第53話 異世界の本屋さん



 異世界の本屋さんで出会った初めての同族、シルエラさんに、冒険者として北の森で迷いの魔樹を討伐している現状を話した。


 魔法を効率的に覚えるために魔法書を買いに来た事を伝え、さっそく初心者用のを見せてもらう事になった。


「そう、迷いの魔樹が……確かに自己強化は必要ね。ただ、魔法書はすっごくお高いわよ、エルフならすぐに覚えられる魔法もあるし、安く借りられる貸本の方をおすすめするわ」


「貸本、ですか?」


「ええ。結構人気なのよ。本って中古本でも高価なの。それに重くて嵩張るし、移動の多い冒険者が持ち運びするのって大変でしょう? だからうちでは一階で貸本をやってて、二階で中古本の販売をしているの」


「なるほど……確かにそれは便利です」




 借りられる本の種類や品数も多く、小説や料理本から魔法書や各種辞典などの専門書まで幅広く取り揃えているそうで、図書館が無いこの町で一定数の顧客がついているらしい。


 ただ、人族の識字率は低く、本を娯楽として楽しむ文化がまだこの辺境では根付いてないそうなので、町の住民にはあまり周知されてないみたいだった。


「ちなみに基本魔法教本を中古品で買おうとすると、本の状態や版数によってお値段が変わるけど、3000シクルはするわね。貸本だと十日間で200シクルとお得よ」


 小説なんかだと5シクルから貸し出しているらしいけど、魔法書は高価なのでやはり貸出料も高くなるらしい。


 節約したいし、早くたくさんの魔法を覚えたいから、安くてすむ貸本っていうシステムがこの世界にあったのはありがたい。

 それでも1シクルが日本円で大体百円だから、貸出料は二万円するってことでしょ。

 迷いの魔樹一本の討伐料金とほぼ同じだね、結構いいお値段。


「基本魔法教本を理解出来ると、『魔力感知』『魔力操作』『魔力強化』『身体強化』の四つのスキルが取れるのよ。この中で一つでも習得済みのものがあるなら貸出期間中に十分習得出来るわ。ローザはどう? どれか覚えているスキルはあるかしら」


「はい。『魔力操作』と『魔力強化』は使えます」


「あらそうなの。普通は『魔力感知』から順に習得していくものだけど……」


 ぎくぅっ、すみません普通のエルフじゃないもので……。


 どうやら、魔力感知→魔力操作→魔力強化→身体強化の順に覚えるのが効率がいいらしい。

 それに、基本魔法のレベルは魔物討伐の経験値がなくても上がるので、幼少期にあげておき、その上で、攻撃魔法である四属性魔法を覚えていくのが一般的みたい……おぅ、マジですか。


 ちなみに生活魔法は攻撃以外の四属性の魔法になるけど、これにも魔物討伐の経験値は不要らしい。だからリノでも着火の魔法が使えたんだね。勉強になります。


 うん、だとすると私の魔術スキルって見事に順序がめちゃくちゃだね! 基本をすっ飛ばして、先に攻撃魔法である火魔法と水魔法が使えてるんだもん。


 不思議そうにしながらも、魔法総量が多い人はその限りではない場合があるからと、それ以上突っ込んで聞かれることもなく、『魔力操作』を習得済なら後の二つは練習すればすぐに習得できると言ってくれた。ほっ、よかった。




  午後から「スライム講習会」に参加することを聞いたシルエラさんは、私の魔力操作スキルがレベル2になってる事を確認した上で、風魔法を先に練習することを勧めてくれた。スライムは風魔法を使うと、一番簡単できれいに倒せるらしい。


 エルフは元々、土魔法と風魔法が得意だそうで(知らなかった)、レベル1なら数時間もあれば子供でもすぐに覚えられるし、スライムにならそれで十分通用するとのこと。


 午後からの講習会に習得が間に合うと言われたので、その二冊を借りてみることに決めた。




 シルエラさんが本棚から基本魔法教本と風属性魔法書を抜き取り、カウンターの上に置いてパラパラとページを捲る。


 こちら向きに変えて、見えるようにしながら言った。


「大丈夫だと思うけど念のため確認するわね。このページの文字を読み取ることはできるかしら?」


 魔法書は、総魔力量がその魔法を使えるレベルに達してないと読み解くことさえ出来ないので、借りる前に確認をするらしい。

 確かに読めないものを借りても仕方ないもんね。さすが異世界、書物まで魔法がかっているのか。




 二冊並べて置かれた魔法書は、それぞれが百科事典並みに大きい。


 最新版は二十五版らしいけど、これらは二十版から二十四版とのこと。見た目はほんの少し傷んでいるものの抜けているページはなく、内容もさほど最新版と変わらないと説明してくれた。

 高価なので大切に扱われているみたいで、思った以上にきれいな状態だった。読むだけなら全く問題ない。


 言われた通り、一冊ずつ確認してみる事になった。







 ――ちゃんと読めるかな……。


 ちょっとドキドキしながら、まずは基礎魔法書の方の文字を追う。


 恐る恐るページを捲ってみたけれど……あ、よかった。大丈夫、普通に読めるっ。基礎魔法書は問題ないみたいです。


 次は風属性魔法書1の方だね……。


 手に取ってパラパラと捲ってみると、こちらも全部読めそうでほっとした。この本で習得出来るのは、レベル1からレベル2までらしい。




「両方とも大丈夫みたいです」 


「そう、よかったわ。風魔法の方はちょっとだけ心配していたの。魔物討伐の経験値はもうあるから大丈夫だけど、基本魔法教本が一部未習得だったから……でも貴方はエルフだし魔法総量が多いから問題なかったみたいね。では貸し出しはこの二冊でいいかしら? 400シクルになります」


「はい、じゃあこれで」


 シルエラさんもほっとしたようで、貸出料金を笑顔で受け取ってくれた。


 お金を払うと、魔法書の裏表紙に付いていた盗難防止の魔法陣に手をかざして魔力を流してから、お店のロゴが入ったビニール袋っぽく見えるスライム袋に入れて手渡してくれる。


 次回来る時にこのスライム袋を持参した場合、新聞を一部サービスしてくれるらしい。


 今まで気づかなかったけどカウンターの隣に、学級新聞みたいな一枚刷りの紙が置かれていた。これが新聞みたい。


 サービスに付けるのは最新版じゃなくて売れ残りのやつらしいけど、でもこれはエコだね。よく考えられてる、素敵!




 ちなみに、お店にある本には一冊一冊この盗難防止の魔方陣が描かれた魔法紙が貼られていて、勝手に剥がしたり、無断で店から持ち出そうとしたり、期限内に返しに来なかった場合、自動的にシルエラさんの手元に戻って来る術式が組み込まれているんだとか。

 これは結構高度で魔力を消費する術式なので、時空間魔法も使えるシルエラさんだから出来る離れ業みたいだけどね。


 そこには実行犯を麻痺させる術式も組み込まれているそうだし、これは容易に万引きとか出来ないんじゃない?



 ――なんなのこの便利魔法、さすが異世界、さすがエルフ!



 ある程度大きな金額を扱う商店では、これ程高度な魔方陣ではないものの、普通に普及しているシステムだと教えてくれた。


 魔方陣魔法ってこんなに身近な使われ方してるんだね、知らなかった!


 ちなみにこの魔法陣は十回ぐらいは繰り返し使えるらしいよ! それ以上は魔力過多で消耗するからエルフの魔法紙でももたないみたいね。


 書き込む魔法術式が多かったり、強力で複雑な魔方陣ほど魔法紙の消耗が激しいらしく、だから冒険者ギルドの魔法陣は一回で使えなくなるのか。


 それにしても本二冊借りるのに四万円相当かかるんだよ、魔法書を買うよりずっと安いけど……でも高いよね!?


 これは無駄にしないように頑張って勉強しないと!




 それから同族に会うのが久しぶりだというシルエラさんと、お客さんが誰も来ないのをいいことに魔法について楽しくおしゃべりさせてもらった。


「特に四属性魔法は、誰もが生まれつき素質を持っているから、レベル1は覚えるだけならそんなに難しくないのよ」


 話している内に、ちょっとした魔法の講義を今からしてくれる事になって、お店の裏にある小さなお庭に連れて行ってくれた。


 シルエラさん曰く、人族の町で暮らすなら四属性魔法は最低でもレベル3ぐらいなくては自分の身を守る事も出来ない。


 なので習得を急いでほしいと、まず一番にすべき事を提示してくれる。


「魔力操作」と「攻撃魔法」のレベルは、連動させるとより効率よく双方がレベルアップし、また、先に「魔力操作」のレベルを高くした方が、「攻撃魔法」のレベルアップが容易になると説明してくれた。


 ということは、私の『魔力操作Lv2』は、『風魔法Lv1』を習得する上で有利だって事ですね? だからさっき、わざわざシルエラさんが魔力操作のレベルを確認したんだ。


 すごく知りたくても全然分からなかった、効率の良い魔法のレベル上げの知識を、惜しげもなく順序立てて一つずつ教えてくれて、もう、感謝しかないよっ……。




 風魔法のレベル1で出来るのは、『風弾ウィンドショット』と『風矢ウィンドアロー』の二つ。


 魔法を使うにはイメージする力が大切だからと、一緒に魔法書を読みながら、何回も見本を目の前で見せて教えてくれる。


 こうやって実演を見せて貰うとやっぱりイメージって湧いてきやすいよね。


 シルエラさんの的確な指導のお陰で、一時間も経たない内にあっさりと二つとも覚えてしまった。


「おめでとうローザ、よく頑張ったわね。後は繰り返し練習と実戦を重ねて経験値を増やせば、技の精度が増していくから。レベル2を覚えるのはここまで簡単にはできないわよ。でも分からなかったらいつでも教えてあげるから、遠慮せず聞きにいらっしゃい」


「ありがとうございますシルエラさん! またよろしくお願いします!」



 異世界の本屋さんに来てよかった、こんなに素敵な魔法の先生と出会えたなんて幸せすぎです!





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