第7話 へーんしんっ!

「――ちょっと!」


 頭上から声が聞こえる。

 怒っているような戸惑っているような声だった。


「ねぇ、ねぇったら!」


 また聞こえた。

 でも僕は聞こえない振りを続ける。

 だって眠いんだもん。


「起・き・ろぉっ!」

「んぎゃっ!?」


 耳元で叫ばれて僕は跳ね起きた。


「な、何事!?」


 僕は思わず辺りを見回した。

 すると膝、のような根に手をついて僕を見降ろすドーラちゃんがいた。

 呆れ顔で嘆息までしちゃってる。


「やっと起きた……こんなところで寝て、何してんのよ」


 こんなところ=畑の横。

 つまり外である。

 魔物と言えど屋内で寝るのが当たり前だ。

 その方が疲れがとれるからね。

 あ、でも僕は猫みたいな魔物だからもふもふなんだ。

 だからよほど暑かったり寒かったりしなければ、外で寝ても別に問題はないよ。


「コボは何を言っても起きないしさ、もう!」


 僕の隣で幸せそうな顔をしたコボくんが寝ていた。

 地面の上で砂まみれになっている。

 僕もだけどね!


「で? なんでここに寝てるのよ」

「ん? ああ、いや、ここ二日間以上寝ずにぶっ続けで耕してたからな」


 ちなみに現在は作業開始から四日目の朝頃みたいだ。


「……無茶するわね。魔物だって寝ないと辛いでしょ。

 それとも寝ないタイプの魔物?」

「まさか。きっちり毎日八時間は寝ないと元気が出ないタイプだ」


 僕は得意気に胸を張った。

 ドーラちゃんは半眼で僕を見ていたが、やがて諦めたように溜息をもらす。


「まあいいわ。とにかく見たわよ、畑。やるじゃない」


 目の前に広がっている畑はすでにすべて耕している。

 これで土がすべて正常に戻ったわけではないけど、数日前に比べれば間違いなく良くなっているはずだ。

 ドーラちゃんは畑の土を手にとって確かめていた。


「うん。土の微精霊が活発だわ。これなら普通に種を植えても作物が育つでしょうね」

「だが、それでは時間がかかる」

「そうね。だからあたしがいるんだし。よく頑張ったわね」


 おっとこれは上から目線。

 でも悪い気はしない。

 普段誰かに褒められることないからなぁ。

 えへへ、べ、別ににやけてなんかいなんだからね!


「何、にやけてんのよ」

「べ、別になんでもないが?」


 僕は表情を取り繕って、姿勢を正した。


「むにゃ、畑ぇ、たやがす、やがさす? たが、耕す! むにゃ……」


 コボくんの寝言を聞いて、僕は噴き出しそうになった。

 必死でこらえているとドーラちゃんも笑いそうになっていた。

 なんだか気まずくなってお互いに同時に視線を逸らす。


「ね、寝かしておきましょうか」

「……いや、起こそう。

 まだ眠いだろうけど、オレ達だけで話を進めるとかわいそうだからな。

 コボくんも頑張ってくれたわけだしな」

「へぇ。あんた優しいのね。魔物の癖に」


 何か訝しげな言動だった。

 ヤバい。魔物らしくない言葉だったか。

 僕は爪を出して目をひん剥いて、牙を(以下略


「オレが優しいだと!? ふっ、わかっていないなドーラちゃん!

 オレはオレの事だけしか考えていない!

 コボくんの気持ちに応えることでやる気が出る。やる気が出れば作業の効率が上がる。

 そして効率が上がればオレが楽できる、そういうことだ!」


 僕はしたり顔を見せつける。

 ふふふ、正に完璧な理論武装。

 どうだ、これなら何も言えまい!

 と自信満々にドーラちゃんを見たけど、何やら納得していないご様子。

 おんやぁ?

 何が間違ったこと言ったかな?


「……まあ、あんたがそう言うならそうなんでしょうね。

 それじゃ、コボを起こしたら?」


 と、すごく適当な返答をして、畑に向き直ってしまった。

 やだこの子。すっごいドライ。

 なんかドーラちゃんの言動が気になるけど。

 考えすぎかな?

 僕はコボくんを優しく起こそうとした。

 しかし揺すっても、肩を叩いても起きる気配はない。

 仕方ないのでちょっと強めに叩いたりした。

 ダメだ、起きない。

 さっきドーラちゃんが叫んでも起きなかったし。

 これはあれをやるしかあるまい。


「ドーラちゃん、少し下がっていてくれ」

「何する気よ」


 怪訝な顔のまま、僕の言う通り、下がってくれた。

 僕は「むむむ」っと神妙な顔つきを見せると、カッと目を見開く。


「へーんしんっ!」


 僕は叫びと同時に自らの身体をドラゴンに変化させた。

 どうだとばかりにドーラちゃんを見たら、別段驚いてはいなかった。

 あれ? どうして?


「前に見たわよ、それ」


 ああ、そうか。

 村を襲った時、森の中から見てたのか。

 なんだ、びっくりしてくれるかと思ったのに、残念だ。

 僕は別に驚かせるつもりはなかった、という風を装いつつコボくんの前に立った。

 そして叫ぶ。


「あーーっ! ドラゴンだーーっ!」


 コボくんは跳ね起きて、きょろきょろと辺りを確認し始めた。


「な、なに!? ドラゴン!? ドラゴンだって!?

 あああああ! いたあああああああ! ドラゴォォォンッッ!」


 僕を見つけると嬉々とした表情で瞳を輝かせる。

 なんて思った通りの反応。

 これだよこれ。僕が見たかったのは。

 どこかのお嬢さんとは違うね!


「ふふん、起きたか。コボくん」

「お? その声はワンダか……なんだぁ」

 あらら、激しく振られていた尻尾が、残念そうに萎びてしまった。

 しかし次の瞬間、コボくんの瞳に感動が戻ってくる。

「いや、でもやっぱり恰好いいな! ワンダは恰好いい!」

「それほどでもない」


 満更でもない。

 やっぱり褒められると気分がいいよね。

 僕は気分良くなって、口を開いて恰好をつけたり、キッと睨んで威厳のあるポーズをとったりしてみた。

 その度にコボくんが歓声を上げてくれる。

 なにこれ。すごく気持ちがいいんだけど。


「あんた達、ふざけてないで早くしてくれる? こっち待ってるんだけど」

「す、すまん」


 僕はドーラちゃんに謝るとすぐに変化を解いた。

 ちょっと遊びすぎちゃったかな。


「ドーラはすぐに怒るなぁ。そんなにイライラすると老けるぞ?」

「ドライアドは寿命が長いから老けませんー。残念でしたー」


 子供みたいな反応をするドーラちゃん。

 しかし考えてみれば彼女はどう見ても幼体で子供だ。

 僕達よりも年齢は下かもしれない。

 ただ、魔物って見た目で年齢がわからないから結構厄介なんだよね。


「さっ、下らないことやってないで始めるわよ。おいで」


 ドーラちゃんが言うと、どこからともなくやってきたのは小さな妖精ちゃん達。

 可愛らしい笑い声を出しながら飛翔している。

 妖精ちゃん達は淡い光を生み出して、辺りを飛び回るとドーラちゃんの肩や頭に乗った。

 人間に近い見た目だけど耳が長かったり目全体が茶色だったりする感じだ。

 背中には半透明の羽が生えているけど、風の妖精ちゃんじゃないのかな?

 いや土か?

 初めて見た。

 これが妖精ちゃんかぁ。


「おお!? なんだなんだ虫か!?」

「ち、違うわよ! 妖精よ! 土の妖精! あんた知らないの!?」

「知らない。おいら、初めて見たぞ?」


 まあおかしいことじゃない。

 魔物は他の魔物に詳しいわけじゃないし。

 コボくんが知らないのも無理はない。

 僕は色々と調べて知っているだけだ。

 知的好奇心は結構強い方だと思う。

 おかげで農業の事も知っていたわけだ。


「うーん、まあそんなものかしら。知っていたワンダの方が珍しいもんね」

「彼女達が言っていた手伝いなのか?」

「そうよ。説得するの大変だったんだから……。

 まあ、とにかくこの子達に手伝っても貰うからね。

 じゃあ、お願いね」


 土の妖精ちゃん達は、何度かドーラちゃんの周りを飛び回ると、畑の方に向かった。

 光る鱗粉のようなものを畑全体に満遍なくまいている。


「妖精達の力で土の性質を更に良くするわ。

 その間にあんた達は種と腐葉土を取ってきて頂戴」

「ああ、わかった。場所はわかったのか?」

「それなんだけど……質問があるのよ。あんた人間には変われるの?」

「まあ、できなくはないぞ。ただ変化の時間はせいぜいが三十分。

 その後はしばらくは変化できないが」


 その日の状態によるけど、大体は一時間くらいの休憩が必要だ。

 その間隔を経ずに変化をすると気絶してしまう。 

 体内の魔力を使って変化をしているから、足りない分を無理やりに補おうとしてしまって、意識を失うんだと思う。

 一応、変化は魔術扱いな感じだと自分では認識してる。

 まあ変化は後天的なものだし。

 ドーラちゃんは思案顔だ。

 なんか言いたいことがちょっとわかってしまったんだけど……。


「なるほどね。じゃあ、やっぱり人間の村で種と腐葉土を買った方がいいわね」


 ですよねー。

 それが一番効率的だし、むしろそれ以外に方法ないよねぇ。

 しかし魔物が人から物を買うなんて、多分ない。

 それを考えつくなんて、この子、やっぱり他の魔物と違う気が。

 まあ、僕も考えついている時点でドーラちゃんに近い考え方をしているわけだけど。、

 ドーラちゃんって一体……?

 一旦ドーラちゃんのことは置いておくとして。

 問題がある。


「確かにそれがいいかもしれないが金がない」


 もうさ。あれなのよ。

 ドーラちゃんへの報酬が高すぎて、軍から出るお金じゃ賄えないわけ。

 危険と隣り合わせの仕事なのに給料は安いんだ。

 よほど貢献したりしない限りは臨時収入はないし。


「いいわよ、あたしの報酬は後払いで。期限も作らないわ」

「え? いいのか?」

「しょうがないでしょ? 目的を達成しないとあたしの報酬も出ないわけだし。

 それだったら妥協してあげるわよ」


 ふむ。ということは「やっぱり無理だった、てへっ」という考えをドーラちゃんが持っているのではという心配はなくなったわけか。

 疑ってごめんなさい、と胸中で謝っておいた。


「今、お金ある?」

「あるが」

「出して」


 言われるままに魔金貨を二十枚をドーラちゃんに渡した。

 すると交換とばかりに、人間が用いている金貨をくれた。


「はい。魔貨との価値と大体一緒だと思うから、同じ枚数ね」


 ちなみに魔物と人間は当然ながら交流がない。

 そのため貨幣の相場は金の量で換算している。

 魔界内だと魔貨でも人間の円貨でも使うことはできるので、どちらでも問題はない。

 ただ人間界だと魔貨を使うことはできないため、人間界の金貨を使うことになるというわけだ。


「これ、事前に用意していたのか?」

「ええ。この展開になると思ってね。予想通りだったわ」


 なんという先見の明。

 すごいな。ドーラちゃんは他の魔物と違って何というか賢い。

 魔物はもっと感情的と言うか、激情型と言うかそういうタイプが多いと思っていたけど。

 こんなに頭が回る魔物もいるんだなぁ。

 ちょっと感動しちゃったりなんかして。


「なんだ? なんだ? キラキラしてるな! これ人間のお金か?」


 コボくんはそのまま、純粋なままでいいからね。

 僕は生暖かい笑みをコボくんに向けた。


「転移場で転移した先に別の村があるからそっちに行くといいわ。

 ここに比べると規模が多いから店もあるし、農家に行けば種をわけてくれるはずよ」

「了解。じゃあ、俺達は行ってくる。後は頼んだぞ。

 コボくん、行くぞ」

「おう? おう! 行くぞ!」


 コボくんはまだよくわかっていない様子だった。

 道すがら説明すればいいだろう。

 僕とコボくんは荷車を持って村を出た。

 畑は妖精ちゃん達の光でキラキラと輝いて、綺麗だった。

 なんだか嬉しくなった。

 逃避の思考で作物を育てようと思ったのに、今はちょっとずつ楽しくなっている。

 コボくんも何だか楽しそうで、ウキウキしているし。

 うん、やってよかったのかもしれない。

 未来は不安だけど。

 今は頑張って目的を達成しよう。

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