第13話 名前を決めました
村に着いてからまだ誰ともしゃべってないのに、もうすでにドキドキしてきた。
いやここんとこずっとボッチだったからね。魔物と不思議植物の相手しかしてなかったから!
この世界に来てからの初会話だよ。言葉ちゃんと通じるって大丈夫だって分かってても、緊張はしちゃう。
え~い女は度胸だ、行っちゃえ!
あそこの畑にいる第一村人さんに買取場所を聞いちゃおう。
警戒されないように愛想よくテンション上げて(当社比)、いくよっ。
「すみませ~ん!」
「おう、嬢ちゃんどうした、こんな朝早くに? どっから来たんだ、1人旅か?」
うわっ、いっぱい質問が来た。でもここはさらっと流そう。
「そんなところです! これ、買い取ってくれるところ、どこか知りませんか?」
左手でホーンラビットを持ち上げて見せる。
「ああ、そんならジーンの酒場へ行ったらいい。この村には冒険者ギルドはないからな、代わりに請け負ってるんだ」
農作業の手を止めて、その方向を指差しながら教えてくれた。このまままっすぐ村の中へ入って行けば分かるらしい。
「ありがとー!」
「おうっ、気いつけてな。」
よし、乗り切った。特に警戒されてないしエルフだとバレてないみたいだしよかった。
親切に教えてくれたおじさんにお礼を言って、村の中心部へ向かう。
言われた通り遠くからでもすぐその建物は見つかった。
けど出張所かぁ。
『異世界知識』によるとギルド証の新規登録をしてないところが割りとあるそうなんだよね。
ここで登録してもらえるなら町へ行ったときの通行税が無料になるからお得なんだけどな。他に身分証がわりのものもないし、この村でやってて欲しい。
ただ、ギルド証といえば、ちょっと問題がある、よね? 今まで敢えて気づかないふりして先延ばしにしてきた事が!
登録手続きでは名前と種族、得意なことを聞かれるはず。
すごく簡単で誰でも答えられそうなことなんだけど……私、まだ自分の名前、思い出せてないんだよこれが!
『鑑定』でも表示されなかったしもうこれ思い出すとかどうとか、そういうレベルの問題じゃないよね。無理だって!
16才っていうのもふーんそうなんだって感じで実感ないし。
日本人だってことは覚えてるし、知識も残ってるのにね。なんか作為的なものを感じちゃう。
今まで見ないふりしてきたけど、ここらがタイムリミット!
自分で自分の名付けをしてみよう。
とりあえず、他にもこの世界に来た人がいる可能性が高いので(白い部屋にいた謎の人情報)、日本を連想させる名前は危険かもしれないし止めておこう。
目立ちたくないしこの世界の人っぽい名前をつけたい。けど、それが分からないからこの村まで名無しで来ちゃった。
ただここにきて、村人達の名前を勝手に色々盗み聴きしてみて、大体雰囲気が伝わってきた。西洋風の名前っぽい。
登録は偽名でもいいんだし、さくっと決めちゃおう。
そうだなぁ、エルフだし花とか樹の名前がいいかな……桜、だと日本過ぎるから西洋っぽい花でなんかいいのないかな。う~ん? だったら薔薇とか?
……ローズ、はあまりにもベタだから、ちょっとひねって「ローザ」とかどうだろうか。
あれ、あんまり変わんない? うん、やっぱりベタだよ本当それでいいのか自分。なんか悪役令嬢っぽい名前になっちゃってるけど本当いいの!? いやでも咄嗟にそんな思いつかないというかっ。
イヤイヤもう時間ないし、いっそベタでいこう、その方が目立たないかもしれないし。どうせ偽名だしなんならまた変えればいいんだし、もうそれで決まり!
さっそく酒場に入ると、ドアに取り付けられたベルがカランカランっと大きな音を出して鳴った。
ここが冒険者ギルドの委託を受けてるという酒場かぁ。
まだ朝早いからか、閑散としていて誰も居なかったけど、ドアベルが聞こえたのかカウンターの奥から色っぽいお姉さんがすぐに出てきてくれた。
「おはようございます! ジーンさんですか?」
「あら、おはよう。よく知ってたね、私がジーンだと。初めて見る顔だけど、こんなに早くどうしたんだい?」
「さっき外の畑で村の人にここの事を聞いたんです。旅をしてるんですが、これを買い取ってくれるとこを探してて……」
ホーンラビット二体まるごとと、角と魔石を別に二体分、カウンターに置いて見せる。
「ああそうだったの、ここで買い取れるよ。ギルド証はあるかい?」
「ないです。登録できますか?」
「いいや、隣街に行かないと駄目だね。やってあげたいけどここは新しい出張所だからね。まだ出来ないんだよ。買い取ってもいいけど解体料と手数料が別額かかるから、少し安くなる。それでもいいかい?」
やっぱり安くなるんだ。でも今は少し換金しておきたい。
この村にはなかったけど町に入るための通行税とか、ギルドの登録料だけでも稼ぎたいから。
聞いてみるとやっぱり隣町は通行税として大銅貨1枚、ギルド登録料は大銅貨5枚かかるらしい。
だとすると、併せて最低でも大銅貨6枚は欲しいな。これで足りるかな?全然わかんない。
ひとまず査定して貰う事にした。
「おや、あんたエルフかい? 珍しいね。ここらじゃなかなか見ないよ」
あ、バレた。
間近で見られたせいで分かっちゃったらしい。ギルド関係者ならいろんな種族を相手に慣れてるだろうしまあ問題ないだろう、たぶん。
「この村にはいないんですか」
「ああ、いないね。獣人族なら一人いるんだけど。この村の専属冒険者さ」
あの時見えていた人は冒険者さんだったのか。
「町中よりこっちの方が暮らしやすいって言って専属になってくれたんだよ。すごく強くてね、村の皆が助かってるのさ」
森の近くが落ち着くっていうのはなんか分かるな。私もエルフになったからか、森の中って危険なのになんか落ち着けるし。
エルフって森の妖精さんだし本能みたいなものかもしれない。
その人は狼の獣人族さんらしい。
「全部で75シクルになるよ、どうする?」
「はい、それでお願いします」
大銅貨7枚と銅貨5枚を渡された。
よかった。足りなければ追加しようと思っていたけど、ギリギリなんとかなった。
「隣町のボトルゴードならこの街道を半日も歩けば着くからね。あそこならギルド登録も出来るし、冒険者の仕事もここよりずっと多い。町中の治安も比較的いいし」
「そうなんですね。ありがとうございます、行ってみます」
「ああ、気をつけて行っておいで」
親切に教えてくれたジーンさんにお礼を言って酒場を出る。
いい村だったな。
心配してた長寿種族に対する偏見や害意もなかったし、次の町の情報まで色々教えてくれたし。
歩いて半日なら走って行ったらお昼までに着けるかもしれない。
後ちょっとだけ頑張ろう。今日こそは宿を取ってベッドで寝るんだ!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます