第九十七話 秘密(2)


 エディンとレンの前にレスカが姿を現す三十分程前のこと──




「へえ、誰が来やがるかと思ったら……まさかジョース破壊者デストロイヤーが来るとはな」


 自分の足元に転がる、首と胴体のばらけたカリストの姿を尻目にレンは抜刀した。


「現れた直後の暗闇で、よくもまぁカリストの姿が見えたもんだな」

「……視力が良いんだよ」

「人間のフリしたライル族だしなあ?」


 ライル族であるエディンは、人間やティリスよりも遥かに視力が優れている。エルフといい勝負、といったところか。


 エディンが隠し続けている己の正体。ライル族という正体を偽り、人間のように振る舞う──神力ミースを使わずに闘うこの偽りの姿は、少し考えれば──否、考えるまでもなく見抜けるものなのである。

 しかしレスカはジョース破壊者デストロイヤーであるエディンが、彼女の目の前でジョース神力ミースを使う姿を見たことがなかった。細かいことを深くは考えないレスカはそれ故、エディンは人間なのだと信じて疑うこともなかった。



(レン──アンナの兄貴──が強いのは分かっている。人に見られる前に神力ミースを使って倒すほうがいいか……)


 レスカに見られでもしたら大変なことになる。そうなる前にかたをつけようと、エディンはレンの背後に控える女──レダに視線を飛ばした。


「え、ちょっとお兄さん。私、非戦闘員だよ? 戦わないんだけど?」


 スカイグリーンの長いポニーテイル頭をふるふると振りながらレダは言う。その動きにつられて大胆に開かれたV字のベアトップから、艶っぽい胸がこぼれ落ちそうなほど揺れている。


「レダ、なにやってる」

「誘惑です」

「阿呆か」

「ちょっと好みの子だったのでつい」


 妖艶な笑みを浮かべたレダは、その大きな瞳でエディンを見つめている。そんなことなど気にもとめず、エディンは右手に握った刀──雷電らいでんを鞘に収めた。


「あら、私の誘惑が届いた?」

「んなわけあるか、下がって黙って見てろ」

「はいはい」


 肩を落としたレダは、くるりと背を向けると五十メートル程離れた洞窟の壁面まで、真っ直ぐに歩いて行った。




「茶番は済んだのか?」


 言いながらエディンは、無限空間インフィニティトランクから薙刀──ライル族特有の武器、月欠を取り出した。


「へえ、月欠か……久しぶりに見るな」

「……久しぶり、だと?」


 エディンの胸の奥の方で、黒く霧がかったものが増幅していく。この男の言葉に耳を傾けるなと警告するように、その黒はエディンの心を支配した。


(物凄く嫌な感じがする──)


「っと……! 逸るなよ」


 レンの言葉を遮るように、エディンは飛行盤フービスで前方に飛び出した。高速回転をする円盤状の飛行盤フービスが、回転音を立てながら暴れまわる。

 刹那、エディンは月欠の刃をレンに向かって突き出した。身を反らしてそれを躱したレンは、舌を打ちながら月欠の柄部に刀を振り下ろす──!



──カキィンッ!



「っ! 痺れるな! あの時は神力ミースで一掃して、まともに殺り合っちゃいねえからなあ!」

「……あの時?」


 ザリッ──と柄部に沿って刀を滑らせたレンは、そのまま横薙ぎに刀を振りかざした。刀の切っ先はエディンの腹に届くも、服を裂いただけだった。


 後方に飛び退きその攻撃を躱したエディンは、くるん、と後転をしレンと距離をとった。


「あの時とは、なんだ」


 聞いては駄目だという己の心の警告も空しく、エディンはその領域に踏み込んだ。聞けば後悔をするかもしれない、しかしレンの含みを持つような物言いにこれ以上振り回されるのも御免だった。


「あの時と言えばあれだ──ライル族の里ををぶっ潰した時のあれだ」


「……なんだと」


 レンの告げた真実に、エディンの中で繋いでいた枷が音を立てて壊れた。


「ライル族は強ぇから邪魔になるってボスが……殺せって言ったんだよなあ」


 どこか懐かしむように顎に手をあて、宙を仰ぐレン。が、次の瞬間ひんやりと爪先に届いたエディンの殺気に、顔が強張った。


「そうか、お前が……お前がレイシャを殺したのか」

「……良い顔してるじゃねえか、海賊さんよぉ」


 両手首に巻いたサラシをエディンは解く。手首の外側に彫られているのは、ライル族であることを証明する花弁を象った刺青だ。その刺青両方に軽く刃を立てる。


「なんだお前、なんの………………っ!?」


 エディンの手首から血がたらりと滴る。それと同時に彼の全身はジョース神力ミースを纏った。黄というよりも緑に近い色の雷が、エディンの体を包み込むように迸っている。


──その紋章傷付くとき、真の力目覚める──という、ライル族の真の姿。


「殺す理由が出来てよかった」


 言うや否やエディンは月欠を腰の高さで構え、前方に飛び出す。そのあまりの速度に目を剥いたレンは、紙一重でそれを躱す。



──バリバリ! バリバリッ!



 雷の残滓がレンの髪先に飛び火する。刀の峰でそれを叩くも、焦げ付いた匂いが鼻先を掠めた。


「くっ……!」


 ぐるん、と体を回転させ右足で踏ん張るとレンは、刀を振り上げエディンの首筋を狙う──



──ガガガッ! キイィィ──ンッ!



 薙刀の柄の長さなどものともせず、刃寄りに短く月欠を持ち直したエディンは、レンの斬撃を受け止めた。上に払い上げレンの刀をいなすと、頭上で月欠を回転させ、石突きをレンの鳩尾に向けて突き出した。


「かっ……は…………」


 乾いた声と血を口から吐き、レンは体を折る。その後首にエディンの月欠の刃が、斬頭台の刃のように迫る──



──ビシュッ!



「レン様ぁ、死んじゃいますよ」


 非戦闘員だと言ったにも関わらず、レンの遥か後方に控えるレダの放った獄光ヘラが、エディンとレンの間に割って入った。


「手ぇ出すなよレダ」

「また例の死にたがりですか? 一体何なんですかそれ」

「気にするな」

「また……」


 レダの溜め息がここまで聞こえてきそうだ。実際エディンの耳には届いていたのだが、構うことなくエディンは月欠を握り直す。


「偉そうに……何が『殺す理由が出来てよかった』だ」


 言い捨てるとレンは刀にルース神力ミースを纏い横に薙いだ。塊となった炎の波が、速度を速めながら──うねりながらエディンに迫る──しかし。


「っ……こいつ!」


 跳躍してエディンはそれをひらりと躱す。空中で身を捻り逆立ち姿勢のままガンッ、と刃を地に突き立てる。月欠の柄部を握りぐるり、と身を回転させると、レンの目の前に着地した。


「アンナの兄貴だ。勝手に殺したら怒られるのは目に見えているからな」

「……なんだと?」

「レンブランティウス・F(ファイアランス)・グランヴィ。俺の大切な人を殺した罪はでかいぞ!」

「黙れ! お前……アンナと一体どういう関係だ!? 返答次第じゃぶっ殺すぞ!」


 エディンがファイアランス軍に入隊した時には既に──レンはファイアランス王国を去っていた。よって彼のことを知らないのだ。あのような内乱を起こさず、国に残っていれば──当時ファイアランス軍最強と呼ばれたエディンのことくらい知り得ていたであろうに。


「別に、ただの仲間……友だ」

「友だと? ふざけんな! あいつは、あいつは俺の……」


 刹那、エディンはレンの左肩を掴んだ。バリッとジョース神力ミースが迸ると、レンは悪態を吐きながらエディンの腕を蹴り上げた。


「くそが!」


 蹴り上げた腕に手応えはない。折ることが叶わなかったエディンの腕を睨みながら、レンは神力ミースの球体を生成する──が。


「うっ……!」


 エディンの左拳がレンの腹に撃ち込まれた。派手に吐血し、よろめく体。


(流石に不味いな……)


 ここで負けるわけにはいかないのだ。


(俺は……俺はアンナに殺されなければ意味がないというのに!)


 渾身の力を込め、刀をエディンに振り下ろすレン。鍔迫り合いになるも、押されているのが分かる。




──と。

 






「な……んで……」



 地から突き出した岩肌の陰から、一人の少女が現れた。


 橙色のツインテールは暗がりでも目立つ。戦闘にはなったが圧勝したのだろう、丁寧に分けられセットされた前髪に乱れはなかった。彼女のリーフグリーンのチェックワンピースには夥しい量の血が付着している。


 


「…………レスカ!」




 

(何故レスカがここに……)




 そう疑問に思うも、何もおかしなことではなかった。転移魔法で飛ばされたとはいっても、皆同じ洞窟内にいるのだ。顔を合わせるわけがない、と考えていたほうが愚かであった。



(……レスカに俺の正体が知れてしまった)



 エディンの思考はここで停止する。



 ずっと隠してきた。これからもそうするつもりだった。命を大切にしない戦闘民族など滅びてしまえばいい、というのがエディンの考えだった。

 それに引きかえレスカはどうだ。彼女の願いは一族の復興と繁栄。エディンが純血のライル族だと知るや否や、子作りを迫ることは目に見えていた。

 同じ場所で同じ時を過ごす仲間──家族でありながらも、進む方向が真逆な二人。




 分かり合うことの出来ない二人。




「うそ……うそよ……」


 目を見開き、ぺたりと膝をついたレスカの姿にエディンは釘付けになった。混乱のあまり声を発することもできず、思考は未だ停止したままだ。



(レスカの前で神力ミースを使うのは──俺かレスカのどちらかが死ぬ時だと、そう決めていた──そう、だから──)




「馬鹿な奴等め」




 刹那、放たれた声。



「しまっ…………!」



 エディンが気が付いた時には時すでに遅し。彼の胸──正確に言えば心臓の辺りを、レンの握る刀が貫いていた。



「この状況で、気を抜く方が悪い」



 噴き出す鮮血、そして崩れるように倒れるエディンの体。




「いや…………いゃあああああああぁぁぁぁああッッ!」



 

 甲高い少女の叫びが、エディン耳に届いた時には既に──彼は死を覚悟して、微笑していた。



 

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