第152話 迷宮の魔物モルスネブラ

第152話 迷宮の魔物モルスネブラ



「お前たちが勇者を倒した冒険者か?」


 それは20代後半ぐらいのちょっと太った男だった。

 冒険者ギルドの会議室でセルジュさんから話を聞こうとしている時にいきなり入ってきて、横柄にしゃべりだした。


 セルジュさんは立ち上がって迎えたが俺たちはあえてそれはしなかった。


「冒険者風情が分際をわきまえろ。こちらはキルシュ公爵家の公子、エサイアム様だぞ。無礼な態度、その分には捨て置かぬぞ」


「まあ、よいよい、礼儀などわきまえぬ冒険者の身だ、あまり固いことを言うものではない。

 だが、まあ、無礼であることは間違いないがな」


 おつきの中年がいきり立ってそれをエサイアス氏がなだめる役回りだ。

 なんか茶番じみている。


「儂の寛恕に感謝するがいい。

 そこでだ。勇者を倒したお前たちを見込んで頼みがある。

 なに、大したことではない。あの迷宮の探索を完了させればいいのだ。

 その栄誉をお前たちにやろう。

 無礼の対価としては破格であろう?」


「感謝するがいい、下賤な冒険者にエサイアス様直々の依頼だ。敬って拝命し、尽力するのだ。さすれば此度の無礼も多めに見てやらぬでもないぞ」


「ふん、まあそういうことだ。

 当然…」


「いや、断るけどね」


 一瞬エサイアスは何を言われたのかわからない様子できょとんとした顔をした。


「きさ」


「いやいや、すでに依頼を受けてここにいるわけだしね、他の人の依頼とかダメでしょ」


 平気な顔でエサイアス氏をあしらう俺にセルジュさんなどは緊張した顔で立っている。カウナック君は俺が誰の依頼できているのか知っているから何かしらこの愚兄にサインを送っていたけど、どうも通じなかったようだ。


 そしてエサイアス氏の顔はみるみる赤くなっていく。

 これは暴発する寸前だな。


 だが暴発させるのもまずいので、その前にネムに目配せ。

 ネムはハンドバックから一通の手紙を取り出した。

 もちろんフレデリカさんの手紙だ。

 公爵家の紋章が描かれている。


 エサイアス氏はそれを見て今度は青ざめている。


 手紙の内容は読んではいないが内容自体はきいている。


 勇者の起こすトラブルの処理を俺に任せたというような内容のはずだ。

 処理というのは実力行使で問題ないということ。あとのことはフレデリカさんが請け負うということになっている。

 もちろん何でもかんでも暴力でというのではなく、俺たちで勇者を見定めて、対応を決めていいと言う物で、この二人には公爵家の名前で俺たちのバックアップに入るように。という内容のはずだ。


 エサイアス氏は手紙を読んだ後。


「す…すでにご老公が方針を決しているのであれば…儂がどうこう言う必要はないですな」


 目を泳がせながらそう言うとカウナック君にあとは任せたと言って部屋から出ていってしまった。

 お供の人はかたい表情で顔をこわばらせてそそくさと出ていく。

 あれは太鼓持ちだな。


「あれがフレデリカさんの孫とか…親がバカなのか?」


「いえ、そうでもないと思いますよ。現公爵として行政能力は高かったと思います。評判も上々ですし、フレデリカおばさまもベクトンで楽隠居とか笑ってましたから」


 あれを楽隠居といっていいのかは疑問。好き勝手にやっているという意味ではいい隠居だろうけど。


「ほかの兄弟たちも悪いうわさは聞きませんでした。あのエサイアス殿もです。まあ、うわさになるほど特徴がない。といってしまえばそれまでかもしれませんけど…」


「しかし見た感じ随分と精力的じゃないか? あれなら良くも悪くも噂になりそうな感じだけど…」


 俺はちらりとカウナック君を見た。

 彼は苦笑して肩をすくめ。


「実はキルシュでは長男のマルダーが正式に公爵補佐に就任したんです。まあ、将来のことを見越して見習いということですね。

 他にも兄弟の中から二人ほど。

 こちらは将来的にはマルダー兄上の補佐ということだと思います。

 エサイアス兄上はその選考から漏れまして」


「贅沢な話ですな。公爵家は家族の結束が固い一族ですから、仕事に事欠くようなことはないと思いますが…」


 とこれはセルジュさん。

 ただ次男なのに主流から外れたのは間違いないらしい。

 そこで白羽の矢が立ったのが冒険者の町ベクトン。

 ベクトンは首都に並ぶ重要な町だ。

 ここの太守になれれば事実上公爵家のナンバーツー。


「なのでベクトンを任せてほしいというような話は以前からしていたようなんですが…ベクトンのことはフレデリカおばあさまが取り仕切っていますので。誰に任せるかはおばあさまが…なのでこの迷宮を攻略して役に立つところをアピールしたいのだと…」


 なるほど。よくわかった。わかったが。


「「逆効果」」


 俺とネムは声をそろえた。


「フレデリカおばさまにアピールしたいのなら自分が冒険者になって地道に功績を積むべきよ」


「そうだよね、フレデリカさん、自分が昔冒険者だったから冒険者やっている貴族とか、昔の弟子とかすごくかわいがっているし」


「同類だから気にかかるんでしょうね。それに自分が冒険者として積み上げてきたものが今のおばさまを支えているわけですし、同じような力を持った人に期待するのは当然でしょう。

 まあね冒険者を上手に使うというのがアピールにならないわけではないと思いますけど、よっぽどうまくやらないと、ダメ出し食らいますよ」


 そうだよねー、あの人、最後は実力行使というのが好きだから…


 ベクトンはここにいるカウナック君に継がせたいフレデリカさんみたいだけど、それでもね、いいところは見せられればそれなりに?


 いや、あの性格じゃ、それなりで満足とかはしないか?


 気に入らない上司の話というのは盛り上がるもので、ひとしきりこの話に花を咲かせたら、あとは迷宮の情報をもらわないといけない。


「うむ、やっとだね。今回、多くの冒険者を手にかけてきた魔物が判明したんだ。

 その魔物というのが『モルスネブラ』だと断定された」


 その名が出されたときに部屋の温度が少し下がったような気がした。

 それほど恐ろしい魔物なのだろうか。


「どんな魔物なんですか?」


「うむ、危険度は7~8と考えられている」


 ええっと、この間のワイバーンが危険度6だったからされよりも上。6で軍隊が出撃したんだよね。

 それよりも危険ということか。


「まあ、戦い方と言う物もあるから一概に軍隊がいいとは言えないんだが、もしこれが外に解き放たれれば町レベルでは対応できないだろう。下手をするとキルシュ領全体に大きな被害が出るかもしれない」


 それほどの敵か。


「具体的にはどんなやつなんです?」


「モルスネブラというのは(死の霧)という意味でな。霧で出来たようなモンスターだ」


「ほう、霧」


 あれ? 霧?


「報告によると伝承の通り、霧で出来た大きな髑髏だそうだ。頭蓋骨と両脇に浮いた鋭いかま。

 魔法もあまり効かないし、物理は勿論きかない。

 霧は切れないということだ。

 核になる魔石があるはずなんだが、これがどこにあるのかもわからない…

 漂う霧の死神。

 やはり勇者に期待したくなる気持ちがわかるな」


 セルジュさんたちは深刻な顔で話し合っているけど…ちょっとこの魔物、心当たりが…ありすぎるんですけど…


「あの…この魔物が出た迷宮って…どんな感じでした?」


 うーん、あまり聞きたくないが、聞かないわけにもいかないよね…





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 今年も一年ありがとうございました。本作の更新は今年はこれが最後になるかと思います。

 今年もいろいろ大変な年でありましたが、何とか乗り越えられましたね。

 来年が良い年でありますように。


 そして来年もよろしくお願いいたします。


 

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