第74話 動き出したカロトバウン家
計画の変更をしていた4人が立ち去った後に、暗がりから1人の人影が差した。
「『
誰もいない一室で、独り言ちていた者が消えいるように物音を立てず、その場を後にした。
それから幾ばくか日数が経ち、街を賑わせていた事件も下火になった頃、学院の外出禁止令も解かれた。
「今日から学院外に出る事が可能になりましたが、くれぐれも人気のない場所へは行かないように。暫くは先生たちの見回りも継続して行われるので、何かあった場合は近くの先生を頼るように」
放課後となり、漸く敷地外へ出られるようになったのが嬉しいのか、多くの生徒が市街地にいた。その中には、例に漏れず自宅へ帰るケビンの姿もあった。
ケビンが自宅へ帰りつきリビングで寛いでいると、メイド長がやってきた。
(コンコン)
「奥様、報告したい事があります」
「入りなさい」
扉を開け入ってきたカレンさんは、恭しく一礼すると報告内容を話し始める。
「指示のあった調査の件、ご報告に参りました」
「それで?」
「ケビン様を襲った奴らの黒幕は4名で、実行犯の主犯格は賞金首でした」
「そう。それなら消えても問題にならないわね」
「残り3名の内、1人は貴族です。次の1人は学院の教師。最後の1人はローブを深く着こなしており、定かではありませんが魔術師ではないかと」
やはり学院の裏切り者が混じっていたか。予想通りだな。
「その貴族は誰かわかっているの?」
「調べはついています。サントス・バステーロ伯爵です」
「伯爵家ね。思いの外、大物が釣れたわね」
「あと、奴らは『永久の闇』と名乗っていたそうです」
「何かしら? 裏組織?」
永久の闇なんて中二病感満載だな。4人で収まりそうな規模じゃないし、王都にいたのは末端の構成員だろうな。唯一、貴族の奴は序列が高そうだが。
「伯爵をしれっと殺すのはさすがに不味いわね。マリーに動いてもらって処刑してもらいましょう。あとは殺しても問題ないわね」
なんか普通に全員殺すことになっているぞ。まぁ、死んだところでどうでもいい事だが。
「母さん、学院の教師も殺しては不味いよ。犯行がバレてないという事は、普段はとてもいい先生で通っているのかも知れないから。捕まえた後、処刑が良いかと」
「ケビンはやっぱり賢いわね。そうしましょう。殺すリストとしてケビンを襲わせた主犯格は確定として、残りはローブの男ね」
「では奥様、どの様に動きましょうか?」
「そうねぇ……とりあえず、明日はマリーに会いに行くわ」
「畏まりました」
「それなら、教師の方は俺から学院長に話しておくよ」
「お願いね、ケビン。それらが終わってどう動くか見届けた後に、また話し合いましょう。と言っても、動かなかったら私が全員殺しに行くわ」
「その時は俺も行くよ。母さん1人だけ危ない目に合わせられないし」
「ケビンは優しいのね。危なくなる事は微塵もないけど、一緒に行きましょうね」
この日、4人の男たちには本人の預かり知らぬところで、サラの死刑宣告が下されるのであった。
翌日の朝、母さんも王都に行くことになったので、久々の馬車通学となった。俺は学院に向かったが、母さんはそのまま王城へ行くらしい。謁見の予約とかしてなかったが、大丈夫なのだろうか?
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
――城門前
騎士が門番を務める城門に、1台の馬車が近づいてくる。
「そこの馬車、止まれ! この時間に来訪者の知らせは来ていない。何者だ!」
門の前で馬車が止まり、御者台に座っていた執事らしき人物が、降りてきて挨拶する。
「早朝より失礼します。私はカロトバウン男爵家に仕えております、執事のアレスと申します。此度はカロトバウン男爵家夫人であらせられますサラ様が、至急、王妃様に伝える事がありまして、参じた次第であります。入場の許可を」
「か、確認を取る。暫し待たれよ」
いきなり出た大物の名前に、騎士は驚愕して慌てて場内へ走って確認を取りに向かった。
サラが以前、謁見の間でやった事は細部まで知れ渡っており、絶対に逆らうなとの王命が下ったのである。
暫くは待つつもりであったのだが、思いの外、簡単に謁見の許可が下りた。
戻ってきた騎士は全力疾走でもしたのか、息も絶え絶えであり、代わりにこの場に留まっていた騎士が伝える。
「謁見の許可が下りました。どうぞお通り下さい」
そのまま馬車は門を通過して、玄関先まで向かい止まった。そこには既に使用人らしき人物が待ち構えていた。
アレスが扉を開け、中からサラが降りてくる。
「此度はいきなりの訪問、申し訳ありません。取り急ぎ伝えたい事がありましたので」
「問題ありません。陛下と王妃様が謁見の間にてお待ちしております。此方へどうぞ」
使用人の先導で謁見の間へと到着すると、騎士が扉を開ける。
「カロトバウン男爵家サラ夫人、ご入場。」
謁見の間にはいつもは絶対にない椅子が、恰も予定調和の如く置かれていた。そしてそこに当然の如く座るサラであった。
「早朝にも関わらず、此度の謁見、許可して頂きありがとうございます」
「いや、サラ夫人の知らせたい事となると、何においても優先すべき事項だからな。気にする事はない」
威厳ある対応をする国王ではあったが、内心はビクビクものであった。謁見の準備も過去最高の速度で行われたのだ。
(急ぎ報告したい事って何? 儂、聞くのが怖いんじゃけど。マリアンヌは隣でニコニコ笑ってるし。胃に穴が開きそう……)
国王の心労は王妃以外知る由もないのだが、当の王妃は久々に旧友に会ったので、国王のことを気にかけることもなく終始ご機嫌である。
「ご機嫌よう、サラ夫人。私に伝えたい事があるのだと窺ったのだけれど、どの様な事なのかしら?」
「ある人を殺そうと思っていまして」
その言葉に謁見の間は凍りついた。爽やかな朝が一瞬にして、誰もが逃げ出したくなる雰囲気に包まれたのだ。
(もう、儂ヤダァ……この場から出て行きたい)
「あら、貴女が殺したくなる様な事が起きたのですね。十中八九……寧ろ確定事項でケビン君に関することかしら?」
「その通りですわ。こともあろうかケビンを襲った輩がいまして」
(そいつは即刻打首じゃ! なんて事を仕出かしてくれたんじゃ! 何処の誰かは知らんが、お前のせいで儂の胃に穴が開くのだぞ!)
「あらあら、それで態々報告に来てくれたのですか? 報告しなくても、そんな不逞の輩は好きにして構いませんのに」
「そうなのですか? では、サントス・バステーロ伯爵を殺しますね」
その言葉に再び謁見の間は凍りつくのだった。
「バ、バステーロ伯爵じゃと? それは真か?」
国王としては信じられなかった。バステーロ伯爵は古参の伯爵家で、カロトバウン家の事も知っているはずだった。
「私が嘘をついているとでも?」
「そ、それは思っていない。ただ、バステーロ伯爵が手を出すとも思えなくて、つい聞き返してしまった。すまない」
「本人も意図して手を出したわけではないのでしょう。結果として、ケビンが襲われただけですから。私にとっては、殺す理由としてそれで充分ですわ」
「意図してないとは、一体どういうことだ?」
「伯爵は『永久の闇』という組織に所属していて、裏で暗躍していたのですわ。最近の誘拐は、彼らが行ったものですから」
「なんじゃと!? 全然尻尾を掴ませなかった、あの事件の首謀者か! しかも、“彼ら”と言う事は犯人が分かっているのか!?」
「ええ、調べさせましたから」
国王は驚愕した。幾ら直轄の情報部隊に調べさせても、全く何もわからなかった事件を、サラ夫人が殺す為だけに調べさせて、犯人まで突き止めたというのだ。情報収集能力が違いすぎた。
「犯人を教えてもらう事は出来るか?」
「構いませんわ。1人は先程申したバステーロ伯爵、2人目は学院の教師、3人目は賞金首、最後はローブで身を隠した魔術師ですわ。ケビンを襲わせた主犯格は賞金首の男です。誘拐の実行犯ですから」
「了解した。すまないが先程マリアンヌが言った、好きにしてもいいというのを取り消させてくれ。バステーロ伯爵はこちらで身柄を押さえて、『永久の闇』という組織との裏の繋がりを調べたい。それに、カロトバウン家が伯爵を殺すとなると、貴族界での立場が危うくなる」
「別に私が殺したと、バレなければいいのですけれど……我慢するとして、処刑はしてくれますかしら? それが出来ないなら、その要求は飲めません。」
「処刑するのはサントスだけでよいか? 一族郎党となると、領地を治める者が居なくなって困るのだが」
「それで構いませんわ。ただし、関与が認められた一族の者に関しては、全て処刑して貰います」
「わかった。それと残りの者はどうするのだ?」
「学院の教師については、ケビンが本日学院長に伝える事になっています。賞金首は私が確実に殺します。ローブの男はついでに殺しておきます。」
「それと今までの話を聞いて、
「その通りですわ。その死んだ人たちは実行犯のメンバーですから。事件の日に襲われて返り討ちにしたそうです。ケビンは誘拐事件が始まり出して、ずっとつけられていたのを放置していたらしいんですけど、余りにも執拗いから懲らしめようとしたら、実力行使に出られたそうです。15人に囲まれて襲われたのだから、殺しても正当防衛ですわね。傷でも付けようものなら、死んだ後でも私が八つ裂きにしましたのに」
国王はケビンの実力に驚愕した。子供が15人の大人を相手にして、返り討ちにしたというのだ。しかも、無傷で。兵からの報告によると、中にはBランク冒険者もいたというのに。
「貴重な情報痛み入る。ケビン君に関しては、正当防衛を認め事件の責任は問わないものとする。それと、学院の教師の処遇は学院長と連絡を取り、即刻身柄を押さえる。賞金首とローブの男はサラ夫人に任せても良いか?」
「ええ、構いませんわ。学院の教師もちゃんと処刑して下さいますかしら? 今回の事件に関わった者は、全て殺す事にしていますので」
「わかった。こちらで身柄を押さえた者は、取調べの後に公開処刑すると約束しよう。その方がちゃんと処刑した事を証明できるしな」
「お願いします。本当は私が八つ裂きにしたいのですけれど、ケビンに止められてしまいましたし、今回は諦めますわ。国が動かなかったら殺してもいい事になってますけど」
「国としてこの事件には、全力で取り組む事を約束する」
「それでは、失礼しますわ。マリアンヌ王妃様も、ご機嫌よう」
「たまには、顔を見せに来て下さるかしら? 出来ればケビン君を連れて。まだ、ちゃんとお話した事がないですから」
「ケビンが良ければそう致します」
「期待して待っていますね」
サラ夫人が謁見の間を後にすると、国王が騎士隊長に命令を下す。
「即刻、バステーロ伯爵の身柄を押さえよ! サラ夫人の話から察するに、王都内の邸宅に居るはずだ。決して逃がすな!」
「はっ! 行くぞ、お前たち!」
謁見の間で空気になってた騎士たちが一斉に動き出した。サラ夫人の謁見とあって、無礼のないように微動だにしなかったのだ。前回の痛い目で実力の違いを理解したらしい。
「面白くなってきたわね、あなた。サラ夫人の武勇伝がまた1つ増えますわ」
「全然、面白くないぞ。サラ夫人が絡むと胃に穴が開きそうだ」
「医師でも呼びましょうか?」
「そうして貰えるか? 胃薬を処方してもらおう」
この後、医師に胃薬を処方してもらい、胃に穴が開くのを防げた王様であった。
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