第82話 憤怒

 カトレアが叫んでから間もなく、一人の生徒がEクラスのドアを開ける。


(ガラッ)


「呼んだ?」


 そこに現れたのは、シーラだった。誰もが視線を向け、ありえない出来事を体験するのだった。


「シーラ先輩、ケビン君を代表選に出すために、ケビン君のメリットとなる事って何かないですか?」


「そうねぇ……」


 何事もなく会話を始める2人に、待ったを掛ける勇気ある生徒が1人。何を隠そうケビンである。


 先生や生徒たちは、ことの成り行きを見守るしか出来なかった。何故なら現れた人物が《氷帝》だったからである。


「おい、待て。まず、何で姉さんがここにいる?」


「呼んだからだよ」

「呼ばれたからよ」


『何だ、このシンクロ率は!』


『現在、シンクロ率57%です』


『……なんか微妙だな』


「姉さん、授業は? 今は授業中だろ」


「問題ないわ。先生にちゃんと抜ける事を伝えたから」


 それでいいのか? 先生よ。サボり常習犯の俺が言うのもなんだが。


「で、何故カトレアの声が聞こえたわけ? 中等部の校舎まで遠いよね?」


「なんとなくね、そんな感じがしたの! だから、魔法を使って一気に来てみたわ!」


 マジで姉さんの直感は侮りがたい。何なんだ? 第六感が鋭すぎる。


「それで、ケビン君を代表選に出す方法なんですけど。メリットって何があります?」


「ないわね!」


「即答!?」


「そもそも、ケビンが満足するような相手が同学年にいないでしょ? かと言って、上級生の闘技大会に出れる訳でもないし。デメリットしかないわね」


「流石姉さん。俺の事をよくわかってるね」


「そう? 愛する弟の事だもの、当たり前のことよ」


 この時ばかりは、姉さんの弟愛も捨てたもんじゃないと心から思った。


「これじゃ、ケビン君を巻き込む事が出来ない。何か方法を考えないと……」


 巻き込むって、やっぱりお前の目的のためか。試験の点数が悪いって致命的レベルなのか? よく入学出来たよな。


 そんな時、別の来訪者がケビンの教室に現れた。


(ガラッ)


「やっぱりここにいましたのね」


 またまた予期せぬ来訪者に、生徒たちの視線が入口へと向かう。勝手知ったるやで、ケビンの所までやって来ると、そこにいたシーラが発言する。


「あら? ターニャじゃない。どうかしたの?」


「『どうかしたの?』じゃありませんわ! いきなり授業を抜け出して。こっちの身にもなって下さいまし」


「何かあったの?」


「貴女を連れ戻すように、先生に頼まれたのですわ」


「それは、お気の毒ね」


「貴女がそれを言うんですの!?」


 今や、Eクラスの中は混沌と化した。闘技大会の話をしていただけなのに、その場に《氷帝》とその親友が居座っているのだ。


「それで、何でここにいるんですの? まさか、授業中にケビン君に会いたくなった訳じゃないですわよね?」


「呼ばれたからよ」


「誰にですの?」


「わ、私です」


 すごすごと手を上げるカトレア。それを訝しむ視線で窺うターニャ。


「貴女は確か……ケビン君といつも一緒にいる人ですわね」


「あの、いつもはいないです。席が隣同士なので、そう見えるだけかと。大抵、ケビン君は魔法学以外はサボっていますし」


「あら、ケビン君。授業をサボってらっしゃるの?」


「基本、魔法学関係以外は受ける意味がないですから」


「まぁ、仕方ないですわね。Sクラスに行ける実力ですし」


「Sなんて行く気ないですよ。貴族共の自己顕示欲が蠢くクラスですよ?」


「それを言われますと、実際にSクラスにいる私からは、何とも言えませんわね」


「ケビンの言う通りよ! Sクラスは最低よ!」


「シーラ、貴女は……」


 Sクラスに所属するもう1人から、Sクラスを否定する意見が出ると頭を抱えるのであった。


「ターニャさんは、Sクラスがまともであると、考えているのですか?」


「さすがに全ての生徒が、規範になるような生徒であると自信を持って言えるわけではありませんが、少なくない人数はちゃんとした生徒ですわ」


「ということは、俺が言っていることも、あながち間違ってはいないと思うんですよ。少なくない人数以外は、人を見下すような人間の集まりと言うことですから。それに、少なくない人数の中にも、寝返るやつとかもいると思いますよ」


「そうかしら? それはないと思うのですけれど」


「仮に侯爵家の者が、Sクラスにいたとしましょう。こいつがどうしようもなくクズだとします。しかし、Sクラスに所属している以上、実力はそれなりにある。そんな奴が侯爵家を盾にして、他の生徒に命令すると何人が拒否できますか?」


「それは……」


「私は拒否するわね!」


 ここに空気を読まない生徒が1人いたが、話を進めることにした。


「つまりそういうことなんですよ。いくら性格が良かろうと、爵位が低ければ、上級貴族の言いなりになるしかない。貴族ですらない平民に至っては、完全にそうなります。Sクラスはそれが顕著に現れる可能性が、1番高いわけです。Sクラスであるというプライドが、そうさせているのかも知れませんし、元からそういうやつなのかも知れません」


「それでもっ――!」


「そう、それでもそれが全てではないことは、重々承知していますよ。でも結局はSクラスであるから、そういうことが起こるんです。Fクラスで威張り散らすやつなんかいませんよ? 自分が最下層のクラスにいることを自覚していますから。そんな所で威張り散らしても、惨めになるだけですしね。まぁ、Sクラスを目指そうという、プライドの高いやつはいますがね」


「それでも、ケビン君は実力的にSクラスに行くべきですわ。誘拐事件の時だって帰宅途中に襲ってきた大人たちを全員倒したのですから」


 思わぬところで飛び出した情報により、クラス内はざわつき始めた。


「はぁ……口が軽いのも考えものですね。あまり人のプライベートな事を無闇矢鱈に言うものではないですよ」


「えっ?……」


「ターニャさんは、自分のプライベートな事を言いふらされて、嬉しく思うのですか? 言っていい事と悪い事の区別はつきますか? もし言ってしまうのであれば、場所はちゃんと弁えていますか? そんなことを繰り返していると、嫌われて友達なくしますよ」


 理路整然と正論を捲し立てられ、ターニャは涙ぐみだした。


「……グスッ……ケ……ケビン君は、私の事が嫌いになったの?」


 お嬢様口調でなくなっていた劇的変化に、言った本人であるケビンは戸惑う。


「あらあら、貴女のその喋り方は久々に聞いたわ。ケビン、お姉ちゃんとして言うけど、女の子を泣かせちゃダメよ?」


「え? 俺が悪いの? どっちかと言えば、俺は被害者なんだけど……」


 なんとも言えない雰囲気に教室が包み込まれる。片やプライベートな事を言いふらされた生徒、片や嫌われると言われ泣いている生徒。どちらの味方もしづらい状況ではあった。


『うわぁ、女の子を泣かせちゃいましたね。マスター、早くなんとかしないと、徐々にマスターが悪者になりますよ?』


『何で俺が悪者になるんだよ。プライベートをバラされたのはこっちだぞ!』


『それはそうですが、女の涙って何物にも勝る武器ですからね。今はイーブンでも、少しづつ泣いている女の子の方に味方が増えていきますよ。主に同情という視点で女性陣から。そうなったら、針のむしろですよ』


『ふざけるなよ!』


『その怒りはご最もですけど、早めの対策を……』


『ぐっ……!』


 ケビンとしては自分は悪くないのに、折れなきゃいけないという理不尽さがどうしても許せなかった。フラストレーションが溜まる一方である。


 周りの生徒たちも徐々に、泣いている上級生に対して哀れみの視線を向けていた。中にはコソコソと話す者まで出てきていた。


(プライベートな事をここで言ってしまったのは悪いけど、あそこまで泣かす必要はないよねぇ)


(女の子を泣かしておいて、謝りもしないなんてありえない)


 サナの予想通り、女性陣から徐々に非難の声が上がりだした。それは、自然と伝播していく。


 そんな中、ケビンは立っている状態ではあったが、握っている拳は震え、拳からは血が滴り落ちていた。


 そんな剣呑な雰囲気を察してか、シーラが危ぶみ声を掛けようとした時だった。


「……るな」


「えっ? どうしたのケビン?」


「ふざけるなっ!!」


 とうとうケビンのストレスが、我慢の限界を超えてキレた。


 全方位に怒気を孕んだ威圧が放たれ、学院中はパニックになった。阿鼻叫喚の地獄絵図である。


 王都更には王城も例に漏れず被害を被ったが、その出処がすぐには掴めないので、収まる雰囲気もなく、遠くにいるものほど被害は軽微であったが、威圧が解けない以上終息に向かう事はなかった。


 学院長も例には漏れず、威圧を浴びていたのだが、長年の研鑽と距離があったためか、まだ動ける状態ではあった。


「が……学院の職員及び生徒に告げます。症状の軽い人は救護に当たって、動けない人を助けてあげて。決して威圧の強まる方へとは足を運ばないように……」


 通信機を使い学院中に指示を飛ばす。現在、やれることの出来る最善の策を取るのであった。

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