第92話 目覚め……

 ふと目を開けると、見たこともない景色が広がっていた。


「知らない天井だ」


(ここは何処だ? 取り敢えず病院ではないことは確かだ)


 ゆっくりと体を起こすと、大きめのベッドで寝かされていたことが分かる。


(ソフィーリアさんの話だと、異世界に転生してたってことなんだけど……俺ってまだ子供なんだな。不思議な感覚だ)


 キョロキョロとしていたら、ドアの開く音がした。中に入ってきたのは、今の自分からすれば年上であろう少女だ。


「――っ!」


 その少女は瞳に涙を浮かべ、両手で口を覆っていた。


「ケビン!」


「?」


 その少女はベッドへ駆け寄り、ケビンを抱きしめると謝り出した。


「ごめんなさい、ごめんなさい。貴方のことを考えずに酷いことを言って」


(何も言われた記憶がないのだが、さて、どうしたものか……)


「あの……」


「ごめんなさい、いきなりで驚いたよね。どうしたの? お腹空いた?」


 お腹は確かに空いている。結局、蕎麦屋に行きそびれたし。あれ? 転生していたなら、あの体験は夢か? うーん、わからない……ソフィーリアさんに聞いておけばよかったな。


 しかし、過ぎたことは仕方ない。先ずは、目の前の疑問から片付けていこう。


「ケビンって俺の事ですか?」


「え……何……言ってるの?」


「あれ? 言葉が通じてないとか? でも、貴女の言葉はわかるんですよね。俺の言葉がおかしいのかな? 俺が日本語で喋ってるのか?」


「何……言ってるの?」


 目の前の少女は驚きのあまり目を見開き、ケビンの様子を窺っているのだが、当の本人は見当違いなことを続けていた。


「うーん、英語で喋ればいいのか? いや、語学力のない俺の英語なんてたかが知れてるな。目覚めて早々に言葉の壁にぶつかるとは……ソフィーリアさんに注意事項とか聞いておけばよかった」


「さっきから何言ってるのよ……」


「そう言われましてもね? 言葉が通じない以上、意思の疎通が難しいというかなんというか」


 全くもって見当違いをしているケビンに、とうとう業を煮やしたのか、少女は声を荒らげて答える。


「貴方はケビンよ! ケビンじゃないなら誰だって言うのよ!」


「あれ? 言葉が通じてたのですか? それならそうと言ってくれれば。危うく拙い英語で喋って、黒歴史を作るところでしたよ。それに、何故そんなに怒っているのかわからないのですが、とりあえずケビンってのは俺のことなんですね?」


「一体どうしたのよ? いつものケビンに戻ってよ。私に仕返ししているの?」


「話している内容がよくわからないのですが、貴女は誰ですか? 知り合いの人ですか?」


「え……」


「見た目は育ちの良さそうな服を着ているし、知り合いではなさそうですね。金持ちに知り合いなんていませんし」


「嘘でしょ……嘘よね? ケビン!」


「何が嘘なのかよくわかりませんが、ここは何処なのでしょうか? 病院ではなさそうなのですが。もしかして貴女の家ですか? 倒れている俺を助けてくれたとか? それならお礼を言わないとですね。助けていただきありがとうございます。」


「――っ!」


 少女は涙を流しながら、そのまま走り去ってしまった。その後ろ姿を眺めながら、ケビンは物思いに耽る。


(んー、どうしたものか……とりあえずお礼は言ったし、この家から出て行こうかな。外にでも出れば何か思い出すかもしれないしな。)


 ベッドから降りてドアへと歩き出したが、子供目線のせいか妙に違和感を覚えて、なんとも言えない気持ちになる。


 ドアの外へ出ると、どうやら自分は2階にいたらしい。階下から話し声が聞こえるが、そのまま玄関らしきところへ向かう。


「ケビン様、如何なされましたか? ご体調はよろしいので?」


 目の前から執事らしき人物が声をかけてきたので、誰だろうと思いながらも答えた。


「ちょっと外に出ようかと思って、体調はいいですよ」


「起きて間もないですので、あまり無理はされませぬよう。」


「ありがとう」


 執事らしき人物にそう答えてから、そのまま玄関の外へと出ると、目の前に広がるのは見たこともない街並みだった。


「へぇ、本当に異世界なんだな」


 そんな感想を抱きつつも、街中へと歩いていく。周りにある建物は見たこともない風景で、珍しさのあまりキョロキョロしてしまう。傍から見たら立派なお上りさんだろう。


「しかし広いな。迷子になりそうだ」


 そのまま歩き続けると、門らしきところまでたどり着いた。


「ここが出口か」


「坊主、王都の外に出るのか?」 


 いきなり声をかけられ身構えるのだが、どうやら衛兵だったようだ。


「はい、そのつもりですが」


「身分証は?」


「身分証?」


 衛兵は、スラムの子供たちが都外へ出ることもあるので、スラムの子供よりかは身なりのいい少年のことを、あまり深くは考えずに、身分証の所持確認だけを行ったのだった。


「あぁ、そうだ。出る時はいらなくても、入る時にはいるぞ。身分証がないなら、出ることはオススメしないな。それに外は壁の周りならそうでもないが、遠くに行くと危ないぞ」


「中にいたという証明を、貴方がしてもですか?」


「規則なんでな。俺が中から外に出たことを知っていても、他のやつは知らないだろ? 俺がここにずっといるわけでもないしな」


「確かにそうですね。ちなみに何処に行けば身分証は作れますか?」


「冒険者ギルドで作ってもらえるぞ。1番手っ取り早い方法だな」


「そうですか。場所を教えて頂いても?」


「来た道を真っ直ぐ戻って噴水広場に着いたら、右に曲がるんだ。そしたら、見えてくる」


「ありがとうございます。身分証作ったらまた来ますね」


「あぁ」


 それから、来た道を戻って冒険者ギルドを見つけるのだった。

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