第70話 ケバブ?

 あれから1週間が経過し、新たな行方不明者が出た。何でもこっそりと学院を抜け出して、そのまま行方が分からなくなったそうだ。いよいよもって学院も、厳戒態勢を敷き捜索を始めた。


 放課後・休日問わず、教師職は学院周辺の巡回をし、不審な者がいないか探し回っているそうだ。教師ごとに巡回するルートが決まっていて、シフトを決めているようだった。


 これにより、新たな被害は防げるだろうと、学院側も安心していたのだが、そんな中でもまた1人、行方不明者が出てしまったのだ。


 学院側はかなりの手練が、この事件に関わっていると予測し、1名で巡回していたのを2名1組とし、相互にフォロー出来るように変更した。


『サナ、これはどう見ても裏切り者がいるよな?』


『いますねぇ……巡回しているのにも関わらず、攫う事が出来ていますからね』


『学院長は内部の裏切り者に、気付いているのか?』


『どうでしょう? やり手に見えて実は抜けているとか? 入学前の1件以来、あまり凄そうな人には見えないですから』


『あぁ……あれな。色々と残念な人だった感じがするな』


『サラ様を笑わせる事が出来る道化師、というイメージが拭えませんね』


『変顔のスペシャリストみたいなもんだったしな』


『現状、放っておいていいと思いますよ。実害がないですから』


『実害ならあるだろ。毎日毎日飽きもせずにつけてきているだろ? かなりウザイぞ、あれは。ストーカーの域だろ。実力行使に出てくれれば捻り潰せるのに、ただ見てるだけだぞ。精神的に参る……』


『傍若無人のマスターに、擦り切れる精神があるとは、新たなる発見です』


『サナ……消すぞ?』


『私が間違っていました! 何卒、海より広大な広きお心でお許しください』


『はぁ、もういっそのこと潰すかな?』


『その時は、バレないように路地裏に誘い込んだ方がいいですね』


『よし、放課後に今度つけてきたら決行だ。もしもの時はサポート頼むぞ』


『イエス マイロード』



◆ ◇ ◆ ◇ ◆



――町外れにある、とある倉庫内


 ガラの悪い連中が屯している中で、リーダー格の男が昼間から酒を飲んでいた。


「で、いつも見失っているガキの素性は分かったのか?」


「まだわかりやせん」


 下っ端らしき男が答えると、リーダー格の男が怒鳴り散らす。


「ああ? ふざけてんのかテメーは!」


「ひぃっ!」


「今日中に攫ってこい。次しくじったらテメェの命はないと思えよ。1人で無理なら、必要なだけ手下を連れて行け」


「へい! 分かりやした」


 下っ端らしき男は、そう言って手下数名を引き連れて倉庫を後にする。


「たったこんだけしか集まってねぇのかよ。計画に遅れが出るじゃねぇか」


 目を向けた先には手枷足枷をつけられ、猿轡をされた生徒たちが檻の中に閉じ込められていた。


「んーー!」


「うるせー! 黙ってろ!」


 リーダー格の男が空いた酒瓶を檻に投げつけ、苛立ちを顕にする。


「そろそろ貴族にも手を出さないと、予定人数に達しそうにないな。仕方がねぇ、打診してみるか」


 そう独り言ちりながら、新たな酒瓶に手を出すのであった。



◆ ◇ ◆ ◇ ◆



 放課後になり、ケビンはいつも通り帰ろうと街中を歩いていると、一定の距離を維持したまま、跡をつけてくる者たちがいた。


『おっ、今日はやる気みたいだぞ』


『そうですね。5名ですか……少なすぎますね』


『普通の子供に5名だったら、過剰戦力だろ?』


『マスターは普通じゃないから、過剰戦力になりませんよ』


『いつもの奴もいるし、これでストレス発散できるな』


『では、路地裏に誘い込みましょう』


『ここから近い所で、戦えそうな場所はあるか?』


『そうですね。戦う広さを求めるなら、スラムに行く道がいいでしょうね』


『まぁ、人気がなくて死体処理も楽そうだしな』


『殺すつもりなんですか?』


『うっかりってのもあるだろ? 基本殺しはしないが相手次第だな』


『良かったです。マスターが無差別な殺人鬼になるかと思いました』


『でも、親玉を釣るなら殺した方がいいのか? 中途半端にやって隠れられても困るしな』


『やっぱり攫われた生徒を助けるんですね?』


『いや、そいつ等はどうでもいい。あとから、別のヤツが来てネチネチとストーカーされても、ウザイだけだろ?』


 そして話しているうちに、スラムへ続く路地裏へと辿り着く。周りに人気はなく、静まり返った陰湿な場所だった。


『一気に距離を詰めてきたな』


『誘われてるとも知らず馬鹿ですね』


 少し開けた場所に出ると、後ろから声をかけられる。


「ちょっといいかな?」


 ニヤニヤとした笑みを浮かべながら、ガラの悪い男が歩み寄ってきた。


「何でしょうか?」


「いやね、おじさん達の目的の為に、攫われてくれないかと思ってね」


「嫌ですよ。面倒くさい」


「あまり調子に乗らない方が身のためだよ。痛い思いはしたくないだろ?」


 周りにいた連中もニヤニヤとしている。


「どっちにしても嫌ですね。おじさん達臭そうだし。お風呂にちゃんと入ってる? なんか臭うよ?」


 その言葉が頭にきたのか、顳顬こめかみをピクピクさせながら、ガラの悪い男は声を荒らげた。


「人が下手に出てりゃ調子に乗りやがって、ガキが調子こいてんじゃねぇぞ!」


「いきなり怒り出すなんて、図星ですか? 嫌ですねぇ、図星を指されて逆ギレだなんて、大人の風上にも置けない」


「ふざけやがって、手足の1、2本は使えなくして連れて帰るぞ!」


 戦闘態勢に入った下っ端共が殴りかかってきたので、それを難なく躱して逆に足を引っ掛ける。


「ずべらっ!」


 見事な顔面ダイブで地面を舐めていく男A。


「ぷぷぷっ! 『ずべらっ!』って、某世紀末の雑魚キャラですか? どうせなら、ひ○ぶっ! って言って欲しかったなぁ」


『マスター、こいつらにネタを振っても理解しませんよ?』


「何言ってやがる! お前ら、もたもたしてねぇでやれ!」


『ほらね』


「遊び心の分からない人は、いい大人になれませんよ? というか、人攫いしている時点で、いい大人じゃなくなってますけど」


 次から次に殴りかかってくる下っ端共に対し、足を引っ掛け転ばしていく。


「もげらっ!」「ちょげらっ!」「ぶびらっ!」


「はははははっ! マジで雑魚キャラじゃん! 残るはお前だけなんだが? 早く殴りかかってこいよ。お前は何て言ってコケるんだろうな?」


「てめぇ、ただのガキじゃねーな。俺をそこら辺に転がっている奴らと同じと思うなよ。これでも昔は冒険者として名を馳せていたんだぜ」


「前口上はいいからさっさと来いよ。弱い犬ほどよく吠える」


「死に晒せやっ!」


「ほいっ!」


「けばぶっ!」


 盛大に転んだ自称冒険者は、建物にぶつかりようやく止まった。


「ぶっ! ……はははははっ! けばぶ……けばぶって! 肉料理かよ、お前は! はははははっ! けばぶ…ぶふっ! けばぶーっ! はははははっ! あー腹いてぇ!」


『ツボり過ぎですよ』


『だって、けばぶだぞ! けばぶ! ぶふっ!』


「おい、ふっ……お前は誰の……ふふっ……め、命令で、……ふふふっ、はははははっ! マジ無理! ちょ、腹がねじ切れそう!」


『マスター、幸せですね……』


 暫くケビンの笑いが止まらず、全然会話が進まないのだった。人気のない路地裏で笑い声だけが響きわたり、後に《黄昏の道化師》として尾鰭がつき、噂だけが広まり情操教育の一環として使われるのだった。


~ 良い子にしていないと《黄昏の道化師》に攫われるよ。 ~


 そんな事になっているのは、当の本人であるケビンには知る由もなく、後に情操教育の話を聞き『異世界の情操教育にも、日本と同じでそんなのがあるんだなー』程度にしか感じていなかった。

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