魔物大好き《モンスターマニア》は気づけば華麗にモフモフ天下無双していました
王子様の白馬
第1話 これはプロローグであり初戦闘であり
気がつけば、俺は眠っていた。
体は鉛のように重い。まぶたを開くことさえ出来ない。
何故自分が“ここにいる”のかだろう。自分は一体何者なのだろう。それさえも分からない。
どうやら記憶が混濁しているようだと理解する。
俺は記憶の糸を手繰ろうと頭を働かせた。
――キィィィィィ!!! ガシャン!!!
耳障りな音と、腹部に感じる温かい生き物の存在。そして全身を襲う強烈な痛み。
そういえばと、俺は俺の最期を思い出した。
俺は野良猫が道路に飛び出すのを見て、それを庇おうとしたのだ。しくじった。最悪だ。なんて無様な最期なのだろう。
自分に呆れながらも、体を張って守った猫は無事だったのだろうかと思案する。死んでしまった俺には分からない事だが、無事でいてほしいと心の中で小さく願った。
そんなことを考えていると、なにやら誰かが近づいてくるような気配を覚える。
体をぴくりとも動かすことのできない俺はただ目をつむり、その誰かをひっそりと待つことしか出来なかった。
『死んでしまったか……そうか』
近くにきたのは男のようだ。低く、同時に不思議と威厳を感じさせるような声色をしている。
『なんて満足気な顔なんだ。人生が終わってしまったというのに』
――あれ? この人、俺のこと心配してる?
その人の声に悲哀とやり切れなさが含まれているのを感じ取った。男は言葉を続ける。
『動物一匹を庇うとは、実にお前らしいな』
――ああ、俺は動物大好きだ! 当たり前じゃないか! ……というか生き物は素晴らしい! 愛らしくて見目麗しくてモフモフでフワフワでときにはキモカワのやつもいて……断言する。生き物は人間の百倍は魅力的だ! ま、そういう人間だって生き物なんだけどな……と、いけないいけない。あっちの世界にトリップしてたわ。
『仕方ない……これでお前の人生が終わってしまうとたいうのも癪だ。ゆえに次の転生……いや転移先は私が直々に厳選したものにしよう』
――お、そうですか。ご苦労様です。それはありがたい! ……って一体あなたは誰だ!! …………まあこの声も全く届かないんだろうけどな!!
『それでは、次の人生に幸あれ!! 《転移》』
声とともに、俺の意識は深く深く沈んでいく。
どこへいくのか分からない。けれど、俺のこれからの命運を左右する人物に何故だか温かさを覚え、不思議と心は安心している。
そして意識はぷつりと途切れた。
○
「んんっ」
俺は身じろぎした。
頰になにか違和感を覚える。温かい。けれど――なにやら獣臭い。いや、俺の中でそれは最高の褒め言葉なんだけどさ!
俺は頰に温もりを感じながら、意識を浮上させた。
ゆっくりと目を開く。
「うっ……」
俺は体を動かそうとした。
だが、体全体が驚くほど自由に動かない。まるで数ヶ月間入院して、ベッドから動けなかったときのようだ。いや、それよりも酷い。
「体いってぇ」
ゆっくりと体に力を入れ、ようやく起きがることができた。
周囲の様子を探ろうと、寝起きの回らない頭で状況整理に励もうとする。
そこは森だった。光がほとんど届かない鬱蒼とした森。
見たことのない木がたくさん。それも摩訶不思議なほどの巨大な。
俺を包み込むようかのように緑色の柔らかな植物が生えている。これのおかげで今着用中の白パーカーと黒のスキニーパンツはほとんど汚れていなかった。感謝感激だ。
そして取り囲むように周りには目に優しくないド派手な植物が生え、巨大化した可憐とは程遠い花々が咲いている。
「なんじゃここ……」
初めてみる鮮烈な光景に俺は目を見張った。
これは――これはもしや日本ではない? アマゾンの中とか? いや、だけど俺は海外旅行に行った記憶もないし。もしかして誘拐? いやいや、それこそ誘拐ならなんでこんな人気のない森の中に寝てる? 見張りもいないし。
全身に冷や汗をかく。手汗もやばい。
訳も分からない状況に唾を飲み込んだ。
「にゃーお」
突然、なにやら猫の鳴き声が聞こえ、そういえばずっと頰に生き物の温もりを感じていたということを思い出す。
振り向くと、そこには真っ白な可愛らしい猫がいた。
俺はその瞬間、まるで雷が落ちたかのような錯覚に陥った。それほど強烈な出会いだった。
なにこいつ……可愛すぎる!! この愛くるしいモフモフ様!! あっ! こいつオッドアイなんだ……薄めの青と琥珀色か! キレーだなぁ。真っ白で毛並みも最高すぎる。…………おおっと。またまた暴走してしまった。
俺は反射のようにその白猫をモフモフとしてしまっていた。いくら可愛らしくても、いきなり言葉なくモフモフするのは失礼だ。そう考え、泣く泣く両手を引っ込める。猫は警戒心が強いことは周知の事実のはずなのに、この湧き上がる衝動を抑え込むことは出来なかった。一生の不覚だ。
「みゃー!」
おっ! いいのか……もっとモフモフして!
けれど白猫はもっと撫でてほしいと言わんばかりに体を擦り付けてくる。なんて優しいやつなんだ!
俺は鼻息を荒くし、それを思う存分堪能した。
「ふぅー! ありがとう白猫さま。このモフモフを糧に、力強く生きていきます」
ようやく興奮が落ち着いた俺は、冷静になろうともう一度周囲を見渡す。そして目の前の白猫に視線を移した。
俺は微かだが、こいつに見覚えがある。
もっと薄汚れていて瞳はオッドアイではなかったけれど、俺が動物を見間違えるはずがない。
なにせ俺は全国動物らぶらぶ愛好会ナンバー31にて、創立者のひとり。そして大学では動物愛護サークルにて部長を務めていたのだ! ……まぁ、それがすごいのかどうかは各々の判断に任せる。だが、そんな生き物大好きな俺が見間違えるはずがない!
「お前、俺が道路で庇った猫か?」
「にゃー」
白猫はそうだと言わんばかりににペロペロと俺の手の甲を舐め始める。可愛いくて鼻血が出そうだ。
それがきっかけで突然、濁流のように記憶が流れ込んでくる。蘇ったという方が近いだろうか。
俺は野良猫を庇って車に轢かれた。
そして何やらよく分からん男によって、ここに《転移》させられた。
俺は死んだのか? でも体は無事だ。……いやいや! 無事なのはそれこそおかしいだろう! 普通なら事故で全身包帯まみれになって病院のベッドに寝ているくらいの重症、いや重体じゃないのか!
動作のぎこちなさとか、多少のだるさは感じているがおかしすぎる。
ツッコミどころの多さに辟易してくるぞ……。
「そうだ……なにか持ち物とかないか?」
俺はあらゆるポケットという名のポケットに手を突っ込む。とは言ってもスキニーパンツとパーカーくらいしか付いていないのだが。
そしてパーカーの前ポケットには小さく折りたたまれた紙が入っていた。
「なんだこれ? 噛み終わったガムを包んだ紙か?」
一見ゴミのように見えるそれを開く。
そこには日本語で文字が書かれていた。どうやら手紙のようだ。
『この手紙を見ているお前へ。
この世界はお前に相応しいと思い、勝手に転移させることにした。ああ、お前は死んだんだから文句は言わせん!
だが……ただ、一つ問題がある。その世界は私のいる場所から遠く離れすぎているせいか、上手く座標を固定して転移させることができん。だがら、変な場所に飛ばされたらごめん!
そうそう、だからと言うわけじゃないがいくつか生きやすいように特典? みたいなのをつけておいた。上手く使え!
それじゃあ、また会おう』
…………なんだこれ。やけに親しみを感じさせる手紙だな。名前も一切書かれてないし、これを書いたのは俺の家族か? それとも友達なんか? まあ恐らく俺を《転移》させたやつだろうと思うが。……もうどうでもよくなってきた。答えが出ないことを考えるのは疲れる。
見るものが見れば腹立たしく思うかもしれないが、俺はやけに落ち着いていた。やはり不思議と手紙を書いた人物に親近感さえ覚え始めている。
「まぁしゃない。起こってしまったことは変えられないし、これからどうするか考えないとな」
「にゃーお!」
「おしおし、お前も一緒に考えてくれるのか!! 偉いな賢いな!」
俺は白猫をモフモフする。
「そういえば、お前名前はあるのか? ……ってか俺、名前…………なんだっけ?」
「みゃー?」
俺はなぜか俺の名前を忘れていることに気がついた。
どういうことだ? いきていた頃の記憶は……所々抜けてるけどあるにはある。だけど、名前が思い出せん。転移してそこだけ抜けたのか?
「まぁいいか。俺は俺だし、この世界で新しい名前をつければいい」
「みゃーおっ!」
「そうかそうか。お前も名前が欲しいか…………って普通に会話っぽいのしてたけど、さっきからなんでこいつの考えてることが分かるんだ? なんでやねん」
俺はテンプレ的な一人ツッコミを入れる。
やけに虚しさを覚えた。冷たい風が背筋を通り抜けた気がする。
「これも手紙の主の特典ってやつか? 便利で素晴らしいな」
「にゃ」
白猫も同意するかのように胡座をかいた俺の太ももに顔を擦り付ける。
愛くるしいその姿に俺は頬を緩ませ、優しく背を撫でた。
「そうだな……お前に相応しい名前、つけないとな。なにがいいか」
俺が安心して悩んでいると、ふと、嫌な気配を覚えた。薄ら寒くなるような空気に白猫を抱え、立ち上がる。
――ズドン!!
いきなり大きな地響きが聞こえ、大地が揺れる。
なにか恐ろしく、そしてありえないものが近づいてくるのを感じた。
俺は“それ”の気配のする方に体を向け、警戒する。
訳も分からない湧き上がる恐怖を覚えながらも立ち上がっていられるのは、手元で震える己よりも小さな白猫がいたからだった。
「ヴォォォォ!!」
鳴き声とともに姿を現したのは――全身真っ白な毛に覆われた猿のような“バケモノ”だった。3メートルはゆうに超えているように見える。
「なっ……あ、あれは……なんだ」
俺は目の前の非現実的な生き物に対し、恐怖で体を竦ませる。そのバケモノは俺の記憶が確かであれば、まるで地球上でいう『イエティ』のようだった。
いや、イエティは雪の中で目撃されてる生き物だ。ここは見た限りでは森の中である。
イエティは雪に隠れるため白い体毛をしていると考えていたのに。こんな森の中じゃ逆に目立つじゃないか!
……とまぁ、俺は混乱と恐怖でおかしなことを考えていた。
「……って、うぁわぁ!!」
そのイエティのようなバケモノは右手に持っていた俺の身長程は確実にあるバトルアックスを俺たちに向けて大きく振りかざす。
それを間一髪避け、地面に転がる。
「な、なんでイエティがバトルアックス持ってるんだよ……ありえねぇ」
元いた地面を見ると、バトルアックスの刃が見えなくなるほど深く突き刺さっていた。それを見て、俺は顔を青ざめさせる。
「これ、積んでね? あはは」
「み、みゃーお」
から笑いを浮かべると、腕の中の白猫が励ますかのように鳴いた。
避けたときに転がった俺は、未だ腰が抜けて立つことが出来ない。
その隙にイエティもどきは地面に突き刺さったバトルアックスを抜き、俺に体を向けた。絶体絶命、大ピンチ。それなのに、震える体は言うことを聞かない。
「く、くそ……お前は逃げろ」
「にゃー」
「逃げろって!」
バケモノは一歩また一歩と近づいてくる。
白猫の体を掴んで逃がそうとするが、当の猫本人は絶対嫌だと言わんばかりに爪を立ててしがみつく。
そんな小さな攻防をしているうちに、イエティもどきは俺たちの目の前に来ていた。
頭の中で過ぎるジ・エンドの文字。
俺はせめて腕の中の小さな命を守ろうと全身で白猫を覆った。
だがその猫は俺の体をするりも抜け出し、バケモノの目の前に立つ。威嚇のつもりか尻尾が立ち、毛が逆立つ。
イエティもどきは白猫に視線を移し、大きなバトルアックスを振り上げた。
「や、やめろおお!!」
その瞬間。
「みゃーーーーお」
白猫は今までで一番大きく鳴いた。いや、吠えたという方がニュアンス的に近いかもしれない。
俺はなぜか、空気が揺れているかのような錯覚に陥った。
イエティもどきはまるで彫刻のように動きを止めていた。白猫の鳴き声によって攻撃されたように見え、それはまるで魔法のようだった。
「え……あっ……い、今のうちに逃げよう!」
俺は白猫を持ち上げようとするが、猫自身はそれを拒否するかのように暴れる。
「どうしたんだ! はやく行こう」
「にゃお……」
「なんだと……この場を離れられないって? 攻撃したから逃走を選べない? どういうことだ……」
悩んでいる暇はない。俺はそう思った。
この膠着状態がいつまで続くのか分からないが、永遠ではないのは確かだろう。もしかして白猫に負担を強いる力なのかもしれないのだ。
だが、どうする。逃げない白猫を置いて一人で逃げる? ……ありえない。そんなんじゃ全国動物らぶらぶ愛好会ナンバー31の名が廃る!
「く、くっそおおお!!!」
俺は意を決して硬直したイエティもどきにタックルを仕掛けた。身長差がありすぎて、不恰好に違いないだろう。格闘技なんて全く習ったことはない。TVでみたオリンピック金メダリストの動きを真似るだけの素人臭い動きだった――が。
――ズドン!!
まるで小学生、しかも低学年の子どもにタックルを仕掛けたかのように、バケモノの体はいとも容易く地面に叩きつけられた。
「あ、あれ? なんかめちゃ軽い?」
俺も175くらいの身長はあるはずだか、目の前のバケモノはその二倍近くはあったはずだ。それなのに、こんな紙切れのようにぶっ倒れることなんてあるんだろうか?
けれどもう一度気を引き締める。
こんな攻撃では、目の前のバケモノを倒すことなんて出来ない。
俺はタックルの際にバケモノの手を離れたバトルアックスを手の届かない場所へ移動させるべきだと思った。
急いで武器を掴むと、驚愕の表情を浮かべる。
「……か、軽い。なんじゃこりゃ……本当にバトルアックスなのか?」
俺自身の身長は軽く超えるその武器は、まるで発泡スチロールで出来ているかと思うほど軽い。軽すぎる。絶対におかしい。
俺が不可思議な状況に頭を捻りながらバトルアックスを両手で持っていると、後ろでイエティもどきが動き始めた。
心臓が跳ね、急いで視線を白猫に向ける。猫は「みゃー」と申し訳なさそうに鳴き、パタパタと俺の足元に走ってきた。
「ははっ……よくやったな。大丈夫。……俺がこいつをーー絶対倒す。倒してやる!! そして隙があればちょっとだけイエティもどきの毛皮をモフモフして、生態を調べ尽くしてやる!」
心は不思議と凪いでいた。攻撃を一度仕掛けて、箍が外れたのかもしれない。
俺はバトルアックスを右手で持ち、今にも飛びかかってきそうなバケモノに相対する。
「ヴオオオォォォォ!!!!!」
「このおおおおお!!!」
突進してきたバケモノに向かって俺も突撃をかけ、右手のバトルアックスをその巨体に向かって振り下ろした。一瞬、イエティもどきが楽々と巨大な武器を扱う俺に怯んだように見えた。
ぐさりと巨体に刃が沈むが、この程度では致命傷にもならないだろう。けれど、巨体を傷つけられたイエティもどきは痛みのせいか苦しげな鳴き声を上げた。
俺の胸は密かに苦しさを訴えた。生き物を痛めつけているという事実に。
もう一度、バトルアックスを振り上げ、そして下ろす。肩、腹、顔、手足。何度も振るい傷をつけたところで、ようやくバケモノは小さく唸り声を上げ、巨体を地面に沈めた。
「ごめんな……」
明らかに殺意を向けてきたバケモノだった。けれど、生き物を手にかけたのは初めてで――。
「……みゃーお」
白猫は小さく鳴いた。
息絶え絶えのイエティもどきを見下ろしていると、やがてそれは息を引き取った。
俺は血のついた武器を近くに投げ捨てる。
すると突然。
その巨体から黒いもやが溢れ、そしてイエティもどきを包み込み始めた。それはどんどん広がりらバケモノ自身が持っていたバトルアックスさえも飲み込む。
「……え、なに」
俺は少しだけたじろいだ。呆然とその光景を眺めていると、まるで空気に溶けてしまったかのように巨体は消えてなくなった。
ありえない……今まで目の前にあったはずなのに、こんなにあっさり消えたよ。こんなの普通じゃねえ! それに…………モフモフ出来なかったな。まあ死体だけど……でもあの毛皮……あああ。
「……これは紛れもなく異世界だ。そうじゃなきゃ、ありえねえ……」
「にゃあ」
俺は軽く落ち込みながらも、イエティもどきのいた場所に目を向ける。
「あれ? なんだ?」
そこには消えたはずのバトルアックスと、よく分からない紙のようなものが落ちていた。
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