93話

 緑の太陽、赤い空、そして紅色に染った雪景色を硫黄の匂い包まれた温泉に浸かりながら眺めている。

 大きな石に囲まれた湯船には厚そうな石壁が、真ん中を仕切り男湯女湯に分かれていた。

 そして、もちろん男湯には、俺と御者にデブの象徴である膨れ上がった腹をしたコベソとトンドが、入っている。


「こんなに広かったか?」

「確か……もう少し小さかったような」

「会頭とトンドさん。 来た事あるんですか?」

「まぁな、あるっちゃあるが……」


 コベソは、御者の質問に対して濁そうとしていた時、向こう側から話し声とはしゃぐ声が聞こえ内容がわからない。


「分からんもんだな。 先程まで人族だの魔族だのと言い争っていたのにな」

「そうですね、ハーデスさん。 女はよく分からん」

「何かあってもペルセポネが、いるから大丈夫だろうが。 『魔将』って何だ。 魔王とは違うのか?」

「あぁ。 それは国の統治者。 魔王は、魔族を引き連れて人族を攻める者……だと思う」

「思う?」

「ええ、自分も魔界の事は、そんなに知らんですからね」


 何でも知ってそうなコベソだったが、魔界の事は噂程度しか知らないらしいが。


――――コベソは、いい湯だったこの温泉の事を、確実に分かってたのにな。何故だ?




 温泉を上がり終えた俺達は、馬車に乗り込むとその中には、ペルセポネは勿論ユカリ達と、魔将スノーと取り巻き四人が座って団欒している。

 不思議な光景に黙るコベソとトンド。御者は、無心に台に座り手網を握る。


「何故、アイスクォールの魔将が、ここに?」

「そうですね、先程彼女らにも話しましたが、貴方達にもお話ししないといけませんね……」


 取り巻き四人のリーダーらしき人物が、口を開こうとした時、魔将スノーが目を瞑りながら静かに口を開く。


「このアイスクォールは、鉄等の採掘場が多い国。その反面作物が育ちにくい土地でもあります――――」


 鉄が多く取れても作物が出来ない。魔界内で取引しようとも隣国に行くまで険しい山を幾つも越えなくてはならない。

 だが、カツオフィレには険しい山を通らず日数もかからない為、人族の国カツオフィレと取引をしていたと。

 そんな人族との関係を魔族の神の耳に入ってしまい怒りに触れ、魔王ノライフが攻めてきたと。


「――――人族と取引をして民に食料が、行き届き国も僅かながら潤ってきました。 それを何故魔族の神が良しとしないのか。 人族と話をすれば分かち合えるのに。 何故魔族の神は、人族を恨むのか」


 頭を抱え苦悩を訴えかける魔将スノー。

 取り巻き四人は、魔将スノーの顔を心配そうに見ている。


「魔王ノライフは、魔族の神の命令で貴女に鉄槌を下しに来たって事ね」

「エルフの方。 そうです」

「人族と仲の良い魔族が居ても、その逆が居ても良いのですわ」

「でも、この国全員人族と中が良いかと言われると何とも言えません。 ですが、取引相手であったカツオフィレの人族との仲は、良好でした」


 魔将スノーの言葉は、更に続く。


「先程もですが、魔王ノライフ。 彼の者は、実体の持たない存在」

「実体の持たない。 幽霊と言うやつか?」

「ええ、黒服の方。 そうです……ですが、今は、魔王ノライフは、カツオフィレの聖女の肉体に取り憑いています。 厄介なのは聖女の力が使える魔王と言う事」


――――聖女の力。分かっているのはランドベルクで見た、ほぼユカリが使う勇者スキルと同じだが。


「聖女の力を使い、強い部下を従えるヤツは強すぎました。 魔素濃度が高い魔界で、魔素の塊と言える不死の亡霊、魔王ノライフ。 魔素が尽きる事無い魔王ノライフに私は、抵抗しましたが今はこの有様で……」


 溜息を吐く魔将スノー。その取り巻き四人もスノーの言葉で魔王ノライフの存在に怯えている。

 リーダーらしき人物が、魔将スノーに変わって話をしてきた。


「私達の王は、あの悍ましい魔王ノライフでは無く、魔界の神でもない。 スノー様が民を思い行動してくれる。 スノー様を失ってはいけない。 だから逃げ出した。本当に運が良かった」


 ユカリ達、コベソとトンドも、リーダーらしき人物の言葉にハッとなる。


「魔王ノライフとスノー様の間に、鎧が割り込んで来た」

「何処かしら飛んできた鎧。 見た事ある……カツオフィレの騎士、聖女に取り憑いた魔王ノライフも着ていた鎧でした」

「魔王ノライフは、一瞬意識がそれに集中した時、私達は、スノー様を連れ出し逃げ出せた」

「……」

「……」

「まさか……ねぇ。 ハーデス」

「まぁ、偶然というのもあるが、俺達では無いだろう」


――――あの程度、この肉体の耐久ギリギリの力を奮ってしまったが、あの騎士団長の鎧がここまで飛ぶとはな。あの騎士団長粉砕されて粉々になっていたと思ったが、鎧だけは、丈夫だったのか?


 失笑しているペルセポネ。

 俺は、平然とし魔将スノーの話を聞いている。

 そして、魔将スノーは、話を続ける。


「我々では、魔王ノライフには、勝てない。 あの湯治で傷を癒した後、人族の世界に足を運び勇者に助けを求めようと。 魔族と敵対する勇者ですが」

「隣国に頼むのは出来ませんかスノー様?」

「勇者と言えば魔族を根絶やしする思想の存在。 そんなヤツが我々の言葉など耳を傾ける事など」


 取り巻きの二人が、反対らしく魔将スノーに説得にあたるが、その言葉に首を横に振る魔将スノー。


「隣国であっても魔族。 魔族の神を崇高しています。 彼等も魔王ノライフと同様。 私達、アイスクォールの民を根絶やしにしようとする筈です。 勇者であれは、魔王を倒すのが指名ならばきっと協力する筈です」


 魔将スノーの言葉に黙る取り巻き四人に、ユカリが、恐る恐る言葉を掛ける。


「あのぉー。私、勇者です」


 その言葉に魔将スノーと取り巻き四人は、目を大きく見開き、あんぐりとした口をしたまま、固まっていた。

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