第112話 蔓性の魔樹



 できれば異世界で出会いたくなかったものの内の一つだったけど、出会っちゃったものは仕方がない。


 そうして話している内に、ウネウネ動く触手に捕まらない距離まで移動出来たみたい。

 もう一度周囲を見渡し、安全を確保したとラグナードから許可が出たので、今から私達だけでどこまで対処するかを相談する。


 見つけてしまった以上、放置は出来ないのでギルドに報告する事になる。


 優先的に討伐が必要な個体に違いないけど、今回のは霧の魔樹やスモールトレント付きの迷いの魔樹の時と違って、少人数のパーティー単位では倒せない種類の魔樹だ。


 この場合の最善は、証拠となる蔓状の魔樹の一部を切断し、冒険者ギルドにその現物を提出して情報を伝えること。その上で、早急に討伐部隊を結成してもらうのがいいだろうと言うことになった。



 ――ただ、私とリノにはこの触手を切断出来ないって言うことが、彼が解説してくれた時に判明したんだよね。




 蔓状の魔樹の特徴は、まず成長が早く繁殖力が旺盛で、ついでにトレントにしては逃げ足も速い事と、地上だけでなく地中からも逃げられるという事。隠密行動も得意なのは先程体験済みです。あれもヤバい能力だよね。

 けれど他の魔樹の主力攻撃が毒や幻術なのに対して、そこまで特殊で強力な攻撃手段は持っていないと言う。パーソナルレベルもさほど高くはないらしい。


 だったら、私達でも触手を切るぐらいできそうなもんだと思うじゃない? 

 少量とは言え、魔鉄入りの短剣も持っている訳だし。でも、無理なんだって!






 何故かというと蔓状の魔樹は、「吸引」・「硬化」・「分裂」いう特殊スキルを持っていて、これが思いの外厄介なものだかららしい。


 まず「吸収」には、蔓状の魔樹が少しでも素肌に接触すると一気に魔力を吸い取るという特性があり、奴が持っている中で一番強力で一番危険なスキルだという。

 

 先程の状況を振り替えってみると、あの時は私もだけどリノも危機一髪だったんだとゾッとする……。

 最初に蔓が巻き付いたのが彼女の手とかじゃなく、手に持ったナイフの先っぽだったなんて本当に幸運だった。


 ラグナードが危険を察知して知らせてくれたからよかったものの、無理に絡まった武器を引き抜こうと手を出していたら、今頃、どさくさに紛れて伸ばされた触手になけなしの魔力を絞り取られ、カラッカラに干からびていたに違いない。

 結局ナイフは触手が持ってっちゃったけど……でもそれだけで済んだんだから。


 それに、スキルにはなくとも擬態や隠密もお手のもので、音もなく背後や足元から忍び寄り、シュルリと獲物に巻き付き絡めとるのも得意。


 不意打ちを食らっても、直接素肌と接触しなければ大丈夫らしいけど、あんなに近くにいて全く気配も感じ取れなかった時点で、この忍者のようなトレントが今の私達の手に余る魔物だっていうのはよく分かった。




 次に「硬化」だけど、これが私達が触手を切断対来ないという一番の理由かな。


 このスキルには触手をワイヤーロープのように強化し、硬くてしなやかで切れにくくするという効果がある。

 物理攻撃が通るとはいえ、クリティカルヒットをしないと切れないのにはこのスキルの影響があるかららしい。その上、使い手のレベルが低いと更に刃が通らなくなるんだとか。



 ――と言うことで、せっかく取った私の『短剣Lv1』のスキルは通用しないらしいよ。

 そして私が駄目って事は、同じ『短剣Lv1』を持つ彼女にも切れないって事になるんだよね……。







「リノに教えて貰って強化してきたのに、まさかここで使えないなんてね……」


「……そういえば私、さっきも蔦を切ろうとして出来ないでいるうちにナイフを取られちゃったんでした。貴重な予備の武器だったのに。でもあれが触手……。このスキルのせいで刃が通らなかったんですね」


「まあ……でもほらあれだっ。討伐の際は無理に切る必要は無いと言うか、むしろ切る方が余計に面倒な事態になるから。そこは気にしなくていい」


 レベルの壁が立ち塞がって、二人して役立たずな現実を突きつけられシュンとしていたら、ラグナードが励ましてくれた。

 まあ、本人的には幼児や子供をあやしてるようなもんなんだろうけど、いつも気づかってくれるし優しい狼さんだよね。




 それにさっきラグナードが言っていた「切る方が余計に面倒な事態になるから」って言葉。


 三つ目の「分裂」スキルに原因があるらしい。


 これは先程も教えて貰ったけど、ほんの小さな切れ端からでも再生し成長してしまう能力。

 これがあるから、一気に残らず殲滅するのが基本戦術っていうことになるんだね。


 討伐は短時間で計画的に……でないと後々、雪だるま式に増殖して手に負えなくなり非常に後悔する事になるから。




 ――と言うわけで、蔓状の魔樹の討伐にはしっかりした下準備と大勢の人手がいる。


 最終的に、本体のある場所に誘導して全て燃やしつくす為にも、ね。


 火を放った時に火事にならないように周辺の草藪とかを刈ったり、本体が潜り込んでいる場所に寄るけど場合によっては樹木の伐採も必要になるかもしれないし。


 松明の火で囲んで追い込む時にも人手はいるし、討伐自体の難易度は高くないけどひたすら地味に面倒くさいらしい。色々とする事が多くて。


 具体的な対策を聞けたので、雑用する人手も必要なのが分かった。人海戦術で倒すって言ってたし、当日は私達もサポートに徹することになるのかな?




 それにしてもこの蔓状の魔樹、細くて長い蔓がどこまでも複雑に絡み合ってあちこちに伸びているのは分かるんだけど、個体なのか、分裂体の集合なのかと、全体の大きさが私の『索敵』や『鑑定』ではいまいち分からない。


 その疑問にはラグナードが答えてくれた。 


「一体だけだ。感知した魔核はひとつだしな。本体は分かりにくいがあっちの方の土の中にいる」


「じゃあ、さっき察知したって言っていた、大きな反応の魔樹はこれで確定?」


「そうだな。それに大きさだが、ここら辺一体の木々がまだ元気そうだ。それほど成長してない若い個体なんじゃないかと思う」





 もし、蔓状の魔樹に養分を吸い取られていたら、見た目ですぐ分かるほど立ち枯れてるという。

 今、周辺の木々は葉っぱも落ちておらず健康そうなので、その点はまだ大丈夫だという証拠になる。


 それに足元にも魔樹の反応がない為、まだ根を張り巡らせるまで育っていないか、この場所に移動してきたばかりと考えられるということ。


 なるほど。まあ、この途方もなく複雑に絡み合って鬱蒼としている藪が邪魔をして、三人だけでは本体まで辿り着けそうもないから正確な大きさや位置までは分からないが、そういうことなら少しは安心だ。



「出来れば本体をもう少し正確に確認しときたかったんだがな」


「……でも、私達だけだと難しいんじゃない?」


「そうですよね。どのくらい大きいのか複雑過ぎて全体像も掴めないというか……」


「確かに、ここからだと把握は無理か。下手に刺激して逃げられても困るし。今日は一当てして触手の一部を手に入れてくる」


「気をつけてね」


「大丈夫だ。俺が切ってくるから、二人はここを動くなよ」


「「了解!!」」





 二人して大人しく待っていたところ、割りとすぐにラグナードが獲物を手にして戻ってきた。


 ――怪我なく無事に手に入れられたみたい。


 切り取った蔓は、一定量の魔素を蓄えるまで休眠状態になるらしい。消し炭になるまで燃やさないと死なないらしいし本当、凄い生命力だよね。


 休眠状態に入ったものは、素手で触っても支障はないみたいだけど、念のため直接触らずに専用の手袋と革袋を使って採取しておいたとのこと。


「じゃあ少し早いけど帰ろうか。今度来るときは、準備を万端にして来よう」


「そうですね。帰りましょう」


 ここまで情報を揃えれば、討伐隊結成の為の証拠が十分に満たされたらしい。


 実際に討伐するには色々と細心の注意が必要だし、一度蔓状の魔樹の現状を報告するために町へと戻ることにした。





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