それぞれの夜

 夜ご飯を食べ終わったシルクは、会計をカードで済まし、魔法を使ってビルの屋上へと飛ぶ。今日はどのビルの屋上で寝ようかと考えながら辺りを見渡す。


 今立っているこのビルでもいいのだが、もう少し高さがあるビルがいい。見晴らしが良くて、夜景が綺麗なところが好きだからだ。


 人が来たらと思うかもしれないが、基本人間からは見えなくなっているため、周りから見える魔法をかけない限り見られることはない。


「⋯⋯今日は部屋でもいいかもしれないわね」


 屋上にこだわるシルクだが、たまに部屋で寝ることがある。月に一回くらいの頻度だろうか。

 オフィスだったり、使っていないホテルだったり、空き部屋だったり。廃墟や空き家のときもある。


 部屋を使うときは、決まっていいことがあったとき、雨だったときなどだ。


 今日は自分で雨を降らしたが、もう水溜りはない。⋯⋯いいことがあったということだろう。


 シルクは飛んでビルとビルの間をジャンプしていく。そして目的地手前でビルから飛び降りた。


 着いたのは有名なタワーマンション。


 ここで一泊するようだ。どうやら今日は相当気分がいい様子。せっかちなシルクがルンルンで歩いている。


 とはいえ、泊まれるかどうかは、空いている部屋があるかないかで決まるのだが。


 シルクは中へ入る人と一緒に自動ドアを潜り、難なく侵入成功。


 どこが使われていないかはよくわからない。できれば高い方がいいため、上の階を目指す。


 一番上の階から空いている部屋を地道に探す。有名なため、なかなか空いてなさそうだ。


 それにしても、こんなタワーマンションに暮らせる人はさぞかし裕福なのだろう。有名人が住んでいるかもしれないと、少しワクワクしながら部屋を探すシルク。


 探すこと二十分。途中で有名人を一人発見し、部屋の中に侵入した⋯⋯が。

 まぁ、なんというか。


 ――コメントはしないでおこう。


 寄り道はしたものの、早い段階で空いている部屋を見つけることができた。


 翔太の部屋に入ったような方法で部屋には入らない。鍵を開けた音で周りの人にバレたくないから、バレたら厄介だから。


 デフォルトで見えないようにはなっているが、建物をすり抜けることはできない。

 人間はすり抜けることができるのだが、なぜか建物はダメなのだ。そのためドアをすり抜けるには別の魔法を使うしかない。


『通過魔法』を使い、ドアをすり抜けて部屋にたどり着く。

 家具が備え付けで、机やソファがある。ベッドはないが問題ない。


 シルクは慣れた魔法でベッドを出し、パジャマに着替える。この魔法はクイーンズに備え付けられた魔法で、魔力を消費しない。

 契約者も同じ魔法を使えるが、契約者は魔力を消費する。


 とはいえベッドほど大きいものを収納して持ち歩けるのはシルクだからなせる技だが。


「久しぶりにこんないいところで寝るわね⋯⋯。夜景も綺麗だし。ま、ビルの屋上に比べたらそうでもないけれど」


 褒めても最後に余計なことを言う。正論なのが否めない。


 シルクはいつものベッドにダイブする。


 今日のことを振り返って、明日からもっとやかましくなったらいいなと思っている。


 契約してくれるのか聞くのが明日の午前九時。午前九時から今後の人生が決まっていく。


 明日は寝坊してはいけないと思うし、起きている気力もないため早く寝ることにした。


 暗く、うっすらホコリのある部屋で。

 周りからは見えない少女は、静かに眠る。


「おやすみなさい」


 ――――――――――――――――――


 シルクがうどん屋を出ていく頃。


 翔太はご飯を食べ終えて、洗い物も済まし、一人で悩んでいた。


「ネットに書いたり、誰にも相談出来ないのはきついぞ⋯⋯」


 ネット大好きマンになった翔太は、なにかとネットに頼ってばかりだ。

 ご飯の献立を考えたりレシピを探したり。日常で分からないことがあれば直ぐに調べて答えを知れる。


 そして個人情報に関わることは書かないことを大前提に、誰得だよと言いたくなる私情をSNSに書くのが日課だった。


 ――契約するのかしないのか。


 魔法が使いたいのは確かだが、すんなり契約していいものなのか。シルクがもし企んでいたら? 非現実的なことが起きてしまっている今、翔太の頭はパンク寸前だった。


「それに人助けってなんだよ⋯⋯」


 シルクと顔を合わせたとき。彼女は翔太にこう言ったのだ。


「そこのクズ野郎、ちょっと人助けしなさい」と。


 翔太はクズ野郎という言葉に引っかかって、人助けという言葉を忘れていた。改めて考えてみると、人助けの意味がわからない。


 魔法を使って人を助け、ヒーローになるのか。

 それともシルクと契約することによって、シルクを助けなさいという意味なのか。


 全く言葉というのは、人それぞれ違う意味で捉えるからややこしい。


「まぁどっちでも人助けって意味だからな。別に悪いことをするわけじゃないし」


 根が優しすぎる翔太にとって、誰かのためになることは自分にとってもいいことだと思っている。昔よりその意識が薄くなったかもしれないが、今のくらいで丁度いい。普通の性格になったといえるだろう。


「でもな⋯⋯ただのボランティアじゃないし、俺の人生にも関わる」


 一人悶絶しながら考える翔太。


 やはり気がかりなのは、デメリットだ。


 ミスをすれば存在が消える。⋯⋯いや、消される。

 緩くしてもらえるとシルクは言っていたが、それでもどこまで緩くなるのかわからない。


「一度だけ見逃してくれるとか? 存在を消すんじゃなくて、見た人の記憶を消すとか?」


 それに魔法に関しての知識は物語の世界でしかない。契約することで使えるようになる魔法の知識は、ほぼ知らないのだ。


「もうなにも考えずに寝るか。⋯⋯明日の自分に丸投げしちゃえばいいか!」


 翔太は考えるのをやめて、明日の自分に任せるつもりだ。自分は一人しか居ないのに、なんとも馬鹿らしい思考。


 翔太は寝支度を済まし、ベッドに飛びこむ。


「⋯⋯寝れる気がしない」

 

 それでも寝るために、目を閉じて。

 なにも考えまいと、契約のことは意識しないようにした。


 体は大人だが心は少年。

 リスクが高いとやめるべきか。自分の気持ちを優先するべきなのか。


「おやすみ」


 翔太が熟睡している間。夜空は雲が晴れて、窓からは心地よい風が吹いていた。

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