風呂上がりの俺は、妹から躾を受けるのでした

 火傷した上半身にぬるま湯が染みて痛みが走るが、なんとかシャワーを終わらした。その後マリーに指定されたリビングに向かい、躾とやらを受けなければならなかった。


「待ってたよお兄ちゃん」


 リビングにあるテーブルの椅子に腰掛けていたマリーは、俺に座れと前方の椅子に指を指す。俺は指示通りに着座してマリーの言葉を待った。


「それじゃあお兄ちゃん、ここに並んであるものに見覚えは?」

「えと……」


 目の前には『ノートPC』と『P◯4』、更に『漫画』に『スマホ』など、俺の私物全てがテーブルに広げてあった。俺はそれを見て嫌な予感に駆られる。


「マリーさん、これは一体……?」

「マリーね、お兄ちゃんの事は誰よりも大好きで、どんな物よりも愛してるの。それは口で言わなくてもお兄ちゃんには伝わっていると思うんだ?」


 はい、身にしみてます。刻み込まれております。俺は無言で首を縦に振る。


「だからお兄ちゃんが好きなものは、マリーも基本的には好きなんだよ。お兄ちゃんの全てを理解したい、全てを共有したいからね」

「お、おう」

「だけど今回の件でお兄ちゃんはマリーを少し甘く見てた様だから躾が必要だと思ったの。なので、それに必要なこのお兄ちゃんの恋人達を用意したのです!」


 ババーンとマリーは手を広げて俺の恋人達を紹介する。


「今から私が渡すこの用紙には規約が記載されてるの、それにレ点をつけてくれればこの子達はお兄ちゃんに返してあげるよ。簡単でしょ!」


 質を取られるという嫌な予感は的中したが、確かに内容はイージーなものだな。それならパパッとチェックを入れて終わらせてしまおう。俺は用紙を手元に寄せ、ボールペンを握って文章を読み上げる。


「何々、『私、金神藤麻は金輪際学校内では他の雌と会話をしない事を誓います』って……」


 最初からクライマックスのこの用紙を見て俺は驚愕する。せめてデザートまで取っておいて欲しかったが、前菜で現れたか。


 しかし女子と話すなどと、学校生活の中で出来る訳ない項目をスルーすると『ドス』と何かが貫通する音がした。音の先に目を向けると、俺の大好きな漫画『NAR◯TO』に包丁が突き刺さっていた。


「あああ! ナ◯トが、ナ◯トの八十二巻があああ!」

「お兄ちゃん、どうしてそこにチェックをしないの?」


 ドスドスと刺し続けるマリーは真っ黒な眼で俺に問う。闇が漏れ出し、マリーの利き手に纏わりつくと先程より刺す威力とスピードが目に見えて上昇した。ズタボロになったNAR◯TOの姿を見て俺は泣いた。


「ど、どうしてこんな残酷な事が簡単に出来る……?」

「質問を質問で返さないでお兄ちゃん」

「ふぐっ……神しゃま……」

「今はマリーと話してるの、そんなやつの名前を呼ばないで」


 父なる神をそんなやつ呼ばわりするマリー様はかなり御怒りだ。先程から一切緩まない右手は今もなお漫画を刺し続けている。テーブルの上や下には、小さく刻まれた漫画の破片で溢れかえっていた。


 そんな中マリーの眼は瞬きをせずに俺を凝視している。それと目を合わせてしまった俺は蛇に睨まれた蛙の如く、止まってしまった。


「お兄ちゃん、どうしてそこにチェックをしないの?お兄ちゃん、どうしてそこにチェックをしないの?お兄ちゃん、どうしてそこにチェックをしないの?お兄ちゃん、どうしてそこにチェックをしないの?お兄ちゃん、どうしてそこにチェックをしないの?お兄ちゃん、どうしてそこにチェックをしないの?お兄ちゃん、どうしてそこにチェックをしないの?お兄ちゃん、どうしてそこにチェックをしないの?お兄ちゃん、どうしてそこにチェックをしないの?お兄ちゃん、どうしてそこにチェックをしないの?お兄ちゃん、どうしてそこにチェックをしないの?」


 キャベツの千切りの様な速度で本を刻み、同じ言葉を永遠に放ち続けるマリー。やめて怖いよ、もう漫画はいいからその右手止めて……お兄ちゃんちびりそうだよ。


「お兄ちゃん、どうしてそこにチェックを……「チェックします、させて頂きます!」


 俺は一つ目の項目にチェックをした。するとマリーはピタッと手を止めて笑顔を見せた。


「いい判断だねお兄ちゃん、流石マリーのお兄ちゃんだよ!」

「も、勿体なきお言葉です……」


 まだ一つ目だというのに俺は消沈していた。これは躾ではなく、闇金の取り立てがよくやる『恐怖で人を脅してサインさせる』手口にしか思えない。


 やり方が高校生とはとても思えなかった。俺は早くこの呪縛から逃れたい一心に二つ目の項目を読み上げた。


「『休日はマリーの許可なく外出しない事を誓います』……』


 自由が奪われた。こんな薄っぺらい用紙に俺の自由がマリーに次々と縛られる。これは流石に無理だと思い、次の項目に手を向かわせようとすると、それに連動してノートPCに包丁がゆっくりと忍び寄っていた。


 駄目だそれは、人の行いではないぞマリー。その中にはお気に入りのエッチな動画や画像が……。


「お兄ちゃん早くして」


 ただ一言、そう言ったマリーはあろうことかノートPCを包丁で斬した。


「う、うあああああ! ま、まだ何もしてないのに!」

「お兄ちゃん早くして」

「まただよ! イかれてるよこの子!」

「お兄ちゃん早くして」


 録音を再生し右手に握った包丁で、俺の恋人達を切り刻むキリングマシーンになったマリーは同じ動作しか行わない。仕方なく俺は泣きながらレ点を付けて次に進む。


「『今日からはマリーの部屋で共に就寝する事を誓います』」


 これ最初にしろよ。なんで一発目からあんなにハードな要求なのに、最後はこんなに呆気ないんだよ。お父さんが『今日は寿司行くか!』とかいって回転寿司行くのと同じくらい萎えるわ。


 項目を見てぐったりしていると、P◯4がスパークしているので急いでサインした。残るはスマホだけとなるが、これで全ての契約が終了する。するとマリーから闇が取り除かれ、いつものマリーに戻ってゆく。


「終わったねお兄ちゃん!」

「ああ、色々とな。お兄ちゃん精神的に辛いよ」

「終わり良ければ全て良しだよ!」


 いや重要でしょうに、過程が驚きの連続で、スマホまでやられたらガン泣きするところだったよ。


「あ、もうこんな時間なんだ」


 気づけばとっくに日は落ちていて、夕日が窓から差し込んでいた。時間というものはあっという間に過ぎるものだな。


「お夕飯にしよっかお兄ちゃん!」

「……そうだな、今夜は何にするんだ?」

「お兄ちゃんの好きな『私』の唐揚げだよ!」

「それは楽しみだな」


 もう二度と校内では女子と話せず、休日はマリーの許可が降りてようやく外出可能と、人権スレスレの契約をした俺だが、マリーの唐揚げが食べれるならそれでも良いと思えてしまった。


 俺はその事に一瞬違和感を覚えるが、何故そう思ったのかまでは分からなかった。考え事をしていたせいで、マリーの小声を話していた様だが俺には聞こえなかった。


「お兄ちゃんは既に戻れないところまで来てるんだよ。どうしてご飯だけで、私に抱いていた怒りが無くなるか、その答えすら分からないでしょ。ふふ……」

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