お互いに気になる心情

 翔太は鬼の形相でパスタを茹で、袋に入っているレトルトのミートソースも湯煎する。


 シルクはリビングに戻って、ソファに座り、真剣な表情でスマホをいじっている。


 翔太はなにか手伝ってほしいと思いつつ、シルクがスマホでなにを見ているのか気になっていた。


(きっとなにか裏がある。今日じゃなきゃダメな理由⋯⋯返却期限が今日の本があるとか。でもそれなら伏せなくてもいいはずだ。うーん、俺に知られたくないことってなんだよ)


 鬼の形相なのは作業に没頭しているからではなく、何故今日じゃなければいけないのか考えているからである。


 故に翔太の思考はそっちにもっていかれていて、パスタのことなど考えていない。


「ちょ、ちょっと翔太!? ボコボコ音が聞こえるけど、火力大丈夫かしら!?」


 異変を察知したシルクがソファからキッチンのほうを覗き込む。


「え? あ、うわああ」


 パスタの鍋から熱湯が吹きこぼれていたのに気づかず、シルクに言われてから気づき、急いで火力を下げる翔太。


 鬼の形相で作業しているためどれだけ集中しているのかと思えば思考は上の空だったことにシルクは気付き、翔太の思考を覗きたくなる。


(なに考えて作業してるのよ⋯⋯くだらないことじゃないでしょうね。あぁもう。魔力に余裕があれば意思覗き魔法で見れるのに!)


 互いなにを考えているのか知りたい気持ちでいっぱいになる。

 だが互いに聞くことはなかった。


 タイマーの音が鳴り、パスタのお湯を切ってお皿に盛る。

 レトルトのミートソースも盛り付けた。


「よーし食べれるぞ。お皿とフォーク机に運んでくれ」


「了解なのよ」


 シルクはスマホの電源を切り、自分のパスタとフォークを運ぶ。

 翔太が「粉チーズいるか?」と聞いてきたがシルクは「遠慮しとくわ」と言い、二人揃って手を合わせた。


「「いただきます」」


 上に乗っているミートソースをパスタによく絡めて口に運ぶ。トマトの酸味とひき肉の美味しさ、パスタの塩気が相まって、レトルトだが美味である。


「んん。やっぱり美味いな。いつもはここにひき肉追加するんだがこれでも充分だな」


「ここにひき肉追加したらもっと美味しいでしょうね。間違いないわ」


 今から食べて、食べ終わるのは七時四十五分頃になるだろう。それから移動すれば八時に図書館に着くことは容易である。


 たわいのない会話を少し挟みつつ、少し急いでパスタを食べる。

 翔太はミートソースが服に付くと面倒くさいので、なるべくスプーンの中で丸めて食べることを意識して食べる。

 対してシルクは汚れない体質のためそこまで気にしていないが、翔太を見習って丁寧に食べた。


「「ご馳走様でした」」


 挨拶をして食器をシンクに運び、浸け置きをする。


「翔太は貴重品をもっていけば大丈夫よ」


「了解だ。シルクはなにもってくんだ?」


「シルクは魔法書と万が一のために杖をもっていくわ。一応貴重品ももっていくけど、翔太のがあれば基本大丈夫でしょう」


 そう言って魔法書と貴重品を持つシルク。

 すると一瞬で無くなり――、


「消えた!? あ、魔法か。その魔法って――」


「ソファをしまったり出したりする魔法と同じ魔法よ。これは魔力を消費しない特別な魔法だから心配しなくても大丈夫よ」


 翔太の声に被せるようにシルクが言う。


 魔力を消費しないと知って安堵する翔太を見て、「魔力の消費について気にし過ぎよ」とシルクは言う。

 翔太は自分の心を見透かされたような気持ちになって、シルクには適わないなと感じた。


「もうすぐ八時になるわ。今から夜の街を空を飛びながら移動する。そこまではオーケーね?」


「おう! まだ食べたばっかで気持ち悪くなりそうだがな」


「まぁそうなったときはそうなったときね」


 食べたあとに運動をすると横腹が痛くなったり気持ち悪くなったりする人がいると思うが、今からするのは「空を飛ぶ」である。


 空を飛んで、落ちたときの感覚はジェットコースターの落ちる感覚に酷似しているため、それを思い出すとわかりやすいだろう。


「ちなみに透明人間になったまま空中で吐いた場合、吐いた物はどうなるんだ⋯⋯?」


 翔太が幼かった頃。

 遊園地に行って遊園地で昼ご飯を食べ、そのすぐにジェットコースターに乗ったことがある。

 そのときに体験した吐き気と頭痛がトラウマになり、ジェットコースターが苦手になった。


「⋯⋯食後に話してほしくなかったけれどまぁいいわ。基本体内にある臓器まで透明化するから嘔吐物も透明のままね。だからその、なんて言えばいいのかしら。嘔吐物が地面に落ちるけど透明のままで、嘔吐した人が魔法を解除したら嘔吐物も解除されて見えるようになるわ。つまり傍から見ればいきなり嘔吐物が現れたことになるのよ」


「それはやばいな」


「かといって魔法を使ったことがバレるわけではないから死なないわ。安心しなさい」


 死なないから安心しろと言われたが安心できる訳がない。

 人様に迷惑をかけないためにも吐くのは辞めようと心に誓った翔太だった。


「靴も履いた。よし、魔法かけてくれるか?」


「了解なのよ」


 そう言ってシルクが意識を集中させる。


 黙っていれば美人のシルクのポテンシャルは高く、翔太はシルクのまつ毛に驚いていた。


(まつ毛長いし色素が薄くて整ってる⋯⋯眉毛もだ)


 そんなことを考えていると、シルクが口を開き――、


「透明感魔法、通過魔法、飛行魔法――開始」


 と、声に出して魔法を唱える。


 声に出して魔法を使うと心の中で唱えるよりも魔力の消費が抑えられる。

 プラス翔太に魔法をかけるときは声に出して唱えたほうが翔太が喜ぶためそうしたようだ。


「ありがとよ。んじゃここから一番近い図書館に行くぞ。ルートは俺のほうがわかってると思うから付いてきてくれ」


 少しカマをかけてみる翔太。

 もし特定の図書館に行きたいのであれば、シルクはこの提案を却下し、別の図書館がいいと言うであろう。


 そのカマにシルクは気付く素振りも見せず、考える素振りも見せずに――、


「――わかったわ。通過魔法がかかってるからビルにも動じず突っ込んで大丈夫よ。直線距離で一番近いルートで飛んでいくかしら」


 どうやら関係ないらしい。一番近い図書館に用があるという可能性もあるが、翔太のカマかけは意味がなかったようだ。


 引っかからないことに若干動揺しつつ、


「よ、よし。んじゃレッツゴー」


「お、おー?」


 ぎこちないシルクの「おー」が聞こえたところで玄関をすり抜け、空中に浮く。浮いてから適度な高度で体を空中に固定。そして目的地の図書館を探す。


「あの道がこうなってるから図書館はあの建物か。よし、あそこまで飛んでくぞ」


「別に高度を上げなくても地面スレスレで飛べばいいのに⋯⋯まぁいいわ。好きにしなさい」


 飛んでいる間はほぼ無言で、ただただ夜の街並みを眺めていた。


 通り過ぎるいくつもの建物。髪や肌を撫でる風。目を開けていても目が乾燥せずに空が飛べるのは魔法のおかげだろう。


 吐くことを心配していた翔太だったが、飛んでみればなんてことない。景色を楽しむ余裕があった。


 せっかくの通過魔法をあまり活用せず、建物の上を飛んで図書館に到着した。ビルをすり抜けるのは帰りになりそうだ。


「さて、着いたがどうする? 通過魔法で建物の中に入るのはいいとして、防犯カメラはどう対処するんだ?」


 飛んでいる間全く喋らなかったが、ちゃんとシルクはついて来ているだろうか。

 そう思いながら後ろを振り返る。


 するとそこには髪の毛一本も乱れていないシルクが立っていて、


「防犯カメラに関しては今からやるわ。翔太は中に入って本は動かさず、構造をよく見ておきなさい」


 そう言ってシルクはまた集中モードに入る。

 翔太はシルクに言われた通り、誰もいない図書館に入って構造を見る。


 正面から入っているのに自動ドアが作動しない、ガラスに自分が写っていない。それを見ると、自分が周りから見えないことを実感した。


 建物に入るとムワッと蒸し暑い空気が翔太を歓迎し、大量の本を独り占めできる環境になっていた。


 まるで廃墟になった建物のよう。


 人がいないだけで一気に寂しくなるものだなと、翔太は思った。


 一方シルクはこの建物全体に『電流魔法』をかけていた。


 電流魔法は中級魔法の一種であり、電流を操ることができる。

 監視カメラ全てを破壊することもできるが、それでは図書館の職員が困ってしまう。


 シルクは電流を操り、監視カメラの配線を見つけ、監視カメラの電源を切る。

 こうすることで、監視カメラの不具合により録画がされなかったことになり、帰りに元通りにすれば機械も故障しない。


 そして監視カメラで使わなくなった電気をエアコンに送り、涼んで練習をすることにする。


 そして万が一窓ガラスから室内を見る輩がいることも想定し、『色彩魔法』もかけた。

 色彩魔法も中級魔法の一種であり、見ている物の色を変えることができる魔法である。


 これを応用して図書館全ての窓ガラスに今の光景を写すようにした。

 つまり図書館の中身をガラス越しに見ようとしても今の光景を見るようになっている。そして素材はガラスのままのため、反射の原理はいきている。


 どうせ日が昇るまでここにいる訳ではないし、これも帰るときに解除すれば問題ない。


 これで万全の対策はできた。


 シルクは魔法を使った疲れで深呼吸をした。鼻から抜ける匂いは夏の匂いがする。


 夏が来ていることを実感しながらドアをすり抜け、館内に入る。


 翔太はエアコンがまだ効いてない館内でシルクが中に入ってきたのを見つける。


「魔法かけ終わったのか?」


 そう話しかけるがシルクは黙ったまま。

 魔法書をクイーンズ特有の魔法で取り出し、浮遊魔法のページを開いて翔太に飛んで近付く。


 翔太はなにか変だと感じながら魔法書を受け取り、やっと口を開いたかと思うと――、


「さぁれんしゅーしましょ! ここにあるたくさんの本を使って、魔法をマスターするのよ!」


 シルクらしくない、無邪気で幼い子どものような声で言うのであった。

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