第5話 みんなで農業、始めましょう!

 僕は真剣な表情で畑を睨んでいた。

 隣では同じような顔をしているドーラちゃん。

 さらにその隣では欠伸をしているコボくんがいる。

 おい、コボくん。真剣にしてよね!


「まずは土をまともな状態に戻さないといけないな。できれば肥沃な土地にしたいが」


 僕はちらっとドーラちゃんを見た。

 すると彼女は仏頂面で答える。


「言っておくけど、ドライアドはあくまで自然に干渉できるだけ。

 特にあたしはちょっと元気にするとか、ちょっと成長を促すくらいしかできないわ。

 当然、枯れた土地を簡単に元の状態になんか戻せないわよ。

 それに仮に土がまともな状態に戻っても環境はそのままだし、いずれ同じように土に元気がなくなっちゃうわよ?」


 さっきは快く協力を了承してくれたドーラちゃんだけど、やはり現実を見ると厳しいことがわかったみたいだ。

 うん、僕も同じ考えだからわかるよ。

 無茶だってことはね!

 でも僕達にはそれ以外に道はないんだ。

 だからやる!

 だめだったら……もう逃げよう。人間界に!

 多分、指名手配されて殺されちゃうけどね!

 僕は後ろ向きな思考のまま、前向きに思考を巡らせた。


「なるほどな。問題点はわかった。

 ドライアドの能力に頼るにも限度があるわけだ」


 さすがにドーラちゃんがいれば全部解決だ、なんて思ってはいない。

 土を蘇らせるための手助け程度と考えるべきだろう。


「ドーラちゃんに質問だ」

「ちゃ、ちゃん呼び!? ま、まあ別にいいけど……な、何よ?」


 なぜだかどぎまぎしてしまったドーラちゃん。

 いや、考えてもみてよ、僕ちゃんよ。

 出会って間もない女の子をいきなり、ちゃん呼びって距離を詰めすぎかも?

 なんてこったい!


 なんなのこの魔物、いきなり馴れ馴れしくない?

 とか思われたらどうしよう。

 僕は内心でガクガクしていた。

 しかしドーラちゃんは特に蔑視を向けることも、僕から距離をとることもなかった。

 よかった。寛大な子だったようだ。

 ちょっと顔を赤らめて、むっつり顔だけど。

 不機嫌になってしまったらしい。

 これから言葉には気をつけないと。


「ご、ごほんっ! そ、それでだな、質問なんだが。

 率直に聞く。どうすれば畑に作物を実らせることができる?

 できれば一ヶ月以内で」


 ドーラちゃんは険しい表情で唸っていた。

 それはそうだろう。

 オクロン隊長以上の無茶振りだもんね。

 これですぐに解決できるよ! みたいになったらすごすぎる。


「かなり難しいけど……そうね、まずは畑の上辺を全部耕さないとダメね。

 下層部分は栄養が残っているから、その部分の土を使うのが一番いいかしら。

 その上で腐葉土か肥料をまく。これはあたしの力で土を改良するために使うわ。

 当たり前だけど、種がないと意味ないわよ。どうにかして手に入れてよね。

 そこまでやってくれたら、あたしが通常の土の状態に戻すわ」


 それくらいならば僕とコボくんだけで何とかなるかもしれない。


「ちなみに耕して種をまくまでの期間はどれくらいで?」

「一週間ってところかしら」


 みじかっ!

 マジで言ってますこと?

 多分、この畑で村人の大半が作業をしていたんじゃないだろうか。

 それくらい広い。

 村の人たちは二十人くらいはいたし。

 一週間で畑の全部作業を終える、なんて仕事はそんなにないはずだ。

 しかも種や腐葉土や肥料を手に入れて、運搬したり、まく時間も必要だ。

 荷車は村にあるから大丈夫だけど、運ぶのは僕達の手でやらなければならない。

 これは思っていたよりも大変かも。


「土を元気にするには一週間はかかるし、作物を成長させるには二週間はかかるから。

 それもあたしだけじゃ無理だから手伝いをよこすことになると思うけど。

 というかその手伝いが問題なんだけどね……」

「て、手伝い? あまり参加者が多いと、報酬を支払えないんだが」


 ドーラちゃんだけでも僕の懐具合を考えると、ギリギリだ。

 元々、文明とは縁遠い生活をしていた僕にとって、お金はほとんどない。

 ちなみに魔物にも通貨は流通している。

 ドーラちゃんへの報酬は通貨で支払う予定。

 支払量は魔金貨二十枚。僕の給料ほぼ三ヶ月分である。とほほ。


「いいわよ。作物が実ったら、一部をあげるだけでいいから」

「そ、そうか? まあ、それなら構わん。元々、オレの土地でもないからな」


 借り物どころか奪った土地だ。

 この場所を勝手に使わせてもらう手前、偉そうにはできない。


「へぇ、魔物の癖に殊勝なのね?

 それとも臆病なのかしら?」


 あ、ヤバい。ヤバい奴の演技を忘れてた!

 僕は精一杯、オレを演じた。


「何を馬鹿なことを! 断じてオレは臆病ではない! 

 これには深い、それはふかーい理由があるッッッ!!

 愚かな人間であろうとも数を為せば厄介なのだ!

 任務を果たすためには無闇に恨みを買うべきではない、という的確な判断によるもの!

 もちろん襲ってきたら、返り討ちにしてやるがな!」


 僕がされるだろうけどね!

 僕は笑い声が込み上げる演技をする。

 するとドーラちゃんは納得したらしく、別段、興味なさそうに肩をすくめた。


「そ。まあ、どうでもいいけれどね。

 ってか、それなら別にこの場所で畑を作らなくてもいいじゃない。

 他の場所を探せば?」


 言われると思った。

 しかし、僕は事前に答えを用意していたのだ!


「それも一理あるな。だが、考えてもみろ。

 まず農耕には道具と場所がいる。道具や作物を保存する建物もいるわけだ。

 そして広い土地が不可欠だ。しかしこの周辺は鬱蒼とした森で囲われている。

 かといって、かなり遠い場所まで移動して畑を作れば、作物を運ぶ労力が著しく上がってしまうし、そもそもそんな場所があるかどうかもわからない。

 しかしここならば魔界への転移場も近いし、道具類はすべて整っている!

 土が痩せているという点以外は適した場所だと言えるんじゃないか!?」


 僕は演説よろしく、ドーラちゃんに説明した。

 実際、僕の言っていることは間違ってはいないと思う。

 でもかなり強引な内容だ。土がまともな場所の方が色々と楽だろうし。

 まあでも、僕としてはここで始めたいんだよね。

 色々と都合がいいから。

 ほら……やっぱり罪悪感あるし。


 もしもこの畑を蘇らせたらさ、村の人達が帰ってきた時、喜んでくれそうじゃない?

 そしたら、僕のやったことも少しは償えるかなって……。

 まあ、こっちの勝手な都合だから村の人達からしたら迷惑以外の何者でもないよね。

 僕の圧力を感じてか、ドーラちゃんは驚いた様子だった。

 ちなみに隣でぼーっとしていたコボくんも何事かとこっちを向いていた。

 さっきまでその場で寝転がって、お昼寝する勢いだったけどね。


「な、なるほどね。まあ、そういうことならここでやりましょうか。

 別にあたしは反対しているわけじゃないし」

「そう言ってもらえると助かる。それでオレとコボくんの作業はさっき言った通りだな」

「ええ。でも一週間以降の作業もあるからね。

 日光を邪魔している周辺の木々の伐採とか虫取りとか水やりとか。

 後はこの森、魔物以外にも動物が多いから作物がとられないように見張りもいるし」

「……オレたちだけでできると思うか?」

「さあ、知らない。無理そうなら他の魔物を誘えば?」

「任務だからな。そう易々と誰かに助力を願えないだろう。

 オレ自身が雇うなら別だけどな」

「そう。じゃあ頑張るしかないわね。魔物は魔物らしくやっぱり奪うって手段もあるけど?」「いや、それはない……あっ、いや、今回はな!」

「へぇ……そう。わかったわ」


 僕が即答するとドーラちゃんは少し感心したように言った。

 なんだろう。この子、ちょっと他の魔物とは違うような。

 なんというか、人間っぽい考え方をしてるというか。

 ドライアドってみんなそうなのだろうか。

 何にしてもすぐに「ぶっ殺(ころ)! 人、ブッコロ!」とか言わないだけでありがたい。

 こんなにまともな会話ができたのは本当に久しぶりだ。

 なんだかちょっと楽しくなってきた。

 農作業をするのも初めてだし、新鮮だ。


「なあ、ワンダ。話は終わったか?」

「あ、ああ、終わったぞ。待たせたなコボくん

 早速働いてもらうぞ!」

「おお! ついにおいらの出番だな! 任せろ! 何でもやるぞ!」


 コボくん、君はいい魔物だね。

 これで、人間を殺す、とか言わなければ最高なんだけどな。

 それは贅沢というものか。


「じゃあ頑張って。あたしは手伝いを頼んでくるから。

 それと腐葉土や種の場所も見つけておいてあげる」

「あ、ああ。頼むぞ! 魔王様の為にもな!」


 別に愛国心なんかないけど、こう言っていた方がなんとなく体裁がいいよね。

 魔王軍の魔物達って好きなんだ、こういう言葉。

 魔王様の、魔王軍の、魔物の栄光のために! 的な。

 僕は別に嫌いじゃないけど、そこまで好きでもない。

 忠誠心はあまりないというか、愛着がないというか……。


「はいはい、じゃあね」


 軽い調子で去っていったドーラちゃん。

 今さらながらに思ったんだけど、彼女を信用していいんだろうか。

 報酬だけ貰ってとんずらしたりとか、あるいは「全力を尽くしたけど失敗しちゃった、てへっ」的な感じで報酬だけ貰おうとしたりとかしないだろうか。

 出会って間もなく親切にも手伝ってくれるなんて都合がよすぎるような気が。

 ……いや、ないな。うん、ない。

 だってドーラちゃんはいい子みたいだったし!

 騙すなんてそんなことしないさ!


「じゃあ、コボくん。オレ達は作業を始めるぞ!」

「おう! いつでもバッチこいだ!」


 僕達は張り切って畑に隣接してある農具置き場へ向かった。

 さあ、これから農業の始まりだ!!

 ……なんで僕は農業をすることになったんだろうか。

 まっ、いっか!

 きっと任務も何とかなるさ!

 なんて風に僕は楽観的に考えながら、コボくんと共に作業を始めた。

 

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