第3話 (休題)ラジオ オーソドックスより抜粋 美保子編
ラジオ オーソドックス。
美保子が三月の第四週に帰国したので、それに合わせて義一のラジオ番組に出る事になった…と、私は美保子から直接連絡を貰った。
このラジオには、既にゲストとして、第二回目の放送回、つまりは一番最初のゲストという意味だが、それはまぁ予想通りだったが、神谷さんだった。内容としては、こう言ってはなんだが、普段数寄屋で聞く様な小難しい話ではなく、二人の初めての出会いの話だとか、そのような内容を延々と放送時間いっぱいを使って喋っていた。
んー…ふふ、これを聞いたリスナーがどう思ったのかは知らないが、少なくとも、以前に義一に直接聞いた話ばかりだったのだが、それでもこの回は神谷さんも語っていたというのもあって、飽きもせずに楽しく最後まで聞いたのだった。
それからは、ゲストに、最近話に中々出てこないのでお忘れかも知れないが、初めて数寄屋に行った時に出会った、小説家の勲さんだとか、それに脚本家のマサさんが、この時は揃って出て、それぞれ小説、もっと言えば文学についてだとか、演劇、その中でも脚本が如何に大事で、その大事な脚本が今どう蔑ろにされてるか、途中から文句タラタラで愚痴だけの内容だった。
こんな事で公共の電波を使っていいのかと、聴きながら途中から余計なお世話なツッコミを入れたくなったが、それを含めてまた私としては、この二人を知ってる故もあるだろうが、所々吹き出しながらも聞き惚れるのだった。
とまぁ、まだ番組がまだ放送三回と始まったばかりなのだが、試しにある意味普段日本にいない点で珍しいという事もあって、どうせだからと雰囲気だけでも分かって頂ける様に、試しに第四回めに出演した美保子の、番組から一部分を抜粋してみようと思う。
義一『…で、まぁジャズ…とまぁ所謂ブルース、これらは二つとも大きく見て同じだと考えてる訳ですけれど…』
美保子『そうだねぇー。まぁそれでも、敢えて違いを述べるとしたらー…私個人の感覚で言わせて貰うと、勿論一概には言えないって事を理解してる上でと、そう前置きして言えば、…黒人の炭鉱節、労働者達が日々の仕事の中で辛さを誤魔化すために歌ったのがソレな訳だけど、その影響が多分にあるのが”ブルース”で、…んー、この話をするとどうしても暗い話になるんだけど、さっきの炭鉱夫の話にも繋がる様に話せば、そもそも彼らは、奴隷としてアメリカ大陸に連行されたアフリカ人な訳だけれど、その際に独自の言語・宗教などをいっさい剥奪されたの。…って、こんなに長々と話してて良いの?』
アシ『あはは、どうぞどうぞ!お願いします』
美保子『そーお?じゃあ…コホン。そんな苦しい状況下だった訳だけれど、彼らのうちのある人々は、救いを与えるゴスペル(福音)と出会い、キリスト教への改宗を経て、神に彼ら独自の賛美を捧げるようになった…。それが所謂ゴスペル音楽のルーツな訳ね。
でね?んー…ほら、さっき、私と、えぇっと…あ、望月君とで話してたでしょ?…バディ・ボールデン。彼からジャズが始まったと義一く…あ、いや、望月…君?いや、編集長…?…もーう、義一君、このラジオでは何て呼べば良いのー?』
アシスタント女性『あははは!』
うふふ
義一『あはは』
美保子『もーう…こないだ帰って来たばかりで、それでこの番組に出ることになったけれど…この番組、台本も無ければ、打ち合わせすら無いんだからねぇー…リスナーの方々、どー思います?』
アシ『そーですよねー?あははは!』
…ふふ
義一『あはは。…って美保子さ…あ、…まぁいっか、美保子さん?さっきもそれ愚痴ってたから、その話はそれくらいにして、先をお願いしますよー?』
美保子『まぁいっか…って、まぁ良いんだ(笑)自由過ぎるでしょ、この番組…あははは!…あ、そっか。えぇー…コホン、まぁ確認のためにというか、何度も繰り返すと、それこそチャンネルを変えられそうだけど、でもまぁ本人直々の許しを得たから続ければ…
そう、バディはそれ以前に、ラグタイムってジャンルのバンド内で、コルネットをパートしてたのは話したわね?そもそもラグタイムというのは、ピアノの演奏を中心としてるんだけど、そのリズムは黒人達のルーツのもので、当時のクラシックのリズムに慣れていた聴衆からすると、”遅い・ずれた”リズムと捉えられてね、だから名前がragged-time”、略してラグタイム(ragtime)、要はラグがある…とまぁ、そんなところあから名前がつけられたんじゃないか…って』
アシ『ふふ。はい、確かに聞きました』
美保子『ふふ、よろしい!…って、もーう、誰かさんが好き勝手に喋って良いって言うもんだから、逆に纏め辛くなってきちゃったじゃないのー』
義一・アシ『あはは』
美保子『もーう、今はラグタイムの話じゃなかったのに…まぁ、いっか。勿論関連してるし、触れといて良かったかもね…リスナーが興味あるかは別にして。
…ふふ。で、えぇっと…元々はラグタイムの流れの中にバディはいて、ニューオーリンズでバンド活動をしてたんだけれど、彼は金管楽器にブルースを演奏させた最初の人物であると言われてるの。それに加えて、複数のバプテスト教会で聴いたゴスペル音楽からも影響を多大に受けてるんだけれど…』
アシ『あー、ここでゴスペルが出てくるんですね?』
美保子『あははは!ゴメンねぇ、回りくどくて?…ふふ、でね、ついでというか関連して、演奏スタイルにも軽く触れると、彼は他のコルネット奏者達を手本にするのではなくて、自分が「耳で」聴いた音楽を自分のコルネットに合うようにして演奏したの。これが当時かなりユニークでね、それでまた物珍しさもあって人気だった…らしい。
というのも、これも触れた様に、彼に関する話って口述歴史くらいしか無くて、録音も現存してないの。まぁ時代もあるんだろうけれど。何しろ一九世紀から二十世紀にかけての話だからね。
まぁ話を戻すと、さっき話した様に、耳に入る全ての音楽を自分なりにコルネットに合う様に編曲してった訳だけれど、ラグタイムに始まり、ゴスペル、マーチング、それにブルースがその流れの中で彼の中で融合されていったのね。その結果として生まれ出てきたのが…ジャズな訳。
この時にバンドの編成も変えてね、複数あった弦楽器をドラムとかのリズムセクションにして、フロントラインには複数のクラリネット、トロンボーン、そんでバディのコルネットを配置したの。繰り返しになるけれど、当時の音源とかは残ってないんだけれど、それでも残ってる感想なんかでは、こう書かれていたの。「ボールデンは、迫力があり、音が大きく、予想のつかない即興演奏を延々として見せた」とね』
アシ『はー…今、岸田さんの話をまた聞いた訳ですけれど、本当にジャズを作ったと言っても過言ではないみたいですね』
義一『まぁ…少なくとも、美保子さんを始めとする僕らの雑誌メンバーは、その認識を共有してるんだ』
美保子『ふふ…。まぁー…別に私達みたいな、世間から無視される様な少数派がいくら言っても相手にされないだろうけれど…』
義一『あはは』
美保子『その後に出てくるジャズマンたちは、大概私達と同じ認識を持ってた様なの。例えば…名クラリネット奏者で、ジャズ初の重要なソリストと目されてるシドニー・ベシェだとか、んー…一般にベシェは知らないかも知れないけれど、そのベシェを尊敬して止まなかった、もう一人の偉大なソリスト、一般的には通称サッチモと呼ばれている、ルイ・アームストロング…』
アシ『あ、知ってます!』
美保子『ふふ、彼もバディについてね、自伝の中で沢山の賞賛の言葉を書いているの。…ふふ、もうだいぶ前、もしかしたら番組が始まったくらいからリスナーを放ったらかしにしてるかも知れないけれど、大丈夫かな?』
義一『ふふ。だから気にしないで下さいって』
美保子『気にしないでって言われてもねぇー…今更だけど、やっぱ気になるよ。だって、私もそれなりに無名ながら、たまにこういった番組に、アメリカでも日本…はあまり無いか、ってそれはともかく、こんなに自由に好き勝手話すことなんか無いからねぇ。…ふふ。まぁそんな貴重な番組にせっかく出てるのに、貴重な時間を無駄に潰すのも惜しいから続けるね?…とまぁ、えぇっと、話は…あ、そうそう、まぁそろそろ時間がないから最後にこれだけ触れようかな?んー…あなた、さっきサッチモは知ってるって言ってたわよね?』
アシ『はい』
美保子『一般的には通称サッチモ、ルイ・アームストロングから皆さんが御存知の”ポップ・ミュージック”と呼ばれる名称が始まる訳。本人が言ったのだったかまでは、ど忘れしちゃったけれど…』
アシ『…え?…へぇー!そっからなんですか、ポップスって?』
美保子『ふふ、まぁ、「そうだ」って説があるのを、私…達は肯定しているのよ。そうなんじゃないかってね?
んー…だからさ、私、それに義一くん達がいつも話してるんだけれど、私の場合は音楽だけれどね、変にそうやって何でもかんでも無闇にジャンル分けをする事は無いんじゃないかって考えて…ます。明確に区切っちゃう様な、その別々にして関連性まで無くしちゃう様なね。
だって、んー…今まで話してきたように、大元を辿れば、同じ根っこに辿り着くんだから。
…まぁ、色々長々と話してしまったけれど、私が話したかった事、伝えてみたかった事というのは、この様な事…で、この番組のリスナーの皆さんに、少しでも共感して頂ける、頂けたとしたら…ふふ、嬉しいです』
…という美保子の言葉の直後に、番組はCMに入った。
CMは主に、雑誌のと全く同じもので、毎回一番初めに流れるのは、やはりというか、数寄屋のオーナーでもある西川さんが創業した、全国に展開している某有名ビジネスホテルのものだった。
…番組内での美保子の話した内容自体は、そう、私が初めて数寄屋に行った時に、散々会話なり議論したものだったし、それ以降も何度も直接会って喋ったり、それ以外での機会でもあったもので、それ自体は珍しいものでは無かったが、それでも、最後の美保子の言葉の端々には、所謂”私たち”向けではない、一般に向けての言葉遣いだったのが分かったその時、何というか…何とも表現が難しいが、何故か感情としては”寂しさ”にも似た感覚を覚えた。
これは、前回、前々回のゲストだった、勲さん、マサさんにも感じた事だった。
…この頃の私には、何で今まで楽しく聞いていたというのに、急に終わりの方でこんな感情に襲われるのか、まだ意識の上では理解が出来ていなかった。
CMが開けると、耳に聞こえてきたのは、普段通りの雑談してる中での調子だった。美保子の明るい笑い声も聞こえる。
義一『あははは…って、あー…そろそろお時間が来てしまった様です』
美保子『えぇー!』
アシスタント女性『あははは!』
義一『ふふ。えぇー、今日はたまたま日本に帰国していた、ジャズシンガーの岸田美保子さんに、次いでだからと無理を言って出演をして頂きました。雑誌オーソドックスを読んで下さっている視聴者の方々は御存知だと思いますが、それ以外の方向けという事で、最近はあまり話していなかった、ジャズ…だけで無く、所謂”ポップ・ミュージック”について深い話を聞けたかと思います』
美保子『あははは!いやいやー』
アシ『ははは』
義一『ふふ。ではまた、美保子さんが日本に帰られた時、都合をなんとか合わせて頂いて、またの出演を願って締めさせて頂きます。では…ふふ、美保子さん、今日は有難うございました』
アシ『ありがとうございました』
美保子「いえいえ、こちらこそ、本当に楽しい時間を過ごせました。…ふふ、義一くん、お世辞じゃ無いよー?…あははは!じゃあリスナーの皆さん、ラジオを聴くだけじゃなくて、ちゃんと雑誌オーソドックスの方もよろしくねー!』
義一・アシスタント『あははは!』
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