第117話 人海戦術



 強い人達が蔓状の魔樹に掛かりきりになっているので、その間、私やリノと同じようにスキルレベルや武器レベルが足りず、触手が切れない者達で魔物の討伐を担当する事になっている。


 事前の取り決め通り、数人ずつ組んで向かって行く。


 草藪や蔓などを刈り込んだこともあって、今はある程度広がって戦える場所が出来ていた。

 到着した時には、前に進めないほどの鬱蒼とした藪で覆われ、見通しも利かず足場も悪かった事を考えると、随分戦いやすくなっている。


 私達二人は、いつものように前衛と後衛に別れ、リノが前に出て短剣を使い接近戦を、私が後ろから魔法を使い遠距離攻撃を担当する。連携は上手くいき、一体ずつ着実に数を減らしていった。


 大人数での即席チームにしては連携も取れてたし、各個撃破も落ち着いて出来ていた。


 単調な戦闘が続き、集中力が切れそうになってきたその時……。


 ようやく周囲から戦闘音が消えた。


 ――終わった……の?


 見渡すと、周囲に襲いかかってくる魔物はいない。蔓状の魔樹も怯んだのか、徐々に奥へと引っ込んでいき、表面上は大人しくなって動いていない。うん、大丈夫そうだ。


 それに皆も、大きな怪我はしていないっ。


 よかった。まずは第一陣の撃退、成功だね!






 そうして戦闘の波を何回か対処している内に、両方面で行われていた戦闘が無事に終了。


 ちょっとした怪我人は出たけど、私の聖魔法で治せる範囲だったのでレベル2の『治療』を使いすぐに治した。血の匂いは魔物を引き寄せるからすぐ対応しないといけないからね。


 その間にも手分けして、色々と散らばっているものを落とし穴に片付け、その辺に捨てられず素手でも触れない例の危険な触手は、専用の手袋と革袋を使って拾い集めていく。


 念のため、最後に辺り一面を聖魔法で『浄化』し、拾い残しがないかもチェックを済ませておいた。うん、大丈夫そう。


 それからはまた、蔓状の魔樹の魔核がある本体部分に近づくために、立ち塞がる絡まった蔓や生い茂る草などを刈り取る作業に戻っていった。







 時折また、魔物や魔樹の反撃に遭いながらも地道にちまちまと前に進んでいると……。


 突然、ポッカリと拓けた明るい空間に出た。


 そこだけは突如として生命活動を辞めたかのように枯れ果てた空き地になっている。今は追い込んだ蔓状の触手の一部が不気味に蠢いているだけ……。


 これは、蔓状の魔樹が周辺の樹や草に巻き付いたりして養分を奪い、枯らせた為に起きた現象。



 ――見つけたっ。



 ここが探していた場所だ。地中に本体の潜んでいるところ。


 ようやく終盤まで辿り着けたよ。どうやら私達の班が一番乗りみたいだね。


 でも人海戦術ってすごいなぁ。三人だけじゃどうしようもなかった、人を通さないジャングルが綺麗に薙ぎ払われ、道ができている。たった半日で見違えるようになった。


 本当、一体倒すのに手間をかけさせるよね。自在に動き回ることも出来るし地上の動植物や大気中からでも魔力や魔素を吸い取れ、おまけに土の中に潜り土から養分を吸収する事も出来るという、なんとも自由自在で無敵で迷惑なトレント。でもあともう一息で倒せるところまで来たっ。

 

 別動隊が追い立てている触手が一ヶ所に集まってから、まとめて一気に燃やすことになる。

 今は皆が揃うのを待たなきゃね。再生能力が高い蔓状の魔樹は、そうしないと押さえ込めないから。







 全方位から徐々に、討伐部隊が集まり出す。


 各班のリーダーが集まり確認したところ、小さな怪我はあるものの、ひどいものはポーションで治療済みだとかで全員無事みたい。よかった。



 ――さあ、それじゃあ最後の仕上げといきますか!!



 まずは地面に油を撒き、よく土に染み込ませ、しばらく経ってから松明を放り込む。

 勢いよく一気に燃え、火柱が立つ。こうして土の中に潜んでいる蔓状の魔樹の本体を炙り出していくんだ。



 ――来た。




 ボコボコと音を立てながら炎に包まれた本体が土の中から蠢きつつ出てきたっ。


 それを合図に、配置に着いていた討伐隊が一斉に火矢と火魔法をありったけ放つっ。この場所なら燃え移る心配もないからね、全勢力で行くよ!


 狙うは魔核一点のみ。


 弧を描きながら、次々と着弾していく!


 益々ひどく全身を燃え上がらせながらも、魔樹の動きは止まらないっ。


 懲りずに四方八方へ伸ばそうとしていた触手を、今度はシュルシュルと中心部分の一ヶ所にまとめ、瞬く間に魔核を守るようにして隙間無く丸まってしまった。まるでダンゴムシのように……。


 どうやらこの形態になると、蔓状の魔樹を追い詰めることに成功したといえるらしい……けど。



 炎を纏って巨大な丸い火の玉になっていたトレントは今、外周から全方位に蠢く触手をちらつかせる異様な姿となっていってるっ。だから気持ち悪いってばっ。


 思わず討伐隊の攻撃の手も止まってしまい……。



 ――次の瞬間。


 その隙を突いて炎をまといながらも蠢く触手を使い、大玉転がしみたいに結構な速度を出して転がってきたっ。


 なにその動きっ、不気味なんですけど!?


 観察していたところ、どうやら転がる勢いを利用し、体に燃え移った炎を消そうとしているらしい。

 でも、中々意図するように上手く消せてないみたい。まあ、油をたっぷり吸った地面の上じゃ効果は薄いよね。


 ここは一気に畳み掛ける時だと、迫り来る敵に確実に火魔法を重ねてお見舞いする。


 四方八方から私と同じように火魔法の使い手達が魔法を放っているんだけど、効いているのかどうか、その動きは中々止まらないっ。


 蠢き転がりながら、時には触手を使って宙を舞ったりなんかして攻撃をかわし、体操選手顔負けな着地を華麗に決めたりもする。なんなのこれ、なんでこんなに元気なの!?


 どうやら純粋な火よりも火魔法の方が効きやすいらしいけど、そこから逃げようとしてアクロバットを繰り広げているみたい。

 ただ、火魔法の使い手は各部隊に配置してあるのでどちらに逃げても魔法攻撃が飛んでくるから、逃げ場はない……と思われる。




 変則的な動きで最後の足掻きとばかりに逃げ回る蔓状の魔樹を、本体を守っている外側の触手の層から地道に削っていく。周囲に焼け焦げた臭いが充満するようになると……。


 ――やがて。


 火が、消えていくような音がした。


 燃え盛っていた蔓状の魔樹の姿が、炎が収束していくにつれ、萎むように小さくなってゆく。


 最期に一度、弾けるようにバチッと音を立てて燃え上がった後、一番動きが激しかった末端の触手でさえ、ピクリとも動かなくなっていった。



 シン……とした一瞬の静けさの後。


 周囲から圧し殺したような歓声が上がりはじめる。


「やったぞっ……!」


「倒したんだっ。これで終わりだ!」


 それは徐々に周りを取り囲む人たちにも広がり、次第に安堵と喜びの入り混じったような歓喜のざわめきとなった。


 ……あんまり大声を出すと魔物が寄って来ちゃうから、遠慮しながらちっさい声でだったけど、ね。



 結局、その日の早朝から昼過ぎまでかかった蔓状の魔樹の討伐は、予定通り人海戦術により一気に片付ける事ができ、一人の死者も出さず無事に終わったのでした。





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