無事に外に出れた俺は、妹によく似た子と出会うのでした

「そろそろ時間になっちまう……」


 無事自宅から脱出した俺は、電車を使って目的の駅に向かっていた。自宅なのに脱出せねばならないのは、恐らく俺だけだろうと顎に手を当て考える。


 しかし思考したところで悲しくなるだけなので、俺は左手の時計に目を向ける。後五分で待ち合わせの時間になってしまう。このままいけばギリギリ間に合うが、俺は何もトラブルが起きぬ様にただ祈った。


(しかしマリーから逃れられたのは奇跡だったな)


 何故マリーがインターホンに反応したのかは定かではないが、俺は先程の出来事に感謝する。父なる神に感謝を、そしてバイバイマリー。


『間も無く〇〇です。お出口は右側です』


 いつも聞くアナウンスで俺は腕時計を見る。予想通りギリギリ間に合った俺は、出入り口のドアが開いた瞬間に走り出し、改札口でICカードをかざして外に出た。


 左右に首を振り待ち人を探すと――切符売り場の前に綺麗な『マリーゴールド』が咲いていた。しかしそれはよく見ると、白を基調とした服装の女の子だった。俺はその子の後ろ姿を視界に捉えると、身体の全てが硬直してしまった。何故奴が先回りしているんだ……。


「もしかして……アプリの人ですか?」


 輝きを放つ金髪を揺らして、ゆっくりとその子はこちらに振り返る。糸の様に細い髪をなびかせて近づく少女に、マリーだと今まで勘違いしていた俺は先程の連絡相手だと確信した。


「ああ……うん、君が金剛真里ちゃん?」

「そうです! あなたが連絡くれた藤麻さんですね!」


 両手をグーにして、胸の前で構えて興奮している。今にも「ぞい」と言いそうなポーズをしながら真里ちゃんは嬉しそうな表情を見せる。そんな顔されたら、俺も嬉しくなってしまうな。


「着いて早々ですけど、何処かお店でお話ししませんか?」


 確かに初対面の相手にいきなり駅前でお喋りは失礼だ。俺は目に入った喫茶店を指差して、二人でそこに入店した。


 喫茶店は駅から近いので、何か急用が出来てもすぐに対応できる。中も中々に広く、落ち着いた雰囲気のお陰で長居できそうだ。パソコンやスマホを充電できる様にと、コンセントがすべての席にあるのもポイント高い。


 俺はお店の奥の席を選んで、尚且つ外が見える位置に腰かけた。理由は一つ、ここなら外から見られても、こちらには気付きにくいからだ。何に気付かれるかは説明不要なので省略する。


「俺がとってくるよ、何飲む?」

「いえ、私が行きます。藤麻さんは座っていてください!」


 何度も遠慮したが一向に引かないので、仕方なく真里ちゃんにオーダーを頼んだ。俺としては女子に何かを頼むのは何となく気が引けるので、自分から率先している。まあそれ以前に女子との接触はマリーの所為で一つも無いがな。


「お待たせしました。どうぞ!」


 とびきりの笑顔で俺に飲み物を渡してくる。メールの時から思っていたが、この子の言動全てが可愛いと感じる。見た目だけはマリーと瓜二つなのだが、マリーとは全く違う性格に思える。目の色がマリーと違ってアクアマリンの様な澄んだ青色なのも特徴だな。


「ん、美味しいなこれ」


 手渡されたアイスコーヒーを一口すると、とても美味しく感じた。先代が考案した製法で作られているであろうこのコーヒーに俺は感激する。初代さん、あなたは天才です。


「そっちの見た目インパクトのあるやつはどう?」

「ああ、この『リストレットベンティーツーパーセントアドエクストラソイエクストラチョコレートエクストラホワイトモカエクストラバニラエクストラキャラメルエクストラヘーゼルナッツエクストラクラシックエクストラチャイエクストラチョコレートソースエクストラキャラメルソースエクストラパウダーエクストラチョコレートチップエクストラローストエクストラアイスエクストラホイップエクストラトッピングダークモカチップクリームフラペチーノ』ですか?」

「……なんて?」


 滅茶滅茶エクストラしてるなそれ。ラーメン屋の呪文より長いじゃん、何を召喚する気だよ。


「すごい味なんですよ! 飲んでみます?」

「え」


 太めのストローが刺さっている自分の飲み物を、真里ちゃんは俺に向けてきた。そうだよな、そうしないと俺が飲めない。しかしこれは所謂『間接キス』になってしまう。それは真里ちゃん的には如何なのだろうか。


「俺の口つけて大丈夫?」


 恐る恐る聞くと、その質問に真里ちゃんはポカンととぼけた顔をした。その後意味を理解した途端に、ゆっくりと顔を赤くする。


「あ、あはは。そうでしたね……はしたないな私……」


 頬をかいて照れ隠しをする姿にドキッとさせられる。ああんもう可愛い……。マリー以外の女子とは会話すら出来ない俺に、純粋なこの子の反応は色々とくるものがあるな。


「でもこの味を伝えたいんで……よかったら飲んでください!」

「う、うん。なら頂くよ」


 真里ちゃんは顔を赤くしたまま再び俺にストローを向けてきた。そんなにも同じものを共有したいと思う気持ちに負けた俺は、仕方なくそれに口を近づける。仕方なくだから、据え膳食わぬは男の恥だから。


 しかし俺はストローに口を付ける直前で硬直してしまった。何故なら店の外で血走った目で俺を探す『一輪の花』がいたからだ。



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