第167話 うーん、たくましい子だな

第167話 うーん、たくましい子だな



 拾ってしまったものは仕方ない。

 大人なら放り出してもいいが子供じゃそうもいかない。


「やれ、仕方ない」

 とか言いつつ子供の相手は楽しいな。


 俺は黒曜から子供を受け取って襟首をつまんだままお風呂に直行する。

 その間も子供は分厚い肉をハムハムしていた。


 しかし手がきちゃない。なので肉を取り上げようとするが、その時ばかりはジタバタジタバタあばれまくって、肉を取り返そうとする。

 しかし本当にチビなのだ。

 俺が取り上げた肉に手が届かないと分かるとじっと俺を見つめてくる。

 そりゃもう、悲しそうな目で抗議してくるのだ。


「肉は後だ。まずこれを飲め」


 俺は『しまうぞう君』からフルーツジュースを出して飲ませる。

 最初恐る恐るかわいいベロを出してちょっとなめて、次の瞬間ごっごっと一気飲み。


「うーん、たくましい子だな」


 飲み終わったらからのコップを俺に突き出して伺うように見つめてくる。

 これ結構来るぞ。


「とりあえず体を洗おう。きれいになったらもっとやるからな」


 意味が分かっているのかわかっていないのかおとなしくなったのですぐにぼろ布を取り払って洗濯モード。

 大きさ的に3歳ぐらいか。

 ほんとたくましいな。


 そんでもって男の子だ。

 ちんちんが可愛い。


 チョンって突っついたらちゃーっでシッコしてた。


 うんうん、よしよし。

 さあ、石鹸で体中泡だらけにしてやるぞ。


 ぶくぶくぶくぶく。


 泡が多すぎたか…


■ ■ ■


 洗ってみたら本当にかわいい子供だった。幼児だ。

 おなかはポコンとしているけど、手とかは少しやせ気味。


 そして傷だらけ。とりあえず回復魔法をかけまくる。


「あー、そうか、あと、虫下しは使っとくか」


 俺は手持ちの薬から虫下しを出して飲ませる。

 この世界、農薬とかないから虫下しは必須なのだ。


『あーん』と言ったら口を開いてくれるので薬を放り込み。その後でジュースをやったら勝手に飲み込んでた。よし。


 その後、長く伸びた髪の毛とか整えてまとめてやると…


「たぶん狐の獣人だな」


『かわいい。かわいい』


 黒曜はちっちゃいものには寛容だから様子が気になるようだ。

 ドアから首を突っ込んでいるから修理もできん。

 まあ、かわいいは正義だから仕方がないとおもう。


 話は戻るが三角の耳があって、シッポはふさふさ。色白で髪と尻尾は黒。尻尾の先だけ白い毛が生えている。


 その子供は今、燻製肉と野菜をたっぷり挟んだサンドイッチを食べている。

 最初渡したらそれを持って部屋の隅で隠すようにして食べていたのが痛々しい。

 なのでテーブルの上に山のように出してやったら取られる心配がないのが分かったのかテーブルの前でがつがつ食べている。

 ジュースも置いてやる。


「うん、まあ、一応大丈夫か?」


 と言ったらいきなりバタン。

 見てみたら寝息を立てていた。

 腹がいっぱいになったから眠ったようだ。


 口の周りを拭いてやり、たくさんの毛布でくるんで部屋の隅でも寝かせる。

 サンドイッチはいつまた起きてもいいようにジュースとともにテーブルの上にセッティング。


「しかし服がないな。フリチンというわけにはいかないから服を買ってくるか」


 アズエトリの町はまだ起きているみたいだし。


「黒曜、俺はちょっと町に行って必要なものを買い込んでくるからこいつを見ていてくれ」


『わかったー、みてるー』


 そういうと黒曜は入り口をふさぐように横たわった。

 守りの姿勢だ。


「って、俺も出れねーし」


 困ったもんだ。

 俺は黒曜を踏んづけて外に出て空に飛ぶ。


 町はすぐ近く。

 さすがに門はしまっているが、空から行けば何の障害にもならない。


「しかし、空から見ると一目瞭然だな」


 正門から中央の金持ちの住むあたりは明るく照らされていて、その脇にあるところは暗く闇に沈んでいる。

 表と裏の落差がこれほど激しいのはなかなか見ないぞ。


 ちょっと興味を惹かれて闇の側に降りてみるが…


「かなりぼろだな」


 俺には夜も昼も関係ないから状況は分かる。

 一言で言うと遺跡とか近いかもしれない。

 日干し煉瓦を積んで箱を作っただけの貧しい住まいがひしめいている。

 ドアなんて上等なものはなくてござが垂らされているだけ。


「よくこんなんで国が維持できるよな」


 感心するよ。脳みそくさっているんだろうな。きっと。


「さて、さすがにここでは用がたせないか…しかたない…」


 そう言って踵を返したら暗闇から影が飛び出してきた。

 その手には光るものが。ナイフだろう。

 ナイフを持った男は体ごと俺に体当たりを敢行し、俺の表面でずるりと滑って地面に転がった。


「??」


「まあ、斥力場、磁石が弾かれるみたいなやつさ」


「う? うおぉぉぉぉぉぉぉぉっ」


 するり、どてっ。


「無理無理。距離に反比例して幾何級数的に力が強くなるから触れるのは無理だ…よ……」


 そこまで言ってちょっと閃いた。

 俺は斥力場を球形に広げ、その中に鉄板を設置して加熱。そのうえで大量にあるお肉を焼き始める。

 塩と胡椒は普通に使って。


 いいにおいが立ち上る。うん、本当にいいにおいだ。


「おなかすいたー」

「何だこの匂いは…」


 家々の中から人が這いだしてくる。

 大人も子供も男も女も。


「お若いの…何が目当てかの…見目の良い若いのでもさらっていくつもりか…まあ、それはそれで、今よりは幸せかもしれないが…」


 話しかけてきたのは年老いた男性だった。


 俺は焼きあがった肉を棒上に切り出して、コッペパンに挟んで子供を優先して渡していく。


「あっ」


 いい年下大人が一人の子供からパンを奪って逃げようとしたので重力場でつっころがし、穴を掘って埋める。まあ、下半身だけだ。

 もちろんパンはボッシュート。

 子供には新しいパンを渡してやる。順繰りと。


「食いながらでいいから聞いてくれ、というか俺の方が聞きたいことがあるんだ。

 この辺りで狐の獣人の話を何か聞いたことはないか?」


 俺の質問に集まったやつらは顔を見合わせている。


「はいよ、次だよ」


「あっ、ありがとうございます。その狐の獣人の話ですが…」


 やっぱり知っているやつがいたか。


 聞いた話はまたこの帝国らしい胸糞話だった。


■ ■ ■


 その狐の獣人というのも冒険者だったらしい。

 詳しいことは分からないが、何かの依頼でこの町に来たようだ。

 そこで帝国の貴族とトラブルになる。


「夫婦ものでな、子供もいたよ。

 母親ってのがかなり美人でな。そんで貴族に目をつけられたんだ」


 言いよる貴族にことわる冒険者。

 袖にされた貴族は実力行使で人を差し向け。しかし冒険者もつよく、返り討ち。

 最後は重武装の騎士団まで繰り出して大太刀まわり。


「さすがにライホーをバンバン撃たれると勝てなかったようでな」


 父親は最後に騎士団に突撃して何人も道連れにして、母親の方は子供を抱えて森に逃げたようだが、かなりの重傷だったということだ。

 その後は母子の消息を知るものはいない。

 それが3か月ほどまえ。


 その貴族も顔を斜めに切られて負傷し、慌てて帝都に帰っていったとか。帝都に帰れば治せる当てがあったらしい。


 貴族なんてそんなものかもしれないというのはあるな。

 フレデリカさんの所が変なのだ。


 というわけで、確認が取れたわけではないのだがあの子の素性らしきものもつかめたわけだ。


「うん、よし、出来るだけのことはしてやろう」


 まあ、子供を見捨てるとか無理だし。

 ここにも子供たちはいるようなので日持ちのする食材なんかを大量に出して、ちゃんと分けるように言い含める。

 長老みたいな爺さんはしっかりしているようだからうまくやるだろう。


 その後俺は衣類だの薬だのを買い込んで森に帰った。

 じつに気分の悪い一日になった。

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