第29話

 揺れる幌の中、静まり返った重たい空気感に悩ませられる俺を含め男達。この雰囲気の原因はユカリ聞こえもしないが何か呟いている様に見える口の動き。しかし、その雰囲気でもやけに明るいのは依頼書を眺めているペルセポネだった。


「会頭、もうすぐ着きます」

「ああ」


 この馬車は近くの街セレヌ、ランドベルクとカツオフィレの国境を跨った街だ。

 だが、この街を通らなくとも自分たちの足で国境通り抜けられるんだな。

 そんな考えを持ち馬車はセレヌの街の門をランドベルク側から入り、そのまま支店へと突き進む。


「なぁ、そんなに悄げるな」

「レベル上がったのに」


 ブラックワイルドボアの額に剣を突き刺し倒したと思って喜んでいたユカリだが、その前ペルセポネによって斬られていた事がわかり、明らかにペルセポネの成果が高いと、誰一人分かっている。ブラックワイルドボアが崩れるのを唖然と見ていたユカリをコベソとトンドは【鑑識眼】を使ってレベルを確認し、上がっている事を励ましに使っていたのだ。しかしそれでもユカリのご機嫌は無くなっていない。


「私、勇者として弱い!! 倒されていたブラックワイルドボアにただ剣を突き刺しただけぇぇなんですよ」


 涙目になりながら叫ぶ言葉は幌を突き破りそうな勢いがある。でもそれを宥めるコベソとトンドの正面にペルセポネは、依頼書とチラッと俺を見てニンマリしている。

 ユカリの涙目して呟いているのを見ていると先程のブラックワイルドボア戦で俺自身、冒険者としても冥王としても活躍してない事に悩まされる。

 そんな空気の思い幌の中で、馬車の動きが次第に遅くなり御者の掛け声と共に馬の鳴き声が聴こえ馬車は止まる。


「着きました。 会頭」


 返事をするコベソとトンドは、この重たく静まり返った空気感から逃げるように、そそくさと幌から抜け出す為素早い動きで馬車から降りた。

 俺たちも馬車から降りてコベソ達の後を追うように、外壁が白色の漆喰で塗られ高さはブラックワイルドボア程の高さを持つ倉庫の様な内装で陳列棚が多いが、奥の方で何やら作業を行っている人達が見える。

 その作業をしている人達の中に鎧など、この建物とは違う格好の者達が目に入ると向こうも気付いたのか声を掛けてきた。


「あっ、ハーデスさんにペルセポネさん?」

「フォルクスさん、なんでここに?」

「いやいや、それはコッチのセリフですよ。 まだセレヌの街に」


 ペルセポネは、近くにある椅子に無断で座っているとユカリも合わせたかのように座りペルセポネと話をしている。俺は、城で起きた事を除いて今ここに居ると言う状況を話すと、更に奥で作業をしていたのか腰や肩を回してやってくる【タリアーゼ】のメンバー達。


「なるほど……」

「おっどうしたリーダー?」

「ハーデスさんとペルセポネさんだ」

「少し前に城をでて……何故?」

「これも神の導きですかね」


 笑顔で話しかけてくるタリアーゼのメンバーと俺を遮るかのように割り込んでくるフォルクスは「なるほど」と独り言を呟いた後、戦争が起きてない事を話してくれた。


「戦争おっ始めるらしかったけど、急にカツオフィレの軍が撤退したって、この街にいた兵士が言ってた」

「俺達も護衛でこの街に着いたら、てんやわんやだし、ありゃランドベルクの騎士さんだろ。 御布令発してたからな」

「偉そうに何が『戦争回避した』だ、普通人族同士戦争しないだろ」


 頭の後ろで手を組むマラダイと、口をとんがって喋るマイク。


「やはり、神の導きですよ。 神はいつも我ら人族の事を案じていられる」


 微笑むライカの言葉に、フォルクス達は頷き認めていた。

 タリアーゼの面子がもしあの場所にいて、あの女の神エウラロノースの『人族同士の戦争を見てみたい』そんな言葉を聞いたらどうなる事か。

 フォルクスの言葉通りカツオフィレの軍が撤退したのは恐らくブラックワイルドボアの出現だろう、あれだけの損害にあの大軍でさえ太刀打ち出来なかったという事は、ブラックワイルドボアはかなりの高レベルな魔物って事か。


「何見てるんですか?」

「あ、考え事してな」


 少し顔を紅くしたペルセポネはそっぽを向く。当人の顔をまじまじと眺めながら考え事していた俺は、慌ててフォルクス達に目をやると、後ろから話し込んでいる最中に倉庫の奥へ行っていたダナーが、やってくる。


「リーダー。 サイン貰って来たぞ」

「ありがとう、ダナー。 このままギルド行って休むか」


 俺たちに挨拶しフォルクス達は、冒険者ギルドへ向かい背がまだ見てる中、倉庫の置くからトンドがやって来て俺達を呼び、そのまま着いて行くと大きな革張りの椅子に座り背をもたれているコベソと数人会話をし、その近くにユカリも氷の入った飲み物を口にしている。


「おお、来たか。 全く来ないから」

「フォルクス達と話していた」

「アイツら。 まぁいい、ハーデスさんペルセポネさん椅子に掛けてくれ」


 コベソは、一度席を立ち俺達に席を案内すると直ぐどてーんと座り背をもたれて溜息を漏らす。


「ランドベルクとカツオフィレとの戦争が無くなったと思ったら、ランドベルクも後ろから魔族の侵攻されるとはな」

「魔族の?」

「そう、ハーデスさん――――」


 コベソの言葉では、現在城塞都市ローフェン近郊にてランドベルクと魔族の軍が見合っているらしい。まだ、戦争の火蓋は切って落とされては無いみたいだ。

 だけど、魔族の軍を率いているのは魔王もしくは魔王の側近だろうと、このまま先に進むかローフェンに戻るか悩んでいるらしいが、勇者であるユカリは、悩むコベソに食って架かっている。


「いや、ローフェンに行くべきです」

「だがなぁ、お嬢ちゃん。 レベルの差が」

「レベルなんて。 勇者としてのスキルで補えるはず」

「魔王のレベル。 お嬢ちゃんの倍以上あるって。魔王だよ」

「そんなの分からないじゃないですか!! 過去の情報だが何だか引っ張られても」

「いやいや、引っ張ってきているけど……。 お嬢ちゃん、過去問やらずに、高校の教科書だけで大学に入れると思っているタイプか?」

「私は、過去問やって……」

「わかったか? 過去問やって自分のレベル、傾向と対策取れたり……まぁ、話はそれだが情報を引き出すとあれだ。魔王といまドンパチしても死ぬだけだぞと言いたい」

「だけど、私は『勇者』なんです。人族を魔族から」


 切羽詰まった顔をして必死に訴えかけるユカリの顔に推されたコベソは、少し引き気味になり俺の顔を伺ってくる。


「ハ、ハーデスさんからも何か……」

「当人が行きたいと言っているんだ。 行かせた方が良いかもな」

「まさかその回答……」

「魔族から人族を守る。 それが勇者としての【スキル】の作用なのか、ユカリ本人はどうなんだ?」

「私は行きたい。 何故か行かないと行けないそんな感情だけど」

「だけど、だけどなんだ?」


 悩んで困った顔をするユカリを問い詰めるかの様に立ちはだかっている俺たちに対してペルセポネが、入ってくる。


「怖いでしょーよ。 戦争なんて知らない筈よ。 殺伐とし狂気の沙汰ではない所なんだし。 でも行くと決めたんだからそれなりに覚悟あるって事で」

「私は、私は……」

「覚悟決めなさい。 魔族を殺す、人族を守る――――時には殺す事もありだからね。 その者や世界の安寧秩序を保つ為だからね」


 優しさを推し出す笑顔で回答するペルセポネだが、その言葉には『刃向かって来た者を殺そう』というスローガンにしか取れない。もしかしたらペルセポネ自身、魔族を見てみたいのか?オレは魔族と言うのを見てみたいから寧ろユカリを推す。


「ペルセポネさん、ハーデスさん。 そんな……」

「魔王が率いているかどうかも分からないし、この世界に過去問ないしな。 それならこの戦争、模擬試験と考えて魔族との戦争に参加し、自分の実力を測るという事だな」


 俺の言葉に何故か頭を抱えてぐったりするコベソにそのまま俺は、続ける。


「まぁ、トンドが回復する薬を沢山持っていけば良いの事だろう」

「あっ」


 驚くトンドに納得しているコベソ二人は、顔を見合わせている。


「まぁ、トンドが回復ポーション等持っていれば大丈夫だな、コベソ、ローフェンに向かうぞ」

「コベソさん、トンドさんよろしくお願いいたします」


 俺は魔族見たさにユカリは勇者として早くローフェンに向かいたい気持ちなのだが、そこにペルセポネが外の状況を眺めて口を開く。


「明日の早朝に出ましょ。 日が暮れるわ」

「ダメです。 今度こそ人族、人の命が危ない!今度は魔族なんですよ!今でも誰かが命を落としているかも」

「魔族を率いているのが魔王なら、ユカリが行ったってコテンパンにされてしまうだでしょ。 なら早朝からでも良いでしょ」


 ぐうの音も出ないユカリは、項垂れ何も言い返せないでいる所、更にペルセポネが喋り始める。


「弱勇者が行ったら、それこそ軍の食糧尽くし足でまとい勇者になるわ。 だから明日の朝行くのが良いわ。そして冒険者ギルドで依頼達成報告してくるわね。ハーデス行きましょ」


 清々しい顔しながらペルセポネは、この場所を出て行くが再びトンドが『依頼受けさせないでください』と注意喚起され俺はペルセポネの後を追う。ただ、その場は少し空気が重く特にユカリだけズーンと更に重たくなり、鼻をすする音が聞こえていた。

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