第51話 再び迷いの魔樹・後編



 リノとの約束の時間が迫っているので、ちょっとだけ買い物をした後はすぐ宿に戻った。


 迷いの魔樹の討伐で潤ってきた資金を使い、十日分の宿代を前払いで支払う。


 これで明日からは二階にある長期滞在用の部屋に移る事になるんだけど、おかみさんのご厚意で、今からその部屋をいくつか見せて貰える事になった。

 一部屋ずつ壁紙や家具の意匠も違うため、私が好きなのを選んでいいんだって。やったぁ!




 ふ~ん。どれも同じ大きさの部屋なのに、内装が違うだけで随分と雰囲気が変わって見えるなぁ。


 ――うん、今空いている中からだと、これがいいかも。


 白地にブルーの小さな花柄が可愛らしい壁紙の部屋。落ち着いた雰囲気だし寛げそう。


「この部屋にしますっ」


「はいよっ。気に入ったのがあってよかった。じゃあ明日からだね」


「はい、お願いします」


 そこは今まで使っていた三階の部屋よりも広くて、テーブルや椅子の他に、クローゼットなんかも備え付けてあり、小さいけどバスやトイレもついてた。


 ここに一泊からの短期滞在も出来るらしいけど、その場合は銀貨一枚になる部屋みたい!

 長期滞在者は三階のと同じ値段で宿泊できるとのことでお得感があるよねっ。


 思った以上に設備が充実していたし、この部屋に泊まれるのが今から楽しみです!



 ――これで明日が予定通り休日に出来ていたら最高だったのに……。




「そうかい、迷いの魔樹がねぇ……知らなかったよ。で、明日の休日潰れちゃったのかい? 楽しみにしてたのにねぇ」


「そうなんです。緊急だって分かってるんですけど、ちょっと残念で……」


 働きづめだったので、明日は一日、休息日に当てようと思っていた事は女将さんにも話してたんだよね。


「よし分かった! この町のために頑張ってくれてるんだ。ローザちゃんにサービスしたげる! 今日からこの部屋、使ってくれていいから!」


「え、本当に!? そんな……いいんですか!」


「ああもちろんっ。いいともさ! 大浴場の貸切はまた機会があればになっちゃうけど、この部屋にも小さいながらバスがあるんだ、今日はこれでゆっくりしとくれ!」


 一階の大浴場には、長期滞在者は無料で入れるからずっと楽しみにしてて、それを知ってた女将さんから、皆がいない昼過ぎに、ひとりでゆっくりと大浴場を使わせて貰える約束をしてたんだよね。

 大勢が使っている今の時間はほら、エルフとしては行きにくいからさ……。


「ありがとうございます、女将さん!」


「いいってことよっ」


 さすが女将さん太っ腹! 優しくて泣きそうっ。


 私、明日頑張るからね!


 いつもより美味しく感じる、女将さんの愛情がこもった夕食をリノと一緒に食べ(当然リノは何回も追加注文したけど食べ終わったのは彼女の方が早かったという……)、二人で新しい部屋に行き、気分良く魔法の特訓をした。


 まあ、めぼしい成果は出なかったけどね。でも、こういうのは続けることが大事だから。


 明日もまた練習することを約束し、お腹を空かせた彼女にお土産として、ウォークバードのお肉といつものドライフルーツを渡しておいた。めちゃくちゃ喜んでくれたよ! 良かった。




 ついでにリノから、知りたかった干し肉の作り方を教えてもらっちゃった! 現地の人のやり方なら失敗しなさそうだし、レシピを聞けるのはうれしい。


 まずは、薄めに切ったお肉にお塩や香草を揉み混んで下味をつけてから、軽く火を通す。その後は魔法で乾燥させる。それだけでいいらしい。


 この世界では乾燥させるのに魔法を使うので、季節を問わず短時間で手軽に作れるんだとか……なるほど。


 さすがに食に関することには詳しいねっ。村でもよく作ってたんだって。




 簡単にできそうなので、今度お肉がたくさん手に入った時に一緒に作ってみる事になった。

 ただ、リノの食欲を考えるといつも獲ってくるお肉の量では、干し肉を作るまでもなく消費されそうだけどね……。


 結構な量が必要になるし、干し肉作りは二人でパーティーを組む時まで一旦お預けかな?







 彼女が帰った後、今日採ってきた果物をいつものように魔法の付加価値付きのドライフルーツにするため、魔力を操作して作っていく。

 毎日やってて手馴れてきたので、魔力が枯渇する前には全て終わらせる事が出来た。


 前の世界では想像上のものでしかなかった魔力を使って、こういう作業を安全な宿の部屋でするのは楽しいんだよね。

 でも、毎日の森での魔物討伐は失敗したら死が待ってるので、 日を追うごとに精神的に疲れてくる。

 これで『精神耐性』スキルがなかったら、もっとしんどかったんだろうなぁ。


 今回はダメだったけど、適度に休息日を入れていかなきゃね。




 さて、せっかくの女将さんのご厚意だし、久しぶりに聖魔法の『浄化』だけじゃなくて、きちんとしたお風呂に入ろう!


 部屋付きのバスには備え付けのお湯を沸かす魔道具があって、そこにほんの少し魔力を注ぐだけで、すぐに勢いよくお湯が出てくる。あっという間に溜まっていくので、とっても便利だよね!


 手足が伸ばせるほど広い湯船ではないけど、それでもこうして肩まで浸かれるし、とってもリラックス出来て、溜まっていたと疲れがほぐれていく気がする。


 はぁ~気持ちいいぃぃぃ……。


 やっぱりお風呂はいいなぁ。癒されるぅ……。


 この部屋を今日から使わせて貰えて本当よかった。


 久しぶりだったのでちょっと長湯をしてのぼせちゃったけど、でもこれでちょっと元気になった。女将さんには感謝しかない。



 明日は一日中北の森へ行く事になるので、装備品の手入れをしっかりしてから、早めに就寝した。




 ◇ ◇ ◇




 ――この世界に来てから、今日で九日目。



 北の森で迷いの魔樹を討伐しはじめてからは、三日目になる。


 何度も対峙しているからか、急所である魔樹の心臓に当たる部分……魔核や、魔石の位置がなんとなく分かるようになってきた。


 その結果、うれしいことに一撃で倒せる回数も次第に増えてきたんだよね。


 たぶんまだ、スキルとしては取れていないけど、魔力感知が出来るようになってきたんじゃないかなって思っている。

 おかげで無駄に魔力を使うこともほとんどなくて、効率的に狩れるようになってきたんだ。




 ――魔力切れはあれからしていない。


 慎重に見極めているからってこともあるけどね。本来なら私にはもっと狩れる魔力があると思ってる。

 でも、この広大な北の森の中から一人で迷いの樹だけを探すのは『索敵』スキルがあってもとても大変だし、途中で他の魔物にも遭遇するのは必然だから、常に余力を残しとかないといけない。ソロでの活動だし、意識してセーブしているんだ。


 ポイズンラットやスモール・ワームのように、見つけ次第駆逐しなきゃいけない魔物もいっぱい出て来るしね!

 本当、どこからあんなに湧いてくるんだろ? 魔物は魔素溜まりから生まれるらしいし、この森は奥へいくほど魔素が濃いと言われているから、そうしたスポットがあるんだろうけどさ。




 昨日は結局、迷いの魔樹を七体倒した訳だけど、一日の個数としては多い方なんじゃないかな。


 エルフという種族特性だけじゃなく、私が持ってる『索敵』や『マップ作成』のスキルがなければこの討伐数は無理だったかも。

 それに持ってる魔法の中で、迷いの魔樹の弱点である火魔法のレベルが高くて内包する魔力量も多いから、数を打てたことも勝因だったんだと思う。




 パーティーを組んでないソロの新人がいきなりこの数だもん……エドさんの眉も動揺したかのようにピクリと動いていたし、客観的にみるとこの討伐を依頼されても仕方がない状況だったかも、ね。

 まあ、翌日休もうと思って二日分稼ごうと張り切っちゃってたからというのもあるんだけど。


 今日は安全第一に、出来る範囲で頑張りますよ。




 ――ただ一つ気になっていることがあるんだよね。


 それは、私だけじゃなく他の冒険者達も毎日討伐しているにもかかわらず、中々数が減らない事。

 スモールトレントこそまだ発見されていないものの、親樹の方はむしろ、少しずつ増殖してるんじゃないかと疑ってる。

 何故なら、今日もマーキングしていた場所へ行く途中に、昨日はいなかったはずの別個体と思われる魔樹に出くわしたから。


 北の森はとてつもない広さを誇るし、単に見落としただけのかもしれない。新たに侵食してきた個体かどうかはっきり区別がつかないのは、マーキングも完璧じゃないから。




 何しろ、一日中森にいたのは今回が初めての経験だし、今までは短時間で、しかも危険を回避しながら行動しているから、『索敵』に引っ掛かっていても見逃している可能性がある。何しろ、迷いの魔樹は、エルフにとってさほど危険じゃないし……移動中じゃなけば特にね。だからその辺は分からなくて、まだ疑惑に留まっているんだ。



 とりあえず今日はこれで、森の一番浅い部分で私が把握していた魔樹は全部、倒したことになったけど、少し奥に入るとまだまだいる可能性はあるよね。




 ――ギルドに納品に行った時、その事をエドさんも心配していた。


 いつも聞かれるままに詳しく答えているけど、まだ大侵食の前触れかどうかを今の時点で判断するのは難しいらしい。しばらく様子を見るとのこと。



 ……彼の懸念通りにならないといいけど。





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