第114話 下準備は念入りに……
――かつて人族は弱く、数も少なく、庇護する対象だった。
魔物や魔樹が跋扈する魔素の濃い森の中で暮らす能力のあった長寿種族達と違い、森の脅威に怯えながらも何とか開拓した限られた土地を高い壁で囲い、その中で細々と生きてきた人族。
寿命も短く弱い彼らを憐れみ、知恵を貸し、時には直接武力で守ったりもしてきた。
――その人族が、邪な欲望の為に庇護者だった長寿種族に牙を剥いた。
森の脅威に対抗する為として、弱い人族にはない魅惑的なその力と長寿を欲して彼らを捕らえては非道な実験と虐殺を繰り返す。
それは過去の、一部の人族のよる身勝手で一方的な暴挙から始まったことだが、やがては全種族を巻き込む争乱に発展し、種族間に深い爪痕を残した。
世代を重ね、記憶が風化していく人族と違い、長寿種族であるエルフ族のシルエラさんは、その当時の事を今も克明に覚えているんだろう……。
一言では言い表せない禍根があるのも、『異世界知識』からもたらされる情報で私も表面的なことなら知っているし、その史実に嫌悪感もある。
ただ、史料を読んでいるような感覚で中々現実味が湧かないのも事実で……。
今は自分も暮らしているとはいえ突然この世界に来たばかりで、地球とは異なる、まるでファンタジーの住民達が住まうこの異世界で実際に起こった過去の出来事。
シルエラさんのように、実際に体験した人達とは大きく意識の差があるのはどうしようもない。それは仕方ない事だと思う。
今回、人族の町の防衛戦に私が参加していることをシルエラさんがどう思っているのか、怖くてはっきりと聞けなかった。
ただ、参加するなとは言われなかったので、自分でこの世界を見て、色々体験し成長してきなさいって事なのかなと思っている。
同族として無償の庇護を与えてくれたシルエラさんと、珍しく人族に好意的な獣人族のラグナードと、この異世界に来て初めて友達になってくれた人族のリーノと……。
多種多様な三人と、偶然にも最初の町で出会えたのは幸運だった。色々と考えるきっかけになったし、『異世界知識』では知り得なかった生身の声を聞かせてくれて感謝している。
その上で今の私は、お世話になった人達が暮らしているこのボトルゴード町を、魔樹の侵略から守りたいと素直に思っている。
なのでまずは余計なことを考えずに、目の前の脅威に全力を注ごうと決めたんだ。
――蔓状の魔樹の討伐自体は、不意討ちさえ注意すればさほど難しくはない。
今回のように場所が特定された場合はその心配がないので、きちんと作戦を立てれば対処出来る。厄介な根がまだ張り巡らされていないのも朗報だった。常に足元を警戒しなくていいから助かる。
「一度、ギルドからも今日か明日中には現状確認の偵察隊を出しますが、聞かせていただいた限りですと全体像を把握するにも人手がいりそうですね」
「まあ、足場も見通しも悪いところだしな。だが、数さえいれば情報を取れるだろう」
「そうですね。それにどんな大きさであれ、作戦としては単純に、大人数で包囲してからの火炎での殲滅戦。これしかないですし……」
「火の取り扱いにだけは注意が必要だが、それが一番安全で効果的だ」
「はい。さっそく、松明の数も揃えるように手配しておきます」
蔓状の魔樹は火を嫌がるから、手っ取り早く松明をたくさん持って行き、まず最初に縦横無尽に広がっているであろう触手を炎を使って本体のある場所まで徐々に追い込む。
そうやって囲い込み一ヶ所に集めてから、再生出来ないよう消し炭になるまで本体ごと燃やし尽くす。
トレントの末端まで全てを一気に囲み、逃げる隙を与えないようにしたい。そのためにも隙間なく人員を配置する必要がある。
作戦に参加する人数は多ければ多いほどいいから、ギルドには頑張って偵察してもらって、適切な人員集めを頑張ってほしい。
今回の討伐に関しては、個人の強さがそこまで必要じゃないのが助かるよね。個々の能力が長寿種族に大きく劣っていても、人族の強みである数の多さを利用した人海戦術をすれば、安全に対処できるんだから。
一見地味だけど、これは本当に人族向きの作戦なんだ……。
――召集する人員は冒険者だけじゃない。
「木こりギルドや狩猟ギルドにも今以上に協力を要請しますし、しっかりと下準備をする予定です。今までの経験から、明日一日あれば何とかなると思います」
「分かった。じゃあ討伐は最短で明後日になりそうだな」
「はい。その予定をしております」
この町にある他のギルドからも、さらに人員が派遣されてくるのかぁ。この二つのギルドは、ほぼ地元住民で構成されていて森歩きの達人だし、きっと頼りになるよね。
――本当に、この街の戦力をかき集めた総力戦になる予定なんだ。
「では、先にこちらをお渡ししておきます。明後日の討伐で必要になりますので、是非ご使用ください」
そう言ってさりげなく机の上に置かれたのは、小さな乳白色の謎の物体だった。一人に一個ずつある。
……ナンダコレ?
とりあえず手に取ってみると思った以上に軽くて、ビニールみたいな感触だね。ツルツルしている。
何の素材で出来ているんだろ?
クシャクシャに丸まっていたそれを丁寧に広げていってみると、意外と大きくなった。
――うん、これは人型をしているね?
薄っぺらいけど、引っ張るとミヨンってよく伸びていくし!?
いやいやでもこれって……まさか!?
「……全身タイツ?」
「違います」
秒速で否定されたっ。
「これは、
――えええぇぇぇっ?
「い、いやでもこれって、どうみても……」
「
「そ、そうなんだ……」
「う~ん……?」
「……そう、なのか?」
「はいっ、そうなんです!」
……イヤイヤ、ちょっと格好よさげな名称にして誤魔化そうとしても、何回言ってみたって、やっぱりペラっとした安物の
必死に格好よさをアピールしてくれているから、これ以上はあえて突っ込まないでおくけれどもねっ。
この形状だと絶対、装着したら吸い付いてピッチピチになりそうだし、どう贔屓目に見てもジョークグッズによくあるヤツにしか見えないけどっ。
「まあ聞いてください。すごいんですよこれっ。頭のてっぺんから爪先まで余すことなく覆い尽くす仕様で、伸縮性もあって幅広い体型の方にジャストフィットするんです! 防護力も高いですし、これなら触手の侵略を阻んでくれますよっ……たぶん!」
「……まさか、こ、この試作品を着て討伐に行けとっ!?」
凡人には、ハードルが高過ぎます!
「ええ、そうなんですよっ。まさに、こんな時の為に誂えられたような防御服ですから丁度いいですよね。……まぁ見た目的はちょっとアレな感じでアレなんですけど……。装備の下に着ればそこまで目立ちませんし、問題はないかとっ」
た、確かにいくら防御力に優れているとはいえ、この
どうやら試作品をみたギルド職員のひとりが、職人さんと意気投合して大量に仕入れたらしく、参加者全員に配る予定なのだとか。
まだ試作品の段階なので実際の戦闘での使い心地を知りたいらしい。その情報と引き換えに随分と安く売って貰えたみたいです。
「でもこれは本当に本気で画期的な商品ですからっ。主にスライムの素材で作られていて、このピッタリ感と何故か着たときに感じられる少しひんやりとした清涼感がとにかく最高で、今までにない防護服なんです!」
形状からもしやとは思っていたけど、やっぱりここでスライム来たかぁぁぁ~。
字面だけ見るとひどいんですけどっ! それ何の罰ゲームなの――!?
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