第六十三話 真実と告白

「ところで翁、なんであたしの通信機の番号を知っているのよ」


 ミリュベル海賊団の船に乗り込み、ここは船長室。部屋の真ん中に置かれたソファーに座ったアンナは、不満げに声を漏らした。


『なーに、デニアから聞いたんじゃよ』

「デニー……あの野郎」


 アンナは腕を組んで舌打ちをした。


『ごっめーん、りりたん。従わないと降格って言われてさ。減給なら黙ってたんだけど、流石に降格は勘弁だからさ』

『あ! デニアだけズルいぞ! 俺もアンナ殿と話がしたい!』

『お前達うるさいのう!』


 なんだか翁の立体映像の周りが騒がしい。姿こそ現さなかったが、その声の主は間違いなく第四騎士団デニア・デュランタと、第一騎士団長アイザック・アスターだった。


『お前達は関係ないんじゃから、さっさと退室せんか。降格させるぞ降格!』

『それは困るな翁!』


 と、ここで翁の姿を隠すように、立体映像のアイザックが現れた。


『アンナ殿! アンナ殿!』

「なに」

『いやあ、用はないのだが、その姿を拝めてよかった。武運を祈っているぞ』

『りりたん! 怪我しちゃ駄目だよ』


 ぎゃあぎゃぁとうるさい二人に、アンナは軽く手を上げて答えた。それだけで充分満足したようで、デニアとアイザックは顔を見合わせてにんまりと微笑むと、すっとその姿を消した。



『さてと、静かになったことじゃし、早速本題に入らせてもらうぞい。ここにおる者は皆、無名むめいの討伐に参加するということでよいかの』


 椅子に深く座り直した翁は、目の前で自分を見つめ、睨み付ける、五人の若造達を順々に見た。


「エリック・ローランドは不参加よ」

 口を開いたのはアンナだ。

『ふむ。ならば退室願おうかの』

「ちょっと待ってくれる? 翁、そこにベルはいる?」


(ベル? 第二騎士団長ベルリナ・ベルフラワーのことか?)


 ノルの町での彼女達のやり取りを見る限り、アンナはベルリナのことをかなり苦手としているようだった。

 そのベルリナに、一体何の用があるというのだろう?


『いますよう』


 ベルリナは翁の前にひょっこりと顔を出した。ショートヘアーの白髪はくはつが、さらりと揺れる。


『ベルリナに何の用じゃ? 後にせんか』

「翁、悪いけどエリックを退室させるなら、先にベルと話をしなければならないことがあるのよ」

『ふうむ。よく意味が分からんが……なんじゃ、早めに済ませてくれ。通信状態が良くないのは知っておるじゃろ』


 ブエノレスパは天然の特別な結界に囲まれているせいもあり、通信障害が起こりやすい。騎士団員同士の通信機は特別な作りになっているので、障害が起こらないのだが、それ以外だと時々途切れてしまうこともあるのだ。


「何? どうしたのアンナ」


 アンナは船長室の真ん中のソファ──ネスの隣に座っている。向かいの壁に背を預け立っているエリックとの距離はそう遠くないのだが、彼は背を離して彼女との距離を少し詰めた。


「悪いわね、すぐに済むわ」


 立ち上がったアンナは翁を一瞥すると、僅かに震える両掌をぎゅっと握りしめた。立体映像のベルリナの前まで歩き、彼女の目の前で立ち止まると、真っ直ぐにその姿を見詰めた。


「ベル」

『なんですか?』

「頼みがあるの」

『何でも言ってください。アンナさんの言うことなら、何でもきいちゃいますよ』


 アンナにはこれが嘘だというとこくらい分かっていた。分かっていたから──


『な!』

「えっ」

「ちょっと、アンナ!」

「何やってんだよアンナさん!」


 分かっていたから、こうするしかなかった。


『なんですか、それは』


 膝を折り、両掌を床に付き、アンナは頭を下げていた。額まで床に付け、その表情を伺うことは出来ない。


──所謂、土下座というやつだ。


『あなた、一国いっこくのお姫様でしょう? 次期国王でしょう? そんな人が私なんかに頭を下げるなんて。見るに耐えません、見たくありませんよう』


 ベルリナは呆れて、アンナから顔をぷい、と背けた。しかしアンナはその体勢を崩すことはない。


「ベル、頼みがあるの」

『だから、なんですかあ』

「ミカエル・フラウンから聞いたの。ベルは『母体転移』って術が使えるって」


 アンナの言葉にベルリナは息を飲む。


 と、ここでネスの悪い癖──好奇心の虫が這い出してきた。

 が、流石に言葉を発してよい状況でないことくらい、ネスにも分かっていた。そのくらいの成長はしていたのだ。

 

(『ぼたいてんい』ってなんだ……?)


 声にさえ出さなかったが、やはり気になって仕方がないのだ。ネスはとりあえず向かいに座るウェズの顔を見てみる。


(あ、こいつは何も知らないって顔だ)


 顎に手を付き、眉をひそめたウェズの顔。心配そうな表情を浮かべているが、事態を飲み込めず、不思議そうな顔になった。彼なりに『ぼたいてんい』という言葉の意味を考えているようだ。


 入口のドアの横に立つエディンの表情。それはまたウェズとはかなり違っていた。

 半ば呆れ顔のエディンは腕を組み、真っ直ぐにアンナの背中を見ていた。


(これは何か知っているぞ)


 そして最後にエリックを見る。彼は驚きのあまり口を半開きにし、戸惑いながらもアンナの隣まで移動し、屈み込んで彼女の背中に触れた。


(……エディンは知っているのに、エリックは知らないってこと?)


 ネスは三人の関係性がよくわからなくなったが、自分の思っていた以上に、アンナとエディンは仲が良いのだろうと思った。


『使えますよ、母体転移。で、誰に使うんです?』


 背中にじっとりと汗をかきながらも、ベルリナは冷静に言葉を紡ぐ。自分の焦燥を表に出すわけにはいかない。彼女には騎士団総団長という立場というものがあった。


「あたしに、使ってほしい」


「『──―はっ?』」


 ベルリナとエリックが同時に同じ声を出し、同時に尻餅を着いた。


 ネスとウェズはまだ状況を理解できていなかった。



「ア……アンナ?」


 ゆっくりと腰を浮かせたエリックは、アンナの肩を優しく掴みながら、床に片膝を着いた。


「それって、どういう──」

「エリック」


 アンナは肩に添えられたエリックの手を取り、自分の両手でそれを包み込むと、頬を染めて彼を見た。


「あのね、聞いてくれる?」

「ああ」

「……子供が、できたの」

「こども……?」

「そう」

「だれの……?」

「あなたと、あたしの」

「おれと、きみの?」

「そう」

「ほんとうに? ……本当に!?」

「ええ」


 包まれていた手を振りほどき、エリックはそのままアンナを力一杯抱き締めた。その目には光るものがあったが、誰かに見られる前に彼はそれを指で拭いとった。


「あ……あ、あ……」

「なに?」

「ありがとう……。ありがとう、アンナ」

「礼を言うのはまだ早いわよ」

「そっか……そうか、そうだね。でもいつだ? ノルの時の?」

「違う、ハクラに聞いたら、その前だって」

「あー……ソリューダで会った時の?」

「そうみたい」


 そこまで言うとアンナは俯き、エリックは彼女を解放した。


 ネスとウェズは開いた口が塞がらない。内心では二人とも『ええええええええ! 本当かよ!? 何、子供ができたって……妊娠!? 嘘だろ!?』とパニック状態だったのだが、まだ話の途中だ。声を発してよい状況ではない。


『あの時の私の台詞が、フラグみたいになっちゃったじゃないですかあ』

「ごめん」


 そう言ってアンナは、再び土下座の体勢をとった。


『謝ることじゃないですし、もうそれ止めてもらえません?』

「いいや、止めない。お願い、ベルその術をあたしにかけてほしい。こんな体じゃ、全力を出しきれない……無名を討つことなんて、出来ない」

「俺からも頼みます、ベルリナ総団長」


 アンナに倣ってエリックも同じ体勢をとった。戦姫いくさひめ、虐殺王子と呼ばれた二人の殺し屋が並んで土下座をする姿など、誰が想像出来ただろうか。


『そんなに頭を下げなくても、かけてあげますよ、母体転移』


 少しだけ面倒そうな口調でベルリナは言った。


「ほ……本当に?」


 アンナはパッと、顔を上げてベルリナを見た。


「本当ですよう」


 ベルリナの言葉にアンナとエリックは顔を見合わせ、安堵の表情を浮かべる。


「ありがとう……ありがとうベル」

「ありがとうございます、ベルリナ総団長」

『あ、でも一つだけお願いがあります』


 ベルリナは人差し指を唇に当て、にんまりと笑った。

「なに」

『次会ったら、ぎゅうううってさせてくれます?』

「……いいわよ」

『やったあ! 絶対、絶対ですよ。じゃあ私は……あ、ファイアランスに行けばいいですか?』


 何故ベルはこの流れで『ファイアランスに行く』と口にしたのだろうか。その場いにる者の殆どが疑問に思ったが、アンナとエリックは『何故』かを知っているので、驚くこともなく話を続ける。


「それでいいわ。お願いね」

『はあい!』

『話は済んだかの』


 片足を上げて嬉しそうに敬礼をしたベルリナの脇から、翁がぬっと、顔を出した。


『済みましたよう』

『そうか、それならとりあえず下がれ』


 翁の命令にベルリナは素直に応じ、大股で後ろにぴょんと跳んで下がった。

 アンナはベルリナが去ったのを見届けると、元いた席に戻った。それと同時にエリックは立ち上がり、部屋を出ていこうとする。


「エリック」


 ドアの横に立っていたエディンが、エリックに声をかける。


「なに?」

「お父さん、だな」

「……その言い方っ」


 フッと息を吐いて笑顔を浮かべた二人は、嬉しそうに互いに肩を叩き合う。


「──あったじゃないか、エディン」

「……何がだ?」

「お前が知っていて、俺が知らないこと」

「……」

「知っていたんだな」

「……悪い」

「いや、謝ることじゃないから」


 じゃあな、と言ってエリックは船長室から出ていった。

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