第五十七話 騎士団長達の集い

 世界の終わりの始まりと呼ばれた地震が起こった、少し後の出来事。



「ベェェェェルゥゥゥゥゥゥッ!」


 聖地ブエノレフパ。ここは騎士団本拠地の建物内。本館一階西のみや第一医務室。

 長く美しい銀髪をなびかせながら、一人の男が廊下を全力疾走していく。バタバタと大理石の床を駆けて行く男の足音は、言うまでもなくかなりうるさい。履いている革靴の底に、楽器でも仕込んであるのだろうか、というくらい大音量の足音。


 楽器男がっきおとこは医務室に辿り着くまでに、背の低い白髪はくはつの男を一人追い越した。眼鏡をかけた小柄な魔法使いは、男が自分を追い抜く際「ご、ご無沙汰してます! あ、アイザックさん!」と声を掛けたが、当の本人──ノルの町で、ネスと一悶着あった男──第一騎士団長アイザック・アスターは、目に涙を浮かべ、叫びながら全力疾走中だったので、追い越した彼──第十三騎士団長ニノ・ニゲラの存在に気が付かなかった。


 挨拶をしたのに完全無視されたニノは、すん、と鼻をすすって涙目になった。


「アイザックさんが……僕のこと無視したあぁぁ……っ!」




「ベェェェェルゥゥゥゥゥゥッ!」


 第一医務室の札が掲げられている一室の、横開きのドアを勢いよく開けると、アイザックはまたしても叫んだ。


「うるさい。アイザック、うるさい」


 広い室内の隅、窓際のベッド横で治療の手を休めることなく、彼女は言った。

 前髪をアップにし、長い髪を頭の高いところでお団子にしている、瞳の大きなエルフだ。窓から射し込む白い太陽光が、彼女を優しく包み込んでいる。


「お前は声はうるさい、足音もうるさい、通信機の音もうるさい。うるさいが三拍子そろった騒音のような男だ。こんなにお前との距離があっても、本当にうるさい」


 その毒のような台詞とは裏腹に、彼女は可愛らしい声でアイザックを攻撃する。


「ううー、ラビエル辛辣しんらつぅ!」

「ここに入りたくば、その長い髪をくくれ。不衛生だし掃除が大変だ」


 ラビエルと呼ばれた女──第十一騎士団長ラビエル・ライラックは、黒いヘアゴムをアイザックに向かって飛ばした。彼女とアイザックの間の距離は二十メートル近くあるが、それは見事にアイザックの額にパチンと命中し、彼は「痛い!」と額を押さえた。


「これだけ怪我人が治療中だというのに、よくもこう大声で騒げるなアイザックよ。なあ、ベルリナ」


 ラビエルは目の前のベッドに横たわる女──破壊者デストロイヤー達の儀式の場に立ち合い、負傷した第二騎士団長ベルリナ・ベルフラワーに声をかけた。


「私は慣れているからわりと平気」

「慣れる? これにか? すごいなお前は」


 二人が会話を交わしている間に、言い付け通り髪を括ったアイザックが、怪我人と医療チームでごった返す医務室のベッドの隙間を通り抜けながら、窓際まで辿り着いた。

 それと同時に、怪我の治療中で露になっていたベルリナの控えめな胸部に、ラビエルはタオルを掛けた。


「ベェェェェルゥゥゥゥゥゥ……っ大丈夫なのか!?」


 剥き出しのベルリナの細い肩を掴み、アイザックはそれをガクガクと揺する。それに合わせて、ベルリナの小さな頭もガクガクと揺れた。


「アイザック! 私、一応怪我人! 揺すられると、駄目!」

 ベルリナは胸元のタオルを両手で押さえながら、アイザックに抗議した。

「おっと! これは失礼した」

「アイザック、お前何をしに来た」


 ベルリナの治療が一段落したのか、ラビエルは手を休めて鬱陶しそうにアイザックを睨む。


「ベルのお見舞いさ。恩師を見舞うのは弟子として当然ではないか」


 昔アイザックは騎士団長の座につく以前、第二騎士団に所属していた。その時に色々と指導し、導いてくれたベルのことを師として慕っていた。


「そんなことよりベル、」


 と、アイザックが言いかけたところで、またしても医務室のドアが勢いよく開いた。


「急患だ! エルフ、エルフはいるか!」


 ドアを開け叫んだ男は、アンナから通信を受けてソート大陸に立ち寄った、第四騎士団長デニア・デュランタだった。その華奢な肩には真っ青な顔の第九騎士団長イザベラ・インパチエンスを担いでいる。イザベラはアンナとその兄レンの戦いに、負傷していた。


「デニア、どうした」

「べっちゃんが毒にやられた! 応急措置はしているけど、毒が回っちゃっててまずい!」


 ラビエルのといに、デニアは声を張り上げて答える。しかし何故だろうか、アイザックよりもデニアは大きな声を出したのに、不快感がなかったのは。


 医務室内で治療を受けていた団員たちが、イザベラの姿を捉えてどよめく。ここにいるもの達の中で、彼女がここまで衰弱している姿を見たことがあるものは一人もいなかったからだ。


「がはっ……ごほっ……」

「べっちゃん大丈夫!?」


 ふらりとよろけ、咳き込み吐血したイザベラの顔をデニアは覗き込み、彼女の背と肩に手を添えて体を支える。


「近い近い近い近いっ!」


 叫ぶイザベラとデニアの顔の距離は、わずか三十センチほどだ。


「ごめん、お昼ご飯の後ちゃんと歯磨きしたつもりだったんだけど……」

「お前の口臭なんて気になんねーよ! って、だから近い近い近い近いっ!」


 真っ青だったイザベラの顔は、いつの間にか真っ赤になっていた。



「イザベラ、めちゃくちゃ元気そうじゃない?」


 グレーの制服の袖に腕を通し、ベルリナはラビエルを見上げながら言った。女性にしては背の高いラビエルと目を合わせることは、まだベッドに座っているベルリナには出来なかったが、彼女が不機嫌な顔をしているであろうことは、容易に予測できた。

 イザベラの声もまた、ラビエルにとっては「うるさい」に振り分けられるのだろうから。


「デニア、イザベラをこっちに連れてこい。治療する」

「おお、『びーちゃん』か! 頼もしい」


 ラビエルの手招きにデニアはこたえて、イザベラの腰に手を回し膝の下に手を差し込む。いわゆるお姫さま抱っこが完成した。


「いやああああぁぁぁぁぁ……っ」

「ちょ、ちょっと暴れないでよべっちゃん!」


 いつもの態度からは想像も出来ない声を出し、イザベラはデニアの腕の中でじたばた暴れている。そんな彼女の姿を見て、室内の団員達はまたしてもどよめく。


「恥ずかしい! 恥ずかしいからデニア、下ろせ!」

「べっちゃん毒! 暴れたら毒がもっと回るから!」


「あいつらは何をやっているんだ……」


 ラビエルが呆れ顔を向けた直後、野太い声が医務室に響いた。


「話は全部聞こえていたわよ。イザベラ、我輩がおぬしを治療するわ」

 野太い声とは対照的な、上品な話し方。

 声と同時に現れた人物は、その高すぎる背のせいで、そのままでは医務室のドアを潜り抜けることが出来ない。

 身長が二メートルはあろうかというエルフだ。分厚い筋肉の壁のような体。肩まで伸ばした髪をオールバックにしている男の名は、第三騎士団長──ガブリエル・ガザニアル──という。


「ガブさん!」

「おおデニア、久しいわね」

 

 手のひら同士をパチンと合わせてです二人はハイタッチをした。

 ガブリエルは、デニアの腕の中で暴れていたイザベラをヒョイと肩に担ぐ。


「おい! 勘弁してくれ! ガブリエル! 嫌だ! お前の治療は受けん!」


 イザベラはデニアに抱えられた時とは比べ物にならないくらい、暴れている。


「本当に! ちょっと、おまっ! 下ろせって! お前……痛いっ! 尻を叩くな尻を!」

「それにしてもすごい怪我人ね」


 部屋の奥でラビエルが手を上げてガブリエルに挨拶をしたので、イザベラの訴えを無視し、彼も手を上げてその挨拶に応じた。


「んじゃあガブさん、イザベラをよろしくね」

「ええ、任せて」

「ちょっと、だから待て!」


 暴れっぱなしのイザベラをガブリエルに託し、デニアは医務室を後にする。向かう先は大会議室だ。



「くーちゃん、おるりん」


 幅の広い廊下の角を曲がると、目にも鮮やかな桃色のベリーショートヘアーのティリスと、腰まで伸ばした白髪はくはつの魔法使い背中が見えた。


「おお、デニアか」

「くーちゃん、ひっさしぶり」


 デニアの呼び掛けに、カツンとヒールを履く足を止め、桃色髪の第十四騎士団長クラリス・クラスペディアはゆっくりと振り返った。デニアの顔を見ると、彼女は厚い唇の端を引き上げて、ニヤリと笑みを作った。


「あら、デニア」

「おるりんは、ちょっとぶり」


 第十五騎士団長、オルネア・オミナエシも振り返る。後ろ髪と同様に長い前髪は、複数の細い三つ編みにして横に流し、一つに束ねている。その顔は非常に端麗だ。細すぎない眉に大きな金色の瞳。すっと通った鼻筋に、形のよい唇。そんな、彼女は騎士団一の美女と呼ばれている。


「こんなことでもないと、全騎士団長が揃うなんて有り得ないからな」

 笑みを崩さないままクラリスは言うと、デニアの肩に腕を回した。

「デニア、今回の事件……お前は騎士団から人員を派遣すると思うか?」

「思うね」

 クラリスの言う今回の事件。それはまさしく騎士団創設以来最大の失態だった。


 世界の終わりが予言され、それを食い止めるために召集された神石ミールを所持する五人の破壊者デストロイヤー。その内の一人は偽物で、一人は裏切り者だった。儀式の最中、偽物は神石を全て奪い逃走。裏切り者はそれに荷担して逃走。

 神石ミールの揃わなかった今、世界の崩壊はじわりじわりと進行している。一刻も早く神石を取り返し、揃えなければ半年後に必ず世界は終わる。


「あれだけ警備を固めておきながら、全ての神石を奪われるなんて、前代未聞だよ? すぐに止められなかった他の破壊者デストロイヤーにも責任はあるだろうけど、騎士団もられすぎなんだよ」

「そうだな」

「オルネアはどう思う? どうやって人選をすると思う?」

わたくし? そうですわね……」オルネアは少し考え口を開く。「騎士団順に頭から五人の団長を選出、かしら」


 大規模な災害や今回のような大事件の場合、複数の団長が派遣されることが多いのだが、誰を派遣するのか、それを決める翁に多少問題がある。面倒臭がりな翁は「第十騎士団から順に三組派遣じゃー」などと、いつも適当に決めてしまう。


「五人程度選出されるんだろうが、流石にイリスに行けと言うほど翁はこくではないだろう」


 クラリスは眉間に皺を寄せながら言った。

 門番守の当番だった、第五騎士団長イリス・イベリス。彼女もまた弟の第七騎士団長イダール・インパチエンスを庇って負傷していた。 


「というか『イリイリ』は怪我してるし、無理でしょ」

「仮にイリスが無傷だったとしても、イシュファーの事があるだろう? いくら今日が門番守の当番だったからって、夫を殺した女を殺さずに出迎えた、あいつの気持ちを考えてもみろ」

「そうだけど、りりたんは悪い子じゃないよ」

「それはお前が決めることではない。イリスが……インパイエンス家の者が決めることだ」

「むー」

 不満げに唇を曲げたデニアは、艶やかなブルーラベンダーの髪をほどき、くくり直しながらオルネアを振り返った。


「あれ、おるりん?」


 デニアは振り返ってオルネアの姿を探す。会話にあまり参加してこなかった彼女は二人のやや後方で、長髪のエルフに絡まれていた。

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