契約の儀式

 契約するといって嬉しそうなシルクと、ずっと玄関で喋るわけにもいかない。


 昨日ちゃんと掃除をしたリビングに招き入れ、ソファに座ってもらった。


「なにか飲むか?」


「遠慮しとくわ。そんなに気を使わなくても大丈夫よ」


 遠慮された翔太は自分で麦茶を入れてシルクの隣に座る。


 ⋯⋯が、シルクと翔太の間には不自然な空間、距離があった。


「そんなに気を使わなくてもいいって言ったじゃない。シルクから距離を詰めて欲しいの? 欲しがりね」


「いやなんというか。癖みたいな感じで⋯⋯ね?」


「しょうがないわね」と言い、シルクは翔太との距離を詰める。

 すると翔太は両手を上げ、「降参しました」のポーズをしてシルクから顔を逸らす。まるで電車で痴漢に間違われないようにしているみたいだ。


「はぁ、そんなことしなくたっていいのよ」


 シルクが翔太の腕を掴んで下ろす。

 久しぶりに女の人に触られた気がするとかなんとか思ってしまう翔太であったが、ウキウキ喜んでいられない。顔が熱くて汗がすごいのだ。


 翔太が思春期男子のように照れていると、シルクが思い出したかのようにハッとなって立ち上がった。


「あ、さっきの契約の話は口約束みたいなものだから、今から儀式をするわよ」


「お、おぉ。もしかして忘れてたのか? それにしても儀式か。⋯⋯なんか中二心をくすぐられるな」


「たしかに半分忘れてたわ。でも思い出したから大丈夫よ」


 そう言うと、シルクの手のひらに魔法書と羽根ペンが現れる。――魔法だ。

 翔太は少し感動しながら麦茶を飲むと、シルクは座り、魔法書の表紙に羽根ペンで文字を書き始めた。


「え!? そんなところになに書いて――」


「契約するための儀式よ。さっき言ったじゃない。魔法書の表紙に、それぞれのサインと契約日。それと契約しましたって文を書くのよ」


 そう言いながら、スラスラと書いていく。明らかに日本語じゃない言語で書いているが、これは魔界の言語だろう。本の西洋っぽい雰囲気と、文字の雰囲気が相まって、いかにも怪しい雰囲気を醸(かも)し出している。


 シルクはサインを書き終えると、翔太のほうに魔法書と羽根ペンを置いた。


「あとは翔太のサインを書くだけだから書いてくれるかしら。あ、日本語で大丈夫よ」


「言われなくても日本語で書くつもりだったよ。その文字は写しても上手く書けなさそうだからな。フルネームでいいんだな?」


「そうね、さっさと書きなさい」


「まぁまぁ、そう急かすなって」


 翔太はちょっと笑いながら書いていく。


 こんなやり取りが翔太にとって新鮮で嬉しい。昔はこんなやりとりしたことがなかった。友達がちゃんと居れば、この歳になって嬉しいと思わなかっただろう。


 翔太がサインを書き終えると、魔法書が神秘的な白い光に包まれる。


「うおぉ!? なんだこれ」


「しっ。静かに」


 シルクが初めて真剣な表情をしたため、何か怖いことでも起きるのかと翔太が思った瞬間――。



『本日より。シルバー・クイーンズと、佐藤翔太の契約を認める。月に一度、契約を更新することを忘れないように。また、魔界に契約したことを直接知らせるようにしなさい』



 頭の中、眉と眉の間、それよりもっと奥に響くような不思議な感覚。

 シルクと翔太だけに聞こえる、特別な声。


 ――それは優しい、母親のような声だった。


「⋯⋯ふぅ。これで契約の儀式は終わったわ。お疲れ様」


 いつの間にか光が消えていた魔法書を手に取り、シルクは言う。


「案外簡単に終わるんだな。もっとこう、なんというか⋯⋯密着してなにかするのかと勝手に想像してたんだが」


 確かに契約書にはサインとハンコで契約できるが、これは魔法が関わっている。


 翔太的にはもっと摩訶不思議なこと、もしくはラノベでよくあるようなことをするのかと思っていたらしい。的外れで恥ずかしいあまり、麦茶をがぶ飲みしているが。


 そのことにシルクは勘づき、ニヤッとからかうような目線で言う。


「――キスでもすると思ったの?」


「うっ、げほっ、げほっ。は、はっ!?」


 がぶ飲みしていた麦茶が変なところに入り、むせまくる翔太。


「図星ね。結婚式じゃあるまいし、そんなことしないわよ。ぷっ」


 と、冷たくあしらいつつも反応を見て面白がっているシルク。


 その姿を見て「本当にいい性格してんなぁ!?」と思う翔太だった。


 ――――――――――――――――――


「うっ、うん。で? さっきの声の主って誰なんだ? どんな人なんだ?」


 変なところに入ってしまったむせがおさまり、気になっていたことを素直に質問する。


 シルクは問いかけに対して少しだけ間を開けて、喋った。


「あの声は⋯⋯私たちの母様(かあさま)。私達を造った、『ホワイト・クイーン』っていう、魔界の一番偉い人よ」


 ――造った。


 その点に対してさらに気になり、追求する。


「えっと、そのホワイト・クイーンって人が、シルクを産んだんじゃなくて『造った』⋯⋯?」


「そうね。シルクは『造って産まれた』クイーンズなのよ」


 翔太が聞いたことはだいぶややこしいことに繋がっていたらしい。


 ――造って産まれたクイーンズ。クイーンズというものは、そもそもなんなのか。


 シルクの名前は、シルバー・クイーンズ。クイーンズのズ、と言うことは、英語で考えれば複数形ということになる。他にも造られたクイーンズがいるということなのか。


 謎が多い。徹底的に知りたい翔太はシルクに質問を投げかける。


「クイーンズってことは、ほかにもクイーンズがいるってことか?」


「そうね。シルク以外にも、クイーンズはいるわ」


 翔太の考えたことが当たっている可能性が高まる。


「そのー、どうやって造られたのかとか聞いていいのか? クイーンズ製造機があってそこで造られたとかそんな感じで当たってる?」


「クイーンズ製造機って。ぷっ、シルクは物じゃないんだから」


 シルクはちょっと馬鹿にしながら笑って否定する。


 そうなるとますますわからない。

 なんのために造って、どれだけ造って、どうやって造られたのか。魔法とはいえ、人間を造れるなんてことが有り得るのか。


 翔太が次に聞く質問を考えていると、それを読むかのようにシルクは詳しく教えてくれた。


 が、無駄に長く、関係の無い情報も多かったのでまとめると。


 ――――――――――――――――――


 一、シルクの他にもクイーンズがいて、ホワイト・クイーンの手で造られた。


 二、作られたクイーンズは全部で六人。『レッド・クイーンズ』『ブルー・クイーンズ』『イエロー・クイーンズ』『グリーン・クイーンズ』『ゴールド・クイーンズ』『シルバー・クイーンズ』である。


 三、この六人には全て別々の個性や特徴がある。


 ――――――――――――――――――


「無駄に長い説明ありがと。なんとなくわかったが、ほかのクイーンズはシルクとすることは違うのか?」


「クイーンズの仕事は大体一緒ね。地球に来て自分に合う契約者を探し、その人を魔法の使える勇者に口説きあげるって仕事よ」


「そういうことを俺はこれからしてくんだな、なるほどわかったぞ。ちょっと言うのが遅かった気もしなくもないが」


「だって聞かれなかったんだもの。聞かれなかったら答える必要もないかと思って」


 まるで詐欺師のような発想だなと翔太は思いながら、改めてクイーンズのことについて考える。


 ――ホワイト・クイーンは、この仕事をさせるためにクイーンズを造ったのか。


 色々翔太は考えながらふと思ったことを言う。


「思ったんだが、シルクがたまたま見つけたのが俺だっただけで、もしかすると目の色とかが違ったら、ほかのクイーンズに見つかってた可能性もあったってことか?」


「⋯⋯まぁそうね。この世で最大六人しか契約できる人間はいないのよ。偶然の一致で今回は翔太と契約することになったのだけど。見つけたのが、可愛い可愛いシルクでよかったわね」


「⋯⋯」


 シルクの自慢げな顔に、何も言えない翔太。


 こいつはどんだけ、自分に自信があるのか、計り知れないと翔太は思った。


「む、なんで黙るのかしら? たまたま魔法適性がよくて、たまたまシルクが気に入っただけのことよ。それにこんなに可愛ければ文句ないじゃない」


「シルクって上から目線で、自分に自信があるんだな」


「上から目線なんじゃなくて、ほかの人が私に適わないだけよ」


 一通りシルクと話をしてて思う。


(俺もやばいと思うけど、シルクもやばい奴じゃん⋯⋯!!)


 類は友を呼ぶというが、翔太はニートでシルクは造られたクイーンズ。どっちもやばいヤツだ。


 やばいヤツの相棒はやばいヤツなんだなと、翔太は思った。

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