第35話

 真紅に染まったスピアが、次々に俺とペルセポネに襲いかかってくる。

 腕を広げている魔王バスダトの上空には、20程の真紅のスピア。

 一つ襲いかかってくれば直ぐに補填される。

 そして避けた真紅のスピアは、地面に刺さるとその部分だけ地面が赤く染まり湯気を出し、しまいには溶けだしている。


「貴様らでも近づく事さえ出来んだろ。 この放出される真紅の槍クリムゾンスピア!! しかも無数に出され避けるだけで精一杯だろ?」


 俺たちを翻弄しながら、勝ち誇った高笑いする魔王バスダトにペルセポネは、少し体制を低くすると、ペルセポネの顔を狙って次々と放たれるクリムゾンランを右手で持つ剣のみで払い除ける。


「なんなんだ貴様!!」

「えっ?」

「魔法を剣で斬るとは……」

「コレ、やってみたかったんだよねぇ〜。 剣で魔法斬り壊すの」

「我が魔法の加速度よりも速い……だと」


――――見た事ある映像。 見た事ある光景。


 俺は、ペルセポネの姿を見ている魔王バスダトには意味不明な言葉を放つが俺は分かる。


「――――どんな高速魔法も……対物ライフルの弾丸よりは遅いからな」

「……」

「三分間時間を稼ぐ!その間にハーデス達は、ボス部屋へ!」


 演技に力入れて真剣な顔をするペルセポネの口は、嬉しそうに口角が揺れる。


――――その顔……すっげぇぇドヤ顔。

――――ペルセポネ……アレ観てたんだなぁ。


「なぁぁにぉ!! ボス部屋だぁ? 意味わからん事ほざくなぁ」


 魔王バスダトは、多くのクリムゾンランスを宙に浮かせたまま両腕を広げ手の平を空に向ける。


「どんな金属でも、電撃は防げまい。 このクリムゾンランスを斬れば女っ! 貴様の苦痛の叫び聞こえるぞっ」


 真紅の槍クリムゾンランスを覆うようにバチバチと白く時には紫、黄色と電流が目視できる。


「おお、火の魔法と電撃の魔法が使えるの?」

「貴様、我は魔王ぞ!! 幾つも属性と魔法持ち合わせておるわ」


 魔王バスダトの言葉にキラキラと目を輝かせるペルセポネは、放たれる一、二秒でペルセポネの目前に迫る電撃を帯びた真紅の槍。

 だが、それすらも白鳥が舞いを披露しているかのように二本の剣で瞬時に迫り来る魔法を斬り払っている。


「女ァァァ!! 電撃耐性持ちとはなぁっ」


 赤い目が煌々と光り出す魔王バスダトの怒りが伝わる。

 ペルセポネは、一つ片手に持つ剣を遊び回し、魔王バスダトに突きつける。


「魔法幾つある? それ全部見せなっ」

「我の魔法、五大属性、補助に阻害……全部出し切ってやる」

「始めっからそうしなさいよ」

「あの男、勇者を守る戦士として、この魔王バスダト全力で行かせてもらおう」

「御託はどうでも……」

「その余裕いつまで持つかな」


 魔王バスダトは、前で一拍その音が周囲に響く。


「グラビティバイス」

「重力……?」


 ペルセポネの身体が、何かに挟まれそうになるが素早く後退、足元に転がる石や砂が破裂し粉塵と化すと、魔王バスダトは、続けて手の平を前に突き出す。


「フローズンスピア、アイスニードル」


 魔王バスダトの周りにクリムゾンランスと形状は似ている物の青白く、氷霧が見える。そして、並ぶ細く鋭い先端、名前の通り氷で出来た針が10以上並ぶ。

 魔王バスダトの指がピクリと動くとフローズンスピアとアイスニードルが反応し爆発したかのような破裂音を飛ばしペルセポネを狙う。

 それもクリムゾンランスと同様に剣で斬り捨てて行く。


「痛ぃ!!」


 ペルセポネの左上腕、右太腿、白い肌からルビー色した血が滲み出て傷口が薄いピンク色になる。


「グッハッハッ。 アイスニードル、他の魔法の影に隠し攻撃する魔法。 フローズンスピアを壊した体制で幾つかのアイスニードルを破壊した事は褒めてやろうぞ」


 高笑いし、ペルセポネを見下している目をする。


――――傷付けた……


「な、何だ?」

「いっ、ハー。 めっ冥王さま!!」


 地鳴りが起きる、徐々に高く、そして大気が揺れ始める。


「男、勇者め……貴様どこにそんなのスキルをっ」


 燃え盛る真紅の槍、氷霧の濃い氷槍、電撃を纏う電撃槍、渦を巻き鋭い棘の形状、石礫が魔王バスダトの上空に現れ、無言のまま俺を目掛けて手を振るう。

 瞬く前には魔王バスダトの上空に合ったそれらの魔法が目を開けると目の前に。

 俺に当たるまでは刹那の時間だが、怒りに満ちた俺の前では永い時にもなる。

 ハルバードを俺の空間収納にしまう。

 そして、取り出すのは二又の槍バイデントに持ち替える。

 それをみたペルセポネは、目を大きく見開きその場から逃げるように離れる。

 そして、俺の前にある幾つ物魔法の槍が、交差し煙幕と轟音を上げる。


「グッハッハッハァ!! 幾ら偽装が使えど五大属性の魔法同時に受ければ、大きなダメージよっ」


 俺は、魔王バスダトに尋ねる。


「……何か言ったか?」

「あぁ言ったとも!! 五大属性を受けては」

「受けては?」

「ん?」


 轟音は無くなり煙幕も風に流され、爆発により地面が抉られている。


「跡形もなく消し飛ぶとは、やはりレベル10だったか! この魔王バスダトに恐れを抱かせるとは……まぁ良い。 あとはあの女を……」

「あの女?」

「あぁ、貴様の妻だったか? 死んで未亡人にさせてしまい後悔しているだろ?」

「俺は、死んでないから後悔しない。 傷付けて後悔するのは貴様だ」

「死人に口なし……というか男勇者……どこから声がする?」

「貴様の後ろだ。 魔王バスダト」

「ウギャァアァア!!」


 後ろに振り向く魔王バスダトの目に入る冥王、と突き刺さる槍。

 次に目をやる左腕の先、二又の槍の先端と激しく噴き出す赤い血と地面に転がる左腕。

 そして、二又の槍が無くなると次に痛みが発生する右肩。

 同じく右肩へ視線を動くと噴き出す血が、地面に落ちた右腕に降り掛かる。


「なんなんだ!! 貴様。 我、物理攻撃無効だぞ」

「脆い……」

「脆いだと? 魔王である我がか」

「人は儚い。 だから生きる」

「生きた人族を殺すのは魔族!! そして勇者である貴様を殺すのは我。 魔王バスダトであるぞ」

「だが、貴様は越えてはならない一線を越え、この俺の逆鱗に触れる」

「だが、その逆鱗も魔王の前では無意味と知れ」


 魔王バスダトの上空に先程放った魔法が現れる。だが、三倍以上の魔法が……。


「この近距離!! 今度こそ貴様を滅ぼす」

「……」


 俺は、ただ魔王バスダトとその魔法の姿を眺めている。

 魔王バスダトと俺の距離は槍が届くほど一、二歩程度。

 そこに無数の魔法が放たれ、爆発がおきると魔王バスダトの転がった腕が遠くに飛ばされる。


「―――諸行無常」

「何か言ったか? だがそれが最後の言葉だとお前の元妻に伝えといてやるぞ」


 立ち込める爆煙を風魔法で払い除けるが、煙に現れる一人の影。目をひん剥いて少し後退りする魔王バスダトは、恐る恐る口を開く。


「なっ何故……いる? いや、我が魔法喰らって何故……そこに――――立っている?」


 俺は魔王バスダトに目を合わせる。

 魔王バスダトは、赤い目が小さくなり、更に後退りをし俺から離れていき、何か呟くと転がっていた魔王バスダトの腕が戻り繋がっている。


「貴様ぁぁぁぁっバケモンか?」

「この世界では魔王の攻撃を防げばバケモンとなるのか……。 魔王を倒した勇者は、卑下されるのか……」

「おっのぉっれぇぇ!!」


 魔王バスダトは、片手を俺に向け無数の魔法なのか色付いた半透明の球体を浮かばせている。


「俺の妻に傷を付けた……それだけで死を絶望的を」

「何が絶望を!! 貴様が絶望するがいい」


 無数の球体が俺に放つが、その球体破裂する訳でもなく、痛みもなく俺の体から通り抜け消える。


――――少し身体が重い。

――――力が入らない?


 魔王バスダトを見ると残りの球体を自分の体に取り込んでいる。


「攻撃だと思ったか!! 幾ら硬くてもこの阻害魔法を受けた貴様は、次で終わりだ」


 一歩足を踏み出すが、重くのしかかる何かに歩みが遅くなっている。

 そして、再び魔王バスダトの前に先程よりも更に倍、魔法が魔王バスダトの上空を埋め尽くす。


「全属性耐性低下、魔法防御力低下、移動阻害、速度遅延、その槍で防いでるならなと物理攻撃力低下と筋力低下。 ついに貴様の死が待っている」


 魔王バスダトは、その言葉を放つと同時に魔法も放つが、目の前で爆音に爆音を重ね煙幕が上り何も見えなくなる。


「なっぁ!!」


 煙幕が、一瞬にして払い除け二又の槍を薙ぎ払いした冥王、そして腰から崩れ落ちる魔王バスダト。


「――――生者必滅」

「なっ、なんだとォォ!! 貴様っ、貴様まさかあの魔法をっ」

「魔王バスダト、貴様は我が妻に手を掛けたその罪、絶望の中に無限の苦痛にて許す……本来なら」

「貴様のその言葉、そのまっ。 ガァッアッアァァアア」

「人が喋っているんだ。 最後まで聞けと習わなかったか?」


 二又の槍を魔王バスダトの左腕に突き刺し体から引きちぎり、遠くに投げ飛ばす。

 腰からも左肩からも溢れ出す血の川。


「この俺の目的は別」

「冥王さまっ」


 離れた所に座り込んでいるペルセポネの声が、俺に届く。


「ペルセポネ大丈夫か?」

「ええ、かすり傷だし」


 俺は、転がる魔王バスダトに目だけ動かす。


「魔王バスダト、我が妻の苦痛と取れる体制本来なら、俺の手で命と引き換えに許しを与えるべきなのだが。それは勇者に任せるとする」

「男、貴様の妻『かすり傷』と言っておったぞ」

「魔王!! 何をいう? 地面に座り込み倒れるように両手で身体を支え……あれが『かすり傷』と言えようがっ!!」


 風が流れる静かなこの場所に冥王の怒号が迸る。


「かすり傷程度で……その怒り……アホか?」

「『かすった傷』でも俺の愛するペルセポネは、細く弱い、可憐な妻に傷を負わせたのだ」

「……」


 無言になる魔王バスダトに、響く冥王の言葉に少し心が温まるペルセポネ。

 そして近づいてきた勇者ユカリは、俺に声を掛けて状況を理解出来ないまま転がる魔王バスダトの首にサクッと剣を突き刺す。


「えいっ」

「ウギャアァァァァァァァァアアァァア!!」


 剣をグリグリと回しているユカリを後に、俺は倒れ込んでいるペルセポネの元に向かい介抱する。

 俺の肩に腕を回してくるペルセポネの脚を持ち上げて俺の両腕でペルセポネを抱き上げると、そのまま再びユカリの元もどる。


「ハーデスさん。 この魔族倒したら一気にレベルアップですよ。 これで魔王を倒せる」


 白目になり動きもない魔王バスダトの首元には綺麗な筒状の穴ができあがり、そこに血がタプタプと溜まりだしていた。

 俺から離れようとするペルセポネだが、頑なに俺は拒む。


「ペルセポネよ。 酷い傷を負わされたのだ、ここで下ろせば再び傷が広がるから今は、降りるな」


 魔王バスダトの死体を見ては俺に向くペルセポネは頷くも再び魔王バスダトの姿をみる。


――――傷を負い相当恨んでいるのだろペルセポネは。

――――こんな華奢な体に傷を負わせるとは魔王バスダト、いや、それを生んだ魔神許す事など出来ん。


 兜が外れ大きく口と目を開け、白髪混じりの髪と無精髭に目尻やひたいにシワも多い顔が、苦痛の叫びを上げたまま息絶えていたようだ。

 この魔王バスダト、顔が印象的で口の中も真っ黒だったが、特に目が人であれば白目の所、待ち遠しいバスダトは黒く、瞳が赤かった。

 そして、風が魔王バスダトの体を持っていくかのように肉体が粉塵と化し、風に乗っていきばら撒かれ姿形は消え、着ていた甲冑と剣だけが遺す。


 ユカリは、剣をさして回していた所に転がる禍々しい兜と鎧を、しかめっ面しながら凝視し、顔を上げ辺りを見回す。

「そう言えば魔王バスダトは、どこに?」

「ユカリ何言ってるの?」

「ペルセポネさん?」

「今の、魔王だよ」

「えっ? エェェエェェェエッ!!」


 目をひん剥いて背中から崩れ落ちる勇者ユカリ。

 少し痙攣した後、起き上がり草原より荒地になっているこの場所を見渡して整理していた。

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