第43話 桜咲く?

 あれからリビングで寛いでいると、お客さんたちがお風呂から上がったとの報告があった。


 応接室はとある理由により使えなくなっていたので、仕方なくリビングへ連れて来るように母さんが指示する。


(コンコン)


「お客様をお連れしました」


「入っていいわよ」


 どこかよそよそしい感じで、2人がリビングへと入ってくる。


「お風呂はいい湯加減だったかしら?」


「はい、湯殿をお貸し頂きありがとうございます」


「別に構わないわ。さっきのことはケビンに咎められてしまいましたもの。ごめんなさいね、あんなことになるなんて思わなかったの」


「いえ、滅相もございません。悪いのは学院長である私の監督不行届ですから」


「それに関してはもういいわ。ケビンが自分でケリをつけているのですし、担当官の方はどうなったのかしら?」


「それについてはこちらのジュディが救護室に運んだため、重症ではありますが一命を取り留めております」


「そう……生きてるのね……」


 サラの言葉に2人はビクッと反応して冷や汗を流した。


「大丈夫よ。さっきも言ったと思うけどもういいの。生きてようが死んでようが」


「その……少しご子息様にご確認したいことがあるのですが、宜しいでしょうか?」


 その問いに母さんが俺の方へ顔を向ける。


「ケビン、どうするの?」


「別に構いませんよ。事実確認をしたいだけでしょうし」


「あなたがそう言うならいいわ。まずは座ってちょうだい」


 サラに促された2人はソファへと腰を下ろした。


「で、何を聞きたいのかしら?」


 サラから先を促されると学院長は意を決した様に話し始めた。


「試験の最中に不測の事態が起きないように、今回はAランク冒険者を雇っていました。ジュディが発見した時には凄惨な現場であり、なおかつその冒険者は瀕死の状態でした。試験中にその場に居合わせた生徒の証言によると一方的な闘いだったと」


 あぁ、誰か喋っちゃたんだね。口止めしてなかったし別にいいけど。


「そのことがとても信じられなく、この機会に是非事実確認をしておこうと思った次第です」


「それは事実ですよ。有り体に言えば、その担当官にムカついたから懲らしめただけです。最後は背後から襲われたので利き腕を斬り落としました」


「その、怪我とかはしなかったのですか? 相手は仮にもAランク冒険者だったのに」


「全くですね。服にあんな奴の血がつくのも嫌だったので、それすら避けてましたから」


「俄には信じ難いですが事実なのでしょう。それともう1つ。その斬った切り口に火の魔法が使われたのでは? という証言もありまして、いきなり火の手が上がったということなので、これについてのご説明は頂けるでしょうか?」


 そういえば【無詠唱】で使っちゃったな。失敗したなぁ。まともに魔法訓練をしたわけじゃないから詠唱とか知らないんだよなぁ。どうやって誤魔化そうかな?


 そんなことをケビンが考えていると、サラがケビンに尋ねた。


「ケビン、魔法を使ったの?」


「帰ってきてから話した通りで、死んだら母さんに迷惑がかかると思ったからつい使っちゃったんだよ。俺としては殺してもよかったんだけど」


 Aランク冒険者に対して軽く殺してもよかったなどと言う6歳児に対して、学院長と試験官は戦慄を覚えるのであった。


「そういえばそうね。母さんとしてもケビンに手を出したんだから死んでもよかったんだけど、ケビンは母さんを護ろうとしたんだものね」


「それでは、その魔法はご子息様が放たれたものなのですか?」


「そうね。護るために使ったみたいだから」


 その発言は言外に追求しないことを示唆していた。これが分からない2人ではないので、自分たちの命と天秤にかけてすぐさま追求をやめるのであった。


「今日はいきなりの訪問であったにもかからず対応して頂きありがとうございました。今回の試験はトラブルもあったので武術試験をやり直す形になるのですが、ご子息様は再試験を受けられるでしょうか?」


「どうするの? ケビン」


「俺としては不合格でも構わないのですけど。大して学院に興味があるわけでもないし、社会勉強のつもりで受験しただけですから。そちらのジュディさんには来年また頑張るようには言われましたが、来年は受けるつもりもないですしね」


 いきなり引き合いに出されたジュディはビクッと反応するのだった。自分の浅はかさで有能な子供にさも落ちているように言ったのだ。


 それをサラの前で暴露されては気が気じゃない。心臓を鷲掴みにされている気分だった。


「今回の1件を踏まえて再試験を受けることなく、無条件に合格とすることにもできます。Aランク冒険者を倒してしまったのですから、試験結果としては充分すぎるほどです。その上、筆記試験では満点という結果が既に報告されていますので、私としましては是非とも入学していただきたいと思っています」


「だ、そうよ?」


「まぁ、筆記試験の方は簡単だったので落ちているとは思ってませんでしたが、魔法試験の方はどうするんですか?」


「そちらも的を破壊したと報告が上がってますので、文句なしの合格となります。そもそも、武術か魔法か得意な方で点数を稼ぐという方式なので、どちらかの評価が良ければ必然と合格できるのです。人には得手不得手がありますから」


 こりゃあ逃げ道ないなぁ。断ってもいいんだろうけど、合格してるって言われてるしなぁ。


「学院に通うのであれば寮生活になるのですか? 兄や姉も寮生活をしていますし」


「原則、寮生活となります」


「じゃあ、不合格でいいです」


「特例で自宅通学を許可します」


 切り返しが早いな。そんなに入学させたいのかよ。


「母さん、学院に通うことになったらこっちに引っ越す?」


「そうねぇ……領地の方が本宅なんだけどこっちに住み続けたら本宅が空になってしまうから困りものよねぇ。別に母さんはそれで構わないのだけれど、父さんの威厳とかにもかかってしまうからどうしたものかしら?」


「そうだよねぇ。やっぱり面倒くさいし学院に行くのやめようか?」


「馬車での通学を許可します。なおかつ、始業に遅れても不問とします」


 社長出勤ありきかよ。入学させるのに必死だな。


「それなら本宅から通えそうですね」


「そうね、本宅を空けたままにしないで済むのなら助かるわ」


「では、入学の際に首席入学となりますので特別クラスへの配属となります」


「それなら入学しません」


「何故!?」


 素が出たな……面白い顔して止まってるぞ。母さん、笑いこらえてるし。


「首席入学も特別クラスも嫌だからです。ちなみにクラス配分はどうなっていますか?」


 あっ、顔が元に戻った。無事に変顔から帰ってきたようだ。


「その年の入学数によって変わるのですが。基本的には7クラスになります。毎年受験者数は千人を超えたりするのですが、実際に入学できるのは5分の1程度となっております。クラスは上からS、A、B、C、D、E、Fクラスとなっており、特別クラスはSクラスとなります」


「では、入学はFクラスでお願いします。それ以外なら入学しません」


「どうして!?」


 この人いちいち反応が面白いな。この人の中じゃ俺はありえないことを言ってるんだろうな。


「まず、首席入学だと目立つし貴族のしがらみが面倒くさい。入学してもいいけどダラダラと学生生活を楽しみたい。その為のFクラス入学なんですよ。喧嘩を売ってくる相手を全員懲らしめていいなら、首席入学でもいいですよ」


 まぁ、そんなことが許されるわけないから、こちらの条件を飲むしかないんだけどね。


「……わかりました。要望通りに致します」


 えっ!? その間は何? もしかしてそのくらいならいいやとか思っちゃったの? ダメだよ、学院長がそんなこと考えちゃ。


「それでは入学させていただきます」


 その後、学院長は空気と成り果てたジュディを連れて学院に帰っていった。服については後日、学院に送ることを伝えて今着ている服は差し上げることになった。


「ケビンったら、策士ね。好条件を引き出すなんて」


「学院長の様子からして、何がなんでも入学して欲しそうだったから、上手く使えばこっちの条件を飲むしかないだろうと思って、色々と譲歩して貰ったんだよ」


「それにしても面白い顔だったわ。お母さん吹き出しそうになったわよ」


「そうだね。あんな顔するとは思わなかったよ」


「もう帰るには遅いから、明日の朝に帰りましょうか?」


「そうだね」


 それから別宅にて一晩過ごし、翌朝本宅へと帰った。来年からは学院に通うことになったが、ダラダラと過ごして卒業しよう。極力目立たずにできればいいけど……

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