8-6

「ごめんなさい」


 翌日の放課後。

 菜摘は美晴に深く頭を下げて謝った。


 彼女が自分から、謝りたいと言いだしたのだった。


 事のあらましを俺たちから聞かされた美晴は、まったくの想定外だという風に目をまん丸くして驚いていた。部室のパイプ椅子にかしこまったように腰をおろし、きょとんとした顔で俺たちを見つめている。


 それはそうだろう。どうやら美晴は、自分が今回の件の犯人だと強く思いこんでいたらしく、しかし真犯人と名乗る人からいきなり頭を下げられたのである。困惑しないほうがおかしい。


 今回の件はすべて菜摘が原因とも言える。どんな言葉が返ってきても、俺は菜摘をかばうつもりもなかったし、菜摘もそれを受け入れるつもりだった。


 菜摘からの事の顛末の説明が終わり、束の間の静寂が訪れる。沈黙を、俺はただ息を呑んで見守っていた。


「話はわかりました」


 呆けたように口を開いたまま話を聞いていた美晴がやっと答えたのは、壁にかけていた時計の長針がちょうど一周した頃だった。


 彼女は凄むような目つきで菜摘を見やり、


「あの、責任をとってください」


 厳しい言葉を放った。


 瞳はまっすぐに菜摘へと据えられ、力が入っている。相対して椅子に座っていた菜摘も同じように真面目な視線を返していた。


「うん。どんなことでもするよ」

「だったら――」


 美晴の視線が不意に、隣にいた俺を一瞥する。それからまた菜摘をとらえる。


「だったら、本当に新星を見つけてください! こんなことに巻き込まれて何もなかったなんて……イヤです。だから、ぜったいに見つけてください。あたしもできるかぎりのお手伝いはしますから!」

「みはる……ちゃん」


 美晴の言葉に、菜摘は胸をなでおろすようにゆっくりと息を吐き、口許を緩めた。美晴も同じように微笑を浮かべてくれる。


 どうなることかと様子を見ていた俺も、一気に肩の力が抜けていった。


「約束ですよ。責任、とってください」

「うん。とるよ、必ず」


 そう言って強く頷き、菜摘は綺麗な笑みを浮かべたのだった。


「よかったな、菜摘」

「う、うるさいよ」

「もしかして泣いてるのか?」


「お、女の子の顔を、そうじろじろ見るものではないよ。破廉恥くん」

「おいっ、なにが破廉恥だよ」


 この前はあれだけ素直に泣きじゃくっていたくせに。


 まあそれも、俺と菜摘だけの秘密だ。

 頼まれたって誰にも教えてやらない。


 こいつのそんな子供っぽいところも含めて、俺は天乃菜摘という少女に惹かれてしまったのだから。


 今日はまたみんなで観測会をする日だ。智幸さんが来る前に、荷物をまとめて屋上に出しておこう。尻を汚さないためのレジャーシートや、倉庫の奥で偶然見つけた星図盤。そしてみんなで発掘した安物の古い天体望遠鏡もある。そうだ、坂の下にあるコンビニで夜食も買っておいた方が良いかもしれない。


 カメラはまだ修理から戻ってきていないけど、これからはずっと、もっと積極的に空を見上げよう。俺たちが掲げた夢を叶えるために。


「さあ、行こうか。部長く……」


 部室を出ようとした菜摘は、思いだしたかのように言葉を止め、わざわざ丁寧に言いなおした。


「宗也くん」


 頬を桃色に染め、菜摘は優しい微笑みを浮かべた。


 見惚れそうなほどに可愛らしくて、他の誰にも見せたくないような笑みだった。


 そう感じたのは、やっぱり俺だけの秘密だ。

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