第181話 しばし穏やかな異常事態

第181話 しばし穏やかな異常事態



「つまり、ティファリーゼの進化が始まったと?」


「そうなのさ」


 イアハートに呼ばれた先で聞いたのはそんな話だった。

 つまりティファリーゼも成竜から老竜に進化する段階に来たということらしい。


 場所はイアハートが新しく用意したねぐら。

 ラーン男爵領から続く山の中の人がこれないようなところだ。

 かなり大きな空洞が用意されていて、鬼娘のロッキやアルケニーのニーニセアを始め、魔物のおとなしいチビたち、将来の魔族候補も結構移住を完了している。


 あのあたり(ロイドシティの近くの森)も随分騒がしくなってきてしまったから引っ越しは仕方がないところだろう。

 そしてこのおとなし目で知能の高い魔物たちは人間と敵対的ではないし、彼らが魔族として力をつけていけば、また違った未来がやってくるかもしれない。

 のだがそれはそれとして。


「ドラゴンてのは、まあ、進化の時に大きな力を使うわけさ。

 今までため込んでた力と、天地の力だね。

 そして進化すると力を使い果たしているんでたくさんの魔力が必要になってまあ、いろいろ食いまくるわけだ」


 んんっ?


「それがつまりまれにあるドラゴンの大災害というやつで、進化のための力をためるとき、進化の後の空腹を満たすとき、ドラゴンはとにかくいろいろ食いまくるんだよ、魔力をためるためにね」


「つまり放っておくとまずいと?」


「進化前ならまあ、何とかね、でも進化後に暴れこんできた老竜をどうこうするのは人間には荷が重いさね、きっと大きな被害が出るんだよ。

 特に人間側にね」


 ダメじゃん。


「まあ、問題ないさね、ここに魔力タンクがあるからね」


 あっ、はい、わかりました。俺のことですね。


「そういうこと、あの黒麒麟もあんたの魔力で孵したんだろ?」


「あー、そういえばそういうことがありましたね」


「魔力が足りていれば暴れる必要もないからね、思いっきり魔力を分けてやっておくれ」


 と、そういうのがイアハートに呼び出された理由だった。

 まあ、仕方がないだろう。魔力ならいくらでもあるしな。


 しかしずっと付きっ切りでいる必要もないので温泉を利用しようではないか。


 ラーン男爵領の温泉施設は既に稼働状態にある。

 温泉宿も使えるし、水の重みで動く登山鉄道もすでに完成している。

 さすがドワーフだ。


 見た感じ何の問題もなくふもとの男爵領から山中の温泉まで人を乗せて動いている。

 温泉宿自体はまだ稼働を始めたばかりなのでよそから客が詰めかけるほどではないが、ポチポチ知る人ぞ知るという感じで客が泊っていくようになっているようだ。


 いずれば有名な温泉宿として名をはせるようになるだろう。何と言ってもキルシュ公爵家まで噛んでいるからね。


 ただ残念なことに俺はお泊りはしていない。

 俺が来ているとなるとシアさんのママ、マルグレーテさんに絡まれるのが目に見えているからイアハートの住処に石の木の家を出して寝泊まりすることにする。

 風呂だけは温泉に行けばOKだ。

 飛んでいけば一瞬だし。


 で暇があればティファリーゼが作った蛹に魔力を注ぐのだ。

 過剰気味に。


 蛹から孵った後人間の町に暴れこまれたりしたらたまったもんじゃないからね、ここはもういらんというほど魔力を注いでやろうじゃないか。

 思いきり気合を入れて。


 そうやって魔力を注ぐとあふれるような感じで蛹から魔力がにじみ出てくる。

 しばらくするとその魔力が消費されるのか消えていくんだが、この状態になるといったん休みだ。


「しかし空が飛べるってのは便利だな」


「そうね、私たちの引っ越しも結構、大変だったから」


 休みになると飛んで出かける俺を見て、鬼娘と蜘蛛娘がそんなことを言う。

 これはなかなかに真理だとおもう。


 高速飛行ができるからここにきて事情を聞いた後、ネムに話をしに戻ることもできたし

温泉にも入れるし、食事の買い出しにも行ける。

 帝国では大騒ぎだったから少しのんびりさせてもらおう。


 そんな日々が三日過ぎ、四日過ぎ、そのうちにここにいるちび魔族たちが、まあ、鬼も蜘蛛もなんだけど、ディファリーゼの蛹に集るようになってきた。

 どうも俺が大量の魔力を流し込むものだからあふれたそれを吸うために集っているらしい。


「ちょっと、多すぎる?」


「まあ、良いじゃろ」


 イアハートがそういうので良いことにする。


◇・◇・◇・◇


 そのうちなんか鬼娘が小さくなってきた。


「なんか調子がいいねえ」


 蜘蛛娘のしゃべり方が流ちょうになってきた。


「あら、そうですか? だったらうれしいけど」


 そしたら次の日、蜘蛛娘がいきなり罅割れた。

 そしていきなりそれが割れて中から…また蜘蛛娘が出て来たな。

 脱皮だった。


 蜘蛛の頭の上に生えた人間の腰から上がなんか完全に人間みたい。すごい美少女になっていたよ。


「なんか生まれ変わったみたいです」


「うん、こっちも無事に進化できたみたいだね」


 はて? イアハートさん。俺はいったい何に巻き込まれているのかな?


「さて、こっちはどうかねえ」


 イアハートが振り向いた先には枯草の塊。

 まあ、魔物たちの寝床の一つなんだけど、そこがもそもそと動いて鬼娘が出て来た。

 うん鬼娘。


 昔アニメで見てあこがれたあんな感じの美人鬼っ娘。

 先日まで筋肉の塊だったのに。美人さんになってた。


 ただ行動は…あまり変わらないな。

 動きがぞんざいでなんかあけすけ。

 マッパでそういうことされると夢もロマンもなくなるよね。あのアニメ俺、好きだったの。


「ふむ、こいつらも大量の魔力があれば進化できるかもと思ったんだが、うまくいったみたいだね。

 これなら小物たちも…まあ、こっちはずいぶん先だが立派に育つだろうよ」


 つまり人間に敵対的でない高位の魔物、魔族が増えるわけで、まあ、どういう形になるか分からんが、少しは住みやすい世界になるといいんだけどね。

 それはそれとしてまんまと利用された感じは…


「まあ、そのうち埋め合わせはするよ」


「それを期待しよう」


「ほれ、ティファリーゼも孵るよ」


 さなぎがびしりと割れて、そこから一匹の竜がはい出してきた。

 以前のようなちょっとずんぐりした形ではなくかなりスマートなもネコ科の獣みたいなスタイルだ。

 なのに全身を光沢のある銀の装甲版と鱗で覆われた、金属的なフォルム。


「ほうほう、こいつは鉄甲竜じゃね。なかなか珍しい進化をしたじゃないか。

 ほれ、来るからぶんなぐりな」


「なんか徹底的に利用されているような…」


 まあ、そうなんだろうけど。

 なんか妙にかっこよくてアニメに出てきそうなドラゴンは空洞内の壁を蹴るように俊敏に飛び跳ね。そして俺の作った重力の塊でぶんなぐられて地面にめり込んだ。


「契約した主人がいるわけじゃないからね、進化後は強くなった力に酔いしれて大概暴れるんだよ。

 わたしが伸してもいいんだけど、さすがに老竜じゃしんどくて」


「で、俺に丸投げしたと」


「まあ、埋め合わせはするさね」


 俺は伸びて目を回すドラゴンをみてため息をついた。


 まあいいか、そろそろ帰ろう。家族が恋しいのだ。


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