前は……」
カインはシーラを一瞥するが、サラに止められる。
「カイン? さっき言ったわよね?」
「わかってるよ、母さん。まだ気持ちの整理がつかないだけだ」
「それならいいわ。で、現状どうすればいいかを、考えなくてはいけないわね」
「まずは、記憶がないのが一時的なのか恒久的なのか調べる必要があるし、記憶をなくした人が元に戻ったっていう、前例も探すべきだろうね。これは、カインには到底無理だから僕が当たってみるよ。学院の書庫を漁れば何かしら見つかると思う」
「兄さん、地味にトゲが混じってないか?」
「シーラを虐めた罰だよ」
「はぁ……シーラ、さっきは悪かった。すまない」
「いいの。私が悪かったのは変えられない事実だから」
「よし、方向性も決まったし、今日はもう寮に戻るよ。母さんはどうするの? ずっと王都にいる訳にはいかないでしょ?」
「そうねぇ、本調子ではないケビンを、ベッドから連れ出すのは憚れるのだけど……かと言って、ここにいてもすることはないのだし。明日には本宅へ戻るわ」
「わかったよ。それなら寮に戻る前に、ケビンに会っていこうかな。カインも来るだろ?」
「あぁ、また暫く会えなくなるしな」
そう言って2人が席を立ち、ケビンの休んでる部屋へと行く。
アインとカインが2階へと赴き、ケビンの様子を見に行った後、リビングにはサラとシーラが残っていた。
「シーラ、あなたはターニャちゃんのケアをお願いね。ケビンがこうなった原因を作ったのは許せないことだけど、ケビンはあの子のことを気に入ってるみたいだから」
「わかったわ。多分、私以上に自分を責めてると思うから。ケビンが責められた元凶でもあるし」
「そうね……ターニャちゃんが、もうちょっと強くて泣かなければ、今回のことにはならなかったでしょうね。思ってた以上に、ターニャちゃんはケビンのことを好きになってたのでしょうね」
「あの子は周りの貴族に見下されないように、気の弱い自分を偽るため、それっぽい貴族令嬢を演じてたから、見かけ以上に弱い部分があるの。今回は素のターニャが出てしまって、いつもの口調がなくなってたわ」
「貴族の娘も色々と大変ね。冒険者で良かったわ」
そんな時、騒がしく走ってくる音がした。
(ドタドタドタ……)
(バタンッ!)
勢いよくドアを開けたのは、カインだった。
「カイン、元気がいいのはわかるけど、もう少し静かにしなさい。ケビンが休んでるのよ?」
「母さん、大変だ! ケビンがいない!」
「――!」
シーラは驚愕に目を見開くが、サラは落ち着いていたように見えた。
「……いないってどういうことかしら?」
次の瞬間、サラの纏う雰囲気が変わり、威圧も殺気も出していないのにカインはたじろいだ。
「どういうことかって聞いているのよ! 答えなさい、カインっ!」
落ち着いていたかと思ったら、全く落ち着いていなかった。寧ろ最悪だった……
(兄さんが母さんに知らせるように指示してきたのは、これを見越していたのか? さては兄さん、俺に押し付けてこの現状を回避しやがったな。《賢帝》の名は伊達じゃないか……)
カインがアインの策略に気付いた時、サラが詰め寄ってきた。
「答えられないのかしら、カイン?」
鬼気迫るサラが目の前に来たことにより、余計な事を考えている場合ではないと、カインは部屋での様子を答えた。
「俺と兄さんが部屋に入ったら、ベッドはもぬけの殻だったんだ。窓は閉まってたから、そこから外に出た可能性はないって、兄さんが言っていた」
「それならケビンは、普通に玄関から出たとでも言うのかしら?」
「それはわからない。玄関から出て行ったなら、使用人たちが目撃しててもおかしくないはずなんだが……」
「マイケルっ!」
「はっ、ここに」
「!!」
相変わらずの登場の仕方に、久々のカインも驚いてしまった。
「ケビンが部屋にいないそうよ。家から出たのを誰か見ていないの?」
「先程、起きられたケビン様が、外へと出るのを私が見ております」
「貴方はそれをみすみす許したの?」
「はい。起きられて通路を歩いてお出ででしたので、ご体調を確認しましたら、ちょっと外に出ることと、体調はいいと申されておりましたので、いつも通りのケビン様の答え方だったこともあり、そのまま外へ出るのをお見送りしました」
サラから溢れ出す存在感が周囲を満たす。執事であるマイケルは圧倒され、額から脂汗が滲み出る。カインとシーラに至っては無言のまま立ち竦むだけだった。
「そう……そうなのね……ケビンが記憶をなくしているのは、知っているかしら?」
「いえ、たった今、奥様よりお聞きしたのが、初めてであります」
サラはマイケルに視線を向けると、先程の事がなかったかのように、圧倒される存在感が消え去り、落ち着きを取り戻して語りかける。
「マイケル、さっきは悪かったわ。頭に血が上っていたようね。それと、急いでケビンを捜しなさい。必要ならカレンも使って構わないわ。」
「畏まりました。先ずは、スラムに入った形跡がないか最優先で行い、邸宅周辺から貴族街を中心に捜していきます」
「わかったわ、頼むわね」
サラからの言葉を聞くと、今まで確かにそこにいたはずの、マイケルの姿が霞のように消える。
「いつも思うんだけど、マイケルってどうやって、消えたり出てきたりしてるんだ? 消えるのはいいが、いきなり出てこられると吃驚するんだが」
「さぁ、どうなんだろうね。それよりも、僕は学院に戻るよ。調べ物もあるし、捜索の方は母さんに任せるよ」
その場に雲隠れしていたアインが急に姿を現して、何事もなかったかのように、平然と会話に混ざった。
「に、兄さん……俺に押し付けるなんて、何気に酷いよな?」
「ん? 何のことだい?」
カインの言葉に、平然とシラを切るアインに、これ以上言っても無駄だとカインは諦めるのだった。
「はぁ……俺も戻るかな。シーラはどうするんだ?」
「私も戻るわ。ターニャが心配だし」
「あぁ、あの女か」
カインの中では、元凶であるターニャにあまりいい印象がなかった。
「カイン、本人のいない所ではいいが、目の前にしたらその態度は改めなよ?」
「そのくらい弁えてるよ。気持ちの整理がつくまでは、暫く顔も見たくねぇが」
「それなら大丈夫だ。あの子は暫く立ち直れない。寮から出てくる事はないと思うよ」
「それはわかりませんわよ。母様にターニャのケアをするように頼まれましたから」
「――! マジかよ、母さん! あいつはケビンがああなった元凶だぞ」
「それはそうだけど、ケビンがあの子のことを気に入ってたのよ。今はどうかわからないけど」
「ケビンが……?」
「そうよ。あまり人と関わろうとしないんだけど、あの子が近くにいるのを嫌悪した様子がなかったの」
「それなら、もう1人心当たりがあるんだけど……」
おもむろにシーラが口を開く。
「あら、誰かしら?」
「カトレアって言うケビンの隣の席の子。友達だって言ってたわ」
「そんなやついたか?」
「確かに記憶にないね」
「いつもケビンの隣にいる子よ。去年の闘技大会の時もそうだったわ。それに、兄様たちが駆けつけた時には、既に気絶してたし……」
「それなら見落としてるのも納得だな」
「シーラはその子のこともお願いするわね」
「わかったわ」
「よし、話も纏まったし解散しよう。じゃあ母さん、何かわかったらここの使用人たちに知らせるよ。母さんの方もケビンが見つかったら教えてくれよ」
3人はそれぞれの目的のため、学院へと戻って行った。ただカインだけが大した役目がないのは、本人の知るところではなかった……
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